水野 美波(みずの みなみ)
恋を知らない僕たちは(こいをしらないぼくたちは)
第04巻評価:★★★★☆(9点)
総合評価:★★★★(8点)
学園祭が始まるものの、英二は、小春の動向が気になり、心から楽しめない。直彦と泉は、英二と小春を見守るけれど、ふたりの付き合う様子に、かすかな違和感を持ち…一方、瑞穂は英二への思いを募らせる。それを知った太一は、複雑な気持ちで…!? 【同時収録】虹色デイズ 番外編
簡潔完結感想文
- 自由奔放な恋人の手綱を握るのが役割なのに、魔が差して大きな代償を払う。
- 犯行は認めるが動機を話さない相原 英二容疑者。直彦刑事は捜査の休止を宣言。
- 好きな人の交際に問題が発生すればワンチャンあると思ってしまう この醜い恋心。
心に作用するのは「本物」の言葉だけ、の 4巻。
好きでもない相手との偽装交際の しっぺ返しが見られる。
感想文で ずっと書き続けているが、作品内の「本物」は相手の心に届く。それが本書のルールだと思う。例えば太一(たいち)が池澤(いけざわ)にライブに来てほしいと願った勇気は本物だし、英二(えいじ)が太一を応援したいという気持ちも本物。だから太一の願いは池澤に届くし、英二の清々しい背中は池澤の心に残る(全て『2巻』)。
それは負の感情でも同じ。英二が ずっと言えない泉(いずみ)への想いを匂わせる言葉は本物だから、その言葉を聞いた池澤や藤村(ふじむら)の心に残り、なぜ英二が そんな発言をするのか彼女たちは気になって推理を重ねる。
そんな英二の隠している恋心に いち早く気づいたのは藤村だった。英二は藤村に、直彦(なおひこ)と泉の交際を邪魔されたくなくて偽装交際を提案し、彼女の制御を試みる。だが どうやら藤村の方が一枚上手で、Wデートをすれば英二は出し抜かれるし、そのWデートで藤村が期待したのは英二の暴走だろう。英二は知らずに藤村に誘導されており、彼女による二方向からのカップル破壊作戦の駒として使われていた。
すぐには結果は出なかったが、今回 英二は藤村の狙い通り、過ちを犯す。作者が どこまで考えているのか分からないが、私が大変 面白く読んだのは、そんな英二を誘導する黒幕的ポジションの藤村が、英二の浮気の第一発見者として現場に登場することで、英二を加害者に、自分を被害者のポジションに配置することに成功している点である。これによって英二は自分が藤村の掌で踊らされていたことに気づく可能性は限りなく低くなる。これにて藤村の完全犯罪は成功したと言えよう。
このミステリのような構図が成立するだけでも十分 面白いのに、その後の展開が強烈だった。
藤村犯人説を基本にして語るので ちょっと藤村に申し訳ないが、興が乗って来たので このまま進める。英二を暴発させた藤村は その天才的な頭脳で、泉の行動もシミュレート済みで それを英二に伝え、彼を直彦のもとに走らせる。こうすることで泉方面だけでなく、直彦にも心理的ダメージを与える目的だろう。この時、泉第一主義の英二の心をくすぐって彼を暴走させているのが また天才的だと思う。
実際に藤村が その効果を確かめるのは少し時間を置いてから。直彦がショックを受けているであろうことを予測して藤村は彼の前に現れる。ここで大事なのは藤村は何も語らないで済むということだろう。英二の暴走は藤村が語らなくても英二が自白しており、藤村は完全に浮気の「被害者」として直彦の前に登場できる。
そして元カレを含めて これまで幾度も自分の恋愛の悲しみから回復してくれた直彦に擦り寄る。だが直彦は揺るがない。結論を急がないし、大らかに事態を見通す。そして最終的に誰とも決別しないのではという予測を立てる。
その直彦の寛容は天才・藤村の予想外の反応で彼女は動揺する。だから英二の欠点を列挙して自分がダメンズばかりに振り回される被害者の一面を強調。そして最終的に直彦の手を取って、半分 色仕掛けのような行動で直彦の心を強引に動かそうとする。
だが直彦は「本物」なのである。半年間の遠距離恋愛に負けないほど本当に泉のことを大事に想っているし、英二の欠点を含めて彼のことを分かろうとしている。と同時に自分が これ以上 藤村のことを救う真似をしないと やんわりと しかし ハッキリと彼女の前に一線を引く。直彦が藤村からの好意、または悪意を感じ取ったかは不明だ。だけど直彦は自分の価値観で英二と藤村の交際に口を出さないと自分の考えを明確に出す。
二つ名を付けるとしたら「不動の直彦」だろうか。これが彼の持つ「本物」だと思った。そして本物の前に小悪党は退散せざるを得ないのである。『2巻』ラストから黒幕として動いていた藤村は、直彦という絶対的正義によって その悪の心を浄化されてしまった。彼女に残ったのは浅ましい自分の計画と羞恥だった。
これまで藤村の「落とし物」を拾ってきた直彦だが、この時 彼が藤村に返したのは彼女が落とした「良心」だったのかもしれない。
作品内では誰かが放った言葉が波紋となって広がる。直彦は、藤村の英二情報の乏しさを指摘した泉の言葉が気になり、英二と藤村の交際について疑問を抱くようになる。
その英二は藤村の自由奔放な言動に振り回されたり、太一の池澤への消極的な姿勢が気になったりして精神的に疲弊していく。しかも学園祭中に先輩女性に絡まれて「彼女」を見せろと強要される。そこで入った藤村のクラスの お化け屋敷には誰もおらず、暗がりで英二は先輩女性からアプローチされる。これは英二は年上好きという中学時代の情報が波及したため。泉への想いを隠すための過去の「擬態」が面倒くさい事態を招いたことを知り、英二は先輩女性に年上が好きなのは誤情報で「昔からタメの方が好き」という本心を話す。
この時の英二の会話を聞いていたのは暗幕の裏で作業をしていた泉。この際の英二の発言は「本物」なので彼女に伝わる。
当てが外れて逆ギレする先輩女性が去った後、泉が顔を出す。疲弊していた英二が一番会いたかったのは泉。願いが通じたかのように泉に会うことで心が弛緩する。どうやら会話の内容も泉には聞こえなかったと言う。自分は聞いてない という認識を確定させるために泉は英二と離れようと強引に英二を押し出そうとして2人は転倒する。
英二の目の前には会いたかった泉の顔があり、彼女の転校以降 心が磨り減るばかりの英二は、そんな日常と決別するかのように彼女にキスをする。やがて自分の行動に驚愕する英二。しかも その場面を藤村に目撃される。状況的には完全に浮気現場である。
そういえば少女漫画って女性にとってファーストキスじゃないなら強引なキスもOKという空気が未だにある。何なら当て馬とのキス直前に、ヒーローとのキスを先に済ませて、そこから当て馬が暴走するというパターンも散見される。これはヒロインの心の傷を最小にしつつ波乱を最大にするという手法なのだろう。そして英二が『2巻』で直彦と泉の路上キスを目撃するのも、もしかしたら泉は絶対にファーストキスじゃない、という英二の中の確定情報のためかもしれない。
藤村に目撃されて英二は取り敢えず藤村の手を取って犯行現場から離れる。英二の好きなミステリだったら、ここで藤村は口封じされている状況か。
だが英二は藤村に行為そのものではなく、その心の弱さを指摘される。ある意味 こちらの方が堪えるだろう。英二は、藤村には直彦に手を出すなと脅迫まがいの言動をしていたのに、その自分が泉に手を出す。
今回の英二の暴走で、藤村は英二の泉に対する好意を確信し、初めて自分の推理を英二に述べる。それぞれ1組のカップルの一方を好きであるならば、2人は同じ目的を持つ共犯者になれる可能性を秘めている。
そして藤村は泉との付き合いは短いものの彼女の性格を熟知していて、今回のような騒動が起きた時、泉は直彦に隠したりせず、自分から話しに行くと分析する。そう藤村に指摘され、英二も その可能性に思い当たる。そして自分の罪を自分で引き受けるためにも直彦のもとに行こうとする。
焦燥で自分のことしか考えられない英二は、直彦のもとに走りたい自分を止める藤村を邪魔者のように扱う。そんな英二の勝手な態度に藤村は平手打ちを浴びせる。それは英二の2つの間違いを正すためだろう。1つは自分を美化して相手(藤村)だけを悪者にする思考の偏り。そして もう1つは英二の自己満足。英二が泉のためと思って我慢していることは泉には伝わっていない。そうして苦しみを自己増殖させて、その上 その苦しみに酔っている。そんな英二の態度を藤村は糾弾する。
泉はキスを目撃されたことで同性と異性、2人の友達を一気に失う危機となった。泉が精神的に不安定な時に会いたいと思うのは直彦だった。藤村の分析は正しい。
事情を泉が話そうとする前に藤村を振り切った英二が現れ、自白する。だが英二は犯行は認めたものの動機は嘘をつく。完全に「いくじなし」である。その罪に対しての直彦からの制裁は頭突き。本当は殴りたいが英二が先に誰かに殴られた痕を見て、頭突きにした。
英二は直彦からの どんな怒りも受け止める気でいたが直彦は すぐに冷静になる。この切り替えの早さは、もしかしたら英二の謝罪や反省の態度が「本物」ではないからではないか。本当のことを言わず、まだ何かを我慢している英二に直彦は怒る気になれない。不誠実な奴に一方的に怒りをぶつけるのは嫌なのではないか。直彦が欲しいのは本当の心、本当の友情だろう。
その後、泉は直彦に自分の言葉で起きたことを説明しようとするが直彦は学際の気分を台無しにしたくないという名目で先延ばしにする。それは泉の混乱を鎮める時間を設けるという意味でもあろう。自分の混乱よりも彼女を優先し、その間に自分も落ち着きたいのかもしれない。
そんな直彦の前に表れるのは藤村。彼女は この騒動後の直彦の変化を確かめたかったのだろう。おそらく泉と別れる選択肢を望みつつ、藤村はカウンセラーのように直彦から優しく話を聞き出す(ナースコスプレが ぴったりな状況だ)。
だが遠距離にも負けなかった直彦は頑丈。そういう直彦の広い心を藤村は好きになったのだろうが、今の藤村には じれったい。かえって藤村の方が焦り、恋人である英二の欠点を羅列し、そして自分の本当の好きなタイプを発表する。まるで少し前の お化け屋敷内での英二と同じ自白である。
恋が上手くいかないと藤村は直彦の手を取り、幸せを望むが、直彦はそれに応えない。更に直彦は絶望的なまでの優しさを見せる。これまでのように弱いところを見せて泣き落としを使って直彦に迫ったのに、善意100%で助言され、藤村は羞恥を覚える。それに藤村の言葉が嘘だらけだから直彦には届かないのだろう。
文字通り頭を抱えて うずくまる英二を発見した池澤は、たんこぶ になった額を処置するために保健室に連れて行く。英二の顔の2種類の痕跡が別人物によるものだと英二は言うが、その経緯は話さない。池澤はいつも物事の断片しか掴めない。ハッキリした性格の彼女からすれば隔靴掻痒の連続であろう。
英二の怪我を知った池澤は藤村に その騒動を聞きにクラスに向かう。だが そこにいたのは泉と太一。英二の情報を知りたい池澤は前のめりになって泉に話を聞こうとするが、池澤は知らないが泉は当事者。困ってしまう泉を太一がフォローすることで泉は説明せずに済む。
池澤は泉と別れ、今度は直彦に真相を聞こうとする。それを追う太一。最初は事態が呑み込めなかった太一だが、英二絡みの騒動の真相を池澤が知ることに得は無いのだと直感し、彼女を引き留める。そこで池澤の真相追及の根本には英二の好意があることを指摘。そして力になりたいと協力を申し出る。それが太一の愛の形。
池澤は自分の心を吐露する相手が欲しかった。英二が藤村とケンカしたことを知って自分の付け入る隙が生まれるのではないかと嬉しく思ってしまったことを恥じていた。この醜い感情が恋であるとは認めたくない。
こうして学園祭1日目は終わる。2日目は英二は登校せず、藤村も泉を避け、いつもの日常が始まる。そういえば本書は少女漫画の学園祭なのに男性たちがコスプレをしていない(太一はしてるか)。英二が学園祭でコスプレするぐらい弾けるのは毎日が虹色に輝いてからか。
そんな日常が始まる朝、泉が藤村を下駄箱で待っていた。そして泉は藤村に「彼氏」である英二とキスしたことを謝罪する。だが その謝罪は藤村からすれば見当違いで、そして勝者の余裕に見えてしまう。だから泉に苛立ちを含ませた言葉をぶつける。そして自分には「謝られる資格もない」。これは直彦に接近した恥ずかしい自分だからだろう。そしてまた この言葉は「本物」の感情だから、泉の届き、心に残っていく。
英二もまた直彦を避け続ける。そんな彼に声を掛けるのは池澤。理由をつけて図書委員の作業に彼を誘い、彼の様子を探ろうと いつもより饒舌になる。それが自分を心配していると分かり英二は真相は話さないが、自分の想いをポツリポツリと話す。相変わらず池澤には全体像が見えない話しぶりだが「レンアイに向いてない」と語る彼の本音だけは届く。
英二と藤村と再び向き合い、現状を報告し合う。
藤村は泉と気まずくて避けるのも笑顔でいるのも辛い。そして英二は藤村を通じて直彦の反応を知る。直彦は中学時代からの付き合いの泉と英二のことばかり考えていて、自分が部外者であることに藤村は疎外感を覚えた。
そんな誠実な直彦に対し、直彦をよく知っているのに偽装交際で彼を騙すようなことをした英二の行動に藤村は疑問を抱く。それに対し英二は、中学時代に自分が感じた直彦からの「裏切り」について話す。英二は突然 泉との交際を言われて面食らった。その時点で自分が出来ることは何もなく、心にもない祝福をするしかなかった。一番 大事な事を言わない直彦に対して英二は遺恨を抱いていた。それが逆恨みに近いのも、自分が彼に比べてズルいことも分かっている。
藤村は英二の不器用すぎる生き方を知る。そして偽装交際こそ彼を苦しめる一因だと考え、そして藤村にとっても現状は もう意味のない虚飾であることを認め、その解消を申し出ようとするのだが…。
「虹色デイズ 番外編」…
おそらく2018年の実写映画化に際して作られた番外編。『虹色デイズ』の中盤(序盤と言ってもいいかもしれない)ぐらいの時期の話で、後日談でもないので新鮮味ゼロ。ちょっと懐かしい面々と会える、在学中なのに読者にとっては同窓会のような、変わらない彼らの青春の日々が描かれている、という感想しか浮かばない。