
リカチ
明治メランコリア(めいじメランコリア)
第10巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★☆(7点)
津軽の記憶とともに、ひなの呪いの言葉を思い出した鈴。胸をえぐる記憶に涙するが、ひなとの決着をつけるため対峙する。物語は最終局面へ。想いの果てに見つけたそれぞれの愛の形とは――?
簡潔完結感想文
- 声なき声を届ける「さがしもの屋」は本人が失くしてしまった感情や願いを解放してあげる。
- 魂の抜けた津軽を魂消させるような入魂サプライズ。9歳と15歳と17歳のオールインワン鈴。
- 第弐拾参巻「涙」(エヴァ風)。誰よりも賢い津軽は自分をも先回りして達観という防衛をする。
後悔のその先に成長がある 10巻。
『メランコリア』で作者が描きたかったであろう2つの場面が ここにある。そこに至る過程のために『メランコリア』はあった。鈴(すず)、津軽(つがる)、春時(はるとき)、ひな、そして愛染(あいぜん)の五者五様の「愛」が描かれていて、キャラたちだけでなく読者の私の心まで浄化していった。素晴らしい本を ありがとうと感謝しながら本を閉じた(まだ最終巻あるけど)。
何より素晴らしいのは17歳の鈴だから津軽を救えたラストシーン。そして それが作品初期の「さがしもの屋」のような仕組みだったことに感嘆した。
『緋色1巻』で私は津軽の道楽である「さがしもの屋」を声なき声を届ける作業だと理解した。それは心情の代弁と同義だろう。それを今回は鈴が津軽にしている。もう それだけで構成が秀逸すぎて鳥肌が立つほど感動した。
そして9歳では津軽の大人の面が見られず、15歳でも秘めている苦さを見い出せず、17歳で鈴が記憶喪失になり津軽と出会い直すことで欠点や彼への悪感情を含めた あらゆる側面を受け止めたから津軽という人間の全体像を把握できた。時間の流れも記憶喪失も鈴が津軽を再認識するのに不可欠な要素だったと今なら思える。
ラストシーンの鈴は まるで9歳の頃のような髪型をしている。それは鈴が津軽の意表を突きたくて動いた結果。何もかも先が見えてしまう(そう思っている)津軽に、予想外の未来の到来は身近にあることを示しているようにも見える。
あの頃のような鈴は、あの頃とは違う完全に対等な存在として津軽の前に現れた。そして津軽の心が無意識に隠してしまう本心を指摘する。この境地に達せられるのは津軽の全体像を把握し、雑然とした心の中から一つの本心を発見できる「さがしもの屋」だけ。その知性水準に鈴が至った。何重に、そして無意識に蓋がされている津軽の心を解析できたから鈴は津軽の心の鍵になれた。
鈴の記憶喪失と津軽の感情喪失は根本的に同じ仕組みなのも良い。鈴は ひな によって過去が「思い出したくないもの」にされて自分でロックを掛けた状態になる。だから津軽のことを思い出したくなかったから彼のことを思い出すのは最後となった。ひな が最後には鈴への呪いを完全に解く鍵を託したのも、ひな が鈴の強さを認めたことに通じている。
記憶喪失が鈴の心が壊れないようにする防衛本能だったように、賢い津軽は あらゆる人の感情を理解する自分の心がオーバーフロウしないように「達観」という防衛方法を自然と身につける。誰にも寄り添わないことで心を疲弊から守る。それは自分にも寄り添わないということでもあった。達観して割り切ることで自分の評価を挟まないでいたら、自分の感情を見失ってしまったのだろう。その津軽の なくしたものを鈴は見つけた。助手として探偵の働きを見てきた鈴は、同時に探偵の在り方を見てきた。だから探偵の初めての戸惑いに一つの解答が出せる。
男性のトラウマをヒロインが解放する少女漫画のクライマックスの中でも最高級の場面が見られて嬉しい。この場面があるなら ひな も愛染も必要だったと納得できる。このところ津軽の照れや笑顔を引き出してきた鈴が最後に ひな が見たかったものを見せてあげる。その表情を鈴は見ないというのも彼女の賢さが出ている。ここで津軽と一緒の表情で慰め合ったら勘違いヒロインになってしまうところだった。
冒頭の春時のトラウマの消し方も良かった。春時にとって短刀は誰かの胸に刺す物。けれど その呪いを鈴は違う結末を見せることで解呪した。
七夕で ずっと自分の願いが分からなかった春時が自分の願いを書き記したのも彼の決着が具象化が見えて とても良い。そういえば鈴は春時が ああ見えて人に囲まれての騒がしい雰囲気が好きだと見抜いていた。物凄く単純化すれば破滅願望のある「厨二病」患者だった春時も立派に大人になり、自分という枠組みから抜け出した願いを持ったことに感動する。永遠に無くならない絆、ずっと大切に思える味方を手に入れた春時の今に安心する。誰よりも一途に鈴を想い続けた春時は当て馬史に残る当て馬だったのではないか。
春時も津軽も自分の取り返しの付かない過去を見つめ、それを正面から後悔している。その後悔は きっと彼らのこれからの人生に役に立つ。見失っていた自分を取り戻した2人は きっと人間的に大きな成長を見せるだろう。


鈴に忘れられないためには自分が死ぬか相手が死ぬかの二択しかないと思っている春時は短刀を自分に刺そうとする。鈴は その刃先に自分の手の甲を当てて春時の自害または自傷を止める。これは『緋色8巻』で春時が実母に手を導かれて短刀で母を刺したことと深く関連する出来事。春時は母の妄念に巻き込まれて母を忘れられず、それが彼の生き方にも影響した。愛染(あいぜん)が祖父から洗脳されたことから逃れられないように春時は母との過去に囚われ続け「死に場所」や「死に方」に強い こだわりを持った。
けれど鈴は自分を身を挺して止めさせた。それが春時を過去から解放する鍵となる。兄に傷を手当されながら鈴は春時に ずっと言えなかったことを伝える。春時が背負っているもの、ついた嘘、希薄な自己肯定感、それらを指摘し改めさせる。春時は兵役と嘘をついて鈴と離れて暮らした3年間を償いの時間に当てた。商社を立ち上げ遊女あがりの女性たちに仕事を与えたのは姉への供養か。
春時が誰かの死を選ばないと分かると ひな は津軽か鈴に命の選択をさせようとする。その ひな を鈴は平手打ちで叱りつける。ひな を殴れるのは鈴だけだろう。鈴は誰かに選ばせるのではなく ひな を その立場に立たせる。ひな は鈴に刃先を向けるが、鈴は動じない。その精神力に ひな は敗北を予感する。
そこで方向性を変え、鈴を精神的にいたぶる。それは『6巻』で記憶喪失を引き起こした鈴が忘れたい ひな の呪縛を解除する言葉。ひな の衝撃的な言葉で鈴自身が蓋をしていた記憶が解放されてしまう。ひな が語る彼女の過去を津軽は否定しない。それに物語上でも2人に肉体関係があったことは河内(かわち)が証言しているので読者も否定できない。
ひな は鈴と2人だけで話すことを望み、それに鈴も応じる。それは津軽の命を守るためでもあった。
語られるのは津軽との過去。鈴は津軽からは語られない/語れないことを ひな から聞く。自分の最初で最大の理解者だった津軽を ひな は一生 繋ぎとめていたいと願った。やがて ひな が身籠るが学生だった津軽は結婚を考えられないと真剣に取り合わない。自暴自棄になっていた時に愛染との縁談が舞い込み ひな も応じる。そして妊娠を隠匿するために自力で堕胎した。しかし それが原因で ひな は妊娠できない身体になり、自分が生物として次世代に繋ぐものがないと絶望する。そこで愛染の野望に手を貸し、自分の生きた証を この世界に残そうとした。やがて生きられる時間も長くないと悟った ひな は病気や堕胎を手紙にしたためて津軽を動かした。
津軽と自分の特別な関係を語ることで ひな は鈴に再び記憶の忘却を招こうとする。しかし鈴は現実逃避をしない。まっすぐ ひな を見つめ、彼女の言動の真意を理解したことを伝える。ひな の悪意は鈴に忘れられないものとなった。それは ひな が忘れられないという確証にもなった。
ひな は鈴の強さを認めたところに生死不明だった愛染が銃を構えて登場。彼は迷わず強烈な恨みを込めて鈴に発砲するが、ひな が鈴の前に出て銃弾を受ける。ひな は鈴の死で津軽の涙を見るのは悔しいと動機を語っている。
遠峰編も遠峰家の内紛で決着が付いたように今回も内輪揉めで終わる。鈴と その騎士たちは誰も暴力は震えないから似たような幕引きになるのだろう。愛染が どうやって この場所に鈴がいることを知ったのか、どう銃を入手したのかなどは一切謎のまま。
愛染はすぐに津軽に制圧され、津軽は ひな に駆け寄る。彼はすぐに ひな が助からないことを悟っただろう。鈴の謝罪を ひな は傲慢だと言うが、その鈴を助けたことが自分が繋いだ命だと ひな は知る。そして鈴に掛けた呪いの解呪方法を最期に伝える。愛染も駆け寄り、ひな は津軽と愛染、2人の男性に見守れながら生涯を終える。津軽に自分を忘れていいと言ったけれど それで忘れられない存在になったに違いない。この後、ひな を愛染が抱えているが年齢や重傷の割に力持ちだなぁ…。
後日、鈴は ひな の呪いを解く。それは津軽の口からも ひな の口からも語ることの出来ない真実。ひな が語らなかったのは その現実を自分が認識していることから逃避したかったのだろう。そして津軽は否定する材料を持ちながらも ひな が思い込もうとした現実に寄り添う。鈴は津軽に大人の男性の姿を見る。
その一方で鈴は2人の男性と ちゃんと会話をしないまま10日を過ごす。遭遇した河内(かわち)のお陰で鈴は気持ちを切り替える。河内は本当は空気の読める優秀な人だ。遠峰や ひな などラスボスとのシーンなど本当に深刻な場面にはいないことが多いけど。
春時の自傷を止めた時の傷は鈴の手の甲に残る。しかし鈴の中に何かが残ることは春時の本願でもある。もちろん こんな形では望んではいないけれど。
鈴にずっと嘘を付いていた桐院(とういん)家の墓に姉がいない事実を春時は告げる。それは鈴も気づいていたこと。でも兄の嘘に添うことが兄を苦しめていたと今の鈴には分かる。そして鈴は兄に一番の望みを聞き、春時は抱えていた理想の死を語る。しかし その理想通りに死んでいった ひな と残された人たちを見て春時は その理想を叶えた後の重い現実の痛みを知る。その理想は自分の救済でしかない。「厨二病」が終わった感じがする。
そして今の自分の望みを鈴に伝える。それは本当の兄妹になって家族になること。鈴は予定通りの俺の嫁にはならなかったが春時の最愛の妹になる。それは ずっとずっと鈴が春時の味方でいる特別な絆。やがて秋山の許しも出て鈴は兄との暮らしに戻る。秋山は鈴以外の親族に財産や事業を分配を開始する。これで鈴が秋山家の事情に巻き込まれることも、愛染のような野心家に目を付けられることも無くなる。


自分の中で決着のついた春時は遠慮を続ける鈴を津軽の元に送り出す。今の春時には それが出来る。彼はもう人に囲まれた今を幸福だと思えるようになっており、その人たちとの関係の継続を望んでいる。
鈴は魂の抜けた津軽の様子を見て、自分の声が届かないし姿は映らないと確信する。津軽は愛染の逮捕を手配し、彼の野望を完全に消す。それは鈴を危険に晒した彼への罰か、それとも ひな の命を奪った彼への罰か。ただ津軽は愛染が ひな を弔う時間の猶予を与えたようにも見える。
津軽が自己処理する時間が必要だと逃げ腰に考えるが、『メランコリア』で見てきたのは彼の憂い。だから鈴は津軽に抜けた魂を戻す入魂の儀式を行う。
鈴の企画は成功し、津軽は津軽らしさを取り戻す。けれど津軽は自分を俯瞰する薄情な自分に幻滅していた。しかし鈴は二度 津軽と出会い直すことで彼の生来の優しさを知っている。そして今の津軽が俯瞰しているのではなく後悔していると指摘する。自分の至らなさが ひな の無垢な笑顔を消失させた。その後悔の中に津軽はいると鈴は指摘し、それを津軽に認めさせる。彼自身が言えない本心を言い当て、抑えていた感情を解放させる。
