音 久無(おと ひさむ)
黒伯爵は星を愛でる(くろはくしゃくはほしをめでる)
第11巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★☆(7点)
皆に見守られながら式を挙げ、レオンの本当の花嫁となったエスター。穏やかな新婚生活を送る2人、だったものの―― 「私たちは恋人同士だったのよ」レオンの昔の恋人を名乗る女性の登場に、早くも波乱の予感…!?一方、突然飛び込んできた双子の兄・アルジャーノン失踪の報せに、エスターは?物語はいよいよ最終章へ! ハーフ吸血鬼(ダンピール)のシンデレラストーリー、第11巻★
簡潔完結感想文
- ハッピーエンドの後に、双子の設定を活かしダンピールという存在に焦点を当てる。
- もう一人の溺愛者・アルの人生を捧げた研究は妹のため。全集中 ツンデレの呼吸!
- レオンの妻としての役割を果たせず 家名を穢す場合を想定した夫婦の悲しい約束。
アルは炭治郎(たんじろう)であり珠世(たまよ)、の 11巻。
本書の恋愛や思慕は どれも「伝わりづらい」ことが共通点ではないか。
例に挙げるまでもなくレオンのエスターへの愛情は ずっと伝わらなかった。他にも番外編を主戦場とするゲイリーのレベッカへの愛情もそうだし、エスターの父親・ギルモア侯爵の ひと目惚れは母のメグに しばらく伝わっていない。懇意が途切れた例だとレオンとクリスの例があるだろう。クリスのレオンを見つめ続ける親愛の情を、レオンが誤解を解き、そして成熟したことで初めて理解される。
時間をかけて伝わりづらい思いは伝わった(ゲイリーとレベッカは最終巻まで持ち越し)。


レオンの溺愛はハッピーエンドを迎えたが、もう一つの溺愛が宙に浮いている。それが妹・エスターに対する双子の兄・アルジャーノン(以下:アル)の溺愛である。エスターを守るために彼女のもとから離れ、一定の距離で妹の幸福を見守ってきたアル。そのアルの愛情がエスターに伝わるまでと、アルが ここまで妹に尽くす真意が最後に語られる。
アルが実兄というのが良い。もしアルと血が繋がらず、エスターが、クリス様のようにレオン以外の存在にも愛される立ち位置だったら ここまで感動しないだろう。そうではなくて、生来 父のいない家族で育ったエスターが、母を失い、兄は離れて天涯孤独になった中で、レオンに出会ったことで孤独から救われる。その後 父と再会し、父が自分を不器用に思っていてくれることを実感し、両親は確かに愛し合い、そして兄は自分のために人生を懸けてくれていた。そうやってエスターが モテるとは種類の違う大きな愛に包まれている自分を自覚する過程が読めるから私は感動したのだと思う。溺愛であって逆ハーレムではない という作者の徹底した線引きが あるから素直に物語に入っていける。
正直、ハッピーエンドの後の物語に大して期待していなかったけれど、この最終盤は本当に良かった。作者はエスターに双子の兄を設定したこと、人間と吸血鬼の混血・ダンピールという種族の特性を熟考し、そこから一つの物語を作り出している。
アルを上手に利用することで『花と悪魔』でも語られた種族を越えた愛情の持ち方、種族の違いから生まれる歩みの違いを再びテーマに掲げている。単純な溺愛物語の その奥にストーリーを拡張しようとする作者の意思に感動する。少女漫画の中には、吸血鬼イケメンって受けるよね、という設定を利用するだけの作品も少なくない。連載中に その世界のことを考えない/考えられない作家さんが私は好きではない。
アルの真意が分かったところで既視感に襲われた。妹を(吸血)鬼にしたくない兄って…、と考えたら吾峠呼世晴さん『鬼滅の刃』だった。どちらがどう、という話ではないが、『黒伯爵~』の連載は2014年からで『鬼滅』は2016年。作者は どの段階でダンピールの設定を考えていたのだろうか。アルが血を飲んでいる描写は結構 早い段階であったけど、最初から この展開を最後に用意するつもりだったのだろうか。
あと本書は少女漫画には珍しくエスターが裸に ひん剥かれる描写が多い。胸だけ出すとかは よくあるが、エスターの場合 下半身も含めた全身が描かれている。レオンの方が露出が少なめ(イギリス紳士だからか?)。過激ではないし下品ではないけれど性描写に結構 踏み込んでいる作品だと思う(特に白泉社作品にしては)。でも夫婦だし、ここまでの経緯があるから性描写を描くのは不自然には思わない。
ウィンターソンの邸(やしき)を10数年ぶりに夫婦が連れ立って歩く。2人は1年前は一緒に見られなかったオペラに出掛け、1年前は一緒に準備が出来なかったクリスマスのプレゼント選びをする。
エスターの悩みはレオンが初夜以来、自分の肌に触れようとしないこと。その上、オペラではレオンの元カノの歌手に遭遇してしまう。これまでエスターは、社交界で囁かれるレオンのモテエピソードは聞いていたが、元カノは初めて。そういえば噂の中に歌手との交際が含まれていたような気がする。
エスターは元カノからマウントを取られ、才能や美貌で負けていると落ち込む。だから翌朝はレオンと距離を置く。そうして家を出た際、元カノと遭遇し、彼女の落とし物をエスターが一緒に探すことで交流が生まれる。元カノから語られるのはレオンは女性を心から愛さないというネガティブな人物評。しかしエスターは その像とレオンが結びつかない。なぜなら自分だけはレオンに本当に愛されているから! …という マウントを取るようなは圧減は良い子のエスターはしないが作品上で描きたいのは そのこと。そしてレオンは元カノとの交際でも決して遊びではなく きちんと相手のことを考えて行動する人であるだということが判明する。
新婚早々の騒動を通して本音を言い合うことで2人は再び結ばれる。仲直りの仕方(婚姻後ver.といったところか)。
多少の波乱はありつつもエスターが幸福に包まれる一方、エスターの双子の兄・アルの失踪情報が入る。
そこで夫婦はレオンの城に向かう。エスターが吸血鬼の王を詰問すると1か月ほど消息不明だという。そして そこでエスターはアルが心臓の病気で長くないことを聞かされる。アルは生きるために、自分の中に流れる吸血鬼の力を目覚めさせようと、好きでも無い血を飲んでいた。どの種族であれ自分という個体が この世から消えないようにすること、それが彼の研究。
クリスはアルが使っていた部屋からダンピール研究者の名が書かれたメモを見つけていた。クリスの訪問にエスターも同行を決める(レオンも帯同)。エスターはアルが病気を秘匿していたことにショックを受けていた。血縁者に生きていて欲しい。それはギルモア侯爵に続くエスターの願いとなる。
この夫婦とクリスとの旅でエスターは、レオンとクリスが気の置けない会話をしていることが嬉しくなる。夫婦となっての初めての冒険という意味合いよりも、レオンとクリスが関係性を修復するしたことを確認する旅のように見える。
研究者の家の近くで一泊することになった一同は そこで吸血鬼に出会う。この街では研究者の娘として扱われる、公式な記録にはない子供。
翌朝、研究者の家を訪問するとアルが1週間前に他界したと聞かされる。安置されているアルの棺に向かう一行は、その部屋で動くあるを確認する。間違いだったと喜びアルに抱きつくエスターだったが、彼からは吸血鬼の反応が感じられた。これがアルの研究の成果。どんな形であれエスターは兄に会えて号泣する。抱きしめられるアルもまた表情が柔らかい。
エスターはアルと語らうことに夢中だが、その場を離れたレオンとクリスは あることを危惧する。そしてアルの真の目的も この先にあるという。そしてアルが この研究者を訪ねたのも理由があった。研究者の娘として扱われている女性は、本当は彼の妻。そのことを場所は違えど、この地を訪れた3人は同時に知る。


妻は、今回のアルと同様に死亡後に吸血鬼になった過去を持つ。そしてアルと同様に彼女も生前はダンピールだった。ダンピールは死んだら吸血鬼として甦る、それが理(ことわり)だという。
だからアルに起こった事はエスターにも起こり得る。そして この夫婦の姿は未来のエスターたち夫婦の姿。ダンピールだった彼女が死後、吸血鬼になることで生活は一変する。そして何より その身の時間が停止することで同じ年の夫と同じ時間を歩めなくなったことに苦悩していた。現に今は妻から娘へと社会的立場を変化させていて、この後は祖父と孫になるのかもしれない。
妻の苦悩を見て、研究者はダンピールが死後に吸血鬼として復活しない方法を模索していた。だが15年の研究でも その方法は発見できなかった。アルが その最新例である。アルもまた同じ研究をしていた。彼の目的は吸血鬼として生きることではなく、その転生ともいうべき第二の生が始まらないことを願っていた。自身が吸血鬼になった今もエスターの阻止のためアルの研究は続く。
エスターはアルが隠したかった理を、研究者の妻から聞いてしまう。彼女の言う理想をエスターは理解してはいけない。なぜなら夫は吸血鬼ハンターだから。エスターはウィンターソン家の人々がダンピールを嫁に迎えることに猛反対した本当の意味を理解する。だからレオンに離婚を申請するが彼は認めない。
そしてエスターは もうレオンの妻として生きることを決意したので、『1巻』でレオンが言ったように、エスターが吸血鬼の本能に目覚め、人間を襲うことがあったらレオンに首を刎ねてもらいたいと願う。まさか1話の短期連載部分を長編の最後の伏線にするとは思わなかった。
エスターが その理を知ったことを周囲は理解する。台詞はないがコマからアルの激昂と激情が見て取れる。その後、研究者の妻はエスターに自分の軽率さを謝罪しに来るが、既にエスターは いつか その日が来るまで幸せになる決意を固めていた。しかし…。
「番外編」…
レベッカとゲイリーの、エスターとレオンよりも長期戦の恋も いよいよ大詰めを迎える。レベッカが仮想敵を設定することによって、自分が何を望み、何を望まないかが鮮明になる。レベッカの動きも鈍感ヒロインのそれで、男性の方が無自覚のナイフで何度も傷つけられている。レベッカが好きという気持ちと、それが誰に向けられているかを理解する。