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エスターの矛になりたいレオンと盾になりたいアル。ツンデレ兄は時にデレる

黒伯爵は星を愛でる 5 (花とゆめコミックス)
音 久無(おと ひさむ)
黒伯爵は星を愛でる(くろはくしゃくはほしをめでる)
第05巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

レオンの邸を出たエスター…。しかしその馬車は襲われ、エスターが連れていかれた先は、吸血鬼の王・クリス様の住む『黒薔薇城』!そこでクリス様から「私の花嫁にならないかい?」と言われ…!?さらに黒薔薇城で再会した人物は…?離れ離れの2人はどうなる…!?ハーフ吸血鬼のシンデレラストーリー、第5巻

簡潔完結感想文

  • 当初の計画では家出を黙認した後でレオンが再びプロポーズするという計画、のはず。
  • アルもまた溺愛者。直接的に守るレオンと違い、悪影響を排除する間接的な守護者。
  • 吸血鬼側の本拠地にいるエスターには気軽に手出しが出来ない。諦める? 何ソレ??

距離恋愛 かつ 選択肢を与えるための 5巻。

溺愛モノというジャンルは支配や洗脳と紙一重である。それを分からせてくれたのが『5巻』で妹・エスターへの溺愛をハッキリと表明した兄・アルジャーノン(以下:アル)である。アルは妹が可愛いから彼女の自尊心や自己肯定感をバッキバキに折った。そうすることでエスターが男に愛されていると勘違いすることを回避できるようになり、アルも妹が相手にしないことで その周囲から悪い虫を駆除できる。
男性の どんなに熱いラブコールにエスターは ハァ…?? と困惑するばかりで絶対に同じ土俵に上がらないから、その糠に釘な手応えの無さに男性たちは退散していく(アルと一緒の頃は直接的な制裁もあったかもしれない)。

こうして恋愛感情に無知な女性が完成する。エスターが恋心という感情を学ばなかったのは毒親ならぬ毒兄のあるだったのだ。シンデレラで言えば意地悪な お姉様方の立ち位置だろうか。

アルのエスターへの洗脳の一番の被害者がレオンであろう。彼もまた糠に釘の徒労を感じながら、それでもレオンには幼い日の思い出(『3巻』)があり、運命の人だという強い信念があるから負けない。エスターがレオンへの愛情を自覚するまでの4巻分は、洗脳を解くために必要な期間だったのかもしれない。アルと一緒にいた10数年の洗脳を1年弱で解けたのだから それは早いぐらいなのかもしれない。

将来的に年下義兄と年上義弟になる予定の2人。そしてエスター(星)を崇める信者

けれどレオンもまた支配欲が強い人間だということは巻末に収録されている番外編でも描かれており、アルとレオンは似た者同士と言えよう。溺愛して こじらせて 直接 愛を訴えることが出来ない ヘタレな一面も否めないところは よく似ている…。そういえば この番外編は遠距離状態の2人だから読者への糖分補給のために用意されているのだろうか。

アルもまた溺愛者で、今回でレオンとアル、エスターの周囲にいる2人の男性の女性の守り方の違いが浮かび上がってきた。それが今回のタイトルにもした矛と盾だと思う。
エスターを恐怖させるのは吸血鬼という共通認識があり、レオンは吸血鬼ハンターとしてエスターを直接的に守る。そしてアルは自分が吸血鬼の王に交渉することで、吸血鬼がエスターに手出しできない状況を作る。軍事力と抑止力、その似ているけれど違う力がエスターの騎士の能力。

この2種類の溺愛が存在することで読者の承認欲求はバッキバキに反応する。レオンはエスターを妻にするという実利があるが、アルは自己犠牲を厭わない献身的な姿勢である。そこでアルに夢中になる読者も多いだろう。


う一人、吸血鬼の王・クリスもまたエスターに求婚したりして、レオンとの距離で不足するエスターへの愛情を補うかのような働きを見せる。ただし2人の溺愛に比べればクリス様は どうしても愛情確定の踏み台にされる当て馬ポジションにしか見えない。

おそらくクリスの役割はエスターの選択肢を広げるということだろう。これには人生と恋愛の2つの意味がある。人生においては人間と吸血鬼の混血のダンピールのエスターに、その どちらの世界も見せることでエスターが どちらの社会に属するかを自分で決めさせるためにあるのだろう。それは恋愛も同じ。上述の通り、溺愛は洗脳や支配と紙一重の関係にある。だからレオンは自分の主張を通すのではなく、エスターからの自発的な愛情の発露を待っていた。彼女の決断なら それを尊重しようという大人の面も持ち合わせる(納得できないという子供の面も大いにあるだろう)。
エスターが恋や愛というものを知って、その上で自分が選ばれること。それが夢見がちなヒーローの理想のエンディングなのだ。

クリスがいることで物語が全体的に反転したのが面白かった。ダンピールの能力に目を付けられながら人として暮らしていたレオン邸でエスターが、今度はクリス邸で吸血鬼サイドの血を見込まれる。そしてエスターとアルの入れ替わり劇もダイナミックだった。エスターとレオンの距離は少しも縮んでいないが、それ以外の見所が たくさんあって満足できる内容だった。特にアルとレオンの溺愛者2人の直接会話は新事実が色々あって楽しく読めた。アルはレオンという もう一人の溺愛者がいるから自分がエスターを陰から見守る役目になったのだろうか。


オン邸を出たエスターは、結婚を快く思わないレオンの叔父が手配した馬車に乗る。そこから新しい生活が始まるはずだったが、馬車は襲撃され、今度はクリスの手配した者によってエスターは連れ去られる。

エスターが目を覚ましたのはクリスの用意した吸血鬼たちが肩を寄せ合って暮らしている通称・黒薔薇城。吸血鬼の巣窟に連れてこられてしまったエスターは今度はクリスから求婚を受ける。もちろん答えは却下。すぐにも叔父の設定する人生に再び戻ろうとするエスターだったが、クリスは いまや侯爵令嬢となったエスターは商家の家でメイドをするなど身分上できないと先手を打つ。拝謁の際、エスターが「ギルモア侯爵」の娘として紹介されたのはクリスの差配。そのギルモアはクリスの古くからの同胞で、吸血鬼でありエスターの実の父だという。混血のダンピールであるエスターの母親が人間ならば父親が吸血鬼なのは当然のことだった。

クリスはエスターを広義の同胞として迎え入れようとしていた。エスターが自分の出自に悩み心が揺れていて陥落しかねないところに、女装アルが登場する。エスターは初めてアルと顔を合わせるが、アルはベール付きの帽子を着用しているため顔は判別できないという漫画的な設定が持ち込まれる。怪盗がマスク一つで絶対に正体がバレないのと同じ種類だろう(後半の仮面舞踏会も似たような感じ)。

白と黒の邸での暮らしを選べるシンデレラ。もうレオンの黒伯爵設定 跡形もないよね…

スターはクリスと一緒に行動することで この邸の理(ことわり)を知る。ここでは人間と吸血鬼の共存といえる関係が成立していた。下位の使用人の ほとんどは人間で、彼らの業務の中には血の提供が含まれており、人間は それを承諾して働いている。そのための手当ても付くらしい。人間の動機は分かるが、じゃあ吸血鬼は何を資金源にしているのかが疑問が生じる。

人間を食糧として命を奪うのではなく、互いにウィンウィンな関係を築くこと。それがクリスの理想。そして理想が具現化したのが、王であるクリスとダンピールとの結婚らしい。それよりも純粋な人間と結婚した方が理想の達成が分かりやすいのでは? というツッコミは無し。

クリスはエスターに想い人がいるのは分かっている。だがレオンの家を出てきたことが彼女の決断で、もう戻れない。ならば次のステップとして自分との関係を考えてみないかというのがクリスの考え。悲しいほど当て馬ムーブをしているが、これが本気なのかは判別がつかない。作品としてはレオンからの愛情不足を補っているように見える。


きっエスターは家出先が この黒薔薇城でなくても、レオンと離れて時間が経過した時、同じように彼と会えない悲嘆に暮れていただろう。それほどレオンはエスターの中で愛しい人になっているのだ。

以前から注意していたクリスの勝手さにアルは痺れを切らす。ちなみにクリスとの会話で、アルが昔からエスターの恋愛面の自己肯定感を否定し続けてきたために自己評価が低く、勘違いしないという設定が出てくる。鈍感ヒロインになったのはシスコン兄の影響があったのか…。そしてレオンは その悪影響を受けている。というかアルが洗脳しなければ、エスターは夢見心地でレオンの溺愛を信じてハッピーエンドとなったはずだ。シスコン兄が妹離れ出来ないから問題が こじれているのではないか…。エスターの周囲は愛が重すぎて伝わりづらい。

そのアルは落ち着いたエスターが泣いていると予想して彼女を元気づけに行く。アルの接し方はツンデレ。そしてアルもレオンと同じく幼い頃のエスターの無邪気さに助けられた人。手を繋いで安眠を見届けるのは本書の愛情表現になっている。


一方、レオンは睡眠薬を飲ませて家を出るエスターの計画を感知していた。それをエスターに実行させたのはレオンの不甲斐なさ。彼女がレオンの愛を信じ切れていれば この選択肢は取らなかっただろう。
ここまではレオンの想定内で、おそらく彼は そこから再びエスター奪還に向けて動き出すはずだった。しかし その前に叔父からエスターが吸血鬼の襲撃を受け行方不明だと聞かされる。そこでレオンは襲撃現場に出向き、この事件に吸血鬼が関わっていることを確信する。

だが下手に動くと吸血鬼側との衝突が始まる。そしてレオンは これがエスターの意思ならばと尊重しようという考えもある。そんな時、アルがレオン邸に やって来る。レオンはエスターを名乗る女装アルを人目で見抜き、彼との再会を語らう。


ルはエスターと違い幼い頃に出会った「ジョン」がレオンであることを覚えている。だが逆にレオンはアルがクリス邸にいることを知っていながら それをエスターに言っていない。レオンは確信があった訳ではないが、貴族の養子リストを虱潰しにしてもアルが発見できなかったことが、訳ありであることを示していると考えたようだ。そこにアルのダンピールという特性を加えれば答えは自然と浮かび上がる。レオンがエスターに伝えなかったのは、アルがクリス側にいるならば教えることでエスターを危険に巻き込むと考えたから。

レオンが黙っているのはアルにとって好都合。どうやらアルは「二度と兄としてエスターの前に現れたりしないって決めてる」らしい。そしてアルもまた名実ともに実の父親であるギルモア侯爵の子供になったという。だがアルは顔も知らない吸血鬼を親だとは思えない様子。アルが守りたいのはロンドンの下町で一緒に暮らした3人だけ。母の死去後、アルはエスターを守ることに人生をかけている。

どうやらアルはレオンをエスターの夫として少なからず認めている様子。だからレオンの心の弱さを指摘して、彼に発破をかけることで奮起を期待する。そのために黒薔薇城で行われる人間と吸血鬼が集まる仮面舞踏会(マスカレード)の招待状を一枚 用意しておいた。ツンデレ兄さんにしては親切な手配である。
最後にアルはエスターとの接近で正体がバレそうだから、レオン邸で暮らすことを一方的に宣言する。ここに白と黒の2つの邸で双子トレードが成立する。このトレードで邸の中にはレオンの「妻」がいる状況が完成している。バレバレのようだけどレオンの名誉のために使用人たちに妻に逃げられた、という悲しい状況がバレないというメリットもあるのだろうか。


スターは黒薔薇城でメイドとして働く。レオン邸のように花嫁ではないし、吸血鬼でもない。ならば人間として下働きになるのが道理 という考えらしい。ただしメイドになることでレオンと主従関係が生まれてしまい、仮面舞踏会への参加を強制される。

本書 二度目の舞踏会が始まる。人間と吸血鬼が一堂に会し、この場を楽しむ。これがクリスの理想像。しかし それは捕食する側である吸血鬼の王だから感じること。元来、吸血鬼に強い恐れを抱くエスターは吸血鬼に囲まれた状況がストレスになり、クリスとのダンス中に目眩を起こしてしまう。

こうしてクリスにお姫様抱っこされたエスターは横になって休む。その朦朧とした意識の中、レオンの姿が見えた気がした。それが現実か確かめる前にエスターのもとにクリスを慕う吸血鬼の女性が現れ、妃候補となったエスターのダンス中の醜態を叱責し、彼女の血を奪おうとする。

エスターのピンチに現れるのが仮面レオン。エスターを救い出したレオンだが お互いの仮面は外さず、レオンはエスターの意思だけを確かめる。危険な目に遭ったばかりなのに ここでの暮らしに不満がないとエスターが言うのでレオンは撤退せざるを得ない。素顔を隠した別れは『3巻』で描かれた幼い頃のエスターとの別れの再来となる。

「番外編 1」…
『3巻』でエスター一家に保護されたレオンが名乗った偽名は飼い犬・ジョンのもの。そのジョンは現在10数年長生きしている老犬となっていた。このジョン視点で語られる2人の様子。特にレオンを襲った惨劇の後でレオンが安心して眠れなくなった性質を通して、2人の特別な関係を描く。

「番外編 2」…
愛おしい人にドレスを着せたい(そして脱がしたい)レオンの男心を描いた作品。着るもの全てを支配し、エスターが落ち込むことまで予想して雨予報の日に出掛ける。自分の筋書き通りに相手を動かす支配欲の塊みたいな人間、というのが本書の狙いだろうか(笑)