可歌 まと(かうた まと)
狼陛下の花嫁(おおかみへいかのはなよめ)
第10巻評価:★★(4点)
総合評価:★★☆(5点)
陛下の地方視察に同行する事になった夕鈴。視察先でのある夜、夕鈴は陛下に誘い出され、李順達と共にお忍び視察に出掛ける!陛下の“会いたい人”とは一体誰なのか…!?そして夕鈴と陛下の間には、大ハプニングが発生!? 特別編も収録で充実の第10巻!
簡潔完結感想文
- 収穫の季節の地方視察は、今後の展開の種蒔き。実を結ぶのは もう少し先。
- 狭い王宮から抜け出した旅行回だけど、風景が荒廃した大地にしか見えない。
- 演技と本心の境界が消えてきた2人。1巻につき1度のキスで読者を繋ぎ止める。
イジメられないシンデレラに活躍の場面はない、の 10巻。
『10巻』は ほぼほぼ旅行回なのだけど、この旅行全体は ほぼ空振りに終わる。陛下の公務は無事に終わるが、個人的に抱えている2つの問題は表層的な接触だけで終わる。これは これから作品が この2つの問題に携わるという前置きになっているのだけど、そんなことを知らない読者としては、まさに二兎追う者は一兎をも得ずで、どちらも際立った成果が見えない。
兎といえば陛下の前に自分から皿の上に乗って、私を食べて下さいという趣旨の発言を無自覚に言ってしまう困った兎 こと 夕鈴(ゆうりん)もまた今回 目立った成果を上げていない。なぜなら新しい土地に視察に行ったにも関わらず、ここで夕鈴は新キャラに遭遇しないから。いつもなら新キャラに巻き込まれることによって夕鈴はピンチになり、そこで聖女発言が飛び出すのだけど、今回は無い。これは この地で陛下が2つの問題に携わっているからで、もう1つ 夕鈴側に問題を起こすと話が取っ散らかるからだろう。
となると今回の視察は陛下が無理を言って同行させた割に夕鈴は いなくていい存在となる。だから夕鈴は ずっと陛下とイチャイチャしているだけでメリハリがない。繰り返し過ぎて飽きたテンプレ展開だけど、なければないで不満を抱くから読者は面倒臭い。
それでも夕鈴が同行するのは彼女を絶対的な部外者にしないためだろう。「闇商人」という巨悪の存在や、陛下にとって身近な人の存在を夕鈴が知るためだけに彼女は旅に出る。


恋愛的には演技と本心の境界線が いよいよ双方とも消失し始め、人工的な甘味料から天然の甘さを感じられるようになっている。味覚が鋭い方には その違いが分かって、そこを楽しむことが出来るのだろう。私としては大事な事から目を背け続ける白泉社作品の わざとらしさが目に余るばかり。
そして糖度の維持=読者の繋ぎ止めのために、中盤は1巻につき1回のキスが利用される。その3回は全て種類が違い、典型的なジコチュー、俺様ヒーローからの唐突なキス、そして今回の相手を愛おしく思う中での自然なキスとなる。バリエーションを楽しめるが、そろそろキスの効力も弱まる頃。次の展開が待たれる。
何より演技とバイト、プロ妃といった2人の言い分が既に苦しい。双方に本気になってはいけない理由は作られているけど、それが大した恋心の抑止力になっていないから白々しい言い分に聞こえる。序盤の夕鈴なら今の陛下の行動は激怒したり家出するレベルなのに、平常心を失ったまま流されている。話を引っ張るのも限界だと作者も感じているから、その限界を突破する場面が すぐに訪れる。そのタイミングは ちょっと遅すぎるか。作者が思うほど読者は2人の関係性の温度の変化を敏感に感じられていない。
ちなみに今回の旅行編は風景が どれも荒廃しているように見えて楽しくない。同じ舞台から気分を一新するために旅行回を挿入しているのに、風景に魅入られることが出来なくて上手く機能していない。
冒頭はダイエット回。浩大(こうだい)の一言で体型が気になって空回りする、という いつものパターン。ダイエット回は、自分が感じる危機感やコンプレックスだから2020年代以降も継続するのか、それとも多様性を重視する時代に女性は痩身であれ という間違ったメッセージになりかねないから衰退するのか、これからの動きを注視していきたい。
その裏で王宮に渦巻く政治権力が見え隠れする。あまり読者の興味を引く内容ではないと思うが、王宮内の不穏な空気は、マンネリ作品の中の貴重な動きとして利用される。
続いては旅行回。王都の東に位置する地方視察に、いつものように夕鈴も同行する。
陛下は多少の無理を通して夕鈴を同行させたが仕事三昧。けれど仕事を猛烈にこなしたことで陛下は表向きの仕事を すぐに終わらせ、夕鈴や李順ら近しい人とサプライズで お忍び視察を強行する。これは この地の長官と陛下が懇意にしていて融通が利くから出来たこと。陛下は これを狙っていたのだろう。もしかして身分を隠すのが好きなのか。きっと狼陛下ではなく一人の人間として市井の人々を見ることが陛下にとって忘れてはならない視点なのだろう。
起きる事象は基本的に いつもと同じ。夕鈴がバイト妃の本分を忘れないように一線を引いて、その一線を陛下が乗り越えてくる。
この町で陛下と2人で行動している時に出会うのが克右(こくう)。彼は夕鈴を妃ではなく下町娘として認識している。お忍び衣装が そのミスリードを補強しているのだろう。陛下は克右の勘違いを利用して、自分との夫婦演技で夕鈴が困るのを楽しんでいる。いよいよドSヒーローに なってきた。


また知らない土地で知らない陛下の一面を見ると疎外感を覚えるのは夕鈴のパターン。特に今回は陛下の昔馴染みのメンバーが揃っているから自分が一番 新参者。浩大と克右は あまり仲が良くないらしいが何が原因なのか、どういう経緯なのかは語られない。
この土地で陛下は「闇商人」と「晏 流公(あん りゅうこう)」という2人の人物の情報を入手する。それを追うのが『10巻』の内容なのだが二兎追う者は一兎をも得ず、で どちらも中途半端な結果に終わる。次の展開への伏線なので我慢するしかない。
旅行回なので お泊り回が発生。夫婦は同室。こういう時のために夕鈴に女性の側近 兼 ボディガードを用意するべきなのだが、少女漫画的には唯一ヒロインの逆ハーレムが崩壊するので難しいのだろう。
夕鈴は陛下と同室で寝ると知ってから夫婦演技の訓練を始める。それ絶対に誘っているだろう というタイミングだが、ヒロインに性欲なんて存在しない。当たり前のように するする詐欺に終わり、夕鈴は寝落ちする。
2日目は陛下と別行動。陛下が「知人」の元に行っている間、夕鈴は克右と2人で行動する。そこで克右は夕鈴と闇商人の情報収集をするのだが、そこで聞こえてくるのは陛下と妃を貶める噂の数々。その不自然さが克右は引っ掛かる。
陛下が向かった先にいるのが晏 流公(フルネームで呼びたくなる)。だが その人物との接触は叶わず引き返す。
いつものように陛下が会いたい人が浮気や女性の存在だと考える夕鈴が思い切って聞き出すと、晏流公は異母弟であると聞かされる。陛下が即位してからは時間が取れなかったが、今回の視察と お忍びで陛下は異母弟の現在の姿を確かめようとしていた。年齢は11か12歳。王宮内の闘争に巻き込まれた陛下が辺境に追いやられた後に誕生した子だから、陛下も血縁関係以上の思いが持てない。
ちなみに いつものように人情を持ち出そうとする夕鈴に李順が、通常の兄弟関係とは違うと釘を刺す(きっと夕鈴は聖女として動くんだろうけど…)。
異母弟との接触が叶わないため陛下も闇商人の調査を始める。一緒に町を歩く陛下は夕鈴を甘やかしたくて財布の紐がガバガバ。それに甘える夕鈴じゃないけど。夕鈴は一日デートだと思っていたが陛下は警戒心を解かずにおり尾行に気が付く。
大立ち回りが始まるが、浩大により一瞬で鎮圧。陛下も国王としての威厳を見せ、そこに夕鈴は距離を感じる。その距離を近づけるように夕鈴は陛下に手を伸ばし、側にいたいという本音を妃の演技の中に溶け込ませる。
けれど闇商人への手掛かりはなく、その後 晏 流公との接触の機会が設けられる。ただし陛下は異母弟と会話をした訳ではなく、彼が授業を受けている様子を隣室から密かに見ていただけ。内緒の父兄参観といったところか。きっと陛下なら人の気配を察してしまうのだろう。そういう意味では異母弟は平凡なのかも。しかし勉学の才があることは陛下も分かった。
これは まだ小さい異母兄と陛下が接触すると彼が秘密を抱えきれなくて、周囲に接触が露見する恐れがあるから。飽くまで内密というのが陛下の意向なのだ。それでも接触したのは扱いの難しい王弟の処遇を考えるうえで、異母弟の能力を見極める必要があるから。
そんな、これまでなら語られなかったような陛下の身内の話を旅の最後の夜にした2人は、いつも通りのイチャイチャの延長で自然とキスをする。作品内で3度目のキスとなるが、一番 恋人らしいキス。互いの気持ちが高まり通じ合っての行為である。足りないのは言葉だけ。
「特別編」…
後宮の夕鈴の側近たちは妃の元気 というか はしたなさを さすがに知っているという話。彼女たちが情報をリークしないことを祈るばかり。