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少女漫画と小説の感想ブログです

恋のはじまりは、地球をおわらせるほどの悲しみから乗り越える第一歩。

地球のおわりは恋のはじまり(1) (デザートコミックス)
タアモ
地球のおわりは恋のはじまり(ちきゅうのおわりはこいのはじまり)
第01巻評価:★★★(6点)
  総合評価:★★★(6点)
 

かわいい双子の妹と比較され「じゃない方」扱いを受けてきた柳瀬真昼。だから「いいことがあっても悪いことが起こる」と人生に期待せずに生きてきた。でも高校入学早々、謎のイケメン里見蒼が急接近! しかも告白!? 「だめだ、こんないいことばかりじゃ地球が滅ぶ」――累計170万部以上の『たいようのいえタアモ最新作は王道初恋ストーリー! 恋に踏み出せないネガ少女と×押せ押せイケメンの追いつ追われつラブ開幕です!

簡潔完結感想文

  • みにくいアヒルの子は、成長過程で自分の醜さを知って白鳥に なれなくなった。
  • イケメンからの積極的な好意を信じない。だって絶望は地球のおわりに等しいから。
  • 前作が「恋愛成就型」だったので今作では「男女交際型」とパターンを変えた作者。

うアプローチから同じ結末を導く実験的な試み、の 1巻。

本書は きっと意図的に作者の前作『たいようのいえ』と似たテーマを用いている。
どちらも異性との交流を通した家族の再生といえなくもない。
ただし、そのアプローチの仕方が大きく違う。

2作品での恋愛は、私の「少女漫画4分類」を用いれば、
前作がラストで両想いになる「恋愛成就型」だったが、
本書は早い段階で交際が始まる「男女交際型」という違いがある。

たいようのいえ』のヒロインとヒーローは幼なじみで、
互いに何もかも知っている家庭の問題をクリアして、万難を排してから交際した。

しかし本書では その人の背景を何も知らない状態で交際が始まり、
交際を通して 個々の家庭の事情を知っていき、2人の理解と仲を深める構成になっている。

その人がいるから前へ進む力を得るのは どちらも同じ。
少し不器用な人々が、周囲の人を確かに想い、努力し成長していく。

今回も恋愛漫画でありながら家族漫画でもある。
壊れてしまった関係・心が修復していく様子に胸が温かくなる。

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家庭環境や過去から15歳にして哲学と処世術を習得済みの真昼。頑なな彼女の心を壊すのは…。

人公は柳瀬 真昼(やなせ まひる)。
彼女の最大の特徴はネガティブであること。

「運なんてプラスマイナスゼロなんだ」
「いいことが あれば悪いことが おこるのが普通」と思って生きている。
駅に着いた途端 来た電車の中でスカートをドアに挟まれるのもプラスマイナスゼロだと思う。

とにかく平穏こそ正義と考え、
悪いことが起きないように というよりも、
運の揺り戻しに自分が巻き込まれないように 大量の お守りを持ち歩いている。

彼女がネガティブになった原因は、小学生時代と中学生時代の2つのトラウマによる。

小学生時代、学芸会で劇の主役になった「みにくいアヒルの子」のラストシーンで、
彼女が アヒルから白鳥に なり損ねたから。
そのことから彼女の あだ名は名前が真昼だったこともあり「アヒル」となった。

そして中学時代のトラウマは、真昼の双子の妹・真夜(まよ)が深く関わる。

真昼が真夜と同じ学校に通っていた中学時代、
真昼が好きになった先輩が、真夜を好きになってしまった。
一度話しただけで王子様は真のシンデレラが誰なのかを見抜いたらしい。

そうとは知らず「柳瀬」が先輩に呼び出されたと聞かされ真昼は、
真夜に告白しようという先輩の前に現れてしまい「じゃない方」の扱いを受けてしまった。


れだけでもトラウマが2つあるのだが、
真昼が抱える闇、そしてネガティブの根幹は 彼女自身の心持ちにある。

例えば、小学校の劇の失敗の原因は何だったのだろう。
演技力の問題か、それとも自分が この世界の主役に躍り出ようという欲望が観客に伝わったのか。
家族やクラスメイトを見返してやろうという驕った気持ちが彼女にあったのは確かだろう。
その気持ちを持ちながら失敗したことが 心の傷を更にえぐる結果となった。

そして中学時代の恋。
この時も彼女は先輩に告白されるのではないか、と自分に期待を抱いている。
しかし結果は、真夜が一瞬で全てを奪っていった。

失恋に加えて、好きな人に「じゃない方」と扱われて自尊心はボロボロ。
だから 彼女は真夜が憎くてたまらない。
いなくなればいいと、一瞬でも思ってしまった。

けれど その日、真夜は なかなか帰らない姉を心配し捜しまわり、挙句 怪我をしてしまった。
純粋に姉を心配する妹の姿を目の当たりにすることで、
真昼は逆恨みしていたのは自分の醜さを突きつけられてしまう。

この時から きっと誰よりも真昼は自分を「アヒル」だと思い知らされたはずだ。
彼女の前には いつも白鳥がいて、醜い心を持った自分は、それにはなれないと学んだ。


昼のネガティブさは、自制心である。
そして その心は絶望を知ったから生まれた。

過去の2つの出来事は、地球が終わると思うほどの悲しみを彼女に与えた。
そして その悲しみの前には、少なからず浮ついていた自分がいたことを自覚する。

だから彼女は地球が終わらないように、自分が浮つかないようにマイナス思考を続ける。
常に自分の心の状態を客観的に観察しコントロールしていると言える。

でもマインドフルネス、とも言える心の観察を常にしているので、
意外なほど彼女のメンタルはクリーンだと思われる。

彼女が「地球がおわる」と思うのは、それが自分にとって嬉しいからである。
自戒を込めた呪文のような言葉だが、
実は真昼が色めきだっていると思うと可愛く思える(笑)

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蒼の言動は女性を見たら褒めずにはいられないチャラ男の精神に似ているようにも思える。

昼に何度も「地球のおわり」を感じさせるのが、里見 蒼(さとみ あおい)。
入学の日から真昼に変な距離感と親近感を見せる同じクラスの男子生徒。

真昼は彼と出会い、あっという間に告白され、キスされ、両想いとなる。
まだ『1巻』だというのに恋愛イベントを早々に消化していく。

個人的な好みとしては、じっくりゆっくり気持ちが重なる描写が好きだが、
上述の通り、前作とは違うアプローチで恋愛を描くのが作者の目論見であろうから仕方ない。
また その欠点を補強するためにヒーローの蒼に過去を用意している。


2人が出会った入学の日の1話は、再読すると伏線が満載なことが分かる。
全5巻の短めの作品ではあるが、内容の充実度は高く、密度は濃い。

まず真昼が、妹・真夜と同じ高校に進学しなかったのは わざとだろう。
本人も「いつも 何を選ぶ時も 真夜とは違うものを選んでいた気がする」と証言している。
思うに真夜と違う学校に行くことだけが彼女の受験勉強の目標だったのではないか。

きっとそれは中学時代の あの先輩に失恋した日から 彼女の暗い欲望だったはずだ。
妹のいない世界に羽ばたける、それが自由に感じられたはず。
しかしクラスメイトに小学校時代の同級生がいたため「アヒル」からは逃れられなかったが。

彼女の背景を知らないと真昼のリアクションは わざとらしい。
そして他者への過剰な防衛は、不幸な自分に浸っている感じもする。

実際に真昼は自分の都合だけで相手に失礼な態度を取っていることが多い。
そして恐らく彼女はそんな自分に気づいていないだろう。
根っからのネガティブではあるものの、彼女は自分の不幸しか見ていない。

だからこそ、蒼が違う種類の不幸を抱えていることを知って変わるのだろう。
『1巻』の端々にある違和感や伏線は、その内に解決される問題でもある。

蒼の突然の距離の詰め方にも訳がある。
1話にて真昼が蒼に告白される背景もちゃんとある。
「覚えてないか」という蒼の独白がヒントだろう。

真昼の前の席に座っているクラス一の美女・守谷(もりや)が指輪を落とすのも伏線。

2話で真昼がボッチで昼食を食べていると
いつも不愛想な守谷が男性教師と気さくに喋っているところを目撃する。
どうやら それは守谷にとって急所らしく、彼女に見張られることになってしまう。

守谷は物言いが高飛車で、それ故に敵を作りやすいが、
真昼にとっては、自分へ攻撃的な彼女の態度は、
プラスマイナスゼロのマイナス部分を担当してくれて、むしろご褒美である。
守谷といることで、自分の幸福と相殺されるという捻じれた関係が完成しているのが面白い。
逆に 守谷にとっても、自分の物言いに棘を感じない真昼の存在はありがたいだろう。
奇妙な友情が生まれ始めます。

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蒼の様子から彼の好意が冗談ではないことが分かる。だが浮わつく心は絶望のはじまり、が真昼の合言葉。

ケメンで、そして自分を好いてくれる蒼と一緒にいることで、不幸の序章を感じる真昼。

彼女が いつも怯えているのは過去、そして妹・真夜の影。
双子である真昼は1人での学校生活が初めてだから解放感と共に、
真夜の出現が自分が1人で積み上げてきた生活の崩壊を予感させる。
目に見えないからこそ怯える生活。
きっと亡霊などに怯える人の心理に近いだろう。

蒼との会話は、いつも真昼の心に刺さる。
刺さるから、地球がおわると何回も思う。

そんな蒼に、人違い説を唱える守谷。

蒼本人に直接聞いてみると、人違いではなく、
「もっとまえ」に真昼にあったことがあるらしい。
こうして中学時代に経験した双子ならではの勘違いの危機も早々に解決される。

蒼にとって真昼は運命の人らしく、彼が自分を好きなのは疑いようがなくなった。

蒼は、ちゃんと真昼を 真夜の姉としてではなく、一人の人間として見ており、
そして彼女のトラウマともいえる小学校時代の劇の話さえも、一瞬で見方を変えてしまう。

真昼が真夜に渡すはずの物を独り占めしても、蒼は責めずに、肯定的な言葉を用いる。

かつて自分をこんなにも肯定してくれる人はいなかった。
だからこそ破滅の始まりだと思う。

過去の出来事は、彼女にとって地球が滅ぶほど泣くようなことだったのだ。
だから彼女は浮かれてしまいかねない自分を常に監視している。


書は客観的に見えれば、美男美女しか出てこない。
でも それは客観的評価であって、彼らの自己評価とは繋がらない。

当然、顔の良し悪しで不幸の量が決まる訳でなく、誰でも一定量の不幸を抱えている。
そして地球が滅びるほどの悲しみは、容姿によって回避できるわけではない。

彼らが恋愛において、自分に釣り合う相手を探しているのではない。
結果的に容姿端麗であったとしても、自分を救ってくれる心の優しい人に見初められたことが重要なのである。

それぞれに心に問題を抱えているものの、
容姿に関しては彼らは自分を白鳥だと知らない頃の、純真無垢なアヒルの子なのである。

「番外編 お嬢様の憂鬱」…
守谷と真昼の奇妙な友情の話。
2人が仲良くなって、守谷が冷たくなくなったら、
真昼の幸不幸のバランスが崩れてしまいかねない。
デレはいらないんで、ツンオンリーでお願いします。