- 作者: 米澤穂信
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2010/07/24
- メディア: 文庫
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省エネをモットーとする折木奉太郎は“古典部”部員・千反田えるの頼みで、地元の祭事「生き雛まつり」へ参加する。十二単をまとった「生き雛」が町を練り歩くという祭りだが、連絡の手違いで開催が危ぶまれる事態に。千反田の機転で祭事は無事に執り行われたが、その「手違い」が気になる彼女は奉太郎とともに真相を推理する…。あざやかな謎と春に揺れる心がまぶしい表題作ほか“古典部”を過ぎゆく1年を描いた全7編。
これまで米澤作品を表す形容詞は「ほろ苦い」であった。しかし、この作品は違う。多分、最適な言葉は「甘酸っペ〜」(笑) 特に後半はチョー甘酸っぱくない?
本書では奉太郎たちが神山高校に入学した2000年春から翌年2001年の春を迎えるまでが描かれている。季節を追って物語が進むので、四季折々の行事・風景、また古典部各人の性格や互いの距離が変化していく様子が読み取れる。特に本書では、好奇心旺盛なお嬢様というイメージだけだった千反田の内面が幾度か窺い知れる。単なるキャラクタ付けとしてのお嬢様ではない、その土地に住まう、土着の者としての行動・思考が強く押し出されていた。また、個人的には西暦が明記されている事で今後、2001年の9.11のテロなどの国際情勢も物語に組み込まれるのかが、気になります(『さよなら妖精』パターン。流石にそれはないか)。
米澤さんは学校という舞台を上手く使う人である(※半分近い3編は課外活動の話だけど)。建物の構造はもちろん、授業風景や放課後の雰囲気や各種行事、そして高校生という期間限定の若者たちを含めた「学校」を生き生きと描いている。
あとホータローくん、一つだけ言っておく。モテたくないからモテなくても良いなんて言っていると、モテたいのにモテないという事態に陥るぞ!(苦〜い)。
- 「やるべきことなら手短に」…放課後、学校に居残る奉太郎の元に千反田が「学校の七不思議」の噂を持って来たが…。犯人の動機の突飛さに驚く。「体を使う前に頭を使う」と言っても頭も使い過ぎると疲れるのに。行動の選別に労力を使ってるという矛盾だね。入学後1ヶ月という時期も大変効果的に使われている。
- 「大罪を犯す」…授業中、奉太郎が聞いた隣のクラスの教師の怒号と千反田の声、そしてその後の静寂。その意味とは…。ミステリとしてはアレだが、「大罪」をテーマに上手く纏まっている作品。思考の速さからか「先まわりする俺」を最後に恥じる奉太郎。この辺りは『女帝』事件と同じく探偵側の増長と苦悩がテーマか。
- 「正体見たり」…夏休み、温泉宿に逗留する古典部一同。1日目の夜、女性陣は向かいの窓に首吊りの影を見たというが…。この短編だけ初出が2002年と古い。そういう先入観からかもしれないけれど、謎としても作品としても、更には改題前の原題も洗練されてないような。米澤さんのモノの見方は捻くれてるなぁ。
- 「心あたりのある者は」…自分を過大評価する千反田に対して奉太郎は運であると主張。そこで流れてきた校内放送から推論を立てる事になり…。これ大好き。演繹的推理というのでしょうか、『九マイル』や「西澤保彦」作品を思わせる短編。問題文は1行と6文字。それだけの手掛かりから推理を押し広げてある結論に至る論理の筋道が見事。これ以降の短編は右肩上がりで好きになっていきます。
- 「あきましておめでとう」…初詣に訪れた神社の納屋に閉じ込められた奉太郎と千反田。妙齢の男女が人目を避けて穏便に脱出する方法は…。救出者の限定とは縛りというかルール設定が凄い。そして伏線がアソコにあるのも凄い。千反田の着物に対する奉太郎の独白辺りから、甘酸っぺ〜匂いが漂い始めてきた。
- 「手作りチョコレート事件」…摩耶花の想いが込められたバレンタインチョコが地学講義室から何者かに盗まれ…。犯人の目星は付くが、犯人の動機・自白に思わぬ内容が待っていた。そして探偵役・奉太郎は再び苦悩する。真実を追う時は常に自分の思考・主観が必要となる。しかしそれは同時に「傲慢」の大罪を犯す危険がある。「先まわりする俺」も自分の脳細胞内の道しか通れないのだ。
- 「遠まわりする雛」…表題作。あらすじ参照。これはいいよ。本当にいい。まず単純に美しい。春待つ空気の透明度、祭事の厳粛さ、そして背中しか見えない彼女。甘酸っぱさ 出力120%(笑) 千反田の地元・自宅に1日居た事で奉太郎は彼女の違う一面を知る。高校を1年から2年へ進級する事、土地に生きる事、探偵自身が合理的な行動を取らない事、取れない事。あぁラスト1ページは本当にいい。