音 久無(おと ひさむ)
黒伯爵は星を愛でる(くろはくしゃくはほしをめでる)
第07巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★☆(7点)
ついに社交界に発表された、レオンとエスターの婚約!しかし、レオンへの恋慕を止められない令嬢もおり、エスターに対し手厳しい対応も…。ある舞踏会で、差出人不明の手紙で呼び出されたエスター。しかしそれは令嬢の嫌がらせではないようで…!?侯爵令嬢となったエスターが迎える新展開!ハーフ吸血鬼のシンデレラストーリー、第7巻!
簡潔完結感想文
- 結婚に向けて具体的な話が動くと周囲の嫉妬も鮮明になる。人間の敵は吸血鬼ではなく人間。
- 恋愛沙汰に本人以外は首を突っ込まない。レオンが彼女を守るのは対吸血鬼トラブルだけ。
- 結婚に向けて物語は視界をクリアにしたい。まずはレオンがエスター側の義父に ご挨拶。
婚約までは個人の話、結婚までは両家の話、の 7巻。
全12巻の物語の丁度 折り返し地点となった『6巻』までは2人が両想いになるまでの紆余曲折を描いていた。そして この『7巻』からは結婚話が具体的に進む。
最初に起こるのは社交界の白薔薇と称されるレオンの結婚話の余波。いつかゲイリーが危惧したようにレオンに特別な人が出来たという話は社交界の注目の的となり、レオンに恋慕していた女性たちは その悲しみを憎しみに変換しようとする。


私が好ましく思ったのは、今回のタイトルにもしたけれど、エスターが巻き込まれる女性からのトラブルにレオンが介入しない点。作中でレベッカがトラブルを察知しながらも通過儀礼とエスターに手を差しのべなかったように、聡明なレオンもまた自分の婚約がエスターに害が及ぶかもしれないという予測は出来ていただろう。でもレオンは一族の反対があってもエスターが結婚を望んだように、今回のような妨害に彼女は屈しないと信じているのだろう。だから手を出さない。その態度が信頼であり、夫側に我慢と忍耐が必要な最初の事象なのだろう。夫婦になる2人だけど、それぞれ個人で対処しなければならないことはある。トラブルが発生したのならばレオンが いくらでもヒーローになることは出来るが、ここでレオンが過保護にエスターを守ってしまうとエスターの成長の芽を摘みかねない。
トラブルを二段構えにすることで ちゃんとレオンのヒーロー行動も描いているのが上手かった。
そして結婚に向けて整えられるのは それぞれの両親の話であることが再読すると分かる。『7巻』からの婚約編ともいえるターンの最初はエスター側、そして後半はレオン側の両親の問題に着手している。
吸血鬼と人間の混血であるエスターは勿論、両親を吸血鬼に惨殺されたレオンの方でも吸血鬼が登場し、新郎新婦どちらも彼らにとって大切な吸血鬼との関係の改善や構築が描かれる。読み返してみると この構成が綺麗だと感じた。
少々納得がいかなかったのは、両想い編とも言える今回もレオンが言葉足らずにエスターを拒絶したこと。レオンの欠点は『6巻』で素直になれたことで改善しているのかと思ったけれど、どうやら あまり変わらないようで落胆した。フォローするならばレオンの性格で、黒薔薇城のように吸血鬼の巣窟(しかも今回は過激派で より危険度が高い)にエスターを連れていくという選択肢はないのは分かる。レオンを経由せずエスターに旅行の話を聞かせ、どうにか彼女を同行させようという作者の葛藤の上での展開なのだろう。どうしても作者の中でレオンがエスターを旅行に連れていくことに同意しなかったのだと思われる。
そもそも旅行も秘密裡に実行しようとしていたレオンだから、それをエスターが知るための過程も少々 変なところがある。吸血鬼側にエスターがさらわれる(本編も似たようなものだが)展開だと、黒薔薇城 行きと同じになってしまうから、作者も試行錯誤したのだろう。あと吸血鬼サイドを二派に分けたことで、これまでの内容との齟齬も出ている。
『7巻』は城の到着と吸血鬼の内情をエスターが理解するまでなので やや内容が薄い。その分、父と娘の初対面など読みたい場面は後ろに待っている、はず。それに作者は長期的な話を きっちりと面白く仕上げてくれる実力があると期待する。
社交界デビューをした「侯爵令嬢」の婚約、それがエスターの現在地。いよいよ結婚式の準備も始まる。
この婚約は様々な余波を生む。その一つがゲイリーが かつて心配していたようにレオンの婚約に女性たちが卒倒するという事態。そして吸血鬼ハンターの妻にはリスクも高まる。そこでレオンは かつて父が母に贈った護身用の短剣と聖水をエスターに渡す。
エスターは婚約者として初めてレオンとダンスを踊る。両想い状態のダンスにエスターの顔は ほころぶが、それを愉快に思わない者もいる。
今度の敵は吸血鬼ではなく人間となる。レオンやレベッカなど騎士が不在の時を狙って悪意ある人間たちはエスターに暴言を吐き 嫌がらせを実行する。レベッカは すぐに事態を察するが、これは社交界の通過儀礼だとエスター独力の解決に任せる。いつもならば落ち込んでいるエスターのもとにレオンが登場する場面だが それもない。こういう障害を乗り越えると決めたのはエスターなのだ。
人間の陰謀に屈しなかったエスターだが、彼女に書簡が届けられてから顔色が変わる。手紙の送り主は貴族を拘束していて、エスターが誰かに告げたら命を保証しなかったから。その代わりエスターは知恵を使い、この書簡をレベッカが拾うことを願って落とす。
書簡で呼び出されて単独行動になる、までが人間の計画だったが、その書簡は取り替えられエスターは吸血鬼の陰謀に巻き込まれることになる。久々の吸血鬼事件である。エスターも書簡の「同胞」という言葉から吸血鬼の関与を疑い、自分の能力を使い探知し場所を特定。自分で解決に動こうとする。この話、私の読解力不足が原因かもしれないが、書簡を送った実行犯の女性と拘束された女性を同一人物だと混同してしまい、どうして2人もいるのだと思ってしまった。直にエスターに嫌がらせをした拘束された女性のキャラ立ちが弱いように思う。
拘束された貴族たちを救出中に吸血鬼と遭遇するが、エスターはレオンから渡されたばかりの聖水を使って怯ませ、逃走する隙を作る。この一件で嫌がらせした貴族と交流し、同性からの嫉妬の炎を鎮火させる。ここにレオンが介入すると炎上の燃料になってしまったところだろう。
貴族たちを無事に退避させた後、エスターは自分の血を囮にして吸血鬼を誘導する。エスターが戦う直前にレオンが登場し吸血鬼を撃退。ここはダンピールであるエスターが吸血鬼を退治すると彼女の心が後悔でいっぱいになるからかもしれない。エスターが自力で出来るところまで頑張り、最後にレオンがフォローする。少女漫画らしいヒロインの頑張りとヒーローの見せ場がある。
ある日、エスターは貸本屋で秘密の暗号を見つける。それを追っていくと ある文章に辿り着く。それはレオンの危機を知らせる吸血鬼サイドからの警告。これをエスターはレベッカに相談する。
この件を知ったレベッカは、レオンがエスターに秘密にしている旅について話す。レオンは結婚前に、エスターの父親・ギルモア侯爵に会いに行くつもりだという。手紙をレオンに見せずレベッカに見せたのは旅行話を聞くためなんだろうけど、まずレオンに見せないという不自然さが目に付いてしまう。
エスターは旅の同行を求めるがレオンは拒否。邸の留守を守れ、それがエスターの役目だと聞かない。まるで序盤の言葉足らずでエスターを傷つけるレオンである。婚約状態になったというのに以前と変わらない態度なのが気になる。
実は頑固で負けん気の強いエスターはレオンとは別に旅へ強硬しようとする。エスターはレオンが自分を危険に巻き込みたくないから旅の件を離さず、同行も許さないことを分かっている。でもエスターの願いは共に行くこと。


ヒロインが涙を流していれば、それを誰かが助けてくれるのが少女漫画。今回は駅のホームで1人の吸血鬼がエスターを軽々と担ぎ、列車に乗せてしまう。その吸血鬼の名はアーサー・マクドナルド。父親・ギルモア侯爵の秘書を自称する。
吸血鬼側は、レオンを脅迫されていると知ればエスターが動くと その性格を利用して演出をしていた。そして「吸血鬼の王」の娘であるエスターのことを見定めるようとしている。アーサーは、クリスではなくギルモアが王だという。そんなギルモアをエスターはクリスとは違う感触で恐怖する。
その恐怖に走行中の列車の屋根伝いにレオンが登場し、次の停車駅でエスターをさらっていく。レオンは執事がエスターが担がれているのを目撃したのを知り、助けに出た。レオンはエスターの行動を責めない。
終着駅で待っていたのは かつてエスターを狙って襲撃した女性吸血鬼のエヴァたち。彼女はレオンやエスターの「護衛」として来た。誰から守るかと言えばアーサーである。クリスの命令で、彼とは違う派閥らしいギルモア一派の居城に向かおうとするレオンたちを護衛するのがエヴァの任務。レオンは事情を知っているようだがエスターには教えない。吸血鬼社会を知るのが このスコットランド編の目的だからだろう。
宿泊地のホテル到着後、夕食を食べながらレオンはエスターにロンドンへの帰宅を命じる。その言葉で夫婦仲は冷え切り、ホテルの一室の同じベッドに寝ても、2人の視線は合わない。一緒に寝ても気持ちが重ならないから何も起きない。やがてレオンは執事の宿泊する部屋に出ていく(我慢の限界説)。
眠れなくて星を見に出たエスターはエヴァに遭遇する。エヴァはエスターとクリスの結婚賛成派。そうなればクリスとの恋愛成就の確立が高くなるから。
エスターはエヴァから吸血鬼の内情を聞き出す。簡単に言えば、人間と共存するべきか否かの論争があって、吸血鬼は ふたつ に分裂した。共存肯定派のクリス、否定派のギルモア侯爵という構図らしい。否定派は少数派ながら肯定派が人間と結んだ協定を無視する。これまでレオンが狩った またはクリスが粛清した吸血鬼は否定派の吸血鬼なのだろうか。しかし それを説明するエヴァが嫉妬に駆られたとはいえエスターを捕食しようとしていたのだから肯定派が正義ということでもないのだろう。この辺は後付け設定の矛盾や齟齬が見え隠れする。
エヴァは まるでアルのようにエスターにキツい言葉をかけながら彼女を奮起させる。
「番外編」…
「友人の恋」枠であるレベッカとゲイリーの恋模様は、本編では出すタイミングがないからか番外編で進む。同じように恋を知らないエスターが恋をしたことで、レベッカは彼女から恋をした際の心身の変化を教えてもらう。その事象に当てはまる人がゲイリーなのだ。
ちなみにゲイリーはレオンの類友。同じ種族なので好きな女性の着る物が自分のプレゼントだと興奮し、彼女の困惑を楽しみながら、彼女の自由意思で自分に恋をするまで長期戦を覚悟している。自信家で 相応の容姿と能力を兼ね備えていなければ ただの勘違い男である。