《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

自分が一番 知られたくない情報を相手に知られてしまう残酷な結末 ×2= 絶望

ひつじの涙 6 (花とゆめコミックス)
日高 万里(ひだか ばんり)
ひつじの涙(ひつじのなみだ)
第06巻評価:★★★(6点)
 総合評価:★★★(6点)
 

圭に内緒で諏訪と会った神崎は、彼が圭のために本を書こうとしてる事を知る。新しい希望を見出す神崎の一方で、失った記憶を取り戻そうと苦しむ圭…。事件の日、圭の傍にいた人物とは…!? ますます目が離せない緊迫の第6巻!!

簡潔完結感想文

  • 同じ日に予想外に出会う2人の男性。1人は平常運転で、1人は出会うと笑顔になる存在。
  • 事件の意外な「目撃者」が出現し、圭は自分の醜悪な心と向き合わざるを得なくなる。
  • ヒントが多いので共犯者や真相は驚かないが、それより予想外の巻末の展開に驚く。

偵は意図せぬ形で犯人を追い詰めてしまう 6巻。

『6巻』、特にその後半は主人公・圭(けい)の精神状態を悪化させる情報の連続。時間の経過や学校生活、神崎(かんざき)の存在で圭の精神状態は どん底に達することはないかと思われたが、今回は絶望の3連続コンボとなっている。

1つ目の絶望は圭は まだ把握していないので将来的な絶望情報と言える。それが圭が記憶を取り戻したい諏訪(すわ)が、圭が記憶のトリガーだと考えている指輪を見ても記憶の復活は果たせなかったというもの。これは圭の指輪探索と、それによるハッピーエンドという1話からの希望が粉々に打ち砕かれたことを意味する。この情報は読者に とても悲しい。これは誰もが幸せになる、圭が望む未来が到来しないことを意味している。早い段階でビターエンドの布石が打たれている。
ただ1つだけ希望が残されているのは指輪は2つあるということ。諏訪に指輪を見せた人間が見せたのは その内の1つだけ。だから圭が2つの指輪を揃えた時に奇跡が起こる可能性は残されている。

本当にミステリだったら、これが虚偽証言によるミスリードで諏訪真犯人説もあり得る

2つ目の絶望は指輪を盗んだ当日の意外な「目撃者」。もう一つの「共犯者」については犯人の自白が事前にあったため驚くものではなかった。共犯者の髪色も わざわざプリン状態にして地毛と今の髪色が違うことを示しているのは丁寧な描写だ。そして主犯の圭にとって共犯者は仲間。誰であれ その事実に衝撃を受けることはない。

ただ この目撃者は別だ。ネタバレすると それは諏訪である。これによって圭は たとえ指輪による奇跡が起きても、諏訪の記憶の復活が自分への嫌悪に繋がることを知ってしまう。圭は罪滅ぼしとして諏訪の記憶の復活、そこから あわよくば鳥花(とりか)との再婚約など自分が望む形での元通りを願っていた。しかし その時に諏訪の中の自分は犯罪者として認識されるだろう。
これにより圭は万事休すとなる。記憶が復活しなければ一生 罪悪感を抱えたまま諏訪に会えない。だが記憶の復活は諏訪に顔向けできないことを意味している。前門の虎後門の狼。どちらにしろ心が死ぬ。


3つ目の絶望は神崎が諏訪に会っていたという事実。
圭にとって神崎は主犯であり指輪探偵である自分の助手。時に不安定になる探偵の心を献身的に支えてくれた神崎に対して圭は安心感以上の感情を芽生えさせている。だが その神崎は自分に秘密を抱えていた。しかも自分が会わないことを決めている諏訪に会っていた。その裏切りは諏訪に対してではなく神崎に覚える感情だろう。

これまで圭は不安定な自分の心を他者に預けていた節がある。諏訪と出会ってからの この10年弱は諏訪の存在によって安定を保っていた。そして諏訪に会えなくなって安定を欠いた心を支えてくれたのは凌(しのぐ)ではなく神崎だった。だが その神崎が自分を裏切った。その絶望は いかほどか。

この圭の3つ目の絶望は神崎にとっても最大の絶望となる。圭が指輪を盗むことによって諏訪の婚約を一時的に足止めしようとした浅はかな自分を後悔し続けたように、神崎も自分の軽率な行動を悔いることになるだろう。そこに圭と同じく相手への好意があるなら尚更。神崎の新たなトラウマになりかねない場面である。

衝撃的な展開で手に汗握ったけれど、最終『7巻』を読むには大きな覚悟がいるかもしれない。しかも諏訪の記憶が戻る、という奇跡的な展開も あまり望めない雰囲気がある。助手が探偵を裏切るという どんでん返しが起こったけれど、まだまだ未熟な神崎に圭の壊れかけた心が救えるとは思い難い。どう決着をつけるのだろうか。『6巻』は 余り情報量が多くなかったが逆に『7巻』だけで全ての事象に決着を付けられるのか心配になる。


訪からのメールに対する疑問を解消するために、初めて神崎から諏訪にコンタクトを取り、会うことになる。神崎が頭を抱える『ひつじの涙』とは諏訪が圭のために書き上げようとしていた本のタイトルだった。けれど今の諏訪は以前の本の構想と全く同じ作品にはならないことを知っている。それは人間関係も同じ。記憶のない諏訪が再構築した関係は以前と重ならない部分がある。

それでも諏訪は以前の自分を理解するために本の完成を望んでいる。この本は圭のためだけでなく諏訪のためにも存在するようだ。諏訪は神崎から見た圭の情報で、事故後 一度しか会えていない彼女の輪郭を探る。

この会話の中で、以前 神崎が諏訪の中に諏訪らしさを発見したように、諏訪は神崎の中に彼の清々しい心の持ち様を見つける。これまでは神崎が諏訪のキャラクタに圧倒されて ばかりだったが、諏訪もまた神崎の人格を理解し始めている。圭や凌といい、ジワジワと影響力が分かるのが神崎なのかもしれない。


末が近づき、神崎は実家に帰省する予定。圭は両親が多忙のため最小限の日数しか帰らない。神崎がいないと暇を感じ始めている圭は神崎の早い戻りを希望する。

そして圭は指輪を隠した日に自分以外に もう1人一緒にいたことを初めて神崎に伝える。それが凌ではないかという神崎の推理を圭は全力で否定する。彼女の中の凌は諏訪を嫌っており、その諏訪に関わることで行動を共にするとは思えないのだ。

冬休み、暇を持て余して自宅に独りでいる圭を海響(あおと)が顔を見せる。学校で彩人(さいと)から圭の事情を知り、わざわざ自宅に来たのだった。そこから2人で学校に行き、凌と合流する。海響は凌との橋渡しの役割で使われただけ。ただし彼は指輪の在り処を知っているので圭に思わせぶりな言葉をかけて、彼女が真実を知るための心構えを説く。

圭が凌に会っている最中に神崎からメールが届き凌が不機嫌になる。そして凌が圭の携帯電話を奪取して神崎へ罵倒のメールを送ることで、神崎は自分の不在時に圭が凌といることに嫉妬を覚える。その心を動機にして神崎は一瞬だけ自宅に帰り、圭の顔を見る。圭は凌の顔を見て笑顔になることはないが、神崎の顔を見れば元気が出るほど笑顔になれる、という話。

実際、年が明けて神崎が実家から戻るのを見計らって すぐに圭は彼に会おうとしている。


の頃の圭は、指輪を隠した日に自分に何が起きたのか本気で知りたいのか心が揺らぐ。この自分の気持ちこそ防衛本能が働いていて、その本能を捻じ曲げて真実を知ることで自分が傷つく可能性を予感しているように見える。

ただ諏訪の話を真正面からしても圭は それほど落ち込まない。それは彼女の中の諏訪という絶対的な存在が変化している証拠だろう。かと思えば、記憶復活の手掛かりを掴むと食事量は低下し、抱え込んでしまう圭の性格を知る周囲の者たちは心配をする。

一方、神崎は諏訪からのメールで初めて諏訪の住む家を訪ねる。諏訪が住むのは実家だが、両親は仕事で海外にいるらしい。圭の家と同じく作中から「親」という存在を排除したいらしい。神崎は諏訪の実家を知らないので随伴者として蝶子が選ばれる。諏訪のメールは執筆中で自己管理を放棄したことに由来する。神崎が食事を作り諏訪は復活。

この日、初めてなのは神崎の諏訪邸訪問だけじゃなく、神崎が制服の冬服で諏訪に会うこともだった。その制服を見て諏訪は記憶を刺激されたらしく、事故から1年後に この学校の制服を着た2人の男性と会っていたことを思い出す。そして指輪を見せられた、と彼は日記に したためていた。これまで神崎と諏訪が会ったのは夏服か私服。ここは作者は注意を払っていたところか。

諏訪は既に紛失した指輪を見ていた。そして それでも記憶は戻らなかった。この情報は圭にとって絶望の始まりだろう。


は、あの日 指輪を盗んで走る自分の姿を諏訪がベランダから目撃していたことを思い出す。圭が本能的に自分に隠匿したかったのは、諏訪に既に嫌われているかもしれない事実を直視したくなかったから。

その事実を思い出し、圭は学校を休む。メンタルの不調で学校を休むのは初めてか。家に仕事が休みの理人(りひと)がいるからという条件が重ならなければ休めなかっただろう。
圭は思い出したくない過去を思い出してしまい、指輪を発見することでのハッピーエンドの道は途絶えたと言っていい。ただ圭は自分の過去の記憶の一部が復活したことによって、あの日の自分がとった行動を考え、一緒に居た謎の人物の正体を確信する。

一方で神崎も諏訪に聞いた情報を基に これまでの その人の言動を回想して、圭の「共犯者」に辿り着く。

共犯者は圭にとって驚くものではない。彼女が驚くのは信頼していた人の ある発言だ

探偵・神崎の見せ場として犯人を追い詰める場面が始まる。しかし そこに予期せぬ傍聴人がいることを彼は知らない。だから犯人に情報を開示するつもりが、一番その話を聞かせたくない人にまで その情報が漏れてしまう…。