
鈴木 ジュリエッタ(すずき ジュリエッタ)
神様はじめました(かみさまはじめました)
第05巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★★(6点)
参拝者ゼロ記録を更新中のミカゲ社に活気を取り戻すため、奈々生は祭を企画!! みんなと協力して準備を進めます。そんな中、奈々生の頑張りを見守っていた巴衛がドキドキの仰天行動を起こし…!? 神使を2人迎え、奈々生の神適性が試される第5巻☆
簡潔完結感想文
- 巴衛と瑞希、巴衛とクラマなどなど顔を合わせると男たちがヒロインを巡って争う。
- 土地神は単なる特殊ステータスだったけど、ようやく土地神として働きはじめました。
- 家事も祭りの準備も巴衛の労力と妖力で完結。奈々生は踊りを覚えただけで絶賛。
ビッグバンが収束しはじめました、の 5巻。
日本には八百万の神様がいる上に妖怪も多種多様なので、これからも いくらでも登場人物は増えていくだろう。けれど この『5巻』で作品誕生のビッグバンの第一期が終わったような気がする。イケメン妖怪も巴衛(ともえ)・クラマ・瑞希(みずき)と3人に増えて、それぞれヒロインの奈々生(ななみ)を慕っている。懇意となった妖怪も増えたし、学校での友達も出来た。
そんな登場人物たちが一堂に集まるのが奈々生が神様になったミカゲ社の夏祭り。人も神も妖怪も入り混じって、ここまでの集大成のようなイベント回となっている。


そして ようやく奈々生がミカゲ社の復活に動き出した。序盤の序盤は神様として外交したり、通力(つうりき)のレベルアップなど奈々生の成長を焦点にしようとしていたのに、作者が「妖怪学園コメディ」がやりたかったからなのか、神様としての奈々生は二の次になっていた。奈々生が神様であることは妖怪や神から狙われるヒロイン特性を補強する時に使われるぐらいで、彼女が神様である必要性は薄かった。神様は立場であって、そこに何の義務も生じていない。
ようやく原点に立ち返ったのは少女漫画読者が好きな恋愛にも『4巻』の告白と玉砕で一区切りがついたからかもしれない。作者が序盤でやりたかった学園モノ、そして恋愛が終わっても尚、作品人気が高かったので後回しにしていた問題に着手したように思えた。
社(やしろ)問題に着手することは私が望む展開なのだけど、その前に学園モノをやったことで腑に落ちない点も出てきた。それが奈々生の暮らし。私は奈々生の最初の生活苦設定から いつの間にかに どこから湧き出てくるのか分からない金銭での不自由のない暮らしが未だに馴染めない。社を立て直して生活が軌道に乗ったとかなら分かるが、それがないままなのが どうしても納得がいかない。白泉社作品の中には最初の親の死や放蕩で、その後の全ての幸運が許されている感じを受ける作品もある。
まず奈々生が社を立て直すこと、新米の神様として苦労して成長すること、それらがないまま奈々生の人間の女子高生の、イケメンに囲まれ苦労のない暮らしが描いたのは良くなかったし、それが ずっと私の作品への しこり になっている。
今回の夏祭りイベントも結局 奈々生は神楽(かぐら)を覚えるだけで、あとは巴衛の妖力によって身の丈以上のイベントが完成している。既知となった妖怪や神様に助けられることは嬉しい場面でもあるのだけど、巴衛に寄りかかっている感じが好ましくない。巴衛は100働いているけれど、奈々生は3ぐらいで絶賛されるバランスの悪さも見える(精神世界では苦労したけれども)。
金銭面など物語に描かれていない部分なのに作者が脳内補完して いつの間にかに そういうもの、と固定された設定がある。ラストの巴衛が奈々生を全面的に信頼している心情も どこでそうなったのか私には分からなかった。ツンデレというか、巴衛が奈々生を否定してから最後に肯定する流れで胸キュンを演出しているけど、そのせいで巴衛の言動に一貫性が無いように見える。初読と感想のための再読と2回読んでも そう思うのだから、私は何度読んでも そう思ってしまうのだろう。巴衛がイケメンということ以外、評価が高い理由が いまいち分からない。2020年前後の何もかもが好転していく異世界スローライフの要素を先取りしているとは思うけれど。
瑞希が巴衛の不在を狙って奈々生の2人目の神使(しんし)になったことで彼らの間で衝突が起きる。クラマの時といい、巴衛は誰かと衝突しないと仲良くなれないようだ。
海回は お泊り回でもあるらしく、夜は夏祭りイベントに参加する。そこで2人の衝突を見かねた奈々生は主の権限で強制的な仲直りをさせようとする。過去に瑞希が度々ミカゲ社を訪れていたことを思い出した巴衛は彼への嫌悪を和らげる。ただし瑞希が奈々生に特別扱いされることへの嫉妬は止まない。この強制イベントが表したのは男性間の友情ではなく、巴衛の奈々生への想いの強さである。
続いては ようやくミカゲ社が舞台となる。学校編とか恋愛とかの前に これをやって欲しかった。ミカゲ社が近所の住人たちから心霊スポット的な扱いを受けていることを知った奈々生は、その噂を払拭するため夏祭りイベントを企画する。
安直なイベントに巴衛は反対するけれど、奈々生は社のために出来る限りのことをしようとする。その奈々生の心に触れ、巴衛は巫女が着る着物を取り出す(この着物は使わない。なら なぜ出した…)。そして奈々生は存在しているだけで神社の空気を澄ませることが出来ると、奈々生に存在価値を再認識させる。いるだけで ありがたいのが神様なのは分かるけど、奈々生は本当に土地のために何もしないで推し(クラマ)のために学校生活を再開させたり、物事の順序や動機が不純。イケメンに囲われるだけが女性の役割だと定めているようにも読める。
奈々生は神楽を踊ると決めて練習に励む。期間は2週間。苦労しつつもミカゲ社のためという目的を思い出し、奈々生は前向きに頑張る。そこに登場したのが奈々生を審査する者。奈々生のことを神適性レベルをDランク、道端の地縛霊クラスだと評する。この謎の存在に吹き飛ばされた奈々生は道端で昏倒する。
気が付くと社を出て数時間が経過しており、戻ると巴衛が妙に優しくなっていた。一度『4巻』でフッたのに奈々生を好きだと明言する巴衛に戸惑いつつも、喜びを抑えられない奈々生。それでも寝込みを襲ったり、社での生活を窮屈と評したり恋愛バカになってしまった。そんな巴衛の言動を注意すると彼は家出してしまう。


奈々生が生活レベルを保っていられるのは巴衛の妖力があってこそ。奈々生は空気を清浄に保つことは出来るけど、社を維持することは出来ない(本来は神の通力によって維持されるが、奈々生が未熟なため巴衛が代行している)。そして奈々生が『1巻』1話で初日だけ苦労したように、家事全般を自分でこなし その大変さを身に染みて理解する。
巴衛の不在の大きさに挫けそうになる時もあったけれど、奈々生は通力ではなく物理的に社を修復する。これまで自分が この社の神だということを忘れて、巴衛に頼り切っていたこと、巴衛が この社の代表者のように思っていたことを奈々生は恥じる。だから彼の不在を嘆くのではなく、帰還を信じて自分の仕事に集中する。
そこに家出中の巴衛が帰ってきて、再度 奈々生に社を捨てて2人で暮らそうと提案。しかし目の前の食欲や巴衛の存在にも奈々生は揺るがない。それは奈々生が社を管理してみて巴衛の これまでの労苦が分かったから。それでも愛に生きようとする巴衛に奈々生は疑念を抱き、目の前にいる巴衛を否定したことでゲームが終了する。審査員に出会ってからの巴衛は奈々生の願望や理想像だった。私欲を捨て社を最優先にしたことで奈々生は審査員から失格を保留にされる。結局、この不思議体験をさせたのが誰なのかは分からないまま。
奈々生は人気芸能人であるクラマにも出演依頼していた。クラマが他の女性の誘いを断り奈々生を優先することで読者の承認欲求は満たされる。クラマで大事なのはステータスであろう。
他にも龍王・宿儺(すくな)、沼皇女(ぬまのひめみこ)など これまで関わった妖怪が大集合。雷神・鳴神姫(なるかみひめ)は出てこない。もう二度と会えないかもしれない。クラマが瑞希に初遭遇したり新しい縁も生まれる。
そこで妖怪たちに夏祭りの案を提出してもらおうとするが、それぞれに暴走気味。その中では人間世界に一番 順応しているクラマの案が現実味が高く採用され続ける。クラマは自分が巴衛より奈々生に頼られることに優越感を覚える。巴衛・瑞希コンビでも奈々生を巡る争いがあるように、巴衛・クラマでも巴衛に勝とうとする意識が働く。この男性たちの暗闘も読者に受ける要素なのだろうか。
迎えた夏祭り本番当日。設備や出店は妖力によって用意され、スタッフは妖怪たちが引き連れてきてくれる。奈々生は結局、神楽を覚えたぐらいなのか。またクラマはネットの力を駆使したり、遠回しにメディアを使って宣伝することで集客を成功させる。クラマは この祭りで あみ と遭遇している。
ただし妖怪たちが集まることで、奈々生は当代の土地神として失敗できないとプレッシャーを感じる。その緊張を巴衛がほぐす。巴衛が奈々生を認めた流れがいまいち理解できない。神使になったのも奈々生からキスしたからであって、巴衛が奈々生に特別な資質を感じたという話ではなかったのではないか。前述の金銭のこともそうだけど、いつのまにかに作者の中で固定された世界観で語っているような気がしてならない。
