
椎名 軽穂(しいな かるほ)
CRAZY FOR YOU(クレイジー・フォー・ユー)
第01巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
明るくて元気な女子高生の幸(さち)。17年間男子に無縁だったけど、彼氏がいたらすごく幸せかも❤と素敵な恋に憧れていた。そんな時、親友の朱(あけ)美(み)の紹介で合コンに参加、軽くて楽しくてかっこいい男の子・ユキに出会う。幸は速攻恋に落ちるが、朱美は何故か大反対!!朱美の激しさにとまどいを感じつつも、幸はユキに惹かれていって…。
簡潔完結感想文
- 好きな人は「だめな所もいっぱい知ってる だけど嫌いな所は ひとつもない」。そういう人。
- 似た内容で悲劇のヒロインにして主人公を被害者側にする作品もあるのに本書はそうならない。
- 朱美に騙された怒りはなくて、朱美が黙っている悲しみが先に立つ幸。最初から無敵だわ。
「CRAZY FOR YOU(夢中)」を描き切る 文庫版1巻。
言うまでもなく椎名軽穂さんは『君に届け』の作者。『君に届け』の前の連載作品が本書。『君に届け』の作者のコメントに「前作(CRAZY FOR YOU)が割とドロドロした作品だったから…」みたいな文章があって、ドロドロかぁ… と かなり長い間 避けていた。
けれど読んでみると確かにドロドロした部分はある。男女5人で三角関係が3つになる人間関係が複雑な物語で、友情を壊す裏切りも描かれている。でも想像以上に粘度が低いのは主人公の幸(さち)の造形にあった。
幸は誰のことも悪く言わない。これは『君に届け』の爽子(さわこ)にも共通する椎名ヒロインの特徴なのかもしれない。幸は好きになったユキという男性の本性も欠点も彼の恋も自分への失恋の言葉を受けても ずっとずっとユキを好きでい続ける。そう聞くと諦めの悪い人に思えるけど、そうではなくて、ユキを好きになった感情を肯定し続ける。それが本書における「CRAZY FOR YOU」だと思う。雨ニモマケズ風ニモマケズ、ただユキのことを好きになった自分を誇りたい。そんな幸のポジティブさが作品の湿度を下げ、爽やかな風を絶やさない。


同じような困難な恋愛を描く時、主人公を悲劇のヒロインとして語る切り口もあると思う。壮絶な裏切り、叶わぬ恋、そういう展開の連続にも読者は夢中になるだろう。
でも作者は物語で主人公に負の感情を持たせない。そこが新鮮だった。幸は人を悪く言わない強さを最初から持っている。私が好きなのは幸に真実を伝えない友人・朱美(あけみ)の裏切りとも言える行為が発覚するアパートの前。その光景に幸は泣きそうになるけれど、同じ光景を目撃した人に、そして自分にとって朱美が悪者にならないように涙を堪える。上述のように ここで幸が泣けば読者は彼女に同情して共感して同じように泣いてくれるかもしれない。でも そうすると作中の朱美の葛藤が全て悪になってしまう。朱美は朱美で苦しい恋をしていて、そこから逃れようとして逃れられない。その朱美の痛切な気持ちを読者に切り捨てられないように幸は ここで泣かなかったのだろう。誰かが悪く描かれることは幸も作者も望んでいないのだ。
同じように描き方一つで読者から そっぽを向かれるリスクがあるのがユキだろう。格好良くて幸が好きになるほど魅力的で、それでいてダメな部分を よい塩梅で描く、これはとても難しい作業だ。思わず他の人にしなよ!とヒロインに言いたくなると同時に この人なら好きになっちゃうよねという説得力がユキの造形にはある。幸の良いところ、その幸の良いところを見つけるユキや赤星(あかほし)を ちゃんと描き出せていることに感心する。外見や成績などのスペックではなく人間的な魅力を描く能力が高い作家さんで、それが『君に届け』での大ヒットに繋がっているのだと分かった。
もう一つ大好きなのは同じように裏切られた立場の雄平(ゆうへい)の言葉。彼はユキのことを「許せないのに だめな所もいっぱい知ってる だけど嫌いな所は ひとつもない」と評する。この言葉に出会った時、だから私は椎名さんが好きなんだ と『君に届け』の読書時と同じ幸福を感じた。椎名さんは絵もストーリーも素敵だけど、こういう特別な台詞が本当に素敵だ。


幸の姿勢が素敵な本書の感想文で他作品を悪く言うのは一層 心苦しいけれど、ハッとするような言葉に出会う機会は年々少なくなってきているような気がする。読者に受ける作品を描ける人が生き残る世界だけど、読者受けを優先するばかりに読者の心に刺さるものが減っていないか。私の感性の衰えもあるとは思うけれど…。
2003年連載開始で2026年現在からは23年前の作品で、読んでいてユキのようなヒーロー像は とんと見なくなったなぁ と思った。こういう俺様とかドSとかキャラ付けされていないナチュラルに性質(タチ)の悪いヒーロー例は すぐに思い浮かばないかも。これは男子高校生像が時代と共に変わっていったからだろう。
また こういう無理めな男性を諦めないヒロイン像も少なくなったように思う。最初から惹かれ合ったり溺愛だったりが多く、難しい恋をする物語は読むのがしんどいと思われる時代になったのか。どんなジャンルでも流行がサイクルするのなら起爆剤一つで くじけないヒロイン像が再復活する可能性もなくはない。
高村 幸(たかむら さち)は彼氏いない歴17年の女子高の2年生。そんな幸が近くの男子校との合コンに参加する。幸の友人の堀田 朱美(ほった あけみ)は恋愛初心者の幸を心配して男子校にいる彼氏の川中 雄平(かわなか ゆうへい)に面倒を頼む。その心配通り幸はユキこと宮本 幸浩(みやもと ゆきひろ)の合コンの誉め言葉を全部 真に受ける。
合コン後、連絡先も貰って彼氏が出来ると浮かれていた幸の恋の相手がユキだと知った中学がユキと同じだった朱美は強く反対する。ユキが女にだらしないことを朱美は知っていた。占いでも散々なことを言われた どん底の幸を精神的に救うのはユキだった。だから危険だと言われても気持ちは止まらない。
幸は赤星 栄治(あかほし えいじ)という合コン参加者の男性とも交流が始まる。赤星は既に幸がユキに夢中になっているのを知っていた。ユキのジゴロっぷりに呆れていたのか、それとも幸が気になったのか…。赤星は幸の気持ちを知りながら厳しい現実を見せるためユキの家に連れて行く。
そこは いとこの契約するアパートで現在 実質 一人暮らしの家で、幸は このアパートでユキの女性トラブルを見る。幸を見つけたユキに自分は嘘つきだと直接 言われても幸は彼を受け止める。幸の方が器が大きい。だからこそ女性なら異性として見る潔い宣言をするユキは幸を聖域に置こうとする。それがユキの幸への特別扱いだと赤星は分析した。
朱美は雄平を通して幸の暴走を止めようとするが雄平は応援団になってくれユキの情報を提供してくれる。そして幸は女性として見られない特権を利用して友達になろうとユキに提案する。そんな幸をユキは拒絶しない。
花火大会から友達づきあいが始まる。ヒロインが浴衣を着たら下駄の足が痛くなるのは お約束。それを見抜いてくれるのもユキで赤星ではない。それが赤星には悔しい。
ユキは幸に対しては嘘を付かないように努めており、すきなひと を問われて答えない。いない ではなく答えないことが答えとなっている。ユキは自分が約束を守らなかったり誠実でなかったりして信用を無くす性格だと分かっている。だから割り切った関係の方が自分に合っていると考えているようだ。そんなユキのネガティブを幸は叩き直す。どんな自分も失望しない幸は やはりユキの特別になる。
8月31日のユキの誕生日に向けて幸はプレゼントに消え物の花火を用意する。この頃、2人は ちゃんと友達づきあいしていて、ユキは孤独な夜に幸に電話をする。
そして幸は赤星とも「偶然」の交流を続ける。幸がユキとの遭遇を期待したように赤星も幸との遭遇を期待している可能性が低くない。幸は赤星からユキの生態を聞く。基本的に一人じゃいられないユキなのに、トラブルがある訳ではない家を出てバイトして遊んで周囲に人のいる環境に浸る。彼が孤独になるのは寝る時。
幸はユキの寂しがり屋を、そして諦めている振りして諦められないことがあることを理解する。赤星の情報のお陰もあるけれど基本的に洞察力が鋭いのだろう。
誕生日当日、幸はユキのアパートで帰りを待つが、ユキは地元に帰っていた。そこでユキが連絡したのは幸ではない人で その人の到着を雨の中 待ち続けるが その人は現れない。その後 ユキは赤星を通じてサチがアパートにいることを知り駆けつける。
宣言通り約束なんて忘れてしまうユキだったが自分を待つ幸の姿を見て心が動く。それは彼女に正直であろうとする心。だから情動に任せて幸に手を出したりしない。理性が働いて幸に正直であろうとして好きな人の存在を告げる。そうしてユキの大切なものがあって それに触れられたことだけで幸は嬉しい。
ある人を待って雨に打たれていたユキは熱を出す。風邪回である。ユキの風邪を知った幸が食事を買いに行った際 赤星と合流。2人で雪の部屋に向かうと朱美が部屋の前に立っていた。赤星と一緒にユキのアパートに行くと修羅場が始まるジンクスでもあるのか。
幸はユキの忘れられない人が朱美だと分かるが、赤星の前で被害者ぶると朱美が悪者になると涙を堪える。その強さと視点に赤星はもっと幸を好きになっただろう。
そこに雄平が現れ、朱美が自分に嘘を付いていたことが発覚。そして疑心暗鬼の彼はアパートの扉を開けてしまう。浮気現場の決定的シーンを目撃した雄平に対しユキは朱美を奪おうとした事実を隠さない。それに激怒した雄平が拳を振り上げるが そこに幸が割って入り、打撃で昏倒してしまう。ユキは風邪をおして幸を家に連れて行こうとするが赤星以外の この場の全員に幸に優しくする資格がない。だから赤星が背負って帰る。


幸の家では勝手に母親が自損事故だと判断してくれて赤星は それに乗る。翌日、雄平が謝罪しに現れ、朱美から別れを切り出されたと話す。その2人の会話をユキは物陰から聞いて、幸の前に出られないままでいた。
一日 休んで登校した学校で幸は朱美と話す。しかし朱美は本心を話してくれない。そこに幸は腹を立てる。その放課後、幸は赤星にお礼をする。そこで衝突はないけど気まずいままの男子校内の話を聞く。途中でユキから連絡が入り、幸は傷つく話であっても彼に会いに行く。その幸の背中に赤星は、あのアパートでユキは朱美ではなく幸を心配していた事実を告げる。
ユキは幸の頬の殴打の箇所に触れながら事態を悔やむ。その後2人は幸の贈った花火をしながら中学時代の自分と朱美との恋のはじまりと終わりを話す。朱美が女性に優しすぎるユキの性格を信じられず両想いの2人は交際しないまま破局した。朱美が誰かと交際したと知り、高校進学後 恋の痕跡の残る地元を離れた。けれど朱美の交際相手である雄平と仲良くなってしまいユキは自暴自棄になって合コンで幸に思わせぶりな態度を取った。それは朱美への復讐の一面もあった。けれど幸がいい子過ぎてユキは悪意を持って手を出せなくなった。
でも それで全部が嘘になる訳ではない。ユキは ちゃんと幸のことを見てくれている。それだけで幸は どんなことが目の前にあってもユキに対して好きと胸を張れる。そして告白と共に2人の友達関係は終焉する。
ユキへの告白が終わったのを見届けて赤星が当て馬として本格的に始動する。恋愛マナーの品が良い。
ただ それでも幸の心はユキに向いていて、今度は恋心を前提にしてユキとの接触を図る。なかなか神経が太い。その幸をユキは拒絶せず受け入れる。
そのまま幸は男子校の学園祭に友人たちと乗り込む。朱美は雄平に誘われても行かないと強がる。友人とはぐれた幸をユキと合流する時間まで赤星がエスコートする。赤星の好意に気づかない幸は赤星の前でもユキへの好意を全面に出す。


連れて行ってもらったユキのクラスで赤星は男女は男女であることを示すがシビアな現実を示す演技だと誤魔化す。考えが甘いと言われても幸は自分を曲げない。その強さを知っているからユキも赤星も幸に惹かれるのだ。それを確認して赤星は幸をユキのもとに送り出す。その優しさが彼の好意かもしれないと分かっても幸はユキに向かう。しかし その途中で雄平と遭遇し朱美が学校に来ていることを知らされる。
単独で学園祭に来ていた朱美はユキと対面していた。両者とも友情を失い傷つけても この恋を貫くか彼らは選択しなければならない。
朱美に学園祭の日のことが聞けないままでいた頃、幸はコンビニでユキに初めて遭遇する。そこから2人で歩きユキの正直な気持ちを聞く。ユキは確かに幸が好きだけど一番じゃない。だけど好きだから幸せになって欲しくて赤星を勧める。それはユキが朱美を選んだからでもあった。家まで送ってもらい別れ際には幸はユキに朱美との交際における注意点を言えるぐらい空元気を振り絞る。そして去り行くユキの背中を涙ながらに見送る。
翌日、朱美と会った幸は笑顔で祝福する。そして自分が不幸の元凶だとする朱美のメンタルまで気に掛ける。幸も雄平も朱美から語ってくれるのを待つ。雄平のユキに対する「許せないのに だめな所もいっぱい知ってる だけど嫌いな所は ひとつもない」というのは作者らしい名言だ。こういうセリフの上手い人に最近 巡り合っていない。
次にユキと会った時、彼は幸のことを気にする素振りを見せない。それが幸への配慮だから。でも それに傷つくのも幸。だから赤星は普段通りに接して幸の無理を少しずつ剥がす。
そして幸は自分の気持ちをぶつけられない状態の親友・朱美に涙を見せる。その本心のぶつかり合いに朱美も本心で応える。

