草凪 みずほ(くさなぎ みずほ)
NGライフ(エヌジーライフ)
第02巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
前世の記憶を持つ冴木敬大は、前世の妻で今は男の裕真と、前世の男友達で今は女の芹沢の間で苦悩する毎日! 裕真と芹沢がなぜかデートすることになったり、みんなで温泉旅行に行ったり…敬大のパニックはますます加速!! そんなある日、学校に裕真の従兄弟が現れて…彼は何かを知っている!?
簡潔完結感想文
- 白泉社作品らしい日常回は温泉回と風邪回。キャラが強めの父親が良いアクセント。
- 頭がアレな人だった敬大を救う前世の記憶保持者・凌が登場。でも受難の始まり。
- 現世では唯一ヒロインである芹沢を(嫌がらせで)狙う凌は通常なら当て馬コース。
前世の記憶は拡張可能、の 2巻。
『2巻』後半から本格的に連載態勢を整えるために、敬大(けいだい)・裕真(ゆうま)・芹沢(せりざわ)の いつもの3人に加えて新キャラが投入される。実に白泉社作品らしい作品の拡張の方法だと思うが、本書では その新キャラの登場に大きな意味がある。
ここから あからさまにキャラの追加が続くのだけれど、本書の場合は前世の人間関係の完全再現を目指しているように感じられるので、ネガティブに捉えることは無かった。キャラが登場するたびに(主に前世の)世界観が広がり、人間ドラマも多層的に なっていく。ちょっと違うかもしれないけれど、追加キャラが2つの世界の広げるという点では山田南平さん『紅茶王子』に近いかもしれない。世界が2つあると ただの学園モノでの(時には使い捨ての)面白キャラオーディションにならないから安心できるのかもしれない。
その新キャラ・凌(しのぐ)は敬大と同じく前世の記憶保持者だったのである。これまでは敬大の妄想に近い形で1900年前のポンペイの回想が挿まれていたが、凌の登場によって敬大の主張が客観的に支持されることになった。これまで頭がアレな人という印象が強かった敬大だが、前世の記憶に関しては その存在が実証され、危ない人ではないことが判明した。
ここで一つの矛盾が生まれる。敬大は裕真・芹沢の前世関係者は「魂の色」で判別が出来ていた。それが本書のレギュラーになる条件で、一種の選別が行われている。だが敬大は凌が前世関係者か一発で見抜けなかった。
それに対する回答として作品は凌の前世は敬大にとって「あまりの強烈さに記憶から消し去った」という理由を こしらえている。これで記憶は いくらでも改変できるし、後発キャラが出しやすくなった。
凌の登場は敬大にとって精神的な救済とも言える出来事なのだが、同時に凌によって敬大の受難が始まるという構造が面白かった。前世から凌は敬大の存在が許せず、彼に辛く当たる。現世でも敬大に嫌がらせをして、敬大は いたぶられ続ける。敬大は不幸が似合うこともあり、虐げられても作品内でギャグが加速していくように見える。
それでも敬大は裕真と芹沢、どちらのヒーローにもなれるから活躍が二倍という お得な主人公である。
そして敬大は前世の記憶を持っていなかったとしても残念な部分が目立つ人だったと思うが、他の登場人物も欠点はある。裕真は自分のコンプレックスに対して見栄を張る傾向が見えるし、精神的に幼い。芹沢も敬大の「親友」で い続けるのは自分が傷つきたくないという理由が大きいように見える。でも それぞれに欠点がありながらも それを補完し、一緒にいて楽しい関係が描かれる。変則的な三角関係でありながら、しっかりと友情が成立している。
ただ裕真が敬大にとっての「生きるトラウマ」になっていて、恋愛解禁を許さないストッパーとして利用されているように見える。敬大の前世の記憶が邪魔しているんだけど、作品的に恋愛の邪魔をしているのは裕真で、そう考えると立場的に一番 不憫なのは裕真かもしれない。敬大が裕真を(性別の壁を乗り越えて)愛する可能性はあるが、裕真の気持ちが芹沢に届く未来は全く見えない。
敬大として芹沢に少しずつ惹かれながら、前世の記憶で裕真を強烈に忘れられない。これは二股なのか、それとも元カノを忘れられない人なのか。
だが そんな敬大を差し置いて、芹沢と裕真が偽装交際を始める事態となる。負けず嫌いの裕真が自分の女顔を揶揄してきたクラスメイトに対して反論するために、芹沢を「ウソカノ」にする。事情が分かっても裕真が芹沢を本当に好きなことを知っている敬大は複雑。
デート当日、敬大は どちらに嫉妬しているのだろうか。今回は『1巻』の敬大のデートと逆で、敬大が尾行する。幸せそうな彼らの様子を見てネガティブになった敬大は、前世での幸福も偽りだったのではないか、と落ち込みだす。
そして芹沢は いつも一緒に過ごす敬大の話題ばかり出してしまって裕真の機嫌を損ねる。その様子はクラスメイトにも伝わっており、偽装交際がバレそうになる。偽装であっても裕真の気持ちは本物なのに、女顔を含めて裕真の尊厳を傷つけるクラスメイトに敬大が割り込み、裕真を守る。今回の敬大は裕真のヒーローである。
性格的には敬大よりも裕真の方がトラブルを起こしやすいと思うから、今回 一時的に険悪になった友達も どうやって仲良くなったのか知りたい。敬大抜きにした中学での裕真の姿を1回メインで描いて欲しい。
続いては温泉回。敬大の家の家族旅行に裕真と芹沢も参加する。この温泉回では敬大は裕真が男性であることを改めて確認して気を落とす。
旅行先で敬大は その優しさで女性の霊に気に入られてしまい、その霊が裕真の身体に憑りつき、敬大にアピールし始める。悪霊コメディの始まりだ。
肉体こそ男性だが、自分を好きだと言ってくれる裕真(セレナ)に敬大の理性は崩壊する。だが裕真(霊)に好かれただけでセレナではない。そして敬大が芹沢という他の女性が気に入っている様子を見ると霊は鞍替えして、女性の身体で裕真に迫る。敬大的に何も問題がないので そのまま なされるがまま になりそうなところで霊が見える体質の敬大の父親がネタばらしをして敬大は冷静になる。
それでも諦めない霊だが、自分の肉体が敬大に想いを告げようとすることを中から芹沢が阻止しようとして苦しみだす。そんな芹沢を敬大が抱擁することで霊は自分が見向きもされないと悟り出ていく。『1巻』の元カノといい敬大はコンスタントにモテている。共通点は敬大の「残念感」を知らない人という点だろうか。
芹沢の風邪回。その看病に男性2人で芹沢宅に向かうのだが、そこには特殊な人間が いることを知っている敬大は女装して向かう。
芹沢の父親は娘に近づく男性を一切許さないというギャグ漫画の典型的な人。温泉回といい父親たちは良いキャラをしている。この回でも裕真は、敬大と芹沢の長年の歴史に疎外感を覚えている。だが敬大は いつだって裕真にも優しい。変人ではあるが助けられている部分もあるだろう。
男性主人公の作品だからか高熱で汗をかいた芹沢の服を着替えさせようとして敬大と裕真が悪戦苦闘する場面がある。女性側の服を複数の男性が どう脱がすかという問題に直面している作品は珍しい。
良いタイミングで父親の殺意を抱かれながらも最後には その父親に一定部分 認められて終わる。芹沢の風邪回だが、裕真が敬大の人間的な大きさを知る話になっている。裕真が敬大を好きになったら敬大は本当に悩みそうだ。
前回のラストで匂わされていた裕真のイトコが、敬大の学校に教育実習生として来た新キャラ・加賀巳 凌(かがみ しのぐ)。最初は裕真を通して和やかに自己紹介が行われるが、2人きりになった途端、凌の敬大への態度は豹変する。凌は裕真への溺愛が半端ないのだ。男性が男性を愛してやまないのは、敬大と似たパターンか。
新キャラ登場で敬大の記憶が拡張される。だが鮮明には思い出せないという設定で、後付けの世界観をカバーしている。
凌が『1巻』でのポンペイの台本を読む流れになり、その途端 彼の顔色が一変し、敬大は彼が前世の記憶を持っている可能性に思い当たる。そこでポンペイクイズを出すが、知識があれば誰でも答えられるため不発。しかし その直後 転びそうになった裕真を凌が「セレナ」と呼んだことで彼の中に記憶が あることが判明する。
自分の周囲には前世の記憶を持たない 前世の関係者ばかりで、自分の記憶を怪しむことも多かった敬大だが、初めて前世の記憶を保持した人に出会い感涙する。作品的にも敬大が頭がアレな人ではなくなった記念となる回である。
こうして一気に距離感が縮まる2人かと思いきや、敬大が自分の記憶を持たないと知った凌は激怒。そして凌が本性を見せ、敬大を いたぶろうとした途端、敬大は記憶を取り戻す。どうやら「あまりの強烈さに記憶から消し去った」というのが作品としての言い訳。
凌はセレナの姉で、敬大にとっては前世の義姉だった。
前世では自分は凌の前世の天敵である。頭がアレな人という不遇から回避された敬大だが、ここから肉体的な苦行が始まったようにも見える。
凌は前世の記憶があるまま、転生かつ転性している人だが、元々男性嫌いで女性を好ましい人だったから、女性に囲まれる今の日々を謳歌している。これは容姿が優れているから可能な生き方で、もし女性が寄ってこないタイプの男性だったら凌は どうなっていたのだろうか。
これまで芹沢に前世の話をしてきた敬大だが、凌に前世の記憶があることは本人から口止めされる。本書では登場人物たちは互いに言っていないことがあるけれど、凌は前世の記憶なのだろうか。
そして裕真に接近することも許されず、禁を破ったら、親友の芹沢との接触も許さないと凌は言う。これまでは3人でいることが当たり前になってきたが、その関係性が崩壊する。物語的にはマンネリになってきたところなので、凌の参入は新展開をもたらしている。
凌は前世で敬大の前世のセレナへの愛や誠実な人柄を知っている。でも凌はポンペイ崩壊の日に敬大の前世が最愛の妹を独りにしたことを殺してやりたいほど憎んでいる。そして敬大は凌の自分への恨みも、絶望するほどの後悔があるから全身で受け止める。それに その恨みは凌の前世への無念であり愛の大きさだと敬大には分かっている。現世でも変わらない人間的な器の大きさを凌は知ることになる。
凌は敬大の行動を全方向に邪魔をする。裕真への接近も許さないし、芹沢への中途半端な行動も許さない。そして敬大が嫌がるからという理由で、凌は芹沢への接近を止めない。嫌がらせなのだが、敬大にとって凌は男性ライバルという立ち位置にも見える。もしも本書が芹沢が主人公で、彼女がヒロインの話だったら、凌は敬大の邪魔をしていたはずが本当に彼女を好きになってしまう当て馬になっていただろう。
セレナに惹かれながら、芹沢も気になる。やっぱり二股と言っていいんじゃないか。もし今後、敬大を前世から好きなキャラが大量投入されたら、少年誌みたいなハーレム漫画が完成しそうだ。
だが2人の接近は思わぬ余波を生む。女子生徒の人気が高い凌と一緒にいる芹沢が目をつけられ囲まれてしまう。それを目撃した敬大が助けに行くヒーロー行動を取る前に、凌から対処法を教えられていた芹沢が自力で解決してしまう。なかなか芹沢のヒーローになれない敬大だし、芹沢も友達を強調して どうにか自分たちの関係の悪化を防ぐばかり。
そして芹沢が凌と一緒にいるのはポンペイの深い知識を持っている彼に指導を仰ぐため。芹沢はポンペイを記憶ではなく知識で補完して敬大に近づきたかったようだ。一途な子だ。そんな芹沢の思いを敬大は彼女の図書館のカードから知り、彼女を凌のもとから奪い去っていく。その行動に自分の気持ちを分かり始めた敬大だが、裕真の登場でリセットされる。