小玉 ユキ(こだま ゆき)
月影ベイベ(つきかげべいべ)
第8巻評価:★★★★☆(9点)
総合評価:★★★★☆(9点)
夏を迎え”おわら”の熱が強さを増していく八尾町。母・繭子の恋人だった円に想いを寄せる蛍子は、上手くいかないその思いに悩んでいた。そんな中、母が遺したノートが見つかり、蛍子、光、円の関係に変化が訪れて…⁉
簡潔完結感想文
- 母のノートを読んで号泣する蛍子。そこにいたのは繭子という一人の女性。
- 模倣から進化へ、蛍子の踊りは、人生はこの町で変わった。それは想いも?
- 円に捧げる”蛍子”の踊り。またいい関係を作るために、思いのたけをぶつける。
清算の8巻。これまでのわだかまりも秘めてきた想いも、涙が、雨が洗い流す。
祖父の持ち物から出てきた母の闘病ノート。
そこに書かれていたのは闘病の不安や苦しみ、そして蛍子への母の愛。
悲しい闘病生活ではあったものの、繭子さんには円と、そして蛍子の存在は最強のサポーターだったはず。
蛍子の前で「母」であり続けようとすることは、例えやせ我慢であったとしても繭子さんに自分を強く奮い立たせたはずだ。
そして円は繭子としての不安の受け皿になってくれた。
もし蛍子が円に好いていなければ円とお見舞いにきて、同じ病室に3人で過ごすこともなかっただろう。
けれど蛍子は円のことが好きだからこそ円と母が一緒にいる光景を目にすると胸が痛くなりすぐに退出してしまう。
そういう意味では本来の理想通りに親子3人で八尾で暮らしていたら蛍子は母への憎しみばかりが募り家出なり荒れて道を踏み外したりして、八尾に住んでも、おわらを踊る可能性は低かったかもしれませんね。
ノートを読み、母の自分によく似た不器用な一面を知り、母の死を責めながら泣き叫ぶ蛍子。
そしてその蛍子の悲しみを包むように抱く光。
こういう時に自然と手が伸びるのが佐伯家の優しさ? それともジゴロ血筋?
ノートとその再現描写からは色々なことが断片的に読み取れますね。
1年ほど前の蛍子は髪を結んでいたが、今の蛍子はずっと髪を下ろしたまま。
これは母の影響か。大人っぽく、そして母に似せることで円に興味を惹かせる意味もあるのかな。
そして後見人の件で名が出てきた祖母。
母の死後、蛍子は実の父や繭子の同僚の菊ちゃんのところには留まらず、後見人の母を頼った。
ノートにある蛍子の「卒業」までということはこの時点で繭子は中学生なのか?
それとも高校生だけど、菊ちゃんの家での下宿も気づまりで、円の件もあって蛍子が八尾での暮らしを望んだのか。
今巻で、はっきりと蛍子の転入が5月とされているけれど、学年は相変わらず謎です。
まぁ、矛盾がある訳じゃないし、余白の美しさが日本的だとは思うのですが。
母が鳥になって見た風の盆には、円っぽい人をはじめ富樫親子っぽい人もいますね。
これはまた次巻で言及すると思います。
繭子が遺したビデオテープを見ることによって蛍子と母・繭子の違いが鮮明になる。
その違いを通して、おわらと町の歴史まで浮かび上がらせるのが見事。
伝統を受け継ぎつつも、安住せず自分たちで最高のおわらを目指して努力する。
伝統芸能だからと当たり前に考えてしまっていましたが、考えてみれば30年間、親から子に世代が変わっても継続していて当然だと思う行事って凄いですよね。
そして蛍子の踊りもまた母の踊りを踏襲しつつも、蛍子の踊りとして進化する。
この先に蛍子の人生がにじみ出る踊りができるのだ。
その一歩目として蛍子は蛍子として、久しぶりに笠のない光の顔をしっかりと見て、笑いながら踊る。
ちなみに光の祖父は円や光とよく似たところがありますが、光の父はその路線から少し外れますね。遠慮なく言うと三枚目というか。
蛍子は円を基準に考えているとはいえ、佐伯家の顔立ちが好きなのかもしれません。
出会いや別れの日はいつも雨。
蛍子は誰もいない自宅で円と雨宿りをする。
今回、雨の中、円と一つの傘での帰路につかせようと蛍子の背中を押したのは光。
そんな光の姿を彼が家に入るまで見届ける蛍子。
光の自宅なんだからサンダルと同じように光の傘を貸せばいいとか野暮を言ってはいけない。
肩がぶつかるほどの距離の相合傘なのが重要なのだ。
雨から逃れた一つ屋根の下、男女として微妙な空気が流れる中、蛍子は口火を切る。
なかば自分と母を混同したような蛍子の告白。
二人の間には血縁もない、同じ痛みを共有する者同士で、そして彼の愛した女性によく似た自分がいると訴える蛍子。
蛍子の悲しい覚悟なんでしょうけど、間違えて違う女の名前で呼ばれてもいい、とはまるで昭和歌謡の世界ですね。
だが自分の心には、たとえこの世にいなくても繭子がいて、そして蛍子は自分と繭子の娘だという円。
これは誤魔化しとか逃げとかではなく紛れもない本心でしょう。
親子ほど年が離れ、小さい頃から一緒にいた子を女性として見られるのは光源氏ぐらいなもんだ。
恋に破れた蛍子が最後に円に望んだのは円のためだけの踊りの披露。
この重要な場面で着るのは母が生地を選び、祖母が仕立てた蛍子の浴衣。
町ごとに衣装が決まっている風の盆では着ないからどうなるのかと思ったら、この場面でした。
そして浴衣はこの町にきて町の人から習ったので一人で着られるのだ…。
今更かもしれませんが、作者は小道具やエピソードの重ね方が本当に上手いですよね。
今巻、特にラストの蛍子の踊りの中には積み重なったものが多すぎて、こちらの感情が溢れてしまう。
ここでの蛍子の踊りは、人生までも倣っていた母との決別かなぁ。
蛍子の中でも混同されていた自分と母を分かつためのイニシエーション、もしくはメタモルフォーゼ。
蛍子の踊りの進化をちゃんと見極める円くん、さすがです。
ちなみに富樫のおっちゃんが口にくわえるのは、タバコではなく飴になってますね。
肺や喉の次は糖尿病に注意しないと。
鳴美が今までの無礼を蛍子に謝っていたが、風の盆というハレとケの分かりやすい境目があると人間関係もスムーズになりそうですね。
身も心も綺麗にその日を迎えたいと思う人は多いのではないでしょうか。
そういえば蛍子の祖母と円の関係はどのようなものなのだろうか。
彼女に円が娘のいい人という認識はあるのだろうか。
最後にどうでもいいことだけれど、私は光の長すぎない足に好感を持つ。
バレエ漫画の主人公にはなれないだろうけれど、重心が下にある感じが、おわらの漫画に最適な体格ではないか。