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禁欲生活中に父と後妻の間に新たな命が! 俺(26歳)もう一度 グレようかな…。

キスよりも早く 11 (花とゆめコミックス)
田中 メカ(たなか めか)
キスよりも早く(きすよりもはやく)
第11巻評価:★★★(6点)
  総合評価:★★★(6点)
 

義母・エマの出産により、先生に妹・美留が誕生☆ こっそり美留に会いに来た先生は絶縁状態の父と、はち合わせてしまう! さらに偶然、美留のお世話に来ていた文乃との関係も怪しまれて!? そんな中、受験を控え猛勉強中の文乃に、尾白父から内緒の呼出しがあり…!? 大波乱の11巻!!

簡潔完結感想文

  • 父との遭遇。義父一家と若夫婦の初対面。最強の別れさせ屋のはずなのだが…。
  • 義理の両親との同居 with 義弟。尾白翔馬 ひとつ屋根の下で この世の春 到来。
  • 災いを先取りする受験生。共通テスト当日、受験の前も後も追い込まれる文乃。

難去ってまた一難、1 + 1で 11になる、11巻。

不発弾、不完全燃焼。
そんな言葉が頭に浮かぶ。

もっと大きな信念と信念の ぶつかり合いを想定していたのに、
どこに問題の核があるのか捉えきれないまま戦闘は終わった。

ラスボスかと思われていた先生の父親は退治するような敵ではないようだ。

作者としては本当のクライマックスは この後にあるために、
父親との対決を盛り上げ過ぎないようにしたのだろう。

でも。この親子の どこに解決策があって、どうするのが最善の方法か考えないまま、
なし崩し的に先生の尾白(おじろ)家問題は収束に向かってしまった。

特に先生の父親・尾白 冬馬(とうま)の行動は理解しがたい。
彼の行動原理がよく分からないから、
目の前の問題は解決しているのだが、根本的な解決だと感じられない。

先生自身の行動も謎で、妻・文乃(ふみの)の願いもあって尾白家と関りを持ち続けるために、
結局、父親の言うことに従うだけの存在になっているように見える。

とんでもない新たな問題を残して終わる『11巻』だが、
このことも含めて、現実的な折衷案を取り続けるのが先生なのだろうか。

父との和解を試みるために歩み寄るでもなく、
自分の信念をぶつけるでもなく、
ここにきて唯々諾々と父親の言いなりになった気がした。

先生と父親、どちらの思考も把握できない私の読解力の問題かもしれないが、
これまで引っ張ってきた家の問題の解決編としては弱い気がした。

思うに作者は優し過ぎて悪役を造形するのが下手なのではないか。
悪役キャラも どうしても善人になってしまう。

それは本書の内容にマッチしているのだけど、
先生の20年以上に亘る恩讐を もう少し深く捉えることは出来なかったか。

まぁ、それもこれもラストの展開で吹っ飛ぶので、
前座にしかならなかったとは思うが。


生が父親と会う契機となったのは、生まれたばかりの妹との面会。

その日、妹が実家からホテルにいることを知ったのは、
学校で弟の翔馬(しょうま)の居眠りを起こしたことで始まった会話から。

「妹の夜泣きがひどくて あまり寝られない」という翔馬。

んーー、あの広い家で?
話を展開させるためだろうけど、不自然だ。

だが、父親に会わずに妹に会えることを知った先生は潜入を開始する。
夫の不在時に人妻と密会する間男みたいだな…。

それだけ今度は「家族」として生まれてきた妹という存在に魅了されているのだろう。

そういえば先生にとって妹の美留(みる)は娘のような年齢差だ。
翔馬から18年後の第二子の出産は義母にとって高齢出産だった訳だけど、
もう一つ視点を変えると父もまた高齢ハッスルだったのね…。

先生が我慢をしていた この2年間で父は夫婦生活を営んでいた。
いや、悪いことじゃないんだけど、
そこに思い当たったら先生は複雑なんじゃないか…。

そして先生と文乃が ことに及んでいたら、
叔母さん(冬馬にとって娘)と姪っ子(孫)が同じ年で誕生していたかもしれない…。


赤ちゃんを手慣れた動作で扱う文乃を見て、先生は母性を感じる。

「僕のお母さんだったら よかったのにな」

先生のマザコン発言。
ガンダムのシャア大佐じゃないけど、
ララァ・スンは私の母になってくれるかもしれなかった女性だ」。

先生も文乃に母になって欲しいのでしょうか。
でも後で本人も言ってるけど、これって文乃としては複雑じゃないでしょうか。

女性に母親像を求めた時、夫婦は別の段階に入ってしまうのではないか。


そして、もし本当に文乃との間に子供が生まれても、
先生は子供に母(=文乃)を取られたと思って、
先生の父親と同じように、子供と上手く接することが出来なそうな気がする。
男児なら なおさら。

自分の負の面をもって、自分が嫌っている父親に似ていることに気づかされる、
これって かなり絶望的なことです。


が、父・冬馬と接触の機会を持ってしまったために、
ここにきて初めて、自分と文乃の関係性を父に知られてしまう。

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実は義父にとっては文乃こそ爆弾。上手に処理しないと自分も無傷では済まない。

そうして文乃の親族に続いて、尾白家最強の別れさせ屋が誕生する。

でも。威厳たっぷりに描かれているが、
父のやっていることって ただの保身なんですよね。
だからスケールが小さく感じられてしまう。

そういえば翔馬って、堕落した一馬の姿を間近で見るためにスパイ活動しに
学校に潜り込んだけど、何を父親に報告していたのだろうか。

大好きな兄を父の前では悪し様に言うことなど彼に出来たのだろうか。

翔馬初登場時(『3巻』)には、父は一馬に興味があったけど、
そこからは放置していたのだろうか。
父の行動には不自然さが否めないなぁ。


そうして先生の実家への訪問を命令され、後に軟禁される文乃。
弟の鉄兵(てっぺい)も許可されたので姉弟の居候が始まる。

その「ひとつ屋根の下」状態に緊張する翔馬(笑)

これが物語の『1巻』1話だったら、
「少女漫画あるある」同居したら両想いになる、が発動するんだけど、
いかんせん相手は兄嫁で、兄と同居している女性。
かりそめの幸せを楽しみなさい。


の軟禁、先生の父親が結婚の事実を知り、
秘密を学校に暴露されたくなければ、一馬の家に戻らないことという脅迫が作用する。

この時、父が秘密を持つ権力者として文乃を縛っているが、
この秘密は尾白家にとってもアキレス腱で、
学校から世間にバレることを恐れているのは義父も同じなのではないかと思わざるを得ない。

文乃は先生を守る一心で、条件を呑んでいるのだろうが、脅迫材料としては弱い。

政治家として身内のスキャンダルの火種を消すために文乃に別れてほしい。
先生が教師という立場じゃなければ、文乃にとって恐れることではない。
先生が淫行教師だったばかりに問題になるのだ。


そして後の展開を考えれば、義父は何をもって2人が結婚している、と認定したのだろうか。

公的な書類(戸籍など)には結婚の事実はないことになるし、
結婚の事実を知る近しい人間(翔馬・メグなど)が口を割ったという描写もない。
彼らが口を割ったのなら文乃に一度は謝罪に来るだろう。

尾白家問題は細部が甘い。
軟着陸を目指してフラフラと飛行している印象を残す。

物語唯一の核となった お話なのに…。


父親の影響力と実力行使に絶望しそうになる先生が、
文乃の言葉で前向きになれた時のフレーズ、
「目の前に のびる黒い影が 君の光で 背後へと消える」は素敵な言葉ですね。


かし 一馬の幼少期は あれだけ家に帰ってこなかった父・冬馬は 現在は かなり家に戻っている様子。

これは政治家として売り込みをしなければならなかった若手時代から、
経験と足場を固めて余裕が出てきたのか。

それとも再婚を機に愛する家族の元に早く帰るようになったのか。

先生が いつからか希望を抱くことを止め、父親を避けるようになったように、
父親もまた 息子から逃げ回っていたのかな…。


後妻であるエマが語ることには、
父が一馬に冷たく接することになった原因は妻(一馬の母)の死らしい。

尾白家の子育ては基本的に父親ノータッチ、
だから 自分がかつて育てられてきたように一馬に接した。

これは虐待の連鎖のように、他の方法を体得しなかったから起こること。

そして お見合い結婚だったけれど、前妻のことを とても大切にしていた父。
息子が その生と引き換えに自分から妻を奪ったという観念が捨てられないのだろう。


この言葉もエマから文乃が聞いているだけ。
先生がこの事実を知った描写はない。
分かりやすい雪解けが読みたいんですけど。


しかし そんな父が翔馬には普通に接しているのは なぜだろう。
本当に自分が愛する女性を見つけたお陰かと思ったが、
前妻のことも大切にしていたとなると話が違ってくる。

翔馬は母の命を奪わずに生を受けたからか。

では その妹の出産の時、エマが命の危機にあって、
そのまま彼女が帰らぬ人になったら、父は妹のことも避け続けるのか。
妹の出産は尾白家再崩壊の危機でもあったんですね…。


でも、後妻のエマも臆病さから一馬の孤立が深まることを無視していたし。
先生は尾白家からの集団イジメの被害者と言えるのかもしれない。
だからこそ先生には強くなった自分で加害者を見返して欲しかった。

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権力を持つ「別れさせ屋」は実力行使に出る。生徒に手を出した淫行教師な ばっかりに…。

社会勢力の組長の家に鉄砲玉として命を狙いに行くがごとく、
用心棒たちをバッタバタと倒しながら実家の窓を割って文乃を助けに行くヒーロー。

クリスマスの日に自宅で大捕り物&ガラスの割れる音は、
近隣の住人からしてみれば、政治家先生のスキャンダルだと思うけど…。

先生が手に入れた「家族」たちの陳情もあって、沙汰は後日 下されることに。


帰宅した先生は文乃に、
「何で大事なこと ひとりで決めようとするの?」
「ふたりのことは ふたりで話し合うべきでしょ!」と説教を始める。

…が、人の振り見て我が振り直せ。
似たもの夫婦なので、夫の方にもそういう癖があるんです…。


晦日に開催される父と子の親子面談。

この場面はもっと分かりやすい対決と和解が欲しかった。
上述の通り、何を論点にしているのかが全く分からない。

父の言う処分って何?
なんで父親が一方的に裁定を下せる立場にいるの?

「家族」を持つことで自分の「家族」も愛せるようになった先生。
だから「家族」の一員として父の理不尽な要求も呑むってこと?

社会人で一人前になったのに?

文乃を大事にするあまり、先生自身のプライドが投げ捨てられた気がする。


そして「尾白に迷惑を一切かけない人間になれたら―― その時はお前の好きにするといい」
というのは、教師と生徒ではない関係になったらということなの?

何だか良く分からないなぁ。

作者は悪人を描けないけど、込み入った事情の整理も描けないのではないか。
理解できない私が言うことではないが…。