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からくりからくさ (新潮文庫)

からくりからくさ (新潮文庫)

祖母が遺した古い家に女が四人、私たちは共同生活を始めた。糸を染め、機を織り、庭に生い茂る草が食卓にのる。静かな、けれどたしかな実感に満ちて重ねられてゆく日々。やさしく硬質な結界。だれかが孕む葛藤も、どこかでつながっている四人の思いも、すべてはこの結界と共にある。心を持つ不思議な人形「りかさん」を真ん中にして…。生命の連なりを支える絆を、深く心に伝える物語。


梨木香歩の描く「庭」はいつも魅力的だ。自分が住む土地の一部でありながら、自分のあずかり知らないところで命が生まれ、草花が芽を出す空間。『西の魔女が死んだ』の魔女のあの素敵な庭も、『家守綺譚』での栄耀栄華を極めた庭も私の中にそれぞれ輝かしく存在する。未読の『裏庭』という作品はタイトルがずばり庭。梨木さんは庭一つで世界全体を包んでしまう。『村田エフェンディ滞土録』では家自体が世界の調和だった。限られた空間である庭や家、更に本書では織物のその向こう側に深い深いメッセージが隠されている。
生活と自然とが混合したその場所を優しい目で見つめる登場人物たちもまた魅力的だ。本書の主な登場人物は4人と1人。一つ屋根の下で暮らす4人の女性と人形のりかさんだ。彼女たちの周囲では「りかさん」に関係する不思議な偶然が起こり、やがて彼女たちは自らのルーツと向き合う事になる。4人とりかさんを繋ぐミッシングリンクを探る場面には推理小説のように手に汗を握った。ただ後半はおっとり型の蓉子よりも、嵐に巻き込まれる紀久が主人公のような気もしたかな。
糸を染める蓉子、糸を紡ぐ紀久と与希子、現実を見据えるマーガレット。彼女たちと同じように物語は様々な色の糸で紡がれる。経糸に女性の歴史、緯糸を彼女たちの繋がりにして。蓉子たちは己を飾らない。自分の存在をそれ以上にもそれ以下にも捉えない。傍から見たら、庭の植物を食卓に並べ、網戸の一枚も買えない質素過ぎる生活。しかし本当の豊かさとは精神の中にこそある。だけど私は彼女たちみたいにはなれそうもない、そう思うから更に彼女たちが羨ましい。
一つ屋根の下に住む共同体。その中での言葉にならない想いや暗黙の了解、家に流れる空気の変化の表現が上手かった。この家の安心感や4人を結ぶ確かな繋がりであったり、逆に深い怒りや悲しみ、その時々の雰囲気を適確に表現している。染物で媒染一つで色がサッと変わる様に、全て言葉が重く誰かに響く。
本書だけでなく梨木作品全体に言える事だけれど、色彩の表現や動植物との関わり、食事や生活という当たり前で根源的な日常の描写が好きだ。私は最初の数十ページで早くも満足してしまった。例えその後に何も起こらなかったとしても、私は満たされた気持ちで本を閉じただろう。濃密な空気は最初からそこにある。

からくりからくさ   読了日:2008年05月31日