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少女漫画と小説の感想ブログです

今一人で旅立つ君に さらさらと光りよ舞い降りて『月光浴』

月影ベイベ(9) (フラワーコミックスα)
小玉 ユキ(こだま ゆき)
月影ベイベ(つきかげべいべ)
第9巻評価:★★★★☆(9点)
  総合評価:★★★★☆(9点)
 

母の恋人だった円に気持ちを告げた蛍子は、円の答えを聞き、自分の気持ちに整理をつける。そして蛍子をずっと見守ってきた光は…⁉ そんな中、九月一日を迎え”おわら風の盆”が幕を開ける。おわらと紡ぐ恋物語、ついに完結!!

簡潔完結感想文

  • ついに”おわら風の盆”本番。町の子として蛍子が踊っている姿に涙が出てくる。
  • 母の形見の鈴を失くした蛍子。見守ってくれてありがとう。娘さんはもう大丈夫。
  • 月の輝く深夜の流し。円は踊りながらついてくる一人の女性の姿を発見する…。


風の盆が始まり、そして終わる。現在と過去、そして此岸と彼岸、2組の男女の物語も最終9巻です。
彼らの平穏な秋を、幸せな未来を願わずにはいられない。


もう蛍子が何をやっていても涙が出てくる。
読者の私がちょっとした親バカ状態です。
序盤はあんなにいけ好かない子だったのにと、態度の豹変に自分でも驚くやら呆れるやら。
家庭の事情があっただけで本当はいい子なんです。

「母に私の踊りを見守ってもらいたい」とテレビの取材で答える蛍子。
見守ってるよ…。
「お母さん見てる? 私今この町で踊ってるよ」と空に語り掛ける蛍子。
見てるよ…。
「あの町でおわらを踊る蛍子の姿を一度でいいから見たかった」と日記に綴った母・繭子。
見てますか…。

空を見上げた蛍子の上で飛ぶ一羽の鳥。
あれは1年前の病床から飛んできた母ですね。
多分、雁という鳥。一番好きだった唄も「雁がね」ですもんね。

ちなみにラストシーンでその「雁がね」を唄った富樫の息子の名は唱太くん。
八尾から、おわらから遠く離れている頃であっても子供にはうたう名前を付けたんですね。

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笠を隔てていれば 何でも言えちゃう蛍子
二日目の演舞場での舞台踊りも光の気遣いもあって蛍子は緊張をせず、町の踊りは大成功を収める。
風の盆の少し前から蛍子には二つの意識が芽生える。
一つが「町」。
「町のみんなと踊るのが 気持ちいい…」。
この言葉を蛍子の口から聞けた円の感慨はさぞや、という感じでまた胸がいっぱいになる。

そして二つ目は光とその踊り。
物語の幕開けでは蛍子の踊りに魅了された光だったが、今度は光の踊りに蛍子が魅了され始める。
『1巻』との対称性が美しいですね。
果たして踊りに目を奪われるのは心を奪われたからだろうか。


風の盆も最終日の三日目。
蛍子の祖母は夫を連れて流しが来るのを待つ。
鈴をつけた女性を見つけた祖父が口にしたのは娘・繭子の名だった。

祖父の頭を駆け巡る繭子の形見ともいうべく鈴をめぐる娘と父の思い出。
繭子さんはどんなに離れても、どんな関係であったとしても父とずっと一緒にいたのですね。

そしてそれは蛍子も同じ。繭子が見守りたかった蛍子、繭子と共にあろうとした蛍子は鈴を離したりしなかった。
父と娘の恩讐が、母と娘の葛藤が晴れた時、その鈴は役目を終える。


鈴を失くしたことに初めは動揺していた蛍子だったが、蛍子のためにどこまでもいつまでも鈴を捜そうとする光に、悲しむ蛍子の顔が見たくないという光の優しさに胸を射抜かれる。

女性が男性の腕をつかみ、そして身体を寄せる。それが男女の混合の踊り。
また鈴を捜しに行こうとする光の腕を思わず掴む蛍子。
そして今の自分に一番大切なものが何かを伝える。

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もう笠で自分の気持ちを隠すことはしなくていい
見つめ合いそして身体を寄せ1つの笠の中に2つの顔が入る。
出逢った日以来の相合”笠”ですね。
笠は横から見れば半月だが、正面から見ると満月。
月は満ちました。なんとも幽玄な接吻です。


最終話の地方の流しは夢の時間。

ここにきて現在と過去、そして此岸と彼岸、2組の物語だったことが一層鮮明になる。
円もまた本書の主役なんですね。
女子高生に顔を赤らめる俗物だと一瞬でも思ってゴメンね。
終わってしまう悲しみと心地よい疲労を滲ませながらこの年の風の盆は幕を閉じる。


蛍子の気持ちの変遷、特にラスト2巻の正確な気持ちのトレースはなかなか難しい。
表層的には『8巻』でフラれ、『9巻』ですぐに別の男を受け入れる、とも読めてしまうから怖い。
蛍子の中には繭子が存命中から円に惹かれる気持ちがあるから、母の死後から、依り代のごとく母の無念や遺志を全部憑依させているわけではない。
でも全部ではないけれど、蛍子は母の無念を果たすことを自分なりの弔いとしたのではないか。
自分の好きな人から愛されていた母を憎しみながらも、自分を母に重ね続けた。
だからたとえ感情が伴わなかったとしても円にその身体を投げ出そうとしたのか。

そんな蛍子を最初に繭子から切り離してくれたのは、あの河原での光。
だから、あの日以来、光の踊りが綺麗に見えたのだろう。
それは新しく生きなおした蛍子自身の目で改めて見た光の姿、光の踊り。


ラストは白ネクタイを結んで娘の結婚式に向かう円の姿で終わる。
円は両家の親族ですね。
新郎の父として共に歩くのだろうか。
円は円で満たされているだろうから、こんな言い方不本意でしょうが、布村家と佐伯家は代が代わってようやく結ばれた。
われても末に逢はむとぞ思ふ?


カレンダーの日付は2026年の4月。20xxなどとせず具体的な年表示があるって珍しいですね。
作中時間はいつの想定なのでしょうか。ちなみに連載開始は2013年、終了は2017年。
10年後の結婚がきりがいいので2016年ぐらいで考えましょうか。


最後は参考資料や協力して下さった人の名を記したページ。
その数に多くの取材と多くの人の協力で本書が成立していたことを改めて知る。
作者には娘さんたちがいらっしゃるんですね。

そして、その上に描かれている小学生ぐらいの兄と就学前ぐらいの妹と思われる二人の姿。
その女の子が着る浴衣は蛍の柄。もしや…。
これは2036年ぐらいの八尾町の光景でしょうか。
物語は過去と現在を結び、そして未来に続いていく…。
まさか最後の最後まで泣かされるとは思いませんでした(違ったりして)。

おわら5はその名前の割には作中では地味な活躍(踊りは別)。
でもちゃんとキャラや役割が与えられている。
初読では喋らないキャラには最後まで気づかなかったけど…。
読み返すと返事を求められてるシーンでジェスチャーで答えてて笑える。

ちなみに各巻の感想文のタイトルは柴田淳さんの『月光浴』の歌詞です。
私の中で曲と本書が強くリンクしたので使用しました。

読み返してよかった。そして本当に素晴らしい作品だと初読以上に感動した。
感想を書くために通しでじっくり再読したのは私にとっても幸運なことでした。
初読の自分の読解力の無さに失望もしちゃいましたけど。