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少女漫画と小説の感想ブログです

次に学校へと続く満開の桜並木を歩く時に、私の冬の季節は終わり 青い春が始まる。

ひつじの涙 7 (花とゆめコミックス)
日高 万里(ひだか ばんり)
ひつじの涙(ひつじのなみだ)
第07巻評価:★★★(6点)
 総合評価:★★★(6点)
 

凌と神崎が持っていた秘密を同時に知ってしまった圭。ショック状態の中、ついに圭は事件当日の記憶を取り戻す。一方、過去の日記から知った事実を神崎達に語る諏訪。彼の心に突然何かが浮かんで…。大切なものを探しつづけた圭が、最後に見つけるのは…!?

簡潔完結感想文

  • あの一日の顛末。全事象にミッシングリンクがあるのではなく圭が全てを繋げてしまった。
  • 指輪が2つ揃うことは諏訪の記憶の回復ではなく圭の勇気のトリガー。諏訪に必要なのは3つ。
  • 全ての人が周囲にいる大切な存在に感謝して、楽しい明日を見つけるために生きようとする。

きている限り 希望はある、の 最終7巻。

本書は喪失を乗り越えていく話だと思った。多少 強引なところもありますが、圭(けい)は食欲を、神崎(かんざき)はバスケを、凌(しのぐ)は初恋を、諏訪(すわ)は記憶と兄の死を、彩人(さいと)は義母の死を、理人(りひと)は弟の不在を、蝶子(ちょうこ)は妹への愛情を、鳥花(とりか)は婚約の破棄を乗り越えたように見えた。蝶子が ちょっと苦しいか…。

ただ全ての問題が解決した訳ではない。圭が必死になって探した指輪が2つ揃っても諏訪の記憶は戻らなかった。明確な大団円、分かりやすい奇跡は起きない。ただ人が生き続ける限り、そこに希望がある、と思わせてくれる作品だった。
特に、圭が望んでいた諏訪の記憶や鳥花との婚約の回復は物語が終わった先に希望があるように思えた。結婚を考えていた諏訪と鳥花の間には3つの指輪がある。それを圭は知らなかった。2つでは不完全だが、3つで完全になるかもしれない。そして圭も、3つ目の指輪を保持している鳥花も、諏訪の記憶の回復は 既に絶対の条件ではないだろう。圭や神崎、そして元同級生が感じた通り、12歳までの記憶と12歳以降の日記を読んだ今の諏訪は、それ以前の諏訪と本質は同じなのである。ラストで諏訪に会いに行く勇気を持った鳥花もまた同じことを感じるはずで、2人は もう一度 出会い直し、そして恋に落ちる可能性は十分にある。あまりに不快な表現になってしまうが、兄の恋を踏みにじった罪悪感を抱えた諏訪は もういない、と考えることも出来る。事故による諏訪の記憶喪失という強制リセットは実は2人の結婚を実現させるための条件だった、というのも一つの物の見方として許される(と思いたい)。

表ヒロインの圭も、裏ヒロインの鳥花も、指輪は諏訪に また会うための理由で口実

徹頭徹尾、鳥花を物語の外に置いたのも良かった。それは圭のメンタルのためだし、また鳥花のためでもあるだろう。きっと この2人が出会ってしまったら互いに相手への罪悪感と自分への悔恨と嫌悪で物語が満たされてしまう。物語を湿っぽくしないためにも鳥花は外側に追いやり、彼女もまた圭と同じように弱い自分を克服しようと頑張っていることで2人目の影のヒロインになっている気がした。ラスト、その鳥花が文字上で物語に初めて入ってきたことで彼女の物語が幕を開ける。作者が作品のネタに困ったら諏訪と鳥花の恋物語の第二章を描いて欲しいと思うぐらいだ。

物語の終了後に人生の新しい幕が開くのは圭も同じ。指輪を返却した その先には圭の本当の人生が始まる。一般的に少女漫画における指輪は贈り主からの愛の具現化であるが、圭の場合は盗み出したもので、それは呪いのアイテムだったのだろう。指輪の返却は圭のトラウマの解放という分かりやすい儀式だったのかもしれない。
これからの圭は誰かのために生きるのではなく自分のために生きる。これまでも この学校の生活は かつて感じたことのないほど楽しい毎日だったけれど、より楽しい日々が圭を待っていることは約束された未来のように思う。それは圭が生きる本当の青春。あの205号室には神崎がいて、次の桜並木は輝いて見えて、研修部の部室は学校生活の思い出で満たされるはずだ。1話目から1年が経過した次の春が その予感に満ちているから本書は美しいと思う。


前も書いたけれど、圭たちコドモ組と彩人たちオトナ組の共通点は15歳前後で抱えていた思考に囚われるという点だろう。それが冒頭の個々人の喪失である。この大小様々な後悔が、物語に挿まれる個人回やエピソードで それが浄化される様子が描かれていく。その中では蝶子の彩人への恋心が宙ぶらりんになってしまっているかな と思う。彼女の中では けり がついているようには思えるが。

そして圭が指輪を盗み出した あの日のことが最終巻にて全て描かれる。面白かったのは、あの日の出来事として読者は全てを一つにして考えてしまっているが、実は それぞれ独立した出来事だったということ。無意識に集合として捉えたことは分解できる事象だったのだ。

本来は各人の不幸や過ちのはずが、それが同時多発的に起こってしまった。しかも圭だけが全ての事象にリンクしていて、それが自分の罪を際立たせてしまう。圭は一つ一つのことを分解できず、全てを大きな荷物として引き受け、そして心に負荷がかかってしまった。食欲を失くしてまで自分を責めてきた圭だが、全ての罪が すぐに消える訳ではないけれど、記憶の回復によって背負っている荷物は軽くなるはずだ。最後に圭が楽しそうに美味しそうに食事をする光景が見たかったなぁと思った。

逆に物語は、圭が全部の責任を負ってしまうようにするために都合よく親の存在、記憶、真実を知る人を消滅させている。または遠ざけていて作為的な印象が拭えない。読み返してみると鳥花や蝶子は知っている部分が多いのだから、圭の病状や現状を知っているのなら彼らはケアに動くべきなのではないか、と思うけど。作品としては面白いのだけど、全員が最良の行動をしているかは疑問。特にオトナ組は訳知り顔でいるだけで実際は無力感が漂っている。

拒食症の娘を放置気味の圭の両親も よくよく考えれば酷い人間だし、諏訪の両親も諏訪が夢中になり過ぎて体調を崩したりする特性がある上に、記憶喪失という特殊な状況なのに家を任せている。多いのか少ないのか分からない作中の2つの死(諏訪の兄・彩人の義母)も、キャラたちのドラマ性を演出するためにある気がしてならない。

全体的に青臭い部分もあるけれど、だからこそリアルな読者に刺さる 若い作家ならではの説得力がある。そして最初から「あの一日」の真相が用意されているため、矛盾なく物語が進んでいる。全体の構成はミステリのようなサスペンスのような、それと同時に青春小説のような清々しさを感じられる稀有な作品だ。個性的なキャラが多いのに、皆どこか愛すべき部分を持っていた。日高作品で これだけキャラに愛着を持てるのは最初で最後なんじゃないかと心配でならないけど…。

現時点では日高作品で読むなら まず本書から と胸を張って言える。


崎が黙って諏訪と会っていることを知っていることに衝撃を受ける圭。そして圭に知られたことに衝撃を受ける神崎。

さらに凌が指輪を持っていた事実で圭の中で全てが繋がり始める。
指輪を隠そうとした圭の動機は諏訪と鳥花(とりか)の結婚を認めるためだった。ちょっと困らせて心を清算させてから祝福をしたい。それが幼稚ながら必死だった圭の計画。
その計画を聞いた凌は、圭が諏訪断ちをする可能性を感じて協力する。これまでの圭の諏訪への興味が もしかしたら自分に向くという淡い期待も抱いていた。だから現場である諏訪のアパートに一緒に行き、目的を果たした圭に手を引かれながら現場から逃走する。しかし彼らの犯行には諏訪という最悪な目撃者がいた。この時、諏訪の視線を感じ取ったのは凌だけだった。


かし後に諏訪の目撃を聞いて圭の顔から血の気が引くのを見て、凌は即座の謝罪を敢行する。嫌われたことを知った圭は時間の経過と共に絶望と自己嫌悪に見舞われることが凌には分かった。だから この問題に早期に けり をつけるために、今度は凌が圭の手を引いてアパートに戻ろうとする。
その様子を海響(あおと)が目撃して ただならぬ様子を察し、後から凌に声を掛ける。圭は鳥花を発見し、彼女に走り寄る。その2人の女性を見ていたのは凌と海響、そして立ったまま微動だにしない諏訪がいた。

2人の婚約者の様子がおかしいことに圭も気づき、立ち去る鳥花を追った際に車道に飛び出す。それを諏訪が庇い、大怪我を負った。それが当日の顛末。

この事故の目撃者である凌が この一件から解放されないのは、圭が凌の存在を忘れてしまったから。誰にも共有できない秘密と返しそびれた指輪を凌は意図せず保持しまった。諏訪から鳥花へ贈られたはずの指輪は彼らの愛の象徴だったが、いつの間にか凌の圭への執着というべきものに形を変えていた。

その1年後、圭は指輪を捜すため、諏訪のために、彩人や諏訪の母校である学校を志望した。そんな圭に苛立つばかりの凌は圭と距離を取るために留学を選ぶ。1年間の留学期間で圭が変わるか、凌の圭への気持ちが薄まるか、それが凌の猶予だった。けれど1年後も状況は変わらない。しかも その間に神崎という目の上のたんこぶ まで登場してしまった。


てを思い出した圭は学校を休む。一方で神崎は真実に近づくため諏訪とコンタクトを取る。そして彼が事故前日まで日記をつけていることから、当時 諏訪と鳥花の間に何が起きているかを知ろうとする。それが圭の心を救うことだと信じて。男女の性別関係なく、トラウマがある人のことをトラウマがない人が救う、それが少女漫画のようだ。

その日記に書かれていたのは諏訪の切ない片想いだった。鳥花が好きだったのは諏訪の兄。鳥花は圭と同じように年の離れた男性に恋をしていた。

それから10年以上が経ち、諏訪が鳥花と婚約した後に もう一冊 日記を読むことになる。諏訪の兄の死後に見つけた日記である。諏訪が日記を書くようになったのは兄の影響という布石があったから、兄の日記が存在するのは必然。この伏線が良い。だが偶然 読んでしまった その日記には兄もまた鳥花が好きだったことが書かれていた。それを決して口や態度に出さなかったのは、大好きな弟が鳥花を分かりやすく好きだったから。

諏訪は自分の存在が両想いだった男女の間を切り裂いたのではないかと悔やむ。そして諏訪の兄の死によって もう二度と関係は結べない現実が突き刺さる。蝶子(ちょうこ)がフォローするように鳥花が心から諏訪のことを好きでも、諏訪の方に悔恨と罪の意識が芽生えてしまった。自分を全身全霊で愛してくれた兄を差し置いて幸せになることが諏訪は苦しくなり、諏訪は鳥花との婚約を解消した。

鳥花には諏訪の気持ちが理解・納得できない部分があったから、あの日、本当は返却したくない指輪を圭に託したのだった。鳥花にしてみれば あの日 自分を呼び止めた圭は渡りに舟の存在で、自分で直接 返却する勇気がないから圭に間接的な返却を頼んだのだった。鳥花もまた この日の自分の軽率な行動が周囲の人の運命を大きく変えたことに長年 苦しんでいるのだろう。


の諏訪は自分ではない自分の日記によって事情を理解しているから圭のことを気にかけながらも一定の距離を置き続けていた。そして過去の自分から託されるように今の自分が作る圭のための本が、彼女の心を救う わずかな可能性を信じたい。様々なことを失っても、その人の大切なものは人生が続く限り増えていく。その思いが『ひつじの涙』という本に込められる。

その帰り道、神崎は鳥花の現況を蝶子から聞く。鳥花は前に進むために自分で生きる強さを持とうと生きている。それが諏訪の事故が自分の弱さも一つの一因だと考える鳥花の償いなのだろう。そして彼女もまた前向きで、自分の今の人生の先に諏訪と笑い合える日が来ることを信じている。

大切な人を喪失してしまって身動きが取れないのは彩人も同じ。自分の義母を好きでいた彼も、大切な人の死から11年が経過して、当時のことを義父と率直に話せるようになった。そして自分の利己的な考えがあった家族関係にも意味があったという視点をもらう。しかし義父が若すぎる。この作品で親世代が登場しないのは作者の画力の関係で、巧妙に描くのを避けているだけではないかと思ってしまう。


花が諏訪の指輪を間接的に返却するために圭を使ったように、凌が持っていた指輪は海響を通して圭の手に返ってくる。

凌が直接 返却しないのは恐怖心から。黙っていたことに対して圭から嫌悪されることが凌の最大の恐怖。その気持ちは諏訪からの嫌悪に恐怖した圭には痛いほど分かる。そして自分が共犯者である凌の存在を忘れていたことが彼にとって どれだけショックだったかも圭には分かる。そして凌の その動機も言動も圭への優しさと慈しみが根幹にあることを ちゃんと理解する。

あの日以来 初めて指輪を2つ揃えた圭は自分の恐怖心を乗り越えて諏訪に会うことを決意する。


の前に圭は神崎に謝罪する。同時に神崎も圭に謝罪する。圭は神崎を振り回してきたこと、神崎は圭を騙す形になったことに頭を下げる。こうして いつも通りの関係に戻ったことに2人は安心する。

この時、圭は神崎から自分の人生を歩むことを勧められる。それはきっと凌が言いたかったことでもある。だって彼らは諏訪の真似をする圭を好きになったのではなく、圭自身を好きだから。圭だけの幸せを2人の男性は、いや周囲の人間は願っているのだ。

そして圭は諏訪に会いに行く決意を固める。それを知って神崎は諏訪から聞いた指輪を見た反応を圭に伝える。それは確かに圭が落胆する情報だったが、指輪を2つ揃えての反応ではないし、それでダメでも圭は諦めないと強さを見せる。そんな圭に対して神崎は もう空回りしないように自分や周囲の人に頼ること、少しは手を抜くことを教える。

今の圭にとって205号室は諏訪の元住居ではなく神崎がいる心の休まる場所なのだろう

続いて圭は凌に会う。批判を覚悟していた凌だが、彼にも圭から感謝と謝罪が伝えられる。今の圭は凌の言動の根本にある優しさが理解できるから。圭は自分を嫌ったりしない、それだけで凌は多少なりとも救われる思いだろう。また孤立しがちな凌を海響が ちゃんと見守ってくれているという関係性も良い。海響がいる限り凌は大丈夫だろうと思える。


会は唐突に到来する。諏訪が神崎を訪ねた時、圭も その場にいたのだ。3年以上ぶりの諏訪との再会。圭は今の彼に指輪を返却する。だが記憶は戻らない。それでも圭は絶望しない。

そして諏訪からも圭に渡す物があった。それが圭のために書いた『ひつじの涙』という絵本。諏訪の小説作品は難しくて実際に読まない圭だが、そんな彼女の特性を見透かしたかのように諏訪は「やさしい本」を完成させていた。
諏訪から自分のための本を渡されることは圭にとって青天の霹靂。過去の諏訪と今の諏訪は繋がっていないけど繋がっている。自分の過去の日記を読んで圭との約束を実行してくれるぐらい諏訪は優しい。

諏訪の絵本を読んだ圭は涙を流す。そして その内容は圭の視界を啓かせるものだった。諏訪は かつての諏訪ではない。だけど圭が慕った諏訪の延長線上に彼は存在する。これから圭と今の諏訪の交流は始まっていく。


訪の件が一段落した後、神崎は圭に告白する。
圭の中の諏訪の影響力が未だに強かったとしても神崎は言わずにはいられなかった。弟でも狂犬でも いい人でもなく、神崎は圭に一人の男性として見て欲しかった。そのステージに立つための手段が告白だった。神崎からの告白に圭は動揺する。指輪を揃えても諏訪の記憶が戻らなかったショックは二の次になったという点では神崎の働きは悪くない。

その後、圭は諏訪と鳥花の間には3つの指輪が存在することを知る。1つは圭がずっと持っていた宝石がついた婚約指輪。2つ目は圭が盗み出した諏訪の結婚指輪。そして結婚指輪は夫婦で1組であり、ペアの指輪は鳥花が持っているという。
その事実は圭が鳥花を いないもの として扱っていることが怖かった周囲によって伝えられていなかった。そして鳥花が3つ目の指輪を未だに所持していることは彼女の愛情の証明でもある。そして2つでは叶わなかった諏訪の記憶の復活も3つならば叶うかもしれない という未来の可能性を秘めている。実際、ラストは鳥花が動いたことで止まっていた時間が動き出す気配を予感させている。

2年生になると理系の神崎と文系の圭はクラスが離れる。彼が遠くなること、一緒にいられなくなることに圭の胸は痛む。その痛みの原因を考えると分かるのは自分が神崎を好きだという、当たり前すぎて気づかなかった事実。だから その気持ちを神崎に伝える。これから楽しいことは未来に待っている。