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少女漫画と小説の感想ブログです

ずっと見たかったのは目標に向かって走る君の背中。屈託のない君の笑顔。君の幸せ。

恋を知らない僕たちは 10 (マーガレットコミックスDIGITAL)
水野 美波(みずの みなみ)
恋を知らない僕たちは(こいをしらないぼくたちは)
第10巻評価:★★★★(8点)
 総合評価:★★★★(8点)
 

保健室でのキスから小春への気持ちを自覚した英二。だが小春は瑞穂への負い目から自分の気持ちを認めず、英二を避け続ける。そんな小春に対して、瑞穂は自らの恋にけじめをつけるべく動き出し…!?

簡潔完結感想文

  • 同じ人を好きになった人の器の大きさと自分の小ささ。どこかで見たよね…??
  • 恋心が生まれた背中を見届ける恋の終わり。胸を張って頑張ったと言える恋をした。
  • 彼女に恋心を拒絶されても、まだ自分に できることがある喜びを英二は感じる。

手に素直に好きと言えない面倒くさい人間、の 10巻。

いよいよクライマックスなのだが、1巻丸ごと藤村(ふじむら)が逃げ回っていて、彼女のことを嫌いになりそうだった。特に読者のメタ視点だと両想いは確定しているから、なぜ藤村は英二(えいじ)に自分の気持ちを話さないのか不思議でならなかった。

しかし この面倒臭さ や こじらせ感にデジャヴを覚えて、立ち止まってみて分かった。今の藤村の姿は、泉(いずみ)に好きと言えるまでの英二そのものだ、と。きっと作者は英二と藤村が徹底的に似た者同士であることを描きたかったのだろう。だから告白するまで可能な限り逃げ回る。英二が『1巻』0話から『8巻』中盤まで してきた遠回りを、この『10巻』の藤村に凝縮させようという意図なのではないか。

そして英二との意図的な相似は周囲の人間の配置にも表れている。それが藤村と池澤(いけざわ)の関係。英二における直彦(なおひこ)と同じで、同じ人を好きになってしまった上に相手の方が自分よりも誠実で器が大きく、勝手に劣等感を覚えてしまうという点も藤村と英二の共通点だろう。また相手は自分よりも先に告白した勇気がある者なのに対し、自分は出来ないという点も立場的に負けている。
藤村独自の問題としては彼女は いつも恋心が後発であることも負い目になっているのではないか。中学時代から直彦を好きな泉、自分の前から英二を好きな池澤、彼女たちに比べて自分の恋は「惚れっぽい」で片付けられてしまうほど弱々しい。だから池澤の方が正当な英二の相手なんじゃないかと悪い方に考えるから問題と向き合えない。池澤への義理に欠くという思いも気持ちを後ろ向きにする。

そんなところまで似てしまった2人。作者は恋心を抱いている期間や運命的な出会いを愛の強度にするのではなく、こうして愛を渇望してきた2人の弱さと強さを描くことで、2人の相性の良さを描いているような気がする。作品全体が彼らの恋心の積み重なりと言えるのである。英二は池澤に どれだけ想われても なびかなかったし、藤村は杉(すぎ)に熱烈にアタックされても心の隙間や寂しさを彼で埋めようとは思わなかった。そんな実は人を選んでいる2人が、最初から偽装とはいえ交際し、相手と一緒にいることを選べたことが奇跡的な出会いと言えるのかもしれない。

その自分の変化に無自覚で不器用で弱くて自己肯定感が低くて…などなど、彼らは とても よく似ている。

実は恋愛の成就よりも、直彦との これぞ親友同士の会話という場面に毎回 グッときた。

た似ていると言えば池澤と太一(たいち)の好きな相手のことを とことん分かる性格も似ていた。そして相手のことを知りたい、相手を悲しみから守りたいという彼らの気持ちは、一種の未来予知のような能力にまで発展している。

例えば池澤は英二の気持ちが手に取るように分かるから、彼が藤村に惹かれていること、そして自分が振られることを先に理解している。それは太一も同じで、池澤の英二への恋が上手くいかない予感に囚われていたし、池澤が悲しむこと、そして彼女の性格上 一人では泣けないことを理解して彼女が立てた目標を達成したことを察知して、泣く場所を提供している。

また この2人は いわゆるライバル関係になった人を純粋に応援できる性格も似ている。太一は池澤が英二を好きだと分かっても池澤の幸せを純粋に祈れる。そして池澤は藤村が同じ人を好きになっても彼女と対話し、彼女の恋心を挫くどころか応援している。池澤は、『10巻』で逃げ回る藤村にエールを2回も送っている。

そう考えると、圧倒的ヒロインの泉と器の大きい直彦カップル、そして自分よりも誰かを優先できる池澤と太一に比べると、英二と藤村は薄汚れている(苦笑) でも こういう間違うカップルを作者は この作品を通して描きたかったのだと思う。間違えるからこそ修正が出来るのだし、そこに成長とドラマが生まれる。泥臭い、ド根性恋愛を英二と藤村は体現していると言えよう。


実はどうであれ、保健室のキスは英二・藤村ともに自発的に動いた認識がある。特に英二は「好きにならないとキスなんてしない」という自分の性格に照らし合わせると、藤村への好意が自然と浮かび上がってくる。

自分の気持ちに気づいたばかりの英二は気持ちを すぐに伝えることを躊躇する。だが藤村が元カレの名前を出して英二の気持ちを無視するような発言をしたため、英二は反論するために「藤村がかわいく見えたから」と動機を話してしまう。その英二の発言に藤村は一瞬フリーズした後、会話を打ち切り退室する。そうでもしないと藤村は かわいいに反応してしまうから。藤村が英二への想いを隠すのは池澤への義理。直彦に続いて恋心の自覚が後発の自分は いつも「邪魔者」であるという感覚を藤村は抱いている。

一方、英二も自分の藤村の発言に自分で驚いていた。英二にとって かわいい=好き=好みのタイプは一直線で、あの時に湧き上がった恋心が藤村への視点を変えた。英二は かわいい藤村が好きなのではなく、藤村を好きになったから かわいく見えた。英二は あまり人の容姿について考える人ではなく、好きになった人こそ自分の ど真ん中なのだ。それは泉の前例が自分に教えてくれる。そして いつもトラブルを抱える危なっかしい藤村を英二は守りたい。英二に そういう気持ちが初めて湧いてくる。
『2巻』の夏祭り回で英二が偽装交際を持ち掛けたのは、泉の幸福を壊されたくない≒自分の我慢を無駄にさせたくない、という気持ちだけでなく、泥沼にハマる前に藤村を助けたかった。そういう意味では最初から英二は藤村のヒーローで頼りがいが あるのではないか。

英二の恋心を見抜いていた節のある直彦は英二と恋バナをして、英二の性格も考慮すると彼と藤村の相性は最初から良かったと お墨付きをくれる。最高の親友が自分の恋心を保証してくれたことに英二は安心を覚えただろう。


村は自分の抱えるモヤモヤを太一に相談する。今の藤村には太一は自分と同じポジション。自分の恋よりも相手の幸せを優先できる太一に教えを乞いたい。そんな会話を池澤に聞かれてしまったので、藤村は正面から池澤に自分が邪魔者にならないように英二に必死になってと やや身勝手な お願いをする。自分の想いが消滅ような状況になれば この苦しみから逃れられると藤村は考えているのだ。だが、そうではないことは英二の こじらせ が教えているのだが…。

池澤は恋愛成就は諦めているが、夏休みに見た英二の「明るい背中」を再度 見たいと願っていた。それを見るため池澤は英二に関わり続けていた。だから自分に遠慮しないで藤村は自分の気持ちを優先して欲しいと池澤は願う。

でも藤村は自分の恋愛が迷惑をかけ、そして自分も疲弊していくことの連続で恋愛をしたくないと藤村は考えている。だから池澤が英二に接近し、引導を渡して欲しい。
そんな彼女の隠している本心を見抜くのは池澤。彼女からすると今の藤村は告白前の自分そのものに見えるだろう。自分の気持ちと向き合わず 誤魔化すことで結論を先送りにしている。かつて太一から そう教えられたように今度は池澤が藤村に対して諭す。このエールの連鎖も本書の心地良い部分だ。
だが、藤村は池澤の言葉からも逃げていく…。


の後、池澤は立て続けに英二と会話をする。これまで探ってきた英二の性格、藤村の反応などから池澤には2人の想いは よく分かる。だから英二が藤村とのキス情報で もう英二の気持ちは類推できるのだ。すっかり英二のスペシャリストになっている。

だから英二の口から何を聞かされるか分かりながらも池澤は その場から逃げない。これが彼女が恋心と最後まで向き合うということだし、彼女の目指す頑張りの具体的な方法だと直感する。

英二は、新しく発見した自分の気持ちを彼女に伝える。その予想通りの内容は悲しいが、藤村の気持ちが見えている池澤は英二の背中を押し、藤村の心を上手く開けるように祈る。これが池澤の頑張りたかった到達点だろう。ちゃんと新しい恋に歩き出した英二に改めて振られた。自分を選ばなかった彼の選択を きちんと受け入れる。

そんな池澤を心配しているのは一途に彼女を想い続けている太一。池澤に応援いらないと言われても心配は尽きず、彼女の前に現れる。池澤が英二の心を推理できたように、太一は池澤の未来が見通せていたし、今の心境も手に取るように分かる。だから ずっと凛としている池澤に頑張った、強がらなくてもいいと泣ける場所を提供する。こんな時でも池澤は泣けないのは自明で、ならば泣けるように誘導するのが自分の役目だと太一は考えた。人のことを深く理解しているから、自分のすべき行動が分かる。この2人は そういう部分が とても似ている。
そして泣いて、振られた自分を正しく受け入れることで池澤もまた 新しい一歩を踏み出せるのだろう。


ばらくして落ち着いた池澤のケアを彼女の友人に任せ、太一は英二のもとに向かう。そして英二の新しい恋を太一も心から応援する。これは英二が池澤に行かなかったことの安堵でも罰でもなく、太一の心からの応援だろう。彼は「信じられないくらい いい人」なのである。

こうして周囲から背中を押される英二。そして藤村への想いは、泉の時と違い不自由がない。だから英二は藤村が一人でいる可能性を知って、彼女と一緒に帰る提案をすることで勇気の第一歩を踏み出そうとする。自分に選択肢があるなら動きたい。それが過去の失敗から学んだことだろう。

しかし英二が藤村の教室に着いた時には彼女の姿はなかった。それを英二は追いかける。藤村は途中で粘着男・杉(すぎ)の姿を見つけ足止めを食らっていた。しかし どうやら杉は新しい恋を見つけたようで それに夢中。その事実を追いついた英二と確かめ合う。

そこで英二は藤村を お好み焼きに誘う。偽装交際から接近した2人だが一緒に下校するのは初めて。こんな当たり前のことをしていないのは作者が念入りに両想いまで彼らを並ばせなかったからか。そういえば偽装交際直後のバイト先から律儀に家に届けたことはあったけど(『2巻』)。


2人は お腹いっぱいになるまで食事をし、そこで油断が生まれた藤村が次の計画の話を持ち出す。焦る藤村だったが英二は次の約束をする。

この場面、英二は積極的だが、藤村は消極的。その温度差の原因は藤村が罪悪感や自己嫌悪を抱えているから。英二は自由な恋愛に喜んでいるけれど、藤村は自分は邪魔者だと思い込んでいて涙を流す。そして その涙を見られたくなくて藤村は またもや逃亡する。逃亡率の高い、少女漫画のヒロインの特性を藤村は体現している。

それを追いかけ、追いつく英二。そこで藤村は黙っていた池澤への義理立ての話を英二に始める。だが英二は池澤の気持ちに応えなかった。なぜなら英二には好きな人がいるから。ハッキリしない英二は好きな人を名前を出さないが、その匂わせ発言が藤村の心を傷つける。
しかし今のヒロインは藤村。落ち込んでからの喜びは少女漫画の王道展開。英二の好きな人は藤村なのである。


なり前から両片想い状態だけど、それぞれ自分が両想いに一番 遠い場所にいると思っていた2人。だから藤村にとって英二の告白は青天の霹靂。藤村には英二の想いを受け入れられない心理もあり、彼女は英二の想いを本気にせず正面から受け取らない。一種のトラウマ状態とはいえ面倒臭い人だなぁ。

だから英二は気持ちの伝え方に悩む。そこに現れるのは良き相談相手・直彦。またもや英二の突発的な行動に呆れる直彦だったが、英二が 余り落ち込んでいないことに気づく。英二は どんな結果になろうとも自由に動けることが嬉しいようだ。振られたのに晴れやかな英二の表情を見て直彦は喜ぶ。

翌朝、英二は藤村に接触を図るが、話題が藤村と泉の関係になったため、藤村は英二が泉を主体して話していることに嫉妬を隠せない。英二は ちゃんと藤村のことを心配しているのに、なかなか それが伝わらない。


村が泉に英二のことを素直に話せないのは なぜか。その答えを教えてくれたのは池澤だった。放課後、すれ違った池澤に藤村は英二と何かあったことを見抜かれ反応してしまう。英二に好意を寄せられて嬉しいのに断ってしまうのは、藤村が自分に自信がないからだと池澤は改めて分析する。そして藤村が泉には出来ない恋バナを、同じ人が好きな池澤に出来る訳は、藤村が池澤にライバル意識を持っていないからだと分析する。そして また泉も藤村のライバルなんかではないと池澤は助言する。

池澤に背筋を伸ばしてもらい藤村は話し合いの場となった図書室を後にする。その直後に英二が藤村を探しに現れた。藤村が出て行ったばかりと聞き英二は走って追いかける。その英二の姿に池澤は ずっと見たかった光の中を走る英二の背中を見た。あの夏休みから(『2巻』)ずっと見たかった その姿を見届けて池澤の恋は本当に終わる。恋の始まりと終わりが同じ光景というのが素晴らしい。

英二と一緒に走って、彼を知りたくなった池澤だけど、今回は その背中を見送るだけ。

村が向かったのは泉のもと。『8巻』の女子会で泉と再出発してから、なかなか縮まらなかった原因を藤村は正直に泉に話し、そして 自分が隠していた英二への気持ちを彼女に初告白する。

そうして泉と藤村が真に友達になって後で英二が藤村を発見する。泉もまた英二の気持ちを知っているので、嬉しさを隠せないまま英二と場所を代わる。

ただ自分に自信のない藤村は、まだ英二が嫌なところばかりの自分をどうして好きになるのか分からない。恋愛を通して自信を無くすことが続いて恋愛の仕方も分からなくなってしまっている。

そんな藤村に英二は ゆっくりと信頼や信用を育ててもらおうと自分の一途な想いを伝える。性急に事を進めると失敗するというのは英二が失敗から学んだ教訓だろう。だから藤村の歩みに合わせて、一緒に並んで進もうとする。その第一歩として一緒に帰ることを提案する。

英二の誠実な提案に、頑なだった藤村の心が溶け始める。だから藤村は英二との未来を描けるようになり、交際後における理想を語り、涙を流しながら英二に告白されて嬉しかったこと、既に両想いであることを彼に告げる。

ラストは作者が単行本化の作業で描き下ろした英二と藤村の姿を見届ける直彦の姿になっている。彼にとっても英二が率直に好きな人のことを語るのは中学時代の「約束」を果たせた。そして直彦にとって親友が幸せになるのを見届けたのは初めての経験となる。『8巻』の泉への告白は心配でならなかったが、今は完全に喜び一色だということが伝わってくる場面だった。そして これで圧倒的ヒロイン泉の願い通り、英二は別の人と幸せになり、中学時代からの男女3人は これからも一緒にいらるようになり英二との「友達エンド」が成立した。さすがヒロイン様の お力である。
この場面、泉が見守っていても良かった気がするが、それだと ちょっと嫌味が出てしまうのかな。やっぱり直彦の方が爽やかか。というか泉は中盤に一瞬 圧倒的ヒロインになってものの、役目を終えてから本編で影が薄い。藤村には仲直り後も腹を割って話せてなかったし、情報も直彦経由でしか伝わってきていない。なんなら藤村は池澤と腹を割って話しており、彼女たちの方が連帯感が強まっている。これから本物になった英二・藤村カップルとのWデートとかも、藤村の ヤキモチで実現しなさそうだなぁ。