草凪 みずほ（くさなぎ みずほ）
NＧライフ（エヌジーライフ）
第05巻評価：★★★☆（7点）
総合評価：★★★☆（7点）
前世関係者が周囲に増え始め、敬大の苦悩はますます加速!! 芹沢も敬大への想いを募らせて居て…。そんな中、チャリティー感謝祭でポンペイの劇を再演することになった敬大たち。その準備中、前世に関する会話を聞いてしまった裕真は、前世が見られるという退行催眠を受けることに…!?
簡潔完結感想文
- コメディの裏でシビアな恋愛をしている2人の女性の連帯。この回 大好き。
- 自分の前世情報を欲する麗奈と裕真の疑似双子は退行催眠を試みるのだが…。
- 現世にセレナ降臨。だが裕真の意思は彼のもの。敬大の現世での お別れ。
関係者同士の共感と連帯と、一方で起こる疎外、の 5巻。
主に敬大（けいだい）のメンタルやトラウマの事情で恋愛は遅々として進まない作品だが、作者は連載において遅延行為をしている訳ではない。前世関係者にバリエーションがあるように、敬大が現実を、現世を受け入れるための小さな一歩にも様々なバリエーションがある。登場人物が少なかった読切や短期連載では内容に重複が見られたが、人数が増えるにしたがって話の幅も広がってきたように思う。
その象徴とも言えるのが『5巻』の1話目に収録されている麗奈（れいな）と芹沢（せりざわ）の「失恋組」の連帯感を描いた回だった。この回では ほぼ女性2人だけが登場しており、これまで表立った交流の無かった2人に共通する痛みが取り上げられ、その共感によって親交が深まっていく様子を描いている。
私は漫画やアニメなどでは主人公を頂点とした構造より、後発のキャラも含めて全員が同じぐらいの信頼感で結ばれている作品が好きなので、こういう通常では いつの間にかに仲良しになりました、で終わらせられるような2人の関係を丁寧に描いてくれたことが嬉しい。次は裕真（ゆうま）と朱奈（しゅな）という会話のイメージが湧かない2人とかを描いて欲しい。前世の話も面白いが、こうやって現代で新たに人と人の絆が強固になっていく様子が読めるのは作品の正しい拡張の仕方だと思う。
そして後半では、前世の記憶の復活がテーマになっている。これを自分に望む者がいるし、他者に記憶の回復を願う人もいる。その一方で、大切な人に前世を思い出して欲しくない人もいる。そのパターンの多さが人間関係に複雑な模様を浮かび上がらせていて、その模様の数だけ作品は奥深くなっている。
今回、裕真が前世の記憶にダイブするのだが、大事なのは 記憶の復活は結果的に生じたもので、敬大たち前世記憶者の強引な試みではないことだろう。飽くまでも裕真の意思で、そして結論も裕真が出したもの。ここで敬大が介入してしまったら、彼の利己的な誘導になってしまい、そして それは裕真の人権と人格を無視した卑劣な行為になってしまう。朱奈に対して間違ったことなのに もう一度 同じ間違えを繰り返さなくて安心した。そういう再放送も作者は巧みに避けている。
そして今回、裕真が自分の前世を知りたいと思ったのは疎外感を覚えたからである。確かに裕真からすれば、他の人がコソコソと自分には分からない話題を話す様子や、彼らを結ぶ目に見えない連帯は自分だけハブにされたと思っても仕方がない。こうして裕真は前世にアクセスするのだが、結果的に彼は前世を知らなくていいという結論に達する。自分は前世と切り離された存在として生きることを選ぶ。それを選べることは精神的に裕真が成熟してきたことの証明に思う。そして それは裕真とセレナの乖離の始まりでもあった。
この一件で敬大は裕真とセレナが別個人であるという認識を改めて持ったのではないか。そういう意味では敬大にとって現世でのセレナとの別れの回で、物語にとって重要なターニングポイントとなっている。少しずつセレナにグッドバイを言うのが今の敬大がするべきことなのだろうか。
冒頭は叶わない恋をしている という共通点のある芹沢と麗奈の話。彼女たちは前世からの結びつきのある敬大と裕真、朱奈（しゅな）と深影（みかげ）を前に勝負をする前から敗退しているような状況が似ている。
きっと この麗奈の痛みは芹沢にしか分からない。作者は そういう共通点を きちんと見つけだして、これまで大きな接点のなかった この2人で1話を作ってしまえるのが凄い。これは作者が全員に等しく愛情を注ぎ、彼ら一人一人の視点から物語を見つめているからなのだろう。いつも敬大中心のラブコメでは飽きてしまうから、こういう変則的な話は口直しに丁度いい。あからさまな追加キャラである榊原（さかきばら）姉妹が敬大たちや学校に馴染む話があって、現代世界が順調に機能していることに安心する。
最後に芹沢が自分と前世の共通点を、麗奈から間接的に教えてもらって、救われているのも良い。登場する人物の数は限られているのに強く印象に残る話だった。
名称はチャリティー感謝祭なのだが、実質的に本書における文化祭・学園祭回で『1巻』で芹沢が脚本をしたポンペイの物語が再演されることになった。しかし部員が少ないなどの問題があり、今回も裕真たちが手伝うことになる。これは登場人物が揃ったので、過去回のセルフリメイクといった感じか。この劇の練習を目撃した凌と深影の普段は見られない表情が面白かった。ちなみに ここで凌の前世情報を敬大が秘密に出来なかったことが露見する。
そして体育館に集合した7人で くじ による配役で練習が始まる。これはシャッフル演劇というよりもシャッフルコント感が強い。シリアスな回や恋愛重視などに加えてネタ回も秀逸なのが本書の質の高さに繋がっている。
一方で、前世関係者が揃うことで裕真が、自分だけが知らない話を他の6人が共有していることに気づき始めていた。確かに前世の話を完全に知らないのは裕真だけである。細かく見れば麗奈は自分でもコンプレックスに思うほど前世の関わりがないし、朱奈も記憶喪失なのだが、彼女たち姉妹は これまで前世の話に囲まれて生きてきた。ずっと敬大に前世話を吹き込まれた芹沢も含め、そういう雰囲気があるから裕真だけイジメのように話題に入れない。
ただ前世の記憶がなくても、前世での恐怖は裕真の身体の中に残っているらしく、彼は暗闇の中に一人でいるのが怖い。きっとセレナの最期が そういう状況だったからだろう。だから彼は帰宅したら家中の明かりを点けて精神を落ち着かせるのだが、電気を使い過ぎてブレーカーを落としてしまう。その恐怖に震える中、隣家の敬大が異変を察し、救出に来てくれた。いつだって お節介でコンプレックスに思うほど敬大は裕真のヒーローなのだ。裕真が恐怖に震えていたことを知った敬大は、現世では裕真＝セレナを助けられたことに感涙する。それほど前世での後悔は大きい。
この感謝祭では部活動だけでなくクラスでも催し物が企画される。裕真はクラスメイトに女装を強制され、麗奈と瓜二つになる。クラスメイトや芹沢は裕真を麗奈と混同するが、敬大をはじめとした前世関係者は「魂の色」で どちらだか分かる。この敬大たちの選別眼も裕真が引っ掛かる部分となる。
この感謝祭の前後から麗奈はクラスメイトが行う退行催眠にハマっていた。前世というものが姉にはあり、それが深影との縁になっていることから麗奈は自分に前世が欲しい。だから退行催眠を繰り返し行い、どうにか自分の前世を見たかった。だが失敗が続き彼女は落ち込む。
そこに自分を呼びに来た裕真が現れ、麗奈は彼への対抗催眠を試みる。麗奈は自分とは違い本物の「セレナ」である裕真の前世を見てみたいのだろう。敬大たちが「前世」という言葉を発したのを聞いたばかりの裕真も それを望む。
その催眠の中で裕真はポンペイの街並み、そしてセレナの結婚式当日の様子を見る。そういえば前世の記憶は言語はどうなっているのだろうか。記憶がある敬大が理解するのは分かるだろうが、催眠の中で観察者であることを自覚している裕真は彼らが何を言っているのか分かるのだろうか（分かっているみたいだが）。
催眠の途中で、演劇の出番が近く呼びに来た敬大によって裕真は目を覚ます。しかし催眠を正式の解かなかったため裕真の中にはセレナが入っている状態となる。
こうして今、敬大の前に間違いなく「セレナ」が降臨する初めての事象が起こる。敬大は演劇中に裕真がセレナしか知り得ない情報を口にしたことで、今 目の前にいるのが裕真ではなくセレナであることを確信する。退行催眠の事実を知らない敬大にとっては、記憶の復活に見えていることだろう。
裕真の身に起きていることを上演中に知った芹沢は衝撃を受ける。これは本物のセレナが降臨してしまっては、自分に勝ち目はないからだろう。また前世の記憶に関して関係者が話すことで、凌は朱奈の記憶が喪失したことを初めて知り、彼もまた衝撃を受ける。
裕真も劇を演じながら、夢の中核にいる存在に迫ろうとする。そうすれば自分が抱える疎外感が消えると信じて。だが劇がクライマックスの噴火シーンに入ることで、裕真は恐怖に襲われる。けれど裕真の中のセレナが恐怖を抑える。これは裕真に この情報は必要ないというセレナの意思だろう。そして裕真は昏倒し、その意識の中でセレナは裕真に前世の記憶が必要か問い、裕真は その記憶を選ばない。
目が覚めると裕真は全てを忘れていた。彼の記憶は退行催眠前で途切れている。敬大はセレナと話したい未練が残るが、凌に制される。これは自分たちの前世の記憶は悲劇の死と直結していて、それを裕真に味わわせたくないのだろう。
こうして裕真は前世の記憶を取り戻すことなく終わる。記憶の復活は難しいことを深影も思い知ったようだ。現世では もうセレナに会うことは叶わないと悟り、遣る瀬無い気持ちを抱える敬大を受け止めるのは親友役に徹する芹沢だった。芹沢は いつだって敬大の親友でヒロインなのである。
裕真は前世の記憶がなくても、敬大をはじめとした他の人と並んで歩ける自分であろうとした。もう彼らに引け目を感じたりしないだろう。それは裕真自身の強さで、敬大も お前らしいと裕真の判断を、彼という存在を認める。
ただ裕真は自分がセレナという人間であったことは覚えているらしく…。
