草凪 みずほ(くさなぎ みずほ)
NGライフ(エヌジーライフ)
第01巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★☆(7点)
冴木敬大の前世は1900年前のポンペイという都市で生活していた青年。自分の前世を覚えている敬大のまわりは前世でかかわった人たちばかり!! 最愛の妻は男子中学生に、大親友だった男は女友達に…などなど、前世とは違う関係に苦悩する毎日で!?
簡潔完結感想文
- 転生したら前世の知識や経験を活かして無双するのが常道だけど、本書はNG連発。
- 転生モノ×BL展開は時代を先取りし過ぎ!? 本書の白泉社的選民は資産ではなく魂の色。
- 誰を好きか言わないで、それぞれが相手の恋を応援することで永遠に三角関係が継続。
主要登場人物の合計は いつも偶数である、の 1巻。
ここ10年流行が続いている「転生モノ」と言えば、現代(日本)の知識を携えながら異世界に転生して、そこで知識と経験を活かして無双したり恋愛したり仲間を集めたりするが、本書の場合は現実から現実への転生である。ブームに乗っかっただけの転生作品が多い今の状況になる前の2006年だからこそテンプレ展開ではない転生モノが描けたのだろう。
主人公・冴木 敬大(さえき けいだい)は2000年代を生きる男子高校生だが、彼には生まれた時から1900年前のポンペイを生きた自分の前世の記憶がある。 そんな彼のもとに前世でも縁のあった人々が集まってくるのだが、冒険に出掛けるようなこともなく、ただただ敬大が前世と現世のギャップと記憶に振り回されていくラブコメが本書の内容となっている。
『1巻』時点で前世の記憶を持っているのは敬大だけ。前世で妻だった人も友人だった人も家族・ライバルだった人も全員 記憶がない。これは傍から見れば敬大だけが異常である。彼が主張する前世であり、彼は その設定に自分で乗っかっているだけ。敬大は意識の切り替わらないままの二重人格みたいなもので、ちょっとアレな人に思えるところが不憫な部分でチャームポイントとなっている。
白泉社で男性主人公の作品自体が珍しいが、過去の読書記録を見返してみると その男性主人公の ほとんどで「様子のおかしいイケメン」という共通項が発見されて笑ってしまった。例えば樋野まつり さん『とらわれの身の上』とか池ジュン子さん『水玉ハニーボーイ』とか田中メカさん『君のコトなど絶対に』(やや良識的か)など。男性主人公で まともなのは なかじ有紀さん『ハッスルで行こう!』だけじゃないだろうか。要するに自分で大騒ぎするような人じゃないと白泉社の男性主人公は務まらないということか。
そして前世の記憶の有無の他にも転生による歪みは生じており、それが「転性」問題である。前世での最愛の妻は、現世では男性、そして最高の親友は今は女性と、敬大にとって一番 大事な要素がズレてしまっていることが彼の不幸になり、作品のコメディ要素となっている。
この前世問題があることで恋愛面も奇異なことになっている。敬大は前世からの想い人であるセレナ=裕真(ゆうま)と、自分のことを慕ってくれていることを知らない芹沢(せりざわ)との奇妙な三角関係が成立している。ビジュアルや魂はセレナを求めながら、裕真から拒絶され、そして自分としても裕真を好きになることは心理的ストッパーがかかる。
本書で面白いのは、一番 大切なことは相手に伝わっていない点で、その構図が成立することで三角関係が永続的なものになっている。
・敬大は裕真が前世の妻だということを言わない。
・裕真は自分が芹沢に惹かれる気持ちを彼女に言わない。
・芹沢は敬大のことが ずっと好きなことは言わず、彼が望む親友役を務める。
誰も最愛の人に想いを伝えられないから3人の仲は正三角形を描く。だが気持ちを言うに言えないことで誰にとっても「NGライフ」が成立してしまっている。
この構図を完成させたことで本書の成功は約束されたと言っていい。実際、作品は読切短編→続編→短期連載→定期連載と白泉社的出世魚街道を爆走している。
そして割と いつでも終わらせられる作品を長期連載の中で破綻なく登場人物を増やし、敬大の前世の背景を広げた点に作者の実力の片りんが見られる。本書の次の作品が15年以上の長期連載になるのも納得した。
白泉社作品にはエリート思想があるような気がしてならず、成績優秀やセレブなど一定の条件をクリアしないと作品内に入れないことが多いが、本書の場合は前世関係者を示す「魂の色」がレギュラーの資格となっている。そして それが分かるのは前世の記憶を持つ主人公・敬大だけで、本書は彼が人を選別しているという見方も出来るだろう。
登場人物が多いことも特徴の白泉社作品だけれど『1巻』の段階では主要なキャラは3人のみ。3人の関係を盤石にするような話が繰り返されている。けれど実質的なキャラの数は その倍の6人。なぜなら彼らには前世の人生があるから。今後も魂の色が参入条件に主要なキャラは基本的に偶数で増えることが決定している。これも前世のせい。学校の友達など敬大の友達(未満)の人たちは増えるが、基本的に敬大の前世の記憶の中の人たちだけがメインステージに上がれる。
『1巻』は敬大の受難の日々を描いているように見えるが、実は敬大が無自覚に周囲の人たちを傷つけているように見える。「NGライフ」なのは前世の記憶を持って生まれたことではなくて、その前世に引きずられすぎて現世の目の前の人たちを軽視する彼の態度のように見えた。敬大には敬大の事情があるのは分かるが、デリカシーに欠ける部分があり、周囲の人たちが無意識的に感じる前世の絆によって彼の人間関係は保たれているような気がしてならない。特に『1巻』は同じ失敗で人を傷つけているので、それが今後 落ち着いていくのかを見届けたい。人畜無害に見えて、実は自分のことで手一杯で結構 人を傷つけているのが気になった。
高校生2年生の冴木 敬大(さえき けいだい)は、ある日 隣に引っ越してきた中学生3年生に運命を感じる。
その運命とは、前世の記憶。その中学生は、1900年前のポンペイにおける前世での自分の妻だった。火山灰に没した町と運命を共にした夫婦が今 再会した、というのが敬大の主観。事実、敬大の周囲には前世関連の人で溢れている。
クラスメイトの芹沢 美依(せりざわ みい)は前世での親友で、自分の父親は前世の宿敵、母親は前世の妹という複雑な環境で育った。前世で男性だった芹沢は現世では女性として生を受けた。
敬大には魂の色で前世の関係者が分かる。だから引っ越してきた中学生は、前世での妻・セレナに他ならない。しかしセレナもまた性別が逆転しており、現世では佑城 裕真(うじょう ゆうま)という男性だった。理想の女性が男性になっていた という一種の性転換コメディのようになっている。ちょっとしたBL風味で、恋愛の結末が分からないのが面白い。
しかし敬大の熱烈なフライングもあり、前世の夫婦は いきなり犬猿の仲になる。
敬大が前世の話をするのは芹沢だけ。彼女には早速セレナの降臨を報告し、3人が集合する。その際に裕真は芹沢のことが気になったようで、変則的な三角関係が早くも成立している。敬大は裕真を男として認識し、心の迷いを振り切ろうとするが、ビジュアルは神。そこに前世フィルターが発動するから どうしても裕真へのトキメキが抑えられない。
この部分はコメディとして面白いが、白泉社特有のホモとネタ化するのは2024年からするとコンプライアンス的に どうかと思う。発表は2006年だが、社会的な風潮の変化に敏感な出版社が表現を変えているであろう中で白泉社が いかに鈍感な社風であるかが よく分かる。この後、転生モノが流行すれば後追いするような会社だから、BLが流行れば今度はネタ化していた恋愛で誌面を埋めるかもしれない。
3人で遊園地に行くことになるのだが、裕真が、敬大と芹沢の仲の良さを見せつけられる形になり疎外感を覚える。無自覚に自分が裕真の邪魔をしていたことに気づいた敬大は、自分が恋のキューピッドになろうとする。
けれど裕真のためと思ったことで結果的に芹沢を傷つけることになる。彼女は敬大が好きなのだ。不意打ちの敬大の無神経な言葉に芹沢は涙を流し走り去る。どちらに対しても余計なことばかりの敬大は笑えない。自分が前世の記憶を現在に適応してしまって、大切な2人を傷つけてしまった。
そして敬大は芹沢を泣かしたことで裕真に殴られる。そして裕真は芹沢を追うのだが、そこで彼女の恋心を聞いて告白する前から撃沈してしまう。間接的にフラれたことで落ち込む裕真に対して敬大は彼自身を励ます。それは いつしか敬大の気持ちが上乗せされ、つい1900前から好きだったと前世関連のことを匂わせた告白まで してしまうが、裕真にはギャグとして捉えられて笑って済まされる。
そして気持ちを立て直した芹沢が合流し、敬大は現世の自分の人生を認めようとする。今の敬大は周囲の優しさに助けられている部分が少なくない。
好評を受けて続編が作られるが、そこで敬大の前世の記憶が遠くになりかけたという設定はリセットされ、彼はまた前世に固執するキャラになってしまう。
この三角関係で その人にとって一番大切なことを相手は知らない。例えば敬大は芹沢の気持ちを知らない。そして芹沢は裕真の気持ちを知らない。裕真は敬大の前世の最愛の妻だという事実を知らない。この重要な点が欠落していることで3人の関係は前に進まないまま。3人とも相手に好きだと伝えられない事情を抱えていると言える。
敬大は無自覚なイケメン。本人が現世と前世を行き来しているような人格なので、現世での評判は あまり興味がないように見える。ルックスも成績も優秀なのだけど、へたれ で愛されキャラになっている。
そんな敬大に彼女が出来る。敬大の思考が飛んでいる間に、いつの間にかに告白にOKしてしまった。相手は綺麗な後輩女性。この人は芹沢の代理とも言える。セレナ以外の女性と交際してみての反応をシミュレートしてみる感じか。もし裕真が芹沢以上に敬大が気になったらフラグは成立しただろう。
誤解から始まった交際だが、敬大は好きな人に想いを伝える勇気を理解するから、この交際を継続する。そして裕真が芹沢と幸せになればいいと今回も同じ お節介を焼いていく。前世と全く関係ない人と交際して、前世の2人をくっつけて、前世を忘れて現世を生きる一つの処方箋と言える。
そして敬大は「彼女」とデートをして、好きになる努力を試みる。それを尾行する裕真と芹沢。裕真としては尾行を理由に2人きりになれてラッキーなのか。
デート中も敬愛は前世のこと、セレナという別の女性のことを考えてばかりで、彼女に対して失礼。このままでは敬大が人でなし になってしまうが、その前に彼女側の本性が明らかになり、あちらから退屈な敬大との交際を終わらせたいと言ってくる。
尾行していて彼女の本音を知っていた裕真たちは、丁度 裕真が女装していたこともあり、別れ話の最中に敬大の前に現れ、敬大が傷つく前に彼女に敗北させる。しかし敬大は底抜けに優しく、彼女が ねだった品をスマートに買っており、別れの場面になってしまったが失礼をしたことを詫びる意味で それを彼女に渡す。意地悪な見方をすれば、この指輪で読者への心象のマイナスを買い戻したという風にも読める。
1話と同じように3人で一緒にいられる幸せを噛みしめて終わる。
続く3回は短期連載部分。1回目と2回目が連続した話で連載、という感じだが、3回目は独立している。3回で1つの話には出来なかったのだろうか。
短期連載からの変更は、敬大たちの通う学校が中高一貫校になり、裕真も同じ敷地内の学校という設定が生まれる。
そして芹沢が演劇部員という設定も出来て、彼女が校内発表会に敬大の前世の記憶を基にしたポンペイの物語を脚本にした。敬大は自分の話がいつの間にかに舞台化されていることを不服に思うが、敬大の反応を見た芹沢はセレナ役に裕真を抜擢する。これも中高一貫校になった恩恵と言える。
女装も演技も裕真は嫌がるが、それ以上に負けず嫌いなので、自分の可能性を否定した敬大を見返すために演技の道に進む。ちなみに裕真は「セレナ」という女性は敬大を過去にフッた元カノだと思っている。
敬大がポンペイの舞台化を拒否するのは、過去の自分が死んだ、そして最愛の人を亡くした生々しい記憶があるからである。芹沢に話したのも彼女が過去生の親友だからこそで、話し続けることで芹沢が前世を思い出してくれることを期待してのこと。その思いを踏みにじられたような形で芹沢が計画を進行していたから敬大は悲しいのだ。敬大の前世を舞台化するに至ったのは芹沢に別の理由もあるようだが、敬大は芹沢に冷たく当たり、そのせいで彼女が階段から落下する危機となる。それを身を挺して守った敬大が落下し、彼は前世の記憶を見る。
目が覚めると芹沢は泣いて謝罪し、自分が舞台化を目指したのは、セレナという女性を見てみたかったからと白状する。敬大を喜ばす意味もあるだろうが、自分の仮想敵であるセレナを実体化させ、よく知りたいというライバル心が根底に あるのではないか。
出演者の問題で、この演劇には敬大も本人の前世役として関わることになる。舞台上で前世の夫婦が共演することになりそうだったが、裕真は、気持ちを隠して敬大に接する芹沢を歯痒く思い、ある計画を立てた。
練習の段階からラストシーンとなる火山の噴火は記憶を持つ敬大には心理的負担が大きい。これは彼にしか分からないことだろう。この辺りは芹沢の想像力が不足していて、前世を覚えていることを軽く見ている。
芹沢がセレナの衣装を隠れて着ていることを知った裕真は、いよいよ当日になって カゼを引いて声が出ないことにして、芹沢にセレナ役を任せる。出番直前の芹沢に「がんばって」と声を掛けることで自分の声が出る種明かしをして彼女のアシストをする。これまでは敬大による芹沢⇔裕真の お節介だったが、今回は裕真による芹沢⇔敬大の お節介になっている。そもそも裕真をセレナとして舞台に出すのも芹沢の敬大へのサービスと言える。皆それぞれに相手の幸せを願っている図式が良い。
そして芹沢による代役は敬大としても助かった部分が多いだろう。本物感の強いセレナでは劇中に暴走しかねないし、何よりラストシーンを乗り切れなかったかもしれない。その点、芹沢セレナは気が楽。だが芹沢は敬大とのラブシーンに拒否反応を示し、劇はコメディになってしまう。
逆に最終盤の火山の噴火シーンでは敬大が台本通りに進めなくなる。過去の自分の失敗を繰り返さない道を選んで劇は膠着状態になるが、芹沢がアドリブで夫への愛を強く誓うことで無事 終幕となる。その姿を見た裕真の頬には無意識に涙が流れる。
敬大もまた前世では聞けなかったセレナの言葉を芹沢が代弁してくれたことによって心が軽くなる。舞台上で敬大は相手を抱きしめたのだが、それはセレナだったのか それとも芹沢だったのか。彼の中で明確な答えは出ない。
こうして敬大は裕真の中にセレナの面影を見ながら、芹沢も意識するという二股状態になっていく。そんな敬大の変化を裕真は敏感に察知する。しかし敬大は相変わらず前世に こだわりすぎて、前世のことを覚えていない芹沢を責め立てるような状況になってしまい彼女を傷つける。NGライフというのは敬大の現世の行いのことなんじゃないだろうか。
一方で、裕真は何も覚えていなくても無意識に自分たち3人の関係に安心を覚えており、ずっと一緒だった気がすると敬大の心を理解するような発言をしてくれる。特定の2人の関係で落ち込んだら当事者じゃない人がフォローするというのが慣例になりそうだ。芹沢も裕真も敬大の失敗に対して絶対に嫌いにならないという前世の保険があるから読者としては安心して読んでいられる。