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喜劇悲奇劇 (創元推理文庫)

喜劇悲奇劇 (創元推理文庫)

落ちぶれた奇術師・楓七郎は、かつての仲間から仕事の依頼を受けた。ショウボート・ウコン号でのバラエティショウ出演…。早速、船へと赴いた彼を待っていたのは、何とも奇妙な連続殺人だった。被害者たちはみな、上から読んでも下から読んでも同じに読める“回文名”を持つ者ばかりのこの事件に隠された真相とは? 構成から展開まで、凝りに凝った趣向で彩られた、異色のミステリー長篇。


陳腐な表現になりますが、本書は間違いなく泡坂さんによる小説を使った奇術だ。読了してそう思った。奇術師(作者)は観客(読者)をアッと驚かせる、不思議がらせる為だけに趣向を凝らす。作中で起こる数々の怪奇で不思議な現象に読者はいつの間にか目を奪われる。泡坂作品を読んでいて楽しいのは、作者が騙す事を楽しんでいる雰囲気が伝わってくる所だ。本書でもミステリを心底愛し、完成までの多くの労苦もニコニコと微笑みながら筆(ワープロではなく)を進めているような健やかさが作品全体を包んでいる。よくよく考えてみればグロテスクな事件や表現の多いのだが、作者の人柄・筆致が本書を喜劇風に演出している。
舞台は1隻のショウボート。実はこのボートでは主人公たちの到着前に殺人事件が起きていた。興行成功のために事件隠蔽を画策するショウ一座の面々だったが、やがて主人公は事件を突き止める。ただ、その後の展開が面白くて、連続発生する殺人事件に対し今度は主人公も隠蔽側に回る。部外者から事件を隠して興行を滞りなく進行させながら主人公は事件を調べ、ある事実に気付く…。
本書の舞台設定は少々前時代的で大仰だ。だが、それは本書の欠点ではない。舞台上の演出が派手なほど、観客は喜び魅了されるものだ。登場人物たちもそれぞれに個性的。名前も外見も性格も変わり者揃い。中でも私はダメダメな主人公に惹かれた。嫌な事・不快な事から酒を飲んで逃避しようとするアル中寸前の人物で奇術師として廃業寸前。しかし自分の大事な人たちには決して背かない筋の通った男性でもあった。事件に巻き込まれた彼だが、途中からはかつて傍にいた、そして現在傍にいる2人の女性のために動き出す。殺人事件中にメロドラマっぽい愛憎劇も前時代的な雰囲気を醸し出していた。
トリックでは獅子身中の死体、虎の「衣」を借る死体の展開に驚かされた。まさにマジック。殺人の動機もこぢんまり纏まらず、ここまで大掛かりな背景を用意したのが、いっそ清々しい。ちょっと背筋が寒くなるけれど、程よく現実感がなく物語に陰惨な影を落としていない。悲奇劇だけど、やっぱりドタバタ喜劇である。
(ネタバレ:反転→)本書で目を惹くのは何と言っても回文尽くしの内容だが、作品全体の構成まで回文(レモンの退場と再登場)になっているのが心憎い。回文尽くしである事からこそ犯人が露見しやすいというリスクがあるが、真相が単純にレモンが船内に隠れて犯行を重ねていたというものではないので、ミステリとしてもフェアプレイを貫いている。レモンの奇術が手掛かりになってるのも◎。(←)

喜劇悲奇劇きげきひきげき   読了日:2009年08月03日