《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

どんな状況でも他者の命を守る優しい主役たちと、どんな状況でも学校イベントを強行する本書。

あやかし緋扇(9) (フラワーコミックス)
くまがい 杏子(くまがい きょうこ)
あやかし緋扇(あやかしひせん)
第09巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

龍羽の術で暴かれた「陵の前世が時雨」という事実。その記憶が陵を、そして未来を苦しめる。運命と思っていた2人の恋は一体どうなるの?大人気和風ファンタジーラブ、第9巻!

簡潔完結感想文

  • 「前世からの宿命の恋」が一転して本来は敵対する者同士のロミジュリ恋愛に突入。
  • 自分からは彼女に指一本触れないが、裸のままで男性性を積極アピールするヒーロー。
  • 破局が噂された彼氏との恋愛劇の直後に、別の男と交際を始めるビッチに見えるが…。

きな女性を傷つけないための、2人の男性の2つの選択、の 9巻。

黒幕は最後まで動かないから黒幕なのだろうけど、『8巻』の衝撃的事実の後から話は大きくは動いていない。ヒーローのはずの陵(りょう)が悪の総大将かもしれない疑惑は晴れもしないが、確定にも至らない状態である。陵は前世の記憶だと思っていたものが、その近くに生えていた梅の木のものだと判明した。けれど陵が取り戻したとされる黒幕・時雨(しぐれ)の記憶も中途半端にしか持っていないように見える。これは陵と時雨の意識が1つの肉体の中で戦っていて陵が時雨を抑え込んでいる、というよりも、梅の木のような限定的な記憶だから、陵の支配に至らないのではないか。果たして陵の前世は何者であるのか、そして陵が前世の記憶をハッキリと持たないのは何故かは気になる所。

こうして大きく動くと思われた内容は、予想に反して停滞している。それでも本書が面白いのは、その他の内容が充実しているからだ。

まず何と言っても恋愛関係だろう。この『9巻』でヒロイン・未来(みく)は彼氏を乗りかえる。それは龍(りゅう)が闇堕ちしないまま未来を救うために術を使ってのことで、未来の本意ではない。だが龍が そうする流れは理解できる。

当て馬の本領発揮は、恋人たちに距離が出来た時。その心の隙間を狙うのだが、龍は ちょっと卑怯。

ここでは男性たちのアプローチの仕方が対照的で際立っていた。陵は自分が黒幕・時雨であって、いつか彼女の命を奪いかねないことを危惧して一切 未来との接触を断つ(断てていない部分もあるが)。未来の「破滅フラグ」を回避するためには、彼女に破滅をもたらしかねない自分が彼女と関わらなければいい、というのが単純明快な彼の結論。もちろん断腸の思いをしているのだが…。

好きな人に近づくことも出来ない未来のために龍は彼女から苦しみを排除する。それが記憶の書き換えである。陵の記憶を消去して、自分が彼氏だと上書きすることで未来に幸福を与えようとする。
でもこれ、未来のためと言いつつ、龍の私欲がかなり入っているとしか思えない。これまでは未来と陵の2人は恋人同士だったから略奪愛までして、2人を困らせられなかった。だが陵と別れた状態になった今なら龍は未来の恋人になれる。陵は未来に触れないことを誓っているから、その状態を黙認する。友情やチームワークを壊さず、未来が自分のものになるから彼は進んで彼女の記憶を消す。ただ これ、失恋して悲しんでいる女性を泥酔させて…、みたいな手法に思えて あまり愉快ではない。疑似的な恋人になる前後からキスをするところにも龍の欲望が隠しきれていない。

龍にとっては好都合な展開に見えて、彼のファンを失望させるような展開なのが残念である。特に陵が徹底して無私の気持ちで動いていて、『8巻』でも未来の命よりも彼女が守りたいであろう他生徒の命を優先するという価値観を見せた。今回、その価値観を未来も持っていることが明確になり、別離状態にある2人だけど、気持ちは1つであることが分かった。反対に龍は非道な部分を見せ、どこかバランス感覚が狂っているように見える。当て馬から一時的に彼氏に昇格したが、彼氏になる器じゃないことも露呈した。少々 卑怯で乱暴な龍は因果応報で、決してヒーローにはなれないだろう。「手を出さないこと」が誠実さと潔い覚悟となり、何もしていない陵が自動的に勝者になっているように見えた。


れにしても心配なのは未来の学校内での評判だ。この『9巻』の未来のヒロインっぷりは半端ない。

修学旅行から帰ってきたら、陵と目も合わせない仲になっており、彼らには破局説も流れた。だが そこから2週間ほどが経過した文化祭では、他クラスであるにも関わらず陵が未来の相手役として劇の主役を演じた。誰もが彼らの復縁を信じただろう。だが その直後、龍の術で記憶を改ざんされた未来は龍を彼氏として学校内でイチャつく。どうだろう、このビッチっぷりは。二股女と思われるのも必至だろう。劇の相手役に急遽 元カレを便利に召喚したと思ったら、同時進行で違う方向性の魅力をもつ龍と交際している。

そこに聖(ひじり)の計画が動き出し、学校内はゾンビ映画のようなパニックに陥る。私としては この騒動が どう終結するのかという問題より、未来のビッチ問題の処理が気になる。果たして文化祭の後、未来は学校内から白眼視されないか心配だ。

それにしても本書は意地でも学校イベントを するんですね。読者にとって身近な学校という舞台を放棄しないから より親近感が湧くのかもしれない。少女漫画で多用される修学旅行・文化祭という大きなイベントが全く違った視点から描かれているのは やっぱり興味深い。

このように少しだけ位相をずらすことで作品が面白くなっていくのが本書の特徴かもしれない。日常の すぐ隣にある人間以外の存在・異世界も その一つ。未来たちは世界を救う勇者ではなく、成績や恋に悩むような普通の高校生としての立ち位置が まず最初にある。それは物語が継続してスケールが大きくなっても変わらない部分だ。
そして登場人物を極力 増やさずに彼らの立場を変えることで物語を展開させていくのも本書の独特な位相のずらし方と言える。特に正統派ヒーローだと思っていた陵がダークヒーローかもしれないという世界を一変させる一つのアイデアは秀逸だ。作者は学校や前世という世界観を保持しながら、その環境の中で一番 面白い展開を選び出しているような気がする。


来の前世を殺し、彼女の命を絶った自分の前世に愕然とする陵。未来を傷つけかねない存在である自分を未来から遠ざけようとする。こうして仲睦まじかったカップルは急遽 破局を迎える。

この状況を望んでいた聖を発見した未来は、彼に八つ当たりのように怒りをぶつける。聖が このことを黙っていたのは、未来と陵が「運命的な恋」をしていると思わせて、時雨の宿願を叶えさせるためだった。現代ならロマンス詐欺やデート詐欺のようなものか。違うか。
陵は これから人格を時雨に乗っ取られる。そのことを間近で見続ける未来は苦悶し、それが舞いに闇の力を付加させる。全ては聖女の未来が闇堕ちするように仕組まれていたことだった。

ここで未来は兄・青治(せいじ)が11歳の頃に陵の実家・神山(かみやま)家で行ったという嶺羽(りょうは)の転生の儀を思い出す。聖の推理では それは失敗したのではなく、別の者に転生しているという…。


学旅行から帰った未来は、その推理を確かめるために神山家に向かう。神山家の転生先候補は2人いる。陵と双子の弟の優(ゆう)だ。陵が時雨なら、嶺羽は…。単刀直入に聞く未来だったが優は それを否定しない。

優が それを伝えなかったのは、兄・陵と未来が既に両想いだったから。そこに自分の出る幕はないと、前世のことや自分の想いを伝えずにいた。それに加えて優には様々なコンプレックスがある。病弱なこと、兄と違って神様を操る力がないこと、弟である彼は何も持たないから自信が持てなかった。優の悲痛な叫びは、今の未来にとって嶺羽の葛藤にも感じられる。そして それは未来にも自分が前世の想いを裏切っているという罪悪感を生んでいく。

優の苦しみは龍にも共通する部分が多いように思う。それだけ陵が恵まれた立場ということだろうか。


び始まった通常の学校生活。だが未来の登校に同行するのは陵ではなく、彼から委託された龍の役目となる。しかし未来は早くも自分が そうしたい という意思に従うと決める。強くなったなぁ。

だが学校内で目も合わさない2人の異変を周囲は敏感に感じ取り、生徒たちで2人の破局説が流布する。その噂を信じて陵に告白する女子生徒もいて、未来は一番 見たくない その場面に遭遇してしまう。だが陵は未来を生涯 愛し続けると断言。だから例え彼が前世で時雨であっても、未来は陵という人を変わらずに愛することに決めた。

そう心に決めても、やはり好きな人に無視されるのは辛い。弱気になる未来を奮い立たせるのが さくら。これまで陵に愛される恋をしてきたのなら、今度は未来から彼を捕まえればいいと教えてくれた。


んな別離状態の中、文化祭回に突入。
未来のクラスは「ロミオとジュリエット」を演じ、未来はジュリエットではなくロミオ役。ジュリエット役は さくら。だが当日、さくら が熱を出して劇に出られなくなり、さくら は自分の代役に陵の名前を出す。こうしてクラスのために未来は陵に代打を頼みに行く。これは さくら の演技(&お節介)だった。

ロミオの衣装のままの未来が陵のクラスに向かう道中で、ナンパ男に囲まれて困っている女性を助ける。だが その女性は なんと女装した陵だった。一足先に男女逆転劇である。
未来に助けられたことを知った陵は逃亡する。これは自分の姿が情けないからではなく未来の安全のため。いつだって彼女優先なのは変わらない。

未来は そんな陵に自分から近寄り、しっかりと彼を抱きしめて離さない。久々の抱擁に自分の想いを込める未来。しばし その時間に浸るが、人に呼ばれて本来の目的を思い出す。だが陵はヒロイン役を拒否。やるならヒーローだと言う。そんな気持ちもあって一刻も早く女性用の衣装を脱ぎたかったのだろうが、陵は未来の前で下着姿になり、そのまま台本を読み込み始める。おまけのイラストといい、最近 露出の多い陵である。

自分から未来に触れないけど、視覚からでも未来をドキドキさせることは可能 という陵の頭脳プレー。

は本番直前の15分間 台本を読んだだけで台詞を暗記した。逆に未来はジュリエット役の台詞は覚えておらず心配になる。だが それも陵は自分に任せろという。開演前の舞台袖で彼は自分が覚えた台本の記憶を未来に流入させる。この行為、周囲からは おでこをつけて集中しているぐらいにしか思われないだろう。

この劇がロミオとジュリエットなのは現状の2人そのままである。本来 愛することを許されない人を愛してしまった2人。「名前も肩書も過去なんて ぜんぶ捨てて あたしと一緒になってよ」「あなたさえ いれば それでいい…!」と未来が涙ながらに演技するのは、このセリフが自分の気持ちと重なるからだろう。
だが陵の方は劇中で台詞を少しだけ変え、自分が未来とは一緒に いきられないことを滲ませる。未来は彼の台詞のちょっとしたニュアンスの違いに胸が痛む。だから劇中の結婚式シーンも辛い。


が終わると一気に冷たくなる陵。未来は それを追いかける。陵のそばにいたい、それが未来の切なる願い。だが陵は頑な。彼は一途な愛を貫ける人だが、同時に自分の決めたことを曲げない人でもある。

だが それが未来を傷つける。史上最悪に落ち込む彼女に近寄るのは龍。彼女の涙を見て、彼は未来に強引にキスをする。それは術の一つらしく、未来は身体の自由を奪われ、続いて式神によって陵との記憶を消されてしまう。これが龍が考えた、未来が傷つかないことを優先した最良の方法なのだろう。

こうして未来は陵の記憶も想いも消える。彼女の中では自分の一番 親しい異性は龍になる。それを知り さくら は激昂するが、陵は それが未来のためになると龍の手法に反対しない。


は未来と恋人同士になる。記憶を書き換えたのは本当に未来のためなのか。自分の願いを投影していないかと疑わずには いられない。その証拠に未来と2人きりになるとキスをしてくる。これまでは自制していたが、今なら合法的に(?)出来るとばかりに、本能のままにキスをしている。

だが未来は龍とキスをしても気持ちは冷めたまま、心はからっぽとまで言う。そして未来は龍と、思い出せない人とを無意識に比べている。龍が どれだけ頑張ってもこれなのだ。キスを2回も出来たことで満足してもらおうじゃないか。

この現状を一番 不快に思っているのは聖かもしれない。陵が時雨の記憶と共に未来に近づき、彼女が苦しめられることが聖の目的達成になるのだから。
彼が今回 手駒に使うのは麟夜(りんや)。戦いの後、魂を抜かれた麟夜だが聖が その魂を持っていたらしい。こうして麟夜の鱗粉の能力を使い、文化祭に集まる人たちを操り、未来と龍を襲わせる。一気に学校がゾンビパニック映画のようになる。修学旅行の魂を抜くスタンプといい、この学校の生徒が被害者になっている。聖が能力を使うと集団テロっぽくなるのも特徴か。


になるのは聖が これを龍への試練としていること。どうもサポート能力は優れていても戦力的には心許ない龍のレベルアップを図っている節がある。登場人物の立場がコロコロ変わるのが本書の特徴。聖も汚名返上の機会があるのか!? 逆に龍は今回で評判が地に落ちて再起不能な気がする。この戦いで龍がレベルアップしても卑怯者のレッテルは拭えない気がするなぁ。

龍は式神の能力をフルに使い、未来を守ることだけに専念する。これによって他の生徒などが傷つくことに無関心。未来は間違いなく愛されているが非道でもある龍の態度に違和感は増していく。これは『8巻』で未来よりも他生徒を守ろうとした陵の態度と対照的である。そして未来もまた他生徒を守ろうと自分の危険を顧みず…。