
湯木 のじん(ゆき のじん)
ふつうな僕らの(ふつうなぼくらの)
第XX巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★★(8点)
ただ好きな人ができなかっただけ 椿の妹・梓は大学4年で就活真っ只中。新婚の姉夫婦の家で出会った桜介の第一印象は最悪だったけど、就活の相談をしていくうちに段々と気持ちに変化が…!? 幸せになった椿&一颯のまわりで、新たな恋の番外編! 【同時収録】セーラー服にさようなら
簡潔完結感想文
- ケア児の きょうだい である梓の抱える葛藤を上手に掬い上げてくれる桜介に恋に落ちる。
- 最初に出会った時から桜介の心は決まっていた。お祝いの席を設けたのは会いたい願望?
- 10代は囚われているように感じられた実家から出て、自分の帰りたい家や家族を見つける。
それでは初恋の七回忌法要を始めたいと思います、の 番外編。
本編中で一番 切ない恋をしてきた故に成仏し切れなかった初恋幽霊の桜介(おうすけ)を成仏させるための番外編(違う)。桜介は低体温の人に見えるけれども2つの恋を通して作中で最も感情を乱高下させた人と言えるかもしれない。
こじらせ初恋の先輩である日高(ひだか)を例に取ると、未練を残した初恋を成仏させるには5年の月日が必要だと思われる(日高は中1の秋~高3の夏まで)。
当時、高校2年生だった桜介が成仏するには4年制大学卒業後ぐらいまでの時間が必要で、初恋の相手の椿(つばき)の妹の梓(あずさ)と出会った23歳は丁度いいタイミングだったとしか言えない。
彼らの最初の出会いある玄関先で迎える側と迎えられる側という立場も、母親が家を出ていった日から自分の居場所が不安定だった桜介の心にクリティカルヒットしたのは間違いない。少女漫画的には梓が少しだけ年上で だけど社会的立場が違う遠い存在の桜介への初めての恋に戸惑い、傷つく物語として切り取られているけれど、桜介が梓との接点を失わないように手を尽くしているようにも見える(連絡先の交換や内定のお祝いなど)。


本編の椿と一颯(いぶき)の恋愛に元カノの日高の存在があって、一颯は日高に同等の気持ちが返せないことに自己嫌悪していたが桜介にも同じことが起きている。「初恋の成仏猶予中」と言える大学時代に付き合ったという元カノに桜介は同じ気持ちを返せなかったことが窺われる。桜介が梓に椿への過去の想いを伝えるのも、嘘のない関係を築こうという本気の交際を望む姿勢だろう。
また作品的には桜介が そのことを言わないまま、椿の妹に手を出すと梓が代替品のように思えてしまうから、ちゃんと言ってくれて安心した。梓の造形(特に身長)が椿と全く違うのも2人を同一視している訳ではないという補足にもなっているように思う。梓は作中によく登場していたものの、彼女が誰かと接触した様子はなかった。梓と背景が良く似た詩織(しおり)とも交流しなかったし、椿から一颯の話を聞かされ続けていたけれど、本編で梓と一颯が交流したことは最後になるまで無かった。桜介とも、彼の初恋が本当に成仏し終わった後に初めて対面しているのも良い。そこで梓は桜介の ずっと欲しかった言葉を2回もくれるのだから、桜介も好きになっちゃうよと納得できる。逆も然りで、詩織と同じくケア児の きょうだい という特殊な状況だけど、詩織ほど こじれていなかったものの、梓の特殊な環境によって作り上げられてきた彼女の心を桜介が ちゃんと理解してくれる場面は好きになる説得力があった。
椿と梓の姉妹は一直線の恋をしていて、一颯と桜介は こじれた部分がある。そういう2組の相似性も面白い。そして椿たちがゴールインしたように、梓と桜介も結婚することが予感される。桜介が自分を迎え入れてくれる梓をイメージしているのは、家庭に振り回されてきた彼の中で自分が新しい家庭を作る結婚願望の表れであろう。一颯と桜介が義兄弟になるなんて嬉しい限り。椿にとって桜介が妹の旦那というのは良い落としどころだと思う。椿の上京後に再交流が始まり、彼女たちの結婚、そして桜介の結婚と交流が発展して継続していくことが読者としては嬉しい。ここまで読んで真の完結と思える番外編でした。
ちなみに おまけの4コマで番外編で描かれなかった梓と桜介の交際後の(甘めの)様子や、梓が桜介と交際していることを知った椿のリアクション、桜介の6年間の心の動きが分かる。最後の最後まで本当に面白かった!
番外編は本編終了後の そのままの時系列で前後したりしてしない。椿の妹・梓は大学4年生で就活中。本が好きで本屋でバイト中で、出版業界で文芸の編集をしたいと思っている。この頃には椿は結婚済み。今は一颯が拾ってきた白猫と2人と1匹の暮らし。
梓の恋人の条件は173cmの自分の身長よりも高いこと。ただ それは男性の平均身長よりも高く、自然と数は絞られ、そこに性格の良し悪しも加味されると お眼鏡に適う人がいなかった。女性の方が背が高いと男性のプライドを傷つけることを学んだからか、梓はヒールのない靴を選んでいる。それは自分が傷つきたくないという側面もあった。
そんな中、続けざまに遭遇するのが身長184cmの桜介だった。初対面では距離の詰め方が早くて戸惑った。梓が引っ越しをする際に椿が桜介情報から良い街(千歳船橋)を紹介したため、2人の最寄り駅は一緒。そこで2度目の遭遇では一緒に帰ることになるのだが、特に会話が弾むわけでもなく暗い印象を受ける。ただ梓も会話の体温が高い方じゃないので、自然体でいられたのではないか。
すぐに最寄り駅のファストフード店で3度目の遭遇を果たし、桜介は梓の隣に座り、自然と会話が始まる。桜介は おもちゃ会社で働いているので、姉や一颯よりも自分に近い一般的な職種に就いている桜介に梓はエントリーシートの添削をお願いする。そこで連絡先を交換。内定が出たら桜介は おごってあげると約束する。梓の やる気を出させるためでもあろうが、桜介が次の約束を取り付けているようにも見える。
一緒にいる時間が長くなると自然と相手の情報を得ることでもある。梓は姉の闘病生活によって1人でいる時間が長くなり、本の世界に没入した。両親も姉の世話にかかりきりになり放置されたけれど、姉の方がさみしいと考えられる理性を持っていた。だからといって さみしくなかった訳じゃないと桜介は梓の気持ちを考える。そこが梓の好意のキッカケだろう。


気を許したので桜介が読みたいと言った本を貸すために彼を家に招待しようとすると、桜介は梓の危機感の無さを指摘する。会話の流れで梓は男友達とフランクに交流している立場になるが、実際は身持ちが固い。返す刀で桜介が遊び人だと疑うが、桜介は適当なことが嫌い。
この日、梓は本命の出版社から不採用を告げられ落ち込んでいた。そのショックを誰にも見せまいと子供の頃のように自分の辛さを自分で閉じ込めようとしていたけれど、一緒に彼女の就活を見守ってきた桜介には梓の本気度が分かる。本気だったから落ち込むのは当然だと桜介は自分の心を頑なに守ろうとする梓を気遣う。誰からも しっかりしていると思われても不安やさみしさがない訳じゃない。その梓の心理を桜介は分かってくれた。だから梓は自分が男友達とフランクな交流などしていないと誤解を解き、ちょっと人恋しかっただけだと素直な気持ちを告げて立ち去る。
桜介の言葉は次の一歩を踏み出す原動力になる。2か月余りが経過し、梓は出版社の内定を得たことを桜介に抱きつきながら報告する。就活終わりの恰好でヒールを履いていた梓は いつもより5cm桜介に近づく。その初めての距離を桜介は「ちょうどいい」と言ってくれた。ただし梓にとっては背の高い桜介を見上げていたい。ひとまとめにするのは乱暴だけれど、その位置関係が自分を「女の子」にしてくれるからではないか。
内定祝いの お寿司は別日に予定される。桜介の好意を自覚したことで浮かれていたが、桜介の恋愛事情を知らない。聞き出したい気持ちは あるけれど、探り方が分からない上に、自分が椿の妹としてしか見られていないと感じる。お寿司の お礼も言えないまま梓は桜介の会社の人たちに遭遇し、そこで彼女だと疑われてからの桜介の恋愛事情に踏み込む会話で大学時代の元カノが勝手に暴露され、梓は勝手に傷つく。自分の知らない桜介を同僚の女性によって垣間見させられたのも落ち込む原因となる。
自分のことばかりで お礼も言っていないことを思い出した梓は、翌週、桜介が仕事をする展示会に会いに行く。そこで見たのは子供に優しい彼の一面。自然体の彼を見つけて、梓は彼に遅れてしまった お礼を言えた。
その日、桜介は梓を夕食に誘う。その帰り道、電車内で梓が香害に会い途中下車。友達の妹を夜遅くに連れ回す訳にはいかない桜介だったが時刻は午後11時になってしまう。そこで身の上話が始まり、桜介の弟(19歳)の結婚話から桜介の結婚観・恋愛観に梓は踏み込む。彼は「好きな人に好かれたこともない」と恋愛に希望を持っておらず、大学の頃の元カノは良い人だっただけに、好きになれなかったことへの罪の意識がありそう。本当は嫌なのに適当 付き合ってしまったのだろう。この辺は本編の日高(ひだか)と同じような心境だろう。
桜介の背中に梓は しがみついてしまう。けれど そこから1か月以上 桜介は仕事を理由に距離を置く。お盆も仕事だと言っていたのに遭遇した桜介は私服で女性人気の高いスイーツを持っていた。
いよいよ絶望の淵に立たされた梓の恋愛相談相手になるのは義兄となった一颯。彼は以前2人が一緒にいるところを駅で目撃していて、何となく事情が分かっている。一颯は桜介が笑顔でいるのを見て、2人の相性の良さを感じ取っていた。そして今は誰よりも桜介情報に詳しいので彼の梓への発表が決して嘘ではないことをフォローする。
桜介は お盆に実家に帰るのだが、それは父親の再婚相手と会うためだった(そういえば会社内では お盆に帰省しないと言っていた)。2日間の帰省だし自分の家庭の事情を省略する意図もあって仕事と発表したようだ。スイーツは妹に頼まれたもの。
父親の再婚によって いよいよ実家は帰る場所ではなくなった。桜介は本編中でも地に足の付かない自分の存在を感じていたが、それが ぶり返したように見える。帰省からの帰った桜介を梓は「おかえり」と迎え入れる。それは桜介が一番 聞きたかった言葉。だから前編とは反対に後編の最後は桜介が梓に正面から寄りかかる。そして高校時代の椿への恋心を自分から言って、そのことを梓が気にするか問う。それは自分が梓と交際することのサインでもあった。桜介は梓と出会った彼女の第一声が ずっと心に残っていた。大切な友達の大切な人に手を出して、自分の大切な家族になって欲しいと願っている。梓も桜介も初めての満たされた恋が始まろうとしている。
「セーラー服にさようなら」…
友達の理佐(りさ)の恋に協力している内に、理佐が好きな先輩の隣に住む男子生徒・藤田(ふじた)と交流が始まった中学2年生の小谷 咲良(こたに さくら)。最初は男女3人で交流していたが理佐が先輩と交際して残ったのは男女の2人。しかし咲良は藤田が自分に同情していると考えていて…。
本編連載開始(2019年)より前の2018年の作品だけど、本編にも共通するテーマが見え隠れする。過去の傷があることで自分に対する優しさは同情に近いと捉えてしまう咲良は藤田との関係が終わると理佐との友情が終わってしまう。中学時代の思い出は暗いけれどハッキリ思い出せるもの。初読の時は分からなかったけど、藤田が理佐に協力する動機も、咲良が理佐を通した藤田との思い出を記憶しているのも、彼らの間に最初から惹かれるものがあったからなのか。
時間が経過しても恋も友情も風化したりしないのも本編に通じるものがある。ラストの、少し大人になった彼女たちの再会のシーンは いくえみ綾さんのような絵だと感じた。
