草凪 みずほ（くさなぎ みずほ）
NＧライフ（エヌジーライフ）
第03巻評価：★★★（6点）
総合評価：★★★☆（7点）
冴木敬大は前世の記憶を持つ高校生！ 前世の妻・裕真(男)に翻弄されていたはずなのに、前世の男友達・芹沢(女)のことも最近何故か気になり始めて…！ そんな敬大の前に、妻・セレナに瓜二つの少女が現れた!! そして開かれた球技大会。裕真が敬大に衝撃の告白を…!!
簡潔完結感想文
- 見た目はセレナ、性別的にも女性という敬大の理想が目の前に出現するが…。
- 裕真の告白宣言を認める敬大。実は止めて欲しかった裕真。こじらせ男子。
- 3人の関係は三すくみ状態でもあるので最終巻まで膠着。やや再放送感あり。
三角関係なぞ とうに成立している、の 3巻。
今回、良かったのは前世とは関係ないクラスメイトと敬大（けいだい）が交流した球技大会。前世の記憶があるという特殊な世界観だからこそ、そことは切り離された人たちとの敬大が敬大として人と交わる様子が新鮮に映った。ともすれば前世や魂の色などが作品レギュラーの資格で、そこに特権階級的な区別や差別が見え隠れしてしまうが、今回は普通の人々が登場し、敬大の学校生活に大きく関わったことが嬉しかった。
それは巻末で裕真（ゆうま）が夢の中で自分の前世とは知らず、敬大の運命の人であるセレナに言われた「あなたの旅は あなたのもの」という言葉に通じるものがある。敬大にとって前世は大事なもので忘れたくない、忘れてはいけないと思っている節があるが、敬大は敬大の人生を歩む権利も義務も持っているのだ。今回の球技大会が前世と切り離された敬大の旅の第一歩目のように思えた。この感覚を拡大していけば、彼が抱える疑似二股問題も解決すると思うのだが、そうすることは敬大自身が許していない。まだまだ旅の終わりは見えないが、これが大切な一歩であると信じたい。
そして本書が人気なのは、前世を含めた特異な三角関係が成立していて、その関係者3人が それぞれに切ない気持ちを抱えているから、読者が肩入れする要素や応援したくなる人が それぞれにあるのではないか。
敬大・裕真・芹沢（せりざわ）は それぞれ本心を隠しながら生きていて、だからこそ彼らの恋心は絶対に成就しない。そして3人は前世からの繋がりがあり、ソウルメイトのような強固な関係性が成立する土壌がある。恋愛の前に友情が しっかりと結ばれており、それが関係性を壊したくないという告白を躊躇させる要因となっている。
物語的には敬大が、前世の妻の転生先である裕真に想いが伝えられない歯がゆさが目立つが、現世においては裕真が、互いを憎からず思っている敬大と芹沢の接近を感知して、初恋が成就しない辛さを抱えている。自分が勇気を出しても芹沢が応えてくれないが、敬大や芹沢が勇気を出したら2人は結ばれてしまう。そんな遣る瀬無い現実に裕真は直面し、それでも彼らを応援しようという健気さが良い。お節介が空回りして「NＧチョイス」をしてしまうのも未完成の裕真らしい。
ただし この3人の関係性をクローズアップすると結局『1巻』から変わらない関係性で、変えてしまうと物語も終わってしまうので同じことの繰り返しになっている。敬大が前世におけるトラウマを自分と切り離さない限り、それは永遠に続く。上手い具合に配置された新キャラの お陰で飽きることは無いのだけれど、少しでも冷静に物語を眺めると再放送でしかないことに気づいてしまう。
今回の題名にした通り、これまでのところ敬大以外の主要キャラは前世と現世で性別が2つある。だから これまで登場した4人の関係者を見た目で考えると、敬大（男）、裕真（男）、芹沢（女）、凌（しのぐ・男）となっており、前述の話と重複するが、ここまで唯一の正当な女性キャラといえる芹沢視点で読んでいる読者には、白泉社らしい乙女ゲームのような逆ハーレムが楽しめるのだ。ただ他の白泉社作品と違って、本書の場合は そういう読み方が出来るという一例でしかない。
前世で考えると叙述の順では男、女、男、女と2対2でバランスがいいし、前世の記憶がある敬大が都合よく前世と現世を混同させれば、自分以外は女性であるとも考えられ、そういう読み方をすると少年漫画誌の典型的なハーレムラブコメにも読める。どこに視点を置くのかは読者次第で、そういう意味では読者の性別関係なく誰でも楽しめる間口の広い作品になっているのではないか。
気になったのは、2007年の発表の割に学校内で教育実習生が生意気にも生徒の前でタバコを ふかしているし、タバコを大人であることの表現として用いる手法は古いと思った。また この学校の体操服も男女ともに21世紀とは思えない古いタイプに見える。携帯電話も ほとんど出てこないし、1990年代の作品と言われても納得しそうな感じだ。こういう点をアップデートしないまま世間に出してしまうのが白泉社作品に時代遅れ感が出てしまう部分ではないか。わざとらしく現在の流行を追い過ぎると、そこから古びてしまうのは分かるが、各キャラクタの服装が古めのアニメを見ているような印象を受ける。
それと同様に作者の作品は自分が読んでいた時代の表現方法を そのまま自分の漫画に採り入れている節が見え隠れする。プレイボーイな敬大の父親とか、娘を溺愛する変人の芹沢の父親とか、どこか過去の有名作品の登場人物に思える時がある。コメディなので自然と似てくるのかもしれないが。次回作を完全に現在や現実と切り離した作風にしたのはグッドなチョイスだったかもしれない。
日常回は続き、最初は お花見回。この時点で3月末から4月なのだろうが学年も繰り上がっていないし、そもそも教育実習生が年度末前後に来るって どうなっているのか という白泉社らしい時空の歪み方を見せている。
凌が登場したからか再び敬大の家族が登場し、全員 前世関係者の お花見がスタートする。自分の父親と凌の前世の関係性が悪かったため、敬大は一人でハラハラするが、凌は どことなく嬉しそうにも見える。
そして敬大は どうしてもセレナの幻影を追うが、裕真はセレナではない。裕真が女性だったら どれだけ拒絶されても求愛し続けただろう。でも敬大は愛の持っていき場所を失っている。
だが そんな敬大の前にセレナそっくりな「女性」が現れる。
一番 最初に彼女に反応したのは裕真。セレナが敬大の元カノだと思っている裕真は彼女が そうなのではないかと問う。その女性はセレナという名前に反応したように見え、そして裕真が言う元カノ設定に乗っかる。慌てふためく敬大だったが、事情を知らない周囲の人間は元カノの存在に驚き、凌は三股疑惑に怒りを覚える。
自分の顔が敬大の弱点だと即座に理解した女性は、敬大の家に泊まることを要求する。どうやら家出をしたようだ。少し前まで芹沢の逆ハーレムだったのに、今は敬大の周辺にはセレナに似た裕真・前世の義姉である凌、謎の女性、そして芹沢の4人がいて すっかり少年誌のハーレムのようである。
裕真と芹沢に誤解を解きたい敬大は家出少女を警察に届けると脅して名前を吐かせる。彼女の名前は榊原麗奈（さかきばら れいな）。麗奈がセレナと無関係だと知った裕真は怒る。その怒りの中に敬大への愛情が こもっているように見える。本当にBL展開も あり得るかも!?
2人きりになった後、麗奈に詰問されて敬大は あっさりと前世の事情を話す。突拍子もない話だが麗奈は話を否定するのではなく、そういう運命が嫌いだという自分の主義を話す。どうやら彼女は運命を信じる男性に恋をして、運命に敗北したことが夢の中で明かされる。
そして翌朝、麗奈は顔がそっくりな裕真に自分の事情を話す。顔がそっくりだから心を許せるのか、少し幼さの残る2人だから本音を簡単に ぶつけ合えるのか。この2人は この後も何かと気が合っている。
それを物陰で聞いていた敬大だったが、裕真の心を傷つけるような麗奈の発言にタオルを投じることで、不毛な話し合いを中断させ、彼を守る。こういうヒーロー的行動が裕真の敬大への思いを強くしていくのだろう。
それだけではなく辛くて抱えきれない思いをしている麗奈にも優しい言葉をかけて、彼女の心を軽くする。凌といい新キャラは敬大に反発しながらも彼の器の大きさを知り、認めていく。未来は分からないが、今の自分は見た目が同じで女性であっても麗奈を選ばないというのが敬大の答え。それは すぐ隣にいる裕真（セレナ）への愛の告白のように思える。実際、麗奈は裕真＝セレナに即座に気づく。裕真だけが鈍感ヒロイン役なのである。
敬大に救われたことで麗奈は家出を止める。けれど最後に敬大に彼の前世の名前を告げて去り、彼女の謎は深まるばかり。これは作品的には今後の布石であり、そして凌に続いて、連続で前世関係者が出てくるパターンの重複を避けたのではないか。その辺の塩梅をセルフコントロール出来るのが素晴らしい。
続いては芹沢家。両親ともに漫画家の芹沢家が締切前にアシスタントがいなくて修羅場を迎えていた。特に父親は男性アシスタントが娘に よからぬ感情を抱いていると思い込み、追放してしまったらしい。
この回では『1巻』の演劇ではセレナ役の芹沢に ペラペラと簡単にクサイ台詞を言えていた敬大が、今は芹沢に演技をすることが出来なくなっているという彼の変化が描かれる。敬大は これまで裕真に彼こそ前世からの想い人であるセレナだということを伝えられなかったが、今回から芹沢にも嘘でも好きという言葉を言えなくなっている。二方向に恋をして二方向に好意を伝えられないジレンマを抱える へたれ主人公が誕生した。
この会話を裕真が聞いていることで、彼の気持ちに変化が起きる。
2週間の凌の教育実習期間が終わろうとしている頃、球技大会が行われる。
この回は敬大の現世での友達作りの回となっている。敬大が前世から切り離された関係を構築するのは初めてではないか。
球技大会では凌が、自分とセレナや裕真との仲を認めない理由を教えて欲しい敬大に対し、やる気のない彼のクラスメイトが集まったチームをまとめることを条件に出す。
この学校では中高が同じ日程で球技大会が行われ、最後に それぞれの優勝者が戦うらしい。中学生からすれば年齢差のある人たちと戦って何が楽しいのか分からないだろうに、お話の都合で そうなっている。
なので練習も中高が入り乱れて行われる。そこで裕真たち中学生と高校生がトラブルになり、バーレーボール中に裕真は顔面にボールを受ける。それに怒り心頭に達した敬大、そして凌が参戦し、裕真の仇を討とうとする。
そして これまで やる気のないチームメイトを煽（おだ）ててきた敬大は、キレてしまい、彼らに勝負への出場を命令する。このキャラ変更でリーダーシップ、というか恐怖政治を発揮した敬大は無敵。飴と鞭を使い分けてチームメイトの心を掴んでいく。
こうして現世の、前世とは関係のない人たちとも仲を深めていくことは、前世と切り離された敬大の人生を歩むことでもあるだろう。もちろん前世の関係者である凌と、この人生では協力し合うという初めての経験も貴重で、敬大は以前ほど凌に嫌悪されていないという実感を得る。
いつものように敬大にフォローされた形となった裕真は、現状を変えるために、球技大会で優勝したら芹沢に告白すると言い出す。
その発言にショックを受ける敬大だが、それ以上に自分が裕真を追い詰めて傷つけているのではないか、という可能性に思い当たる。だから敬大は自分の存在を消し、芹沢への告白の背中を押す。敬大の心境的には『1巻』の頃の内容みたいだ。
そして優しすぎて不器用な敬大は、自分は芹沢に接近すべきではないと過剰に反応して芹沢も傷つけてしまう。それは自分が望んだ距離の置き方なのに、敬大は そこが腑に落ちない。
炎天下の中で行われた球技大会で、屋外でプレーしていた芹沢が熱中症で倒れてしまう。その彼女に一番に駆け寄るのは裕真ではなく敬大。無意識に体が動き、軽々と芹沢を持ち上げる敬大の様子が裕真の劣等感になるのではないか。実際に、この後 裕真は2人の間に割って入ることが出来ない。
敬大も行動してから裕真のことを思い出すが、この役目は渡せないことを自覚する。でも そこから先に気持ちが進むことを敬大は許さない。芹沢を友達と思い続けないとセレナたち前世の記憶が消えてしまう予感がある。
実は裕真は敬大に告白をすることを打ち明けることで、敬大が隠し続ける芹沢の気持ちが聞き出せると思っていた。しかし敬大は飽くまでも芹沢とは友達だと言い張るため、告白宣言だけが残ってしまった。それは裕真が芹沢とも敬大とも気まずくなるNGチョイスだった。
裕真は芹沢の気持ちを知っており、敬大だって彼女を憎からず思っている状況を知っているからこその お節介。だが敬大は3人での関係を壊したくないと言う。それは裕真が麗奈に語っていた彼の本心でもある。
それでも裕真は意地を張って自分の主張を曲げない。やや柔軟性に欠けるのが裕真の欠点。そういう一直線な性格は長所でも あるんだけど。
そこから敬大と裕真の譲れない戦いとなる。だが今度は試合中に裕真が熱中症で倒れてしまい、意識を失った裕真は1人の女性の姿を夢の中で見る。自分に そっくりな女性を見て裕真は、麗奈ではなく彼女がセレナだと直感し、涙を流す。そして焦ってばかりで失敗する自分を嫌悪する裕真に、セレナは離れたくないのなら手を放さないように、転生した自分に語りかける。敬大が会いたいと願っていることを裕真はセレナに伝えるが、自分の旅を終えたという実感のある彼女は現世に出てくるつもりはないらしい。そして裕真には裕真の人生を託す。
目が覚めた裕真の前には敬大と芹沢がいて、敬大は、記憶があやふやになりつつあるセレナと同じ言葉を告げる。そうして裕真もまた目の前にいる2人が大事だということを実感する。これで また暫くは告白などの動きが封じられたとも言えるが。
