
湯木 のじん(ゆき のじん)
ふつうな僕らの(ふつうなぼくらの)
第06巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★★(8点)
一番知ってる 諦められない気持ち 桜介が椿に突然キス! 一颯には打ち明けられず何も言ってこない桜介にも困惑する椿。でも写真部の同級生に、桜介と何かあるのではと疑われて…!? 椿、一颯、桜介の関係が大きく動き出す――。
簡潔完結感想文
- 周囲に人がいる音のない告白に続く2回目の告白は、恋人いる前での大声の告白。
- 一颯と別れてから3年以上 素直になれなかった日高の長い長い遠回りが終わる。
- 2回目の誕生回は一夜を共に過ごす特別な日。しかし不信感を募らせる準備万端。
そして2人だけになった、りするのだろうか の 6巻。
椿(つばき)、一颯(いぶき)、桜介(おうすけ)、日高(ひだか)の4人の群像劇で3つの三角関係が成立している作品。本書は この4人が次々に間違える物語と言ってもいい。そして ここまで存在がチートなので最強ヒロインだった椿も初めての事態に失敗し始める。一方で作中で4年余りの間、負のスパイラルに囚われていた日高が そこから脱却する。この結末は彼女が望んだ未来じゃないけれど、もう二度と過去に囚われない未来が到来したと言える。作品は日高と同じような浄化作用を桜介にも起こさなければいけないのだけど、日高でさえ4年以上かかったものを すぐに浄化できるとは思えない。この根の深い未練・執着の決着が最後の問題になる。


そう考えると4人の群像劇で恋愛サバイバルと化した作品は生き残る者以外は退場していくことになるのか。1人去り2人去り、残った2人だけの世界は果たして幸せなのか。安心できる世界を作ろうとする少女漫画は修羅の世界である。
今の桜介の存在は かつての日高の鏡写しといえる。一颯が孤独になることを恐れて元カノである日高との関係の保持を望んでいたように、椿は自分の都合に合わせた関係を桜介に望む。一颯と同じ失敗をすることで椿は桜介本人を苦しめ、間接的に一颯を不安にさせる。序盤で全くヒーロー感が無かった一颯だけど、今回は最強ヒロインだった椿が二股ビッチに見えなくもない展開に突入する。最強チートだったのに最終盤で弱体化するヒロインというのも珍しい。
桜介が日高と類似した存在ならば彼もまた成仏まで時間がかかり、そして退場する運命にある。しかし少女漫画は女性ライバルの未練は許されないが、当て馬の未練は歓迎される。素敵な男性たちに思われてヒロインは輝くのだ。
しかも桜介は一度 一颯への想いを断ち切る経験があり、そこで男性同士の友情は確立している。椿から見て女性ライバルでしかなかった日高と違い、桜介は一颯が望むのなら作中に居場所を確保できる権利があるだろう。
それに桜介の想いを軽視するようで悪いけれど、桜介は一颯の仮想敵でしかない。かつて一颯を振った日高が健常者との恋に走った(ように一颯には見える)ように、桜介という健常者を椿も選ぶのではないかという一颯の不安の象徴である。椿は片想い時に日高の存在が気になったけれど、同じように恋をすることで生まれる自分の中の黒い感情と一颯が向き合うターンが始まる。特に障害者の一颯は不安が強い。
これは2人の関係をより強固なものにするための通過儀礼でもあるだろう。一度はぶつからなければいけない問題であり、一度ぶつかってしまえば これからは その経験が助けてくれる問題だろう。最後に2人はカップルとして成熟する必要がある。
たった4人の登場人物で ここまで多様な心模様を浮かび上がらせていることに感嘆する。
椿が一颯の彼女になったことが分かってから、椿にキスをした桜介。お互いに当惑し、椿と桜介は作中で初めて距離を置く。椿は一颯に言えるはずもないと思いながら隠し事が出来てしまう後ろめたさを感じる。椿は『6巻』で一颯と何回もキスしているけれど、キスされる度 嘘を付いていることが思い出されるのではないか。
ショックから立ち直るのが早いのが椿の長所で、キスの一件に関して椿から桜介に踏み込む。桜介に自分への好意があるか聞くが、桜介は全部を嘘にする。椿を好きじゃないし、好きな人がいるという恋愛相談も嘘。キスも「あれぐらいのこと」で処理しようとする。自分の気持ちを素直に言えない日高や詩織(しおり)、一颯の兄など こじらせサブキャラたちである。
バイト中なのに桜介に魂が抜ける時間があったり、言い争いを出来る環境だったり、このコンビニは潰れるべくして潰れたのか…。


その上、椿と桜介の間に起きたことには目撃者がいて、桜介が自供した形になり2人の間に何かがあったことが確定する。その目撃者が友達に面白おかしく話した時に、その話が日高の耳にも届いてしまう。
一度は誤魔化した桜介だけど自分の気持ちを椿に伝える。前の恋は気持ちを伝えることなく封印することを決めた。だから桜介は次に好きになった人には好きと伝えようと思った。でも言っても仕方ない状況になってしまい行動に出た。けれど、このまま椿に何も言わなかったら、日高のように亡霊化してキャラが崩壊していったことだろう。
その説明の最中、一颯が椿を連れ去るが、桜介は椿にだけ声が届くことを利用して、彼女の背中に告白をする。一颯は椿と桜介の間に何か起きたと思うが、問われても椿は嘘で誤魔化す。
後日、桜介は雨の日 濡れながら一颯を待ち、彼に自分の正直な気持ちを伝える。一颯は その気持ちを知っていた。でも彼氏として椿への接近を許さない。修羅場の場面だけど、『3巻』花火大会前後ほど険悪な雰囲気は流れていない。
そして椿も しっかりと桜介に一線を引く。だけどクラスメイトとして同じ部の部員として雰囲気を壊すような関係にならないことを望む。まだ一颯には桜介のことを言えていない。
3年生の一颯は進路を決める時期。聴覚障害の人をサポートしてくれる大学に進むつもり。椿の夢は入院経験から人の役に立てる仕事に就くこと。一颯は受験生として家庭教師の時間を増やし、椿と手話サークルに一緒に行けなくなる。それでも椿は一人で活動に参加し、写真部の合宿や作中2回目の7月の一颯の誕生日のために祖父の旅館でバイトを始める。
そんな時、桜介にトラブルが続く。父親が入院して手術をし、バイト先も潰れる。金銭面の問題から写真部の合宿への不参加を表明する。t履きは これまでになく距離が生まれたことで桜介の情報が入手できなくなっていた。
困っている桜介のために椿は自分と同じバイトを紹介する。それが自分も働く祖父の旅館。椿の中では桜介と一緒に仕事をする訳ではないという言い分があるけれど、どういう理由があっても一颯の心は不安定になる。
黙っている一颯の代わりに彼の言い分を桜介に ぶつけるのは日高の役目となる。日高は中学時代の交際が終わった一因を桜介の一颯が「幸せそうじゃない発言(『3巻』)」にあると考えていた。しかし桜介に日高自身が その発言に負けたと言われる。日高は自分が椿と違って普通の人だから一颯と同じ立場になれないと考えていたが、それも逃避であると桜介に指摘される。
桜介と適度な距離を置くつもりの椿だったけれど、一緒にいる時間が長くなると情報が入ってくる。桜介の弟の具合が悪く、家には小6の双子しかいないと知ると、人の役に立つ仕事をしたい椿が看護に向かう。椿は桜介の家にいると眠ってしまう癖があるのか(『2巻』)、桜介が帰宅すると寝ていた。
目覚めた椿に桜介がバイトをする理由は、目前の合宿ではなく自分や弟妹の進学の費用など先々のことを考えてだと告げる。そして椿の行動に一度だけ釘を刺す。しかし それで椿と一颯の関係が壊れるなら それは自分にとって有利なことだと、諦めきれない椿への気持ちを話す。でも それを言うのは桜介の誠実さだろう。椿は振った側として友人関係に戻れると思っていたが、そうではないと桜介は忠告した。それは桜介の最後の応援とも取れる行動だ。
自分の軽率さを反省し家を出ようとした椿の前に一颯が現れる。しかも悪いことに彼は日高からの密告で桜介が椿にキスをした情報を入手する。一颯に対して弁明するように伝わらない早口で事情を話す椿。桜介の手話による説明で事情は伝わったが一颯が納得しているかは分からない。
椿は一颯の反応がないことが怖い。そしてキスの一件が一颯に知られたことを知る。この絶望的な状況でポジティブなのは桜介。振られたら付き合おうと椿に提案する。かつて椿も そうだったけど片想い中の方が人は強いのかもしれない。
一颯は椿には何も言わないけれど、桜介には報復の暴力を振るう。これも花火大会前後の冷戦期間に比べれば健全な戦争状態とも言える。一颯が桜介には感情を爆発させていることは椿にとって救いになった。ちゃんと一颯に申し開きをすると、彼は椿のことを信じていたし、少しも感情的にならなかった。
キス情報を わざわざリークした日高には罰のようなことが起こる。一颯は日高の密告に対し反応しないまま、日高は 良くも悪くも自分が変わったキッカケになった中学時代に揉めた同級生に会う。その同級生の女子生徒は一颯の2人目の彼女。自分とは違う軽薄な感情で一颯と交際していた彼女の靴を捨てたことで日高は孤立した。雑音が耳に入らない一颯だけは変わらなかったが、それも日高のことに強い関心がないからだと分かっている。
1回きりの嫌がらせだった日高と違って、2人目の彼女は性格がナチュラルに悪い。それは3年余りの時間の経過でも変わらない。だから日高がトイレに立った隙に彼女のスマホから一颯にメッセージを送って、一颯を招集しようとする。そのメッセージを一颯の家で合宿の自由行動の行き先を決めていた椿が見てしまう。交際前に ちゃんと一颯は断とうとしていた日高との関係を知らず、椿は煩悶する。
その後、危機感の強い文面を変えてメッセージが送られ、一颯は日高を心配して動く。主犯の2番目の元カノは一颯に存在を忘れられる仕打ちを受け、また一颯に興味を無くす。
一颯が駆けつける前から今度こそ自分に素直になると決めていた日高は、彼女の無事を確認して帰宅する一颯を追いかけて、これまでの全てを洗いざらい話す。それは桜介に言われた自分の弱さと向き合うこと。それに対し一颯も これまで日高に言えなかった自分の弱さを正直に伝える。そして一颯は日高が嫌な奴でも派手な人でも最初に受けた印象は変わらないことを告げる。同時に一颯は椿に出会ったから、やはり一線を設ける。最後に日高は一颯への好意を口にする。でも それで何かが変わる訳ではない。
一颯にとって今が全て。障害がなかったら とか もしも とかは無意味。そこに囚われたら自分が不幸になることが分かっている。この一颯の考え方は『4巻』のクリスマス回での詩織(しおり)への言葉に通じるものだろう。日高は一颯が ずっと特別な言葉を待っている訳じゃなかったことを理解する。やはり一颯と ちゃんと向き合わなかったのは自分の方なのだ。流した涙と大きな溜息は彼女の恋が終わったことの証となるのだろう。
夏休み突入。それは2回目の一颯の誕生日回でもある。どこかに行こうと考えていた椿だったが、一颯から家族が出払った家で1日中一緒にいようと提案される(何もしないという口約束付き)。こうして同じ家から出発して、この日を楽しむ買い物をして新婚夫婦気分を味わう。
夜、椿が お泊り用の歯ブラシをコンビニに買いに行った帰り、玄関先に桜介と遭遇する。桜介は誕生日に息子が独りなのを気にした母親から顔を見てやってくれと頼まれていた。しかし桜介は一颯には椿がいる現実、彼女が一颯の恋人である現実に傷つく。そう遠くないコンビニからの帰りが遅くて心配する一颯に椿は、一呼吸を置いて桜介と会ったことを話す。
それに対する桜介を警戒する一颯の冷たい言動が引っ掛かり、椿は日高のメッセージの件を持ち出そうとする。緊迫した雰囲気が流れるが、静かな言い争いの中、バランスを崩した2人は急接近する。一颯は桜介、というよりも彼を象徴とした健常者同士の関係に焦り、その焦りを椿に ぶつけようとする…。
