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守るべき人の向こうには、かつて守られていた自分がいた。

精霊の守り人 (新潮文庫)

精霊の守り人 (新潮文庫)

老練な女用心棒バルサは、新ヨゴ皇国の二ノ妃から皇子チャグムを託される。精霊の卵を宿した息子を疎み、父帝が差し向けてくる刺客や、異界の魔物から幼いチャグムを守るため、バルサは身体を張って戦い続ける。建国神話の秘密、先住民の伝承など文化人類学者らしい緻密な世界構築が評判を呼び、数多くの受賞歴を誇るロングセラーがついに文庫化。痛快で新しい冒険シリーズが今始まる。


後悔先に立たず。この本の積読は勿体ない。もっと早く読めば良かった!

冒頭から没頭。最初の一文から最後の一文まで私を虜にし続けた一冊。小説全体の静と動のリズムが絶妙で、次は何が起こるのか、それとは逆に終盤はこのまま何も起こらないで欲しいという興奮と切望を交互に味わった。

まず幕開けは動から。川に落ちた皇子・チャグムを助けた主人公の女用心棒・バルサは、それが発端となり否応無しに渦中の人物となってしまう。続いては静。その夜、宮殿に招かれたバルサは拒否権のない提案を受ける。皇子を死力を尽くして守る、それが彼女の絶対の運命だった。この冒頭の二ノ妃との会話で読者は勇気と老練さを併せ持ったバルサの人物像を知り、早くも彼女に夢中になる。話の導入部としては完璧。本読みの勘が傑作の予感を告げた。
動の部分の各人が命を賭して戦う迫力の戦闘シーンは小説として純粋に興奮する部分ではあるが、本書は静の部分の世界構成の奥行きと緻密さが最大の特徴だろう。国家の陰と陽、権謀術数、偽りの伝説、政治的駆け引き、民衆の暮らし、民俗学。本一冊の中に一つの国がそのまま存在する。この世界観を構築し、読者に伝える筆力が上橋菜穂子という作家の凄さだろう。本書にはミクロ(バルサの逃避行の結末)とマクロ(国家の一大事の結末)、大きく分けて2つの視点があり、それを合わせて世界の成り立ちを堪能できるだけの懐の深い作品である。
ミクロの視点では登場人物たちが皆気持ちの良い人ばかりだった。主人公のバルサは上述の通りで、世間知らずだった皇子・チャグムにも物語が進むにつれ同情と激励の気持ちが生まれた。1年弱の擬似家族体験の中で、チャグムは思春期特有の反抗期を向かえ、更に終盤には思春期すら自ら終わりを告げなければならない。高貴な身分を捨て去らなければならなくなった彼が代わりに手に入れたのは確固たる自我と心を通わす人間らしい生活だった。しかし…。
本書はファンタジー世界の話ではあるが、小説内で起こる出来事、特に皇子・チャグムが体得する経験や感情は現実世界に大いに通じる所がある。その意味では児童(特にチャグムと同じ年代の子)に読んで欲しい本ではある。本当の自分でいられる場所、甘えられる事、苛立ちをぶつけられる事、それってもう家族なんじゃないか。バルサとチャグムの特殊な関係性にはホロリときた。
物語は今後シリーズとなって続く。まずはバルサは自分の過去へ向き合い、チャグムは己の未来を見据える。2人の再開の日が今から楽しみ。また若き星読博士・シュガなどは、今後キーパーソンになりそうな存在感を見せていた。

(ネタバレ感想:反転→)チャグムが生きて都に帰る結末は誰にとってもハッピーエンドのはずなのに、ちっとも幸福な結末ではないのが不思議だ。牛車から落ちたチャグムが、また牛車に乗って帰っていく。彼はかぐや姫かサンタクロースか(笑) 自分の足で歩く必要のない牛車に揺られるチャグムではあるが、彼は世界への広い見識と精神力を手に入れた。彼こそ伝説上の王と比肩する位の指導者になるだろう。そしてその時は今回の「敵」が頼もしい配下として活躍するのだ。(←)

精霊の守り人せいれいのもりびと   読了日:2010年03月22日