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問答無用に犯人にされた恨みから真犯人の言い分も聞かず 黒伯爵は口を封じる

黒伯爵は星を愛でる 9 (花とゆめコミックス)
音 久無(おと ひさむ)
黒伯爵は星を愛でる(くろはくしゃくはほしをめでる)
第09巻評価:★★★(6点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

「咎人は 我らが仇敵・吸血鬼ハンターレオン・J・ウィンターソン」何者かにより毒を盛られ、瀕死の状態に陥ったエスターの父・ギルモア侯爵。レオンはその容疑をかけられ、投獄の身となってしまう…! 一方、すべての事件の陰で糸を引く者の存在が明らかに!? そのとき、エスターは…? 人間と吸血鬼、それぞれの想いは間の少女の元に交わる――  ハーフ吸血鬼のシンデレラストーリー、第9巻!

簡潔完結感想文

  • 状況で犯人にされたレオンは取り敢えず牢獄行き。思い込みの霧が晴れて真相が見える。
  • レオンの手足でなく、レオンのために自分で考えて動くエスター。早くも立派な妻に変貌。
  • 論理的に犯人を限定するのではなく カリスマ性で周囲を扇動。取り敢えず口封じに刺す。

ーデター鎮圧を大義名分とした大国の武力介入!? の 9巻。

『9巻』はエスターとレオンが物理的に離ればなれにされたことで、エスターがレオンの助力なく、自分で考え自分で動いて問題を好転させている。これまでならエスターが単独行動することでトラブルに巻き込まれ、それをレオンが救出することで彼がヒーローになっていた。しかし今のエスターはレオンと並び立つことが目標。彼に助けてもらうばかりではなくて、彼を助けられる自分になりたい。レオン救出をはじめとした解決したい問題に対して、誰の知恵も借りずに自力での解決をしたエスターの知性が見られて嬉しかった。

エスターの行動が何だったのかが分かる前に、危篤状態だったギルモア侯爵が目を覚ますという現象が先に描かれるのも構成の妙で楽しく読めた。クリス様の登場のタイミングも ばっちりで、彼が敵対状態にあったレオン、そしてギルモアの傍らに立つ場面が印象的だった。かつてのレオンがクリスを慕ったように、クリスもまたレオンを慕っていたはずである。それはギルモア侯爵も同じ。その旧知の仲の者の窮地を救うという展開が非常にヒーロー的だった。
クリスが登場した時は どちらも弱っていて、弱っている中でクリスが彼らの今の最大の願いを叶えようとする展開も良かった。これまで吸血鬼の王と言われても いまいちピンとこなかったクリスだが、今回のクリスは彼らを救う神であり死神でもあるという底知れないオーラが しっかりと描かれていたように思う。

高位の吸血鬼に密室は通用しない。クリスがアーサーを殺害したら ただの暗殺か

体的には良かったが、ミステリ好きからすると やっぱり読み応えが無さすぎたのがガッカリ。真犯人がアーサーであることは明白だし、彼が10数年前から計画を進めていた割に、今回の犯行は杜撰で、全力を出さないまま敗退した印象が残ってしまった。少女漫画に臨むことではないかもしれないけれど、アーサーが全力を出して裏をかく、という知力戦が読みたかった。

何より気にかかるのは、アーサーによって状況証拠だけでレオンが犯人扱いされたのと同様に、レオンたちが アーサーが真犯人だと第三者に納得させるだけの材料がないまま、彼を断罪してしまったのが残念でならない。状況が状況だっただけに そんな余裕はないのは分かるし、最後の最後でレオンがエスターのヒーローであると分からせる必要もあったのだろう。だけど それにしても この展開は乱暴だ。これでは小国が、大国に大義名分を与えてしまい武力介入を許してしまったという小国滅亡の物語に見えてしまう。

この場に居合わせた この土地の吸血鬼にとっては、急にクリスが現れて、そのカリスマ性で民衆を扇動して、アーサーの言い分を聞かないまま、アーサーを討ち取っているように見えるのではないか。これではアーサーがレオンを犯人に仕立て上げたのと変わらない勢いだけで言いくるめる手法に見えてしまう。
状況証拠だけで処刑を実行してしまってはアーサーと変わらない。ここはアーサーが間抜けに見えてもいいから、成功に浮かれて自分の計画を周囲に自慢するとか、彼の言い分が論破されるとかの展開が欲しかった。

深読みするとクリスはアーサーのクーデターを待っていて、それを利用してアーサーを排除して吸血鬼を一つにまとめようとしていたのではないかと思ってしまう。この場合、クリスはギルモア侯爵が死んでも構わないというスタンスだろう。

クリスが人の心の動きを把握できるほど聡明な人間ならば、ギルモア侯爵の最愛の人、エスターたちの母親・メグの死去もクリスの手によるもので、それによりギルモアは緩慢な自死を選ぶ。そこにアーサーが奸計を企て、その情報をレオンたちから得たという設定で、クリスが武力制圧に向かう。そういうシナリオだったのではないかと考えてしまう。それぐらいアーサーの行動は杜撰で、クリスにしか得がない結末のように思えてしまう。

権力欲が強い者が自壊していく様子をしっかり描かないから、こういう疑惑が残る。せめてアーサーに一言、自分の罪を自白する台詞を言わせないと、この場にいる全員が証人にならず、この後の吸血鬼社会の推移に対して不満が残るような気がする。そして一層 少数派になった者たちは過激なテロリズムに走りそうで怖い。アーサーはエスターを利用して円滑な王位の移譲を狙っていたが、それよりも この後の世界で吸血鬼の ほとんどをまとめることになるであろうクリス側の正統性が雑になっているのが惜しい。ここは もうちょっと慎重な描写が必要だったように思う。


ルモア侯爵毒殺(未遂)事件の犯人としてレオンが投獄される。お茶を用意したのはギルモアの側近中の側近。となると その部屋に居たレオンが最有力容疑者になるのは仕方がない。そしてレオンには、この土地の吸血鬼の両親殺害の復讐を望む動機がある。ただ その行動はウィンターソン家の家名を穢す行動で、気高いレオンは そんなことはしないとエスターは考えていた。相手への信頼が心地良い。

ギルモアは一命を取り止めているが危篤状態だとレオンに食事を運んだアーサーが告げる。この会話でアーサーは自分がレオンの両親の事件に関わっていることを ほのめかす。そしてレオンは あの日 目撃した「クリス」がアーサーの変装であることを見抜く(この10数年間 思い出せなかったものを急に思い出す不自然さがある)。

エスターたちも軟禁されるが、彼らに味方をする内部の者によって扉の鍵が開けられ、レオンに会う機会が訪れる。牢獄に向かうのはエスターとエヴァエヴァは過去のレオンとクリスの仲違いは勘違いの上に成り立つと考えていた。人間との共存を果たすために心を鬼にして同胞を粛正するレオンが するはずがない、とエヴァは言う。エスターは それでクリスの無罪を確信して、クリスが寄越した使い魔にメッセージを託す。


劇の夜の後、レオンがクリスと再会したのは あの日から4年以上が経過していた。そこで若き日のレオンは彼に あの惨劇の夜に現場にいたのか、首謀者なのか問うた。普通なら否定も肯定もしないことでクリスは何かを含ませることで、レオンが思い込みで彼を恨むという行き違いの展開になりそうだが、本書ではクリスは首謀者であることを完全に肯定している。だから2人は決別した。

でもレオンは自分がクリスを信じ切れなかったことを罪と考え、牢獄にいる現状は罰だと捉える。
そんなレオンの落ち込みを、隙を突いて牢獄に潜入したエスターが回復させる。吸血鬼に施された食事に手を付けようとしないレオンを叱りつけ、生きるために食べることを諭す。それはロンドンの下町でエスター一家と暮らした際にも言われた台詞。

その後、2人は この事件の推理を共有する。レオンが考えるのはアーサーによるクーデター。ギルモア侯爵だけでなくクリスを含めた全吸血鬼の頂点に立つためにアーサーは動いている。その最初の一手がクリスの両親の惨殺。そこで人間と吸血鬼の間に深い溝を作り、憎悪の種を蒔いていた。

エスターは この城に自分たちの協力者がいることを告げ、最後にキスをして2人は別れる。レオンに花嫁にしてくれることを願うことで、それが彼の生きる動機となる。本当に復讐すべき相手をレオンは見定め、落ち込みから復活する。


スターが部屋に戻った直後、アーサーから呼び出される。犯人との一対一の対面に緊張するエスター。そこで父・ギルモアが死んではいないことを知る。しかし長らく血を摂取していないため吸血鬼の再生能力が低下していて、治癒は困難であるようだ。

アーサーはエスターに協力を提案する。彼はエスターがギルモアに代わる この地の吸血鬼の代表になることを望む。エスターを女王に据えることで、ギルモアが軟化政策を取りつつあった この地の吸血鬼を再び団結させるのがアーサーの目的。人間との共存を否定路線を堅持することで、この地の吸血鬼組織の解体を阻止したい。

女王エスターは傀儡。ギルモア侯爵の実子である正統性が欲しいだけ。その裏で実権を握るのが自分の性格やカリスマ性を見極めたアーサーの現実的な方針のようだ(そして本当にアーサーは人望がない)。
だからアーサーはエスターとの結婚を望む。本書2回目の契約結婚の提案と言っていいだろう。しかしエスターにはレオンという結婚を望む者がいる。けれど それを承知しているからこそアーサーはレオンを投獄した。結婚しなければレオンの命はないと脅迫することでエスターの退路を断つ。


スターは自分で できることを考え、アーサーと結婚し女王となる道を進む。エスターはその意思をレオンにも伝える。
お披露目は3日後。それがタイムリミット。この日までにギルモアが生存し禅譲が成立しない場合もあるのでアーサーは自分で手を下すことも考えている。

エスターが女王になる条件は2つ。レオンの解放、そして父・ギルモアの最後を看取るというもの。アーサーは自分の計画が完璧な自信があるから、エスターに自由を与える。彼女が自由なのも あと3日なのである。

父の眠る病床で、エスターは父の側近・ユアンと語らう。ユアンはギルモアに命を助けてもらった恩があり、エスターがレオンと会えるように手引きをした者でもあった。エスターは そのことを外の小さな足跡で推理していたようだ。だがエスターの予想に反し、ユアンが毒物混入の犯人だと自白する。ユアンは側近として懊悩するギルモアを見続け、彼を解放するために、アーサーに唆されて、ギルモアに死を与えたかったのだ。ユアンはギルモアと共に この世を去ることを望んでいた。だから この行動に出たのだが、犯人をレオンにされてしまい困惑していた。自首を考えたが現在はアーサーによって軟禁状態にされている。アーサーは奸計で子供の吸血鬼すら利用することを知り、エスターは一層 彼の失脚のために考えを巡らす。


エスターは父親の病床へ誰も近づかないよう吸血鬼を立ち入らせないようにした。そして体調不良寸前まで自分を追い込み、その自分の行動をアーサーに気取られないよう注意する。更に自分を世話する使用人たちから この邸の内情を聞き出し、現在のアーサー主導の体制に不満を持つ者が少なくないことを知る。

一方、レオンは牢獄の中にクリスを招集する。エスターと同じくクリスの使い魔にメッセージを託していた。彼との共闘を選ぶことはレオンにとって心の整理が必要なことだが、エスターとの未来のため背に腹は代えられない。

大好きなレオン坊やが もう一度 自分を慕うようにクリスが仕組んだ芝居説が否定できない

そのクリスはまず かつて道を違えたギルモアの病床に出向いた。丁度 ギルモアは危篤状態から目を覚ましており2人は長い長い時を経て久々に会話を交わす。クリスはギルモアに「ある事実」を告げた上で彼の本当の願いを引き出す。自殺を望むのならクリスは それを実行すると言う。


ルモアはアーサーの結婚発表直前に死亡する。アーサーはギルモアが灰に帰したことを確認し、レオンの処刑を命ずる。約束が違うとエスターは問い詰めるが、全てはアーサーの計画通りに進み始める。

エスターは戴冠し この地の吸血鬼たちの女王になる。そしてレオンの処刑が始まる。だが その直前にクリスが出現し、レオンを救出。そして本物のカリスマ性をもってクリスは この地の吸血鬼たちを掌握する。

アーサーの独断専行をクリスが問い詰めるが、今度はエスターを人質に取られてしまう。そのエスターのピンチに現れるのがギルモア。彼は死亡しておらず、その死は偽装されたものだった。ギルモアが危篤状態から回復したのは、エスターが自分の血をギルモアに与えていたからだった。こうして生への欲求を取り戻したギルモアは再び王として君臨する。

窮地に陥ったアーサーがエスターを手にかけようとするが、レオンから与えられた銀の短剣でエスターは反撃する。この展開も考えてドレスの中に短剣を仕込んでいたのだろう。止めはレオンの役目。