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闇の守り人 (新潮文庫)

闇の守り人 (新潮文庫)

女用心棒バルサは、25年ぶりに生まれ故郷に戻ってきた。おのれの人生のすべてを捨てて自分を守り育ててくれた、養父ジグロの汚名を晴らすために。短槍に刻まれた模様を頼りに、雪の峰々の底に広がる洞窟を抜けていく彼女を出迎えたのは…。バルサの帰郷は、山国の底に潜んでいた闇を目覚めさせる。壮大なスケールで語られる魂の物語。読む者の心を深く揺さぶるシリーズ第2弾。


守(も)り人シリーズ第2弾。前作があまりにも素晴らしかったから、読むのをかなり躊躇していた。けれど、少しでも疑ってゴメンと著者に陳謝したい。そして再び素晴らしい物語をありがとう、と心から感謝したい。
本書は前作のラストシーンから始まる。バルサは、25年前に養父・ジグロと国外脱出の際に通った国境の洞窟ルートからの故郷への密入国を決めた。それは彼女の感傷故の選択だったが、その行動が原因でバルサは再び逃亡生活を強いられてしまう。その逃亡の中でバルサは国家の一大計画を聞かされ…。
著者の「あとがき」によるとシリーズ唯一のバルサ自身の物語だそうだ。闇と対峙した時に、彼女が彼女自身を知る物語。また同時にその裏ではシリーズ開始時点で既に亡き人であるジグロの物語でもあった。
本書が素晴らしいのは、ジグロの思い出と共に過去に戻るシリーズのエピソード0(ゼロ)的な内容かと思いきや、同時進行でシリーズの2作目としての役割を果たしている点だ。むごい逃亡生活でのジグロの血の涙と、そのジグロの涙をも利用した積年の計画。バルサとジグロの過去から、国家存亡の危機へと視点が大きく移り変わるのは見事。計画の、構成の周到さは作者への賛美でもあり、またあの人(ネタバレ)の脅威・恐怖でもある。
ヒョウル<闇の守り人>に隠された真実は早い段階で予想がついたが、バルサの抱える問題の決着の仕方は実に意外性に富んでいた。洞窟に、闇に深く潜ることは心に深く潜ることでもあったのか。決して欺く事の出来ない深層心理を爆発させる瞬間は綺麗事だけでは終わらせない、とても人間らしいスパークだった。また真実であるかは別にして、バルサが国家にとって「運命の人」として描かれなかった事にバルサと物語の適切な距離が計られている。バルサは不可抗力で世界を動かしてしまうが、決して世界の中心人物ではないという事を改めて窘められた気がした。バルサの問題の決着の仕方も彼女らしくて彼女を一層好きになった。独善的にならない大きな采配が出来る事は彼女の美点の一つ。
印象的だったのは序盤のバルサと叔母のユーカとの交流シーン。冷静に信用を勝ち得ていくバルサの賢さと、バルサの身を想うユーカの優しい言動には何度も胸が熱くなった。上橋さんの世界は厳しさの中に人の優しさ・体温を感じさせてくれる。特にユーカの家の庭師が語る指摘は本当に良かった。映像ではなく文章で、気づくのではなく気づかされる事で目頭は熱くなった。
シリーズ化という事で見えてくる「型」が幾つかあった。1つはバルサと少年の交流と成長、1つは一国の騒乱。この国家の騒乱の部分にも経済や労働、身分制度に慣習などの問題が奥行きとして与えられている。本書もまたオープニングとラストのシーンが循環している。出会いと別れ、それを繰り返すバルサの人生。しかし前作のチャグムといい、今回のカッサといい、バルサが守った少年たちが今後、<王の槍>ならぬ<バルサの槍>になるのかな。それを考えただけでも胸が躍る。その日こそ、人を助けたバルサの人生の意味が生まれるのだ。楽しみ。
(ネタバレ感想:反転→)ユグロの画策も一方的に「悪」と言えないのが本書の、現実の難しい所。もしこれが現実世界ならばユグロの「革命」が成功すれば、カンバル王国は財政を他国に依存する事がなくなり国は潤う。どの家庭もカッサ家族のように一年中自国に安住できる。その志しは愛国心とも言えなくもなく、ユグロでなくても後世の者が(慣例を忘れれば忘れるほどに)計画しただろう。
またユグロは過ぎた功名心を持ってはいたが、一族から逆賊が出た者となって、バルサとは違う意味で辛酸を味わってきた人生の失地回復の手段で、あらゆる物を利用した。彼もまた怒りを内に秘め生きるしかなかったのだ。(←)

闇の守り人やみのもりびと   読了日:2010年07月12日