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少女漫画と小説の感想ブログです

泉が圧倒的ヒロインになることで、純情なはずの英二が当て馬の位置に堕とされる。

恋を知らない僕たちは 5 (マーガレットコミックスDIGITAL)
水野 美波(みずの みなみ)
恋を知らない僕たちは(こいをしらないぼくたちは)
第05巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★★(8点)
 

学園祭の最中、英二が泉にキスをしてしまったことで、6人の関係が大きく揺らぎ始める。太一は、英二と小春がつき合っているフリをしていたことを知り、戸惑いを隠せない。一方、泉は、小中学時代に英二・直彦と出会った時の気持ちを、直彦に打ち明け…!?

簡潔完結感想文

  • 偽装交際が終了し、男女交際は1話の状態までリセット。あとは友情の回復だけ。
  • 3人の男女で一番 早熟だった英二の、奥手の男女に振り回された被害者意識に納得。
  • 圧倒的少女漫画ヒロインの泉は当て馬の動きに驚きつつ友達エンドを直彦と目指す。

滅の純情 の 5巻。

この『5巻』で2組4人の関係性が『1巻』時点までリセットされる。ここまでが第一部で、ここからが第二部のような印象を受けた。その第一部の終盤では、泉(いずみ)と直彦(なおひこ)の愛のパワーを前に、闇堕ちした藤村(ふじむら)と英二(えいじ)の偽装交際カップルによる二正面破壊工作は通用しなかった。特に直彦の放つ あまりの光の強さに2人は それぞれに自分の闇の濃さを思い知り、羞恥を覚える。

藤村黒幕説で言えば、思ったほど使えなかった手下(英二)をボスが解雇する場面に見える。

今回は色々なことが起きた学園祭の後始末となり、藤村は英二に偽装交際の終了を提案する。そして泉と直彦もペンディングしていた話し合いの場を持ち、お互いの気持ちを正直に吐露する。この話し合いで3人の過去が泉の視点から再定義され、そして彼らは英二を含めた3人の関係性の将来を見据える。

この話し合いによって泉と直彦のカップルは まるで最終回のようなエンディングを迎えている。これで彼らの関係は盤石で、波乱が起きることはないだろう。2人は初恋同士の恋を育て、遠距離恋愛にも負けなかったし、今回の交際後の当て馬と女性ライバルの同時襲来にも揺るがなかった。これ以上 第二の当て馬やライバルを登場させて波乱を起こしたら駄作になってしまう。高校1年生なので進路問題もないし、遠距離恋愛も可能性が消去されている。この2人にとって大切なのは自分たちのことではなく、大切な友人との関係なのである。


『5巻』後半は泉視点での3人の関係の再定義。ここで見えてきたのは泉の圧倒的ヒロイン感。鈍感で不器用で天然で隙が多い愛されヒロインである。勿論、作者は泉に都合の良い話にしないために順序を間違えない。泉は英二よりも先に告白してきた直彦を好きになったのではなく、直彦への好意を自覚した後に彼から告白されている。男性たちの告白の順番が違っても結果は同じであったはずだ。

この圧倒的ヒロイン感によって再定義されるのが英二の立ち位置。順番で言えば彼らの中で一番早く恋に目覚め、小学校時代から泉に片想いしていた英二。だが英二の片想いは他の2人それぞれの「裏切り」ともいえる行動で宙ぶらりんになる。まずは小学6年生の夏休みに転校してしまった泉。彼女は あれだけ仲が良いと強調していた英二に引っ越しを直接 伝えず彼の前から突然いなくなった。好きな人が目の前からいなくなることは世界の終わりのような感覚で、泉が無自覚に英二に与えていたダメージは大きい。
そして泉が戻って来た中学2年生。英二の恋は再始動し、彼はダメージから回復し、泉に告白する決意を固めつつあった。だが中学時代には泉と同じぐらい大事な親友・直彦がおり、英二は直彦への義理を通すための準備に入る。だが その直後 直彦から交際宣言が飛び出す。告白も返事も全て英二には事後報告で、英二にとって青天の霹靂。こうして英二の恋心は再び表に出す機会を失う。

泉の回想で彼女は圧倒的なヒロインなんだけど、改めて整理すると泉と直彦にも悪い部分がある。彼らが英二を「こじらせ男子」に追い詰めたとも言えよう。英二が毎日を充足感を抱いて過ごせるようになるには、この辺の精神的なボトルネックが解消される必要があるだろう。


二が可哀想なのは、泉の直彦への気持ちは「本物」であると証明されたことで、彼ら視点からすると英二が当て馬のポジションに堕とされたことだろう。3人の中で一番 長く人を想っているのに、まるで途中参加の当て馬。しかも学園祭で泉にキスをしたことでヒロインを傷つけるヒールになってしまった。彼としては切実な想いを抱えているだけなのに、いつの間にかに闇堕ちしている。

そして圧倒的ヒロイン様になった泉は英二との「友達エンド」を望む。恋愛が成就しなくても当て馬は いつまでもヒロインの側にいる、という不思議な現象のことである。もちろん泉は それがエゴだと分かっている。でも泉が英二に対する感情も、そして英二と直彦の友情も「本物」だから彼女は自分たちの関係の回復を望む。

希望になるのは本書では「本物」だけが帯びる言葉の重さは絶対に人に届く というルールがある。だから彼らが本当に英二を思っているのならば、その気持ちは届き、彼の救いになるはずだ。英二の蛮行に対して直彦がキレるほど怒る気にならず、すぐに英二に寛容な態度を見せるのは、直彦の性格だけでなく、彼らの友情が絶対に壊したくないと思えるほど価値があるからなのだろう。


れにしても英二が不憫なのは、彼は一応は主人公でありながら、誰かに(女性に)望まれるままの役割を押し付けられている(ように見える)点である。

藤村黒幕説を続ければ(『4巻』)、英二は藤村を制御しているつもりが、藤村に誘導されていた。藤村の真の狙いは自分の直彦への接近ではなく、英二の泉への暴発だったのではないかと思う。実際 その通りで、英二は泉にキスをして、これによって英二は性暴力を振るった当て馬になってしまう。

そして今度は泉が願う「友達エンド」である。3人の関係の将来像は他2人の決議により、多数決で元に戻すことが決定された。しかも圧倒的ヒロイン泉は、英二が自分以外の誰かに恋することを願う。こうして またもや本人の意思と関係なく彼のポジションが決定される。
こうなってしまうのは、英二が自分の心に蓋をして毎日を生きているからだろう。これからの第二部では英二が本来の自分を取り戻して、自分の立ち位置を自分で決めるようになるまでが描かれるのかもしれない。

勝手に第一部が終わったと思っているので、ここまでで各人が獲得した個人賞を発表。

・こじらせ男子・やらかし男子部門  → 英二(えいじ)
・不動男子部門           → 直彦(なおひこ)
・聖人・俯瞰部門          → 太一(たいち)
・両手に花の少女漫画ヒロイン部門  → 泉(いずみ)
・愛されたい腹黒女子部門      → 藤村(ふじむら)
情報弱者部門           → 池澤(いけざわ)


澤のために何かをしたい太一だったが、その池澤の恋の相手である英二が偽装交際など ややこしい問題を抱えていることを知る。池澤の応援をすると決めた太一だが彼女のために何をすればいいかも分からなくなる。

今 太一が願うのは池澤が傷つかないこと。だから太一は、危うさが見え隠れする英二と対面した際に、生き方そのものを問う。今 楽しいか、彼の抱える「物足りなさ」は偽装交際を通して何か変わったか。池澤が自分の気持ちのために泉に深く踏み込んだように、太一も自分と池澤のために英二に介入する。今の英二は危うくて切実。でも彼が泉を想う気持ちの大きさを知るほど、太一は池澤に望みが薄いことを痛感する。ここで太一は自分の発言の動機が池澤のためだと発表するのだが、それは間接的に(ほぼ直接的に)池澤の好意を ほのめかすことで、ちょっとマナー違反な気がする。太一の目的のためなら自分の気持ちを封印するし、余計なお節介もする。その姿勢は中学時代以降の英二に似ている。

そこで英二は自分が応援していたはずの太一の好きな人が自分を好きだということを知る。英二にしてみれば心から応援していた太一の恋において自分が邪魔者になったことは意外で頭を抱える事態だろう。ただでさえ問題が多いのに その上にまた問題が積み上がった。


二と藤村は その日のうちに もう一度会い、現状を確かめ合う。特に英二は池澤からの好意を知って混乱する。膝を抱える英二を見て、藤村は偽装交際の終了を提案する。英二は直彦(泉)を守るために監視を緩めたくないが、藤村は交際の終了は直彦を諦めることと同義だと発表する。だから もう彼女にとっても英二にとっても偽装交際の意味はないのだ。
こうして奇妙な関係性だった2人の接点はなくなる。自分よりもややこしい事情の英二にエールを送りつつ藤村は笑顔で去っていく。こんがらがった6人の関係性の1つが解消された。だが、この学園祭中に余りにも多くのことが起きすぎて、それぞれの心が整理されるまでには時間を要するだろう。


は連日 藤村と元カレとの現場を目撃する。藤村と元カレの交際と破局は1学期中のことなので、2学期から転校してきた泉は その存在を知らない。そして2回目には、藤村が泉に英二との別れを発表する。この場面、泉からしてみれば英二との別れの前後から元カレと接触をする藤村の行動が全く理解できないだろう。

突然 発表された英二と藤村の別れだが直彦と泉は それを納得する材料を持っている。泉は英二の気持ちや状況を考えを巡らせるが、直彦は そんな泉に少し低い温度で接する。これは英二の気持ちを知った後の泉の気持ちに直彦が確信を持てないからだろう。
だから2人は話し合う。2人が来たのは通った中学校の側の公園。ここは0話で直彦と泉が初対面の日に腕相撲をした思い出の場所。この日、泉は不器用ながら試行錯誤を繰り返し お弁当を作って来た。困難なミッションに挑んだのは直彦への感情だけが特別だと分かって欲しかったから。安直な手法ではあるが、単純な直彦には刺さる。

そこから泉が語り出すのは、直彦が知らない英二との思い出。そして泉の後悔は、鈍感で不器用な自分が英二の気持ちを無視したり、踏みにじったことがあったのではないか ということ。直彦に会うまで英二を含めた男子は友達でしかなかった。そんな自分の姿勢と、英二の気持ちが一致していなかったから彼を傷つけたのではないかという考えが泉の中にはあった。その答え合わせを直彦とするべく、泉は英二との出会いの場面から回想する。


と英二の出会いは小学校3年生での初めて この地への転校から始まる。英二は隣の席の男の子。転校初日の下校時に英二から声を掛けられるのは中学での再会と同じである。

田舎で育って活発だった泉は、この土地の女子たちが大人っぽく見えた。自分には英二のような元気な男子たちとの遊びの方が合っていると感じる。当時の家は英二の家と近所のこともあり2人は すぐに仲良くなる。人当たりのいい泉は間もなく女子とも仲良くなるが、遊びの面では英二の方が合う。

しかし男女が仲良く遊べる期間は限られている。最高学年となった6年生では女子たちは恋バナに花を咲かせるようになった。泉は未だに異性や恋に興味を持てないが、英二の方は年頃の考えを持っていたように見える。そして泉は夏休み中の引っ越しを英二にハッキリと伝えないまま彼と離れてしまう。この時、泉が英二にちゃんとお別れを言えていたら2人の関係は違うものになっていただろう。英二は告白したかもしれないし、気持ちを言わないと自分で決めたかもしれない。その選択肢を与えられないまま泉への感情が宙ぶらりんになったことが英二の灰色の日々の始まり。この一点では泉にも責任があろう。


して中2の夏休み明けに泉は2年ぶりに英二と再会する。ここからは0話の泉視点での話となる。そこで初めて会うのが直彦。初対面の時 泉は、他の男子生徒とは雰囲気が違う直彦に戸惑っていた。0話で直彦が気にしていた、この頃の泉の口から出るのが英二の話題ばかりという問題は、直彦への緊張を隠すために泉が共通の知人である英二の話を出して場が盛り上がるようにしたかったからだった。

直彦は どんな自分も肯定的に見てくれる。そんな大らかさを泉は感じる。泉は、直彦と英二の仲の良さを知れるエピソードが聞けることを楽しみにしていたが、もしかしたら それは直彦から見る世界が好きなんじゃないだろうか。物事を一歩 引いた所から見る直彦の客観性が泉には新鮮で、そんな彼の視界に自分が入っていること、そして自分の長所を見つけてくれたことが嬉しさに繋がっている気がする。

そして私の持論からすると、直彦の英二への好感や泉を肯定してくれた言葉には「本物」の感情があるから泉に響くのではないかと思う。だからこそ高校生の泉は、2人の男性の友情を回復させたい。


彦を意識することで彼は泉にとって初めての「異性」となる。それが恋という感情であることを泉は知る。彼女の初恋である。
それでも泉は関係性を壊したくなくて いつも通りの自分でいることを務める。それは自分が父親の転勤によって放浪者である義務があるからで、そうして多くを望まないことが心を守る方法になっていた。

だが初冬になると直彦の態度に違和感を覚える。そんな思いを抱いていた、思い返せば直彦からの告白の前日、泉は英二と夜のコンビニで遭遇していた。その帰り道、英二は泉を家まで送る。道中、泉は直彦への違和感を英二に伝える。だが英二は特に思い当たる節がなく、泉は それ以上 詮索すると自分の恋心が露見してしまいそうになるので中断する。そんな態度に今度は英二から泉の方が様子がおかしいと言われる。英二は その泉の様子から2年前の夏休み前の彼女のことを連想していた。それは泉の転校の合図で、英二にとって忘れられない胸の痛みなのだ。

直近で引っ越しの予定はないが、泉にとって転校は避けられない運命。引っ越して疎遠になり直彦に忘れられてしまうのではないかという恐怖に繋がっていた。まだ確定していない未来を恐れる泉に英二は直彦は自分が選んだ特別な友達、つまりは親友で、そういう人と泉は友達になったのだから直彦なら絶対に泉のことを忘れないと直彦への信頼感を理由に泉を元気づける。その言葉は紛れもなく英二の「本物」の言葉だから、泉の心に届く。英二の励ましに感動して泉は「私は英二の そーゆーとこ好きだよ!」と告げる。それは人間的な好意であるが、英二は予想外の泉の言葉に照れを隠せない。

だから別れ際、英二は泉に聞いて欲しい話があると告げる。だが それは今ではない。手順を踏んでから話すべきこと。おそらく この時の英二は勇気が出ないのではなくて、義理を通したかったのだろう。共通の友人である直彦に ちゃんと話しておきたかった。それなのに直彦は自分への義理を欠き、突然 英二から泉を奪ってしまった。誠実であろうとしたからこそ直彦の不義理が英二は許せないのではないか。

この頃は英二の顔に険はない。英二を苦しめたのは、彼との友情を望む他の2人という皮肉な事実。

かし英二の準備が整う前に、直彦は泉に告白する。直彦からの気持ちは予想外の内容で、そして この上なく嬉しいこと。晴れて両想いなのだが、おそらく泉には転校が待っている。だからこそ友達のままでいようと決心しており、泉は直彦への返事を悩む。

でも それは自分の抱える悩みと恐怖でしかない。泉は英二のように直彦が自分のことを忘れないでいてくれることを信じられていなかった。だから泉は弱い自分を、相手への信頼で乗り越え、直彦に返事をして、2人の交際は始まる。直彦は遠距離の可能性があっても平気と言ってくれた。その嬉しさのあまり泉は直彦に抱きついた。


校生になった泉が英二の気持ちに気づき始めたのは最近。それを直彦に言わなかったのは気のせいだと思ったから、思いたかったから。直彦との交際後も英二との良好な関係を信じて彼との距離も これまで通りにしていた。それが直彦の不安になっていることも気づけないほど泉は現状維持を望んでいた。

そして英二の気持ちに気づいても言わなかったのは泉が、直彦と英二の関係性が好きで壊したくなかったから。

そういう感情は直彦も同じく持っていた。2人のキスを知っても英二の想いを考えると怒りに自分を任せられなかったし、英二に嫉妬しながらも余裕のある自分を演じていた。

この場面、直彦は珍しく自分のダークな部分を泉に見せる。それは彼がずっと抱えていた本音。かっこ悪くても泉には伝えておくべき本音だ。直彦が言えないことがあったのは英二に対しても同じ。表面上の平和を保とうと無理をした結果、破綻が待っていた。
だけど誰も この関係を壊したい訳ではない。だから直彦は英二との対話と関係の修復を望む。こじらせた英二が逃げても面倒臭くっても直彦は親友を失いたくない。それは紛れもない彼の本音だろう。

雨降って地固まる。綺麗事かもしれないが嘘偽りのない本音を交換し合った2人はまた距離を縮めたと言える。作品的にも この2人が盤石だからこそドロドロの展開を回避している。本当に2人の強さ、特に直彦という存在の大きさには感謝しかない。


一方、藤村は、再び元カレと一緒に行動するようになったが、ふとした瞬間に泉と直彦たちのことを考える。英二のキスがあっても あの2人が喧嘩して別れる道を選ぶとは今は到底 思えない。それぐらい2人は互いを想い合っている。
翻(ひるがえ)って自分はどうか? 英二との偽物の関係も、孤独を埋めるための元カレとの時間も自分の心を満たしてくれない。そんな焦燥と不安を抱えるメンタルが藤村の体調に影響を及ぼし、彼女は倒れる。そんなピンチを救うのは元カレ。彼は藤村を休ませ、優しい言葉を掛ける。しかし第三者から見ると それはグルーミングのように見える。自分から離れそうな彼女を手懐けるための見せかけの優しさ。そして孤独な藤村は そこに安らぎを感じてしまう。

ただし心が弱った時、藤村は別の誰かに会いたいと願っていたような描写もある。これは偽装交際に疲弊した英二が泉に会いたくなったように、藤村が心の安らげる存在が もうどこかにある、ということではないか。