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スタバトマーテル (中公文庫)

スタバトマーテル (中公文庫)

欠けたものは欠けたもの同士で、寄り添っていけばいい―プロの資質を備えながらも、本番で歌えない声楽家・りり子。若くして高名を得ながら、母親なしでは作品を描けない版画家・大地。惹かれあい、つきあい始めた二人。しかしりり子に次々と危険が…! 愛と不信が交錯する恋愛ミステリー。


たとえ出版年月日の予備知識なくとも、本書が近藤史恵の初期の作品だという事は分かっただろう作品。それは文章が拙いと言うより、物語全体が今と比べより感覚的に書かれていて、著者もあとがきで少し触れているが、20代後半の女性主人公・りり子との距離の近さが認められるからだろう。同世代の同性だった著者が書くからこそ、りり子に敵ばかり作ってしまうような激しい気性や、無慈悲なほど怒涛に襲ってくる試練、そしてあの結末を与えたのだろう。著者もりり子もその内在するパワーを上手くコントロール出来ていないような危うい小説だった。
以前にも書きましたが、近藤史恵という作家は(主に)女性を窮地に立たせる過程の描写が上手い。登場人物の窮地は読者に揺れ動く気持ちを与える。1つは共感で、特殊状況の中ではなく私たちの日常に繋がる個人的な、しかし深刻で絶望的な出来事だから、この蟻地獄から抜け出したいのに身動きの取れなくなっていく彼女たちの様子に胸が苦しくなる。もう1つは彼女たちの(明るい)未来を目にしたいという気持ち。これは読書欲とも関連する。その緊迫の過程、そして問題解決のカタルシスはミステリ読書の充実度に変換される。
しかし本書はいわゆる探偵モノではないので、問題解決まで自力で行わなければいけないのが、りり子の辛い所。読書中は、そのりり子と友達と恋人の間を行ったり来たりの音楽講師・西が探偵役を担うのかと思っていたが…(著者のシリーズの文吾にイメージするものが近かった)。りり子が被害者で探偵(というと語弊があるが)という設定の上に、りり子の受ける被害が、他の著者の作品に多い、誰かの言葉一つで暗雲が霧散する精神的な問題(何かへの依存とか社内の問題)ではなく、確実に犯罪の域に達しているのも本書の特徴ではないか。
ただし私にはりり子の事はちっとも分からなかったが…。もし私が一人息子の母親で、息子が年上の個性的な身なりをした女性(りり子)を連れてきたら、やめとけと忠告してしまうだろう。本書の結末を読んでも息子(大地)が色んな意味で不幸になったとしか思えなかったし…。
本書は恋愛ミステリと分類されているが、この恋愛から陽性な気持ちを感じ取る事や、彼女たちを応援する気持ちは生まれない。最初から不幸になる恋愛というのが暗示されている事もあるし、あまりに特殊な関係性の上に成り立っているからである。また大地と惹かれ合う様子の描写不足が目につき、りり子が落ちこぼれ声楽家であった意味もよく分からず、上述の簡単に登場人物を不幸にさせる展開やそれを書く作者の若さは決して楽しいものではなかった。何よりも彼らの恋愛すらその言葉に含まれるだろう「執念」が1ページ目から滲み出ており、私も何か重いものを背負わされた気持ちになった(それも作者の力だろうが)。

スタバトマーテル   読了日:2012年05月14日