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少女漫画と小説の感想ブログです

もしかして本当に 私/俺 たち入れ替わりを制御できてるー!? 君の名は君、私の名は私!

オレンジ チョコレート 2 (花とゆめコミックス)
山田 南平(やまだ なんぺい)
オレンジ チョコレート
第02巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

「りっちゃんになりたい」という願いは思わぬ方向に叶い、律とちろの身体が入れ替わってしまう! 意外な展開に大混乱の二人だが、新歓会で一緒に日舞を舞うことになり!? その上、入れ替わりを加速する者まで現れて!! 幼なじみの純和風LOVEライフ☆

簡潔完結感想文

  • 千尋のセクハラ被害を目の当たりにして彼女の安全のために急な提案を呑む律。
  • そのセクハラ男が千尋のメンタルを立て直して舞台は成功。ヒーローは誰なの??
  • 入れ替わりを制御し始めた2人に、強制入れ替わり装置が導入され、物語は続く。

4巻ぐらいが正しい分量だったんじゃないか、の 2巻。

『2巻』は『1巻』の内容を受けて、その進化・深化を示した巻になっている。きっちりと起承転結の起と承の関係になっていて、ラストでは物語を転じる展開が待っており、このまま起承転結の全4巻で終わった方が物語として美しかった気がする。

そう思うのは『2巻』では2人が ちゃんと日舞を舞っているからである。中盤以降は これがない。『1巻』は日舞の名取である律(りつ)の身体の中に入った千尋ちひろ)の2人で1人の舞いが見られたが、今回は律と千尋、それぞれ本来の身体での二人舞台が描かれる。これは ある意味で千尋と律、それぞれの夢の実現であり、もう これ以上 日舞において願うことは ないのではないか、と思うほど。作品的にも順々にステップアップするのではなく、一気に頂上まで駆け上がってしまったため、日舞で描けることは もうなくなってしまい、ここから どんどん作品内の日舞の比率が下がっていく原因になったように思う。

この舞台で個人で舞い切ること、それは律にとって大きな意味のあることなのだろう。

回の舞台は律にとって大きな意味を持つと思う。幼なじみの2人だが、日舞においてはその家の名取(律)と、ただ稽古に通う庶民(千尋)。そして名前も実力も大きく違う2人だから、同じ舞台に立つことは まずない。しかし今回は学校のイベントの一環という形で それが実現した。実力の並ばない千尋との舞いは、本来 律にとって何の得もないことで、彼のネームバリューを落としたくない事務所側は その舞台への出演を拒否することが戦略となる。しかし事務所側に千尋の姉を配置したり、面白そうであれば仕事にして損得をあまり考えない社長が配置されることによって共演が可能となる

本来なら律の父親が もう一つの障害になりそうなところだが、名取としての仕事だからか、学校関係の舞台だからか何も言及していない。父親が入れ替わりの(千尋側の)動機にしか なっていないのが気になる。本当に最初の設定のために ただ配置されているだけ。

こうして二人舞台は実現し、しかも入れ替わりを制御して それを終えたので ここが2人の到達点のように見える。


た律が この舞台を引き受けたのは、周囲の環境が それを許しただけでなく、彼自身が それを望み、依頼を受け入れたということも大きい。そして律の依頼の受諾が入れ替わりを経たからこそ起こる心境の変化だという流れもいい。

これまでの彼なら学校行事に自分が出演することを快く思わなかっただろう。実際、そう推測したから千尋も、律の兄の鎮(しずか)も ずっと依頼を言い出せなかった。

しかし今の律は千尋の人間関係を見渡し、彼女らしく振る舞うことを覚え、それを自分の生活にフィードバックしている。だから律なりに柔軟な部分が出てきた。また この依頼の受諾は千尋のためでもある。入れ替わりで千尋になることで生徒会での立場やセクハラ被害を目の当たりにして、律は彼女を守るために動き出す。それが『1巻』での入れ替わり中の千尋の舞いを見て過保護になった律の態度の延長線上にあるのも良い。律が不慣れなこと、受け入れられないことでも やってみようという意思を見せる根幹に千尋の存在があるのが読者には嬉しい限りである。


れは千尋側も同じ。律を学校行事に巻き込んでしまった罪悪感や、彼らしくない言動を心配して千尋は苦手な舞台に立つことを決意する。互いが互いを想っているから、この二人舞台が実現したという心理的側面は素晴らしい。

…が、千尋が自ら立候補した舞台出演の直前で泣きそうになって、律に甘やかされるのは意味不明。自分の尻拭いを出来ないのに、ご褒美をもらう その心根が私は好きになれない。律も作者もヒロインに甘い。山田南平作品はサバサバしていると見せかけて、割とヒロインへの愛情が過多である。

あと気になるのは、作品は入れ替わりを誰にも気づかれないのだろうけど、近しい2つの家族 誰も気が付かないのは無理がある。明らかに言動がおかしいのに、それをスルーし続けるのは周囲の人がバカ、もしくは作品世界のモブに見えて あまり良くない。この辺が本書を狭い狭い世界の話に止めている部分だと思う。


に言えずにいた新歓パーティのステージへの出演依頼は、千尋と律が入れ替わっている時に発覚する。律にとっては水面下で進行していたプランで、本来ならブチ切れるところ。けれど千尋にセクハラまがいの可愛がりをする生徒会長への対抗意識なのか、律は千尋(in 律)に向かって受諾を促す。律は生徒会長が自分の意識が入っている千尋の身体に触っても嫌だし、千尋(in 律)でも魂が穢れると思っているのか拒否反応を示している。この生徒会長は千尋・律 それぞれの天敵として描かれている。だから色々とモラルが変なのかもしれない。

分かりにくい律の心は兄・鎮(しずか)との兄弟の会話で明らかになる。その弟の動機(ただの恋心)を理解した鎮は、律のマネージャー出る千尋の姉・百合(ゆり)の許可を得ようとする。だが専属契約の問題で難色を示す百合。そこで千尋は自分も一緒に舞うと、苦手分野への挑戦を試みる。これは なし崩し的に律が新歓に参加することや、彼の言動の不可解さに千尋が責任を感じているから。そして千尋も律の傍にいて彼のことを守るため。だから今度は以前とは逆で千尋が律に過保護になる。2人とも相手を自分以上に大切にしているのだ。その点が本書は尊い。…が、その一点突破な気もする。

律のためなら苦手なことも克服できる。動機・周辺環境が整って奇跡の舞台が始まる。

千尋から2人での舞いの提案を聞いて前向きな姿勢を見せる。技量や立場の差がある2人は学校行事ぐらいでしか一緒の舞台に立てないのではないか。

その話を聞いた事務所の社長は律が前向きなのを知って、取材を受け入れて仕事にしようとする。律のオーバーワークを心配する百合だが、社長は言質を取ったと律の退路を断つ。それにしても律は一体どんな仕事が舞い込んでいるというのか。しかも未成年の現役高校生が深夜2時近くにタクシーに乗って自宅に帰っていたり、何か変な仕事環境である。


歓に向けて律による千尋への お稽古が始まる。律は真似て学ぶことを流儀としていて手厳しい。

ここでは『1巻』で千尋になった律が、彼女の社会を学んだように、今回は千尋から見た律の世界が語られる。律の顔は大きく分けて3つ。幼なじみの りっちゃん、そして芸能活動をする姫野 律(ひめの りつ)、最後に日舞の名取の顔。日舞では行谷春律(なめがや はるのり)という名前があるらしい。でも この3つ目の顔は本書では ほとんど出てこないといって いいだろう。3つ目の姿勢を巡って父子で揉めているはずだったのだが、その父親も ほとんど顔を出さなくなる。この3つの顔が統合、または調和することが律の自己改革だと思うのだが、そういうテーマも作品は放棄する。

千尋は律の完璧主義に付き合い彼女の方が疲弊していく。その上、当日テレビ局の取材が入ることを知りプレッシャーが掛かる。


して新年度。千尋は高校に(内部)進学する。ちなみに この学校は不入斗学院(いりやまずがくいん)というらしい。新入学生は律に対して不躾とも言える視線や言動をするのだが、律は大らかに対応する。これは彼の角が取れてきたということで、この入れ替わりの副産物であろう。

こうして新歓当日、舞台袖で不安で涙ぐむ千尋の手を律が握って先に舞い始める。律の舞いは千尋が近くにいるほど良くなる、というのがマネージャーである百合の見解。

暗転の後、続いて千尋の出番になるのだが、緊張で足がすくんだ千尋は律に変わって欲しいと願いそうになる。それを律は押しとどめ、千尋が自分で舞うことを命じる。それでも拭いきれない緊張を解消するのは生徒会長。いつも通り千尋を小ばかにすることで彼女の負けん気に火を点ける。この時、律は自分では出来ないリラックス法を繰り出した会長に借りだ、いずれ返すと言っているが、返した記憶がない。何かあったっけ? こういう何かの伏線っぽいのに何も起きないことが本書では多いような気がする。

こうして舞台は成功する。こうして律の身体でテレビ局で舞ったことに続いて千尋日舞での度胸を身に付けるのかと思ったら、この後から千尋が舞うシーンは激減する。というか全体的にも日舞の踊りは あまり見られなくなる。この道を精進する2人が見たかったから残念だ。


千尋が舞えたら何でも言うことを聞くと言い、次のオフに彼女の好きなとこに連れていく。それが動物園。自分から志願した舞台で踊れたら これだけ甘やかされるって、何か間違っている気がするけど。

そして この動物園で千尋たちは自分たちの入れ替わりの法則性に気づき、そして自分たちの意思で入れ替わりを拒否できることに気づく。これで入れ替わり騒動を乗り越えたはずなのだが、そこから2人の願いを叶えた側の者たちが登場する。

それが御霊稲荷(ごりょういなり)の神使(しんし)である右近(うこん)と左近(さこん)という2匹の狛狐。小さい頃から御霊稲荷の階段で遊んでいた2人は、いつの間にかに千本参りを達成していた。千本というのは鳥居の数で、その数 願掛けをすると願いが叶う。この2匹は稲荷の神・御霊様が叶えようとしている、千尋の、律の立場と替わってあげたいという願いを反故にしようとしていることが許せない。しかし千尋たちからすれば それは解釈の違いによる願いのズレ。願いを履行しないのも、実行しないのも勝手だという対立が2組の間に生まれる。

ここから千尋は意思の力で入れ替わりを阻止しようとし、気の短い右近は完全なる入れ替えを目論む。一方で律は理知的な左近と落としどころを模索する。

相手に憧れる部分があったとしても、相手そのものになりたい訳ではない2人。しかし右近と左近は2人の生活に密着して、意志の力の及ばぬ入れ替わりを実行してしまう。入れ替わりライフは続くのである。