《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

きっと顕現した神と同じ世界で暮らすことは、人の子に彼我の差を痛感させる地獄の日々。

彼女はまだ恋を知らない(4) (フラワーコミックス)
藤沢 志月(ふじさわ しづき)
彼女はまだ恋を知らない(かのじょはまだこいをしらない)
第04巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

ただの居候高校生と屋敷のお嬢様中学生。お互いの気持ちを確かめ合ったふたりに、離ればなれの危機が訪れる。留学を命じられた空太と、全寮制の高校へと進学する杏奈が、自分たちの恋を貫くためにとった行動とは…!?

簡潔完結感想文

  • 両想いになって自制していた接触を解禁。しかし その場面を見られて島流し
  • 一度その人の信頼に背いたからこそ増強される忠誠心。清和家の人心掌握術。
  • 無自覚に この屋敷全体を檻にしていた旦那様が不在となり、鍵が開かれる。

よ、人の望みと愚かさを、の 4巻。

もしかしたら本書は神様による楽園の建国記なのかもしれない。神様とは清和(せいわ)家現当主の旦那様、そして楽園とは この屋敷である。神は屋敷に住まう人間に対して無限の愛情と優しさを注ぐ。だから使用人も含めて この屋敷に住まう者は概ね幸福に暮らせている。

だが優しすぎる神は時に人に劣等感や無力感を与えてしまう。神に罪はない、そして同時に人に罪はない。誰が悪いということではないが、楽園で暮らす人間は、時に外の世界に出たくなる。それが人間の本能なのかもしれない。そう考えると本書は とても神話的な内容に見えてくる。

神が作った世界を楽園という名の檻にしてしまったのは、人が人への愛情に芽生えた時なのかもしれない。禁断の果実が赤かったように、自分の中に他者への燃え上がる情熱を見つけた時に、人は意思を持ち、神の御心に背く。それは人間、羽根のある者に課せられた根源的な欲求と言える。『4巻』のネタバレになるが、20年前に母・杏子(きょうこ)が、そして現在その娘の杏奈(あんな)が、愛を知って楽園を出ようとすることは人が人として生きるための通過儀礼にも思える。

人の子に手厚い施しをされる神だが、その御心が人の心を置き去りにすることを知らない。

皮肉なことに楽園を創り、何一つ不自由のない生活を与えていた神は、人の子に空を飛びたいという願望の発生が醜いものだと感じさせてしまう。
おそらく偉大で慈悲深い神と同居すること、身近に接すれば接するほど、人の子は苦しむことになるのだろう。自分が無限の愛情を注がれる対象なのか、それを一身に受けていいのか彼らは煩悶する。

その悩みの中に生きる日々は きっと地獄だ。楽園の中にいながら人は その中に地獄を見つける。それほどまでに人は愚かで醜い。まさか自分の子らが善性でないことを神は少しも疑わない。それが不幸へと繋がる。

そんな神の時代が終わった。しかし神の後継者によって楽園というなの檻は維持される。しかし楽園の鍵は開き、再び楽園から若い女性が出ていく。若き人間は楽園以外の世界で生きるのか、楽園でしか生きられない自分を思い知るのかは まだ分からない。


述のアイデアだと旦那様と その孫娘の杏奈は神と人である。また爪の形など外見的な特徴も余り似ていないように見える杏奈と旦那様だが、その人の心を掴むカリスマ性は似ていると思った。

旦那様で言えば、その意思の実現に奔走するのが瀬能(せのう)である。彼もまた人間として旦那様の無限の優しさが理解できず、彼を畏怖した過去がある。そして何より神の作った楽園内で神への裏切った罪がある。しかし自分が楽園を壊しかけた罪悪感から、瀬能は神への永遠の忠誠を誓う。一度、裏切ったからこそ反転した忠誠は この上なく強い。こうして旦那様は自分の意思を、自分の死後にも継続する手段を得た。瀬能は贖罪のために神の願いを是が非でも叶えようとする忠実な使徒である。

瀬能の罪とは、彼が過去に人が寄り付かない小屋で神を裏切ったことである。しかし この屋敷全体が神の作った楽園であるならば全知全能の神が屋敷内の出来事を把握していない訳がない。瀬能は隠し通していると思っているが、神は瀬能と娘の間の顛末を承知しているのではないか。その証拠に何度か神によって杏奈に真相が明かされそうになる場面があった。神は瀬能の罪悪感を理解しながら、彼を手元に置き、その罪ごと愛しているようにも見える。
そして空太(そらた)は勿論、瀬能にとっても、もしかしたら旦那様にとっても、この屋敷は地獄だと思える部分があったのではないか。三世代の男たちが それぞれ苦悩する この屋敷。風水的に悪いのだろうか。建て直しが一番の打開策??

旦那様は全てをご存知。彼もまた楽園が楽園にならない苦悩で地獄を感じているのかも。

この関係性は杏奈にとっての麻実(あさみ)と同じではないかと考えた。『3巻』で杏奈の優しさの使い方を巡って衝突した2人だが、杏奈が麻実を身を挺して守ることによって、麻実は杏奈のカリスマ性に感化され、瀬能ほどではないが罪の意識が反転している。こうして清和家の者は自分のために全力を尽くす人間を手に入れる。それが清和家の人心掌握術なのかもしれない。結局、反発すら許されない「檻」に閉じ込められた、とも言えそうだが…。

良くも悪くも世界を支配していた神の死。それによって何がもたらされるのか。初めて人の手によって楽園作りが進行するが、後継者不在で衰退の一途を辿る未来が見え隠れする。


京の女子高に進学を決めたものの、それが空太との関係の終焉になる可能性に気づいた杏奈は元気がない。そんな彼女を麻実は爪みがきをして元気にさせる。この爪みがき を話のタネにして麻実は屋敷中の人々の爪をチェックしていた。

杏奈は、家のための一歩を踏み出すはずが、その一歩で自分の人生、この屋敷の中の全てが変わっていくかもしれない恐怖に包まれる。しかも祖父である旦那様が再度 倒れ、彼の命に危険が迫っていることが主治医から明かされる。仕事面では秘書の瀬能が、旦那様と同様の能力を発揮し問題はない。そんな瀬能を旦那様は息子だったらと何度も思ったらしい。それは彼の能力以上に彼自身を認めることが出来たなら、という旦那様の悔恨なのかもしれない。その理由は後に語られる。

ますます不安を抱えた杏奈は子供の頃に空太と2人で現実逃避の場所にしていた小屋の中に逃げ込む。彼女の居場所が分かるのは空太だけ。季節は進み、冬へと向かう頃、寒い小屋の中で2人は身を寄せ合って語り合う。杏奈は自分の心の中に溜め込んでいた祖父を亡くす不安、将来への不安、変化への怖れを空太に吐露する。

そんな彼女を空太は抱きしめることしか出来ない。空太は無力で何も持っていない。その後で言葉を発したのは杏奈の方だった。変わりたくない一番の理由は空太の存在にあった。彼女は ここでh締めて空太へ好意を口にする。それは空太が夢想してきた至上の言葉である。
杏奈の気持ちを確認し、空太は彼女とキスをする。これまで堰き止めていた感情が一気に流れ出し衝動に支配される。だから2人は そのまま倒れ込み、自分たちが早く大人になれるように2人の距離を近づける。
その小屋に瀬能が近づいてくるスペクタクルな場面で1話が終わる。


者が その1ページ先を知りたいと願っていることを知っているのに、作者は意地悪にも瀬能が この屋敷にやって来た20年前の回想を挿む。もちろん意地悪だけじゃなく、この回想が この小屋と瀬能だけが知っている過去を明らかにする。

両親は負債によって夫が妻との心中を果たし、遺されたのが瀬能だった。当時の瀬能は大学生で、学費を支援する旦那様の申し出を断って、屋敷で働くことにした。旦那様は優しすぎて逆に心苦しくなる。それが瀬能が学費を断った理由。ということは彼は18~22歳。約20年後の今はアラフォーということか。

使用人として働く中で、杏奈の母・杏子(きょうこ)と出会う。屋敷の周辺は静かだが、使用人たちは退屈な日々を潤すかのように噂話に興じており、それが瀬能は苦手だった。その静謐な喧噪から逃れるために瀬能が見つけたのが例の小屋。そして瀬能こそ小屋に置かれたままだった『ハムレット』の持ち主だということが分かる。


の屋敷が杏子にとって「檻」であることは、彼女が雛のときから育てているインコを通して間接的に語られる。
空を飛びたいインコは檻から よく逃げ出してしまうのだが、それを見た旦那様は庭に大きい檻を作ってくれる。だが それにより杏子がインコを眺めて暮らすことは出来なくなったし、檻の大きさが変わっただけでインコは自由を与えられたわけじゃない。檻は父親であり この屋敷。自分は不自由はないが自由もない。不満はないが、不満を言う経験をしたことがない。父が良かれと思ってしたことは、結局 娘を籠に入ることを強要している。そうやって少しずつ限られた空間で飼い殺しにされる、それが杏子が抱いている贅沢な悩みではないか。

杏子の心の内を分かるのは、旦那様に同じ思いを抱いてしまった瀬能だけ。彼が小屋にいることを発見した杏子は、図書館の利用を躊躇う瀬能のために、彼が持つ唯一の本『ハムレット』と自分が持ってくる本を交換しようと提案する。彼女の持ってくる本に感想を添えて返却することで、杏子は瀬能の好みを悟る。本の好みを知ることは、その人自身を知ることと似ている。そうやって彼女は瀬能という人物を理解したのではないか。瀬能は何度も本を借りるが、杏子は『ハムレット』を返さない。返せば瀬能が新しい本を読む機会を奪ってしまうから。そして自分との接点が失われかねないからだろう。


がて瀬能は使用人ではなく旦那様の仕事を手伝うことを提案される。だが瀬能は自分が厚遇される価値が無いと思っていた。屋敷にとって部外者だし、そして杏子への気持ちが芽生えていた後ろめたさもあるのだろう。

この頃、杏奈と龍也の一世代前の、杏子と東條寺(とうじょうじ)家の縁談が進んでいた。その準備が着々と進むことへの憂鬱は、今の空太そのものだろう。

そして杏子は杏奈と同じく、物事が自分を置き去りにして進む不安を訴える。それは父親への言葉にできない不満。瀬能は、空を飛びたいと思うことは羽根ある者の本能ではないかと彼女を肯定する。彼女の価値観を肯定することで、彼女の騎士になれると思った。
それが若き日の瀬能の罪。こうして2人は同じ悩みを抱える者として惹かれ合う。


れから しばらくして高杉(たかすぎ)という旅の絵描きが旦那様に気に入られて屋敷に滞在する。彼は絵描きでありながら俗物的。杏子の容姿に惹かれ、そして若い男女が一緒に暮らす この屋敷の在り方に興味を示す。ただし絵描きとして杏子をモデルにすることで、彼女の心の揺らぎや変化を一番に察知した人なのかもしれない。

そして杏子は高杉が滞在する頃から小屋に来なくなった。つまり瀬能と接触しなくなった。それでも瀬能は小屋で杏子を待ち続けた。彼女との恋が本物だと信じたくて。
けれど杏子は、自分が高杉の子を妊娠していること、彼と共に生きること、捜さないで欲しいことを書き記した1通の手紙を残して消える。そこからは これまで語られてきた通り。東條寺家とは破談となり、杏子の存在はタブー視される。

しばらく後、瀬能は久々に入った小屋の中に彼女に貸していた『ハムレット』が返却されていることに気づく。彼女との愛の交歓は終わった。瀬能は、杏子に気に入られたいという自分の願望をkノジョの心の檻の扉を開けてしまった。だから彼女は外の世界に飛び立った。そして その自由を共にするのは、自分ではなかった。

そして旦那様の大切な者を大空に放った罪を背負って、瀬能は旦那様のためだけに働くことを決意する。それが彼の償い。だから杏奈と空太との関係にも介入し、今度こそ旦那様の意向に沿う未来を作ろうとする。


能に発見された後、杏奈は軟禁状態、そして空太には再びイギリス留学の話が持ち上がり、2人の接点は奪われる。

充分に自制していた空太が、杏奈の気持ちを知って頭が沸騰し、彼女にキスをして押し倒した。その場面を見られたことで彼は破滅する。この時の2人に性的な関係はなかっただろう。ただ自制心を失った空太は杏奈に身体ごと触れたかったから押し倒す形になったと思われる。

空太は瀬能によってイギリス留学か、祖父母と共に屋敷を出て行くかという二択で脅迫された状態。ただ これは瀬能の救済でもある。本来なら有無を言わさず屋敷から追い出すことが出来るほどの罪だが、彼は空太に未来を与えようとしている。これは瀬能が空太に重ねる部分があるからだろう。一方で、空太に厳しい処罰を下すと それが杏奈の醜聞になりかねないという打算もある。
しかし瀬能は倒れた旦那様の代行を全うしようとして、今度は自分が杏奈に、かつての母親と同じ苦しみを与えてることに気づいていない。


して年末の声が聞こえる頃、旦那様が危篤状態に入る。空太は杏奈と接触することなく、その未練を吹っ切るように勉強に打ち込む。出発は年明け10日に迫る。

1巻につき1回は登場する龍也(たつや)が、旦那様の見舞いに訪れる。彼が登場するのは、杏奈が自分の気持ちに気づいてから初めてとなる。これまでは婚約者だと知っても龍也と普通に接していた杏奈だが、今の彼女は龍也を裏切った気持ちでいっぱいなのだろう。杏奈は龍也に謝罪を繰り返す。

龍也は彼らの事情を麻実から聞く。そして龍也は空太に会いに行き、挑発しても俯いてばかりの空太に殴りかかる。杏奈に手を出したのに、責任を取ろうとせず、杏奈から逃げる。そんな空太を龍也は一喝する。
空太は龍也も杏奈と婚約しながら女遊びを止めないことを反論の糸口にするが、龍也は美咲(みさき)との一件で杏奈に借りがあり、そして彼女をある意味で信奉している。だから本心では空太に杏奈のために動いて欲しいのではないか。


の暮れに旦那様が息を引き取り、葬儀の際に空太は杏奈の姿を久しぶりに見る。空太と目が合った杏奈は彼に救いを求めるかのような表情を浮かべるが瀬能によって彼との接触は許されない。

幼い頃から屋敷での生活に馴染んできた空太だが、喪に服す屋敷内では噂話が良く聞こえる。近々、龍也が屋敷に来て、瀬能から徐々に仕事を引き継ぎ、名実ともに この屋敷の主に、杏奈の夫になる。そういう話が空太の耳に入る。これは20年前の瀬能と同じ状況だ。

そして いよいよ婚約者が来るという直前で、この屋敷の娘が男と駆け落ちするのも20年前の再来となる。ある深夜、杏奈が監視の目を逃れて、空太の部屋の窓から侵入し、空太に助けを求める。そんな彼女を守るのは自分だと幼い頃のように空太は正義感に燃える。この後の空太の行動は現段階では不明だが、杏奈が屋敷から消えたことがラストで明かされる。