
湯木 のじん(ゆき のじん)
ふつうな僕らの(ふつうなぼくらの)
第04巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★★(8点)
彼女が嘘をつくのを初めて見た気がした 手話サークルに一緒にいったり、家まで送ってくれたりと椿と一颯が急接近! そんな中、椿の入院時代の友達の妹、詩織が登場。詩織に対しての椿の態度に一颯は違和感を感じ…? ふたりの関係が大きく進む第4巻。
簡潔完結感想文
- 一颯が椿と同じ気持ちになりつつあるのに、椿に一颯との恋に構っていられない事情が。
- 2本の傘があれば3人は2人と1人に分かれる。自分に傘を差しだしてくれた人への不毛な恋。
- 一颯が約束が破られて落ち込むのは、約束に期待していた証拠。そこに椿は期待していい。
果たされなかった約束たちのかけら、の 4巻。
これまでは椿(つばき)の想いに対して一颯(いぶき)の思いが同等でなかったことが恋愛成就の障害になっていたけれど、この『4巻』では同等になりつつあっても成就できない事情が描かれている。
一颯の家庭の事情やトラウマが克服されつつあって、いわゆる両片想い状態に突入しているのだけど、それを椿は認識していない。これまでも一颯とは何度も良い空気が流れてきたけれど、その度に一颯は静かな暴力で椿の期待を打ち砕いてきた。その何度も行われたターンで椿は幸せを信じ切れないパブロフの犬として飼い慣らされてしまった。一颯が決定的な言葉を伝えるまでは幸せが信じられない不信状態なのである。そして今回 初めて椿側の素直に手を取れない事情が展開していく。
これまでは一颯・桜介(おうすけ)・日高(ひだか)、または一颯の兄の過去が回想されて、それぞれに背景があり、それぞれ一颯に多少なりとも振り回されてきたことが明かされてきた。
それに対して椿の過去が回想されたことは無い。不安だったはずの闘病生活中のことは語られず、作品内にいるのは新しい人生を仕切り直すことの出来た生まれ変わった椿だけだった。
今回 初めて椿の過去が語られるけれど、そこには椿が語ってこなかっただけの事情があった。高校生活から椿は「激しいのとか悲しいのって苦手」と楽しいことに集中しようと努めてきた。自分の人生の裏には心臓提供者の存在があって、一緒に生きる その人と楽しい普通の毎日を送りたかった。だから椿は過去に目を向けると生きていること時代に罪悪感を覚えてしまうから、意図的に過去を封印した。一颯の兄が一颯にとって悲しい過去を連れてくる人だったように、今回 登場する詩織(しおり)は椿にとってのそれ。また同じように相手が悪い人だと思わないけれど、自分の存在で相手が不快さを生じるのではないかと顔色を窺ってしまう存在である。
本書は人物の配置が本当に素晴らしくて、今回は椿側の問題で恋愛が停滞している。でも この初めての問題に際して、一颯が初めて椿のために行動し、ヒーローとして覚醒つつある姿が見られる。同じようなことを繰り返すのではなく、群像劇を展開しつつ、恋愛が上手に保留されていくことに感心する。ヒリヒリ、ザワザワしつつ、ちゃんとキュンキュンしてクスクス笑える。オノマトペの連続で頭が悪そうな文章になってしまっているけれど本書は この点が魅力だと思う。
一颯は相変わらず「デリカシー無し男」っぽいところがあるのだけど、ここまでずっと一颯が選ばないことで人を傷つけてきたが、この辺りから それは一颯が選んだ結果で周囲が傷ついているという傷つけ方の違いが見受けられる。日高は本格的に諦める出発点になるかもしれないけれど、同じ人に違う方向性で2度傷つけられる桜介は どうすればいいのか。


感想文を書いていて不思議なのは、各巻の感想文で大して動きのない人への言及が多くなること。『2巻』では日高、『3巻』では一颯の兄、そして この『4巻』では桜介である。
例えば『4巻』で桜介は椿から借りた傘を なかなか返さない。本人は持ってくるのを忘れた、と言っているが、これは返したくないということなのだろう。返せば椿の物が自分の手元から消えてしまう。返せば椿との接点が一つ無くなってしまう。だから本当は四六時中 椿のことを考える この頃の自分を偽って、まるで椿のことを会うまで忘れているように振る舞うのだろう。本当に「いつも好きになっても しょうがない人を好きになってしまう」桜介の恋は多難である。
学園祭の帰り道など、桜介が椿と一颯の間に入って横一列の中央に立ち、3人で並んで帰るのは再び2人と1人に前後列に分かれて歩きたくないからか。もう二度と好きな人が誰かと並んで歩いているのを後ろから眺めたくないのかもしれない。しかも中学時代は一颯は日高のことを好きじゃないという自分を慰撫するポイントがあったけれど、今回は間違いなく彼女は相手のことが好き。そこに耐えられないのだろうか。
そして日高にとって桜介は邪魔者でしかなかっただろうけど、椿は桜介の存在を認めてくれている。上述の傘の時も桜介を放置するという選択肢もあっただろうに、椿は桜介に傘を差し出す。かつては一颯でさえ桜介の存在を無視するようなことをしたが椿は そうならない。そういう点に桜介が惹かれていくのも よく分かる。
そしてクリスマス回のプレゼント交換で自分の買った品が椿に当たった時のように桜介が無表情を取り繕っているところに感情が出ているような気がする。桜介視点で物語を読み返すと萌えるポイントが多くある。椿は そりゃあ好きになっちゃうよねという納得できるヒロインだから、いつから好きなのかと探っていくのも楽しい。同時に作中で2回目の桜介の恋が不毛であることが非常に悲しい。
一颯と兄との関係が改善し、ヒーローの家族問題の解決となり少女漫画的には恋愛解禁と言っていいタイミングとなる。実際 一颯は その日の帰り道、椿と手を繋いで歩く。だけど これまでも一颯のマイペースっぷりとデリカシーの無さ、または誠実さに裏切られてきたので椿は自分から この手の意味を問えない。
そのまま一颯は椿を家まで送り、家に誰もいないと知ると上がろうとする。緊張する椿は落ち着かないまま対応していると、一颯は椿が間違えて持っていったままの本の返却を願う。その本には花火大会(『3巻』)で椿が誕生日プレゼントに贈った栞が挿まれていた。
ここから一颯に乞(こ)われて これまでの半生を語る。心臓の病気が分かったのは小学校4年生の時、そこから転校したり入院したり椿の「普通」の学校生活は終わった。一颯の人間関係が非常に限定的であるように、椿は高校以前の人間関係が ほとんどない。
手を繋いだのは一颯が椿の存在を確認したかったから。一颯は今日の椿の行動で救われ、自分だけを見て欲しいという願望が生まれた。しかし2人の関係を決定づける言葉を一颯が伝える前に、椿の妹が帰ってきて雰囲気は壊れる。ここで交際が始まらないのは、この後の椿側に展開が用意されているからだろう。それでも一颯は椿に手話を覚えてもらいたくてサークルに一緒に誘う。
2巻ぶりに日高(ひだか)が復活。一颯からコンタクトしたのだけど、普通の会話から一転、一颯が椿を手話サークルに連れて行っていることを知り日高の顔色が曇る。一颯にとって日高は大切な人だから、彼女の良い面を知って欲しいし、変に変わって欲しくない。でも結局 一颯は日高が望むポジションに なってくれない。だから日高は苛立つ。2人の前に中学時代の日高の先輩男性が現れ、彼に誘われるまま日高は一颯を振り切る。先輩はピアスの穴が幾つも確認できる。日高といいピアスホールの多さは同じグループの証ということなのか。
この頃、知らない番号から何度も掛かってくる電話に椿が出るけれど、彼女は電話口の相手が自分を知っているのに知らない人だと処理する。
11月になり学園祭準備で部活も忙しくなる。ただ桜介も一緒に帰ることが多く、テスト期間もあって一颯と2人きりになれない。学園祭当日も一颯は椿を放置してサボるばかり。学年が違うこともあり学校イベントが全然 活用されない作品だなぁ。
学園祭で椿は日高と接触する。しかし彼女は中学時代の先輩男性を連れており話を聞かない。椿が その先輩男性に馴れ馴れしく話し掛けられている時に一颯がヒーローとなって登場する。その現場を日高が見て落ち込む。同じ先輩男性に対して、一颯は日高を見送ったのに、椿は自分が連れ去った。その違いが痛すぎる。
雨の日、椿が また掛かってきた知らない番号からの着信を眺めていると一颯が勘違いして傘に入れてくれた。その光景を傘を忘れた桜介が見ていて定員2名の傘に入らずに走り去る。本当は折り畳み傘を持っていた椿は桜介を追い、彼に傘を差し出し、一緒に帰ろうと提案してくれる。桜介はきっと、日高の時と違い、自分を2対1の1にしない椿に感謝以上の気持ちが湧き上がっただろう。しかし相手は一颯を好きで、一颯もまた彼女を受け入れるであろう その幸せを見届けるために桜介は用事だと言って1人で先に帰る。
椿は一颯の提案に乗っただけで積極的に嘘を付いた訳じゃない。桜介のことも見て見ぬふりをして一颯との幸福を満喫すればいいのに、彼を放っておけなかった。それが椿の本質的な優しさなのだろう。
一颯は そのやりとりを認め、何か話したかったようだが、その前に椿の前に小嶋 詩織(こじま しおり)が現れる。彼女が このところ椿に電話を掛けてきた人。そして椿が会いたいと願っていなかった人。詩織は椿が入院中に出会った年上の女性・真依(まい)の妹。
東京に住んでいる同じ年の高校生のはずの詩織は しばらく この土地に逗留するらしい。椿は詩織のペースに巻き込まれ、家でお泊り回を開催したり、一颯と桜介を巻き込んでダブルデートのような1日を過ごす。その日、椿は一颯とクリスマスの約束をした。
椿は肝心なことを一颯に話さなかった/話せなかったため、詩織の姉が心臓のドナーが見つからないまま2年前に亡くなっていることを知らず、一颯が詩織に姉のことを聞いてしまう。これは心臓移植後、椿は楽しい思い出を作りたいと願っていた(『1巻』1話)。これまで椿が詩織の姉のことを話さないのは、自分の気持ちをどうしても暗くしてしまう話題だからだろう。
詩織が何度も椿に電話を掛けたように、詩織には母親からの電話が頻繁に掛かってくる。それは詩織が学校を休んで別の土地で色々な人に お世話になっているから心配と説教の混じった帰宅要請だった。それでも詩織が帰らないのは姉の死で家は不幸で満たされ、そこから脱却しない/出来ないことに詩織がウンザリしているから。
椿と同じように楽しい毎日を願う詩織は、自分の家とは違い悲しみが到来しなかった椿の家に滞在し、そして彼女の世界に自分も入り込もうとする。だから詩織はクリスマスも同じメンバーで集まりたいと強引に椿を巻き込む。ただ詩織は姉の死が家を覆っていると考えているようだけど、自分も椿との関係において姉の死を盾にして椿に有無を言わせない圧力を掛けている。そのことに詩織が無自覚だとは思えない。そして きっと そうしなければならないぐらい、詩織は姉のことが好きだったのだろう。本書の登場人物は本当は優しく愛に溢れた人たちが多い。


だからクリスマスは、夏合宿の日に一颯が椿との約束を破ったように(『3巻』)、一颯の真摯な想いを勝手に椿はグループ交際で上塗りしようとする。そして一颯が日高に いつまでも関わったように、椿も詩織に どこまでも関わろうとしている。でも一颯には椿が無理しているように見え、彼女らしくないと感じている。それでも一颯が日高の幸せを願っているように、椿も詩織の幸せを願っているのも本当の気持ちなのだ。
上手くいきそうな2人の関係は いつも上手くいかない。そして上手くいかないことにブチ当たると椿は桜介に会いに行くのが習慣になっている。それが分かっているから桜介も椿が話しやすい場を作る。そして桜介は椿への恋心を明確に自覚する。また この時の言葉で桜介は本当に一颯のことが好きだったことも分かる。
クリスマス、4人は椿の家でホームパーティーを開催するが、椿は一颯と少々気まずいまま。椿は詩織のために頑張っているが、その頑張りは詩織に上手く届かない。一颯が椿を大事にしていて幸せなこと、椿が嘘をついてまで自分を優先したこと、その全てが詩織は許せない。だから詩織は我慢していた椿の「運の良さ」を不満にして ぶつけてしまう。詩織にも、椿が詩織に対する複雑な感情を持っていて、自然消滅のように関係性が終わることを望んでいたことは分かっていた。
家を飛び出した女性たちを追って男性たちが追いつき、桜介が事の次第を一颯に翻訳しようとするが椿が それを制する。こうしてパーディーは解散し、一颯は帰りがけに桜介から何があったかを聞く。そして踵を返して椿の家に向かう。
インターフォンを鳴らしても椿は出てこず、一颯はメッセージで かつて椿がしてくれたように自分が そばにいることを伝える。それから1時間以上が経過し、椿がヒーターの石油を補充しようと外に出た時、玄関先に一颯がいることを知る。そして ずっと言わないようにしていた胸の内を吐露する。それは一颯に伝わらない言葉かもしれないが、誰にも言えないことを言える人がいることが椿の救いになるはずだ。椿は詩織に対して一種の罪悪感を抱えていたから、彼女を幸せにすることで自分が楽になると思っていた。
