《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

ピンチの時にこそ強さを発揮するのがヒロインだから、離婚後の夕鈴は ずっと無敵。

狼陛下の花嫁 12 (花とゆめコミックス)
可歌 まと(かうた まと)
狼陛下の花嫁(おおかみへいかのはなよめ)
第12巻評価:★★★(6点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

花嫁バイトの終了が宣告され、下町で過ごす夕鈴の下へ現れた周宰相。彼は、王都を離れるようにという陛下からの意向を告げる。王宮の勢力争が激化する中、夕鈴が避難先に選んだ場所とは? 一方、夕鈴不在の王宮では、狼陛下の様子がおかしくて…。

簡潔完結感想文

  • 陛下の過保護から解放されて、単独行動が可能になり やりたい放題ヒロインに。
  • どの職場でも人間関係を円滑に構築する夕鈴は妃よりもスパイが適職かと思われる。
  • 陛下は失ったけど、手足として動く4人のイケメン男性は確保。やっぱり乙女ゲー?

やっぱり後宮は夕鈴にとって檻なのかもしれない、の 12巻。

夕鈴’(ゆうりん)と陛下の「離婚」が正式に成立して、この『12巻』は回想シーン以外で2人が横に並ぶシーンが一切ない。離婚までに作中での1年の時間が経過していたが、今度は商売的な理由で夕鈴は丸々1巻分 陛下に会うことが出来ないという縛りの中で生きている。

分かってはいたが、夕鈴は離婚後、悲嘆に暮れて泣き続けるような人間ではないので、非常に生き生きとして見える。陛下のために生きるという目標があるし、王宮から下町に、下町から地方に強制移動させられるのは非常事態であり、その状況は彼女の土壇場の強さを増幅させる。だから『12巻』の夕鈴は ずっと精神的にハイ。自分が したいことをするし、将来や現状への恐怖心もない。ずっと無敵状態だから、誰に対しても自分の意見を貫くし、肝が据わっているから どんな立場の人とも対等に話が出来る。

今は陛下は動くに動けない時期。今は動くことが王の意志になってしまい、動くことで一時的に均衡している権力を乱すことになる。一気に王宮の流れを作ってしまうと、その分 反発も大きいので彼は微動だにしない。だから夕鈴が動く。2人は意識していないと思うが、これまで陛下が夕鈴のピンチを救い続けたように、今回は動けない陛下のために夕鈴が動いているのだ。夫婦は今でも阿吽の呼吸といえよう。

皮肉に思うのは冒頭に書いた通り、夕鈴は後宮にいない方が、むしろ陛下の側にいない方が輝いて見えること。やりたい事を やっている印象を受けて、これまで以上に読書中の爽快感が増幅している。陛下だって夕鈴が無駄に傷つくところを見たくないから、政治や権力争いから距離を置かせたのだろうけど、むしろ夕鈴を その問題に直面させた方が、王宮内の お偉方たちも あっという間に彼女の強さを認識するんではないか。


れまでの布石も上手く機能しているのも良かった。王宮内や旅先で出会った人々に夕鈴の魅力が伝わっているからこそ、彼女の意向を汲んで動いてくれる。

陛下という伴侶は1人失ってしまったが、今の夕鈴には手足となって動いてくれるイケメン男性が4人いる。つまり陛下の価値は通常イケメン4人分ということか(違うか)。この4人を自由に動かす様子も気持ちよく、ジャンルが溺愛モノから乙女ゲーの逆ハーレムモノに変異したように思えた。

方淵・水月は陛下の将来の右腕かと思ったら、そうなる前に夕鈴が手駒として利用。

…というか この4人のイケメンたちは陛下の臣下ではなく逆ハー要員、夕鈴の手駒だったのかと妙に納得してしまった。夕鈴には男性を絶対 魅了するチャームのスキルがあるのだから、陛下も変に恐れずに夕鈴を偉い人から順に挨拶周りさせれば いいのではないか。もしくは順々に お偉方の秘書や住み込みの掃除婦にさせていけば妃は絶対に疎(うと)まれない。

ちょっと ご都合主義が多すぎる気もするけれど、テンポが良いので、サクサク進むRPGのように思えた。夕鈴が培ってきた妃としての能力、天性のスキルなど彼女の魅力が事態の打開に役立っているのも良い。

問題は夕鈴が ここまで快活に動いてしまうと、再び妃の地位に戻った時、その自由さを感じられなくなるのでは という心配がある。少女漫画的には溺愛モノにジャンルが戻り、糖度は高くなるだろうけど、その時に 折角 感じた夕鈴の良さが殺されないかが気になる。陛下との再会も もうすぐで、1巻分 別離があったから さすがに再会が楽しみである。


視役の浩大(こうだい)以外で下町で暮らす夕鈴に最初に接触したのは意外にも周(しゅう)宰相だった。そもそも周宰相にとっては妃は素性不明のはずなのだが、周宰相はバイト妃を迎えることについて李順から相談を受けていたため何もかも承知。
そして今回、周宰相が夕鈴の前に現れたのは、陛下からの伝言を伝えるためだった。それが王都から離れろ というもの。これは空白となった妃の後釜を狙おうと王宮内で権力争いが起き、それに夕鈴が巻き込まれる可能性があるから。陛下が夕鈴を想っているからこその処置なのだ。

そして陛下は新たな妃を迎える気が無いため、王弟である晏 流公(あん りゅうこう)を王都に呼び戻す計画が持ち上がっている。これは王位継承者、もしくは誰かが傀儡にしようとする新たな王様ということなのだろう。

しかも派閥が乱立する権力争いの中で、夫婦の1年間の演技によって寵愛が見えたため、夕鈴を利用しようという者がいる。そのために後宮を去った妃の行方を探る可能性がある。説明を受けて夕鈴は、陛下が自分を心から心配してくれていることを実感する。そして偽りだと知っている周宰相の目から見ても、2人は本物の夫婦に映ったと告げられる。これまでの固有キャラは誰一人 夕鈴が妃であることに反対していない。

夕鈴は陛下との別離の際に、玉砕覚悟で想いを伝える選択肢もあったが、あの時の陛下は夕鈴に演技ではなく狼陛下のまま接し、拒絶の姿勢を見せていた。実際、夕鈴が想いを告げても陛下は驚きはするが、強い意志で拒絶しただろう。そうなった場合、陛下は嘘をつくことになり、彼が不誠実になってしまう。だから作品的には言わないのが正解で、夕鈴は覚悟が無かったけれど、同時に空気を見事に読んだと言える。


うして夕鈴は下町を離れることになる。弟に別れを告げ、几鍔(きがく)に弟(と父)を お願いする。この際に几鍔は夕鈴が恋人上司(という設定)と別れたことを知っているので、当て馬として動き出すことも出来たが、本書は それをしない。几鍔は飽くまで身内感覚の人である。陛下の都合で親しんだ土地を離れることになっても夕鈴は「勝手に陛下の味方してるだけ」とピンチに強いヒロイン性を見せる。

夕鈴が向かうのは『10巻』で地方視察にいった土地。そこは陛下の異母弟・晏 流公が住む土地とも近い。
地方で暮らす夕鈴は、これまで陛下が自分に見せてこなかった王宮の内情や陛下の背景を努めて知るようにする。夕鈴に知識を与えるのは監視役 兼 ボディガードの浩大と この地で内偵を進める克右(こくう)。浩大なんて夕鈴を好きになりそうなものだけど、ならない。全員が仲良しエンドで終わるためには2人以外の恋愛感情は不必要なのだろう。

王宮内の権力闘争は李順によってコントロールされているはずが、晏 流公派が意外に多く、予想外の展開を見せている。浩大がペラペラと事情を話すのは、口が軽いからではなく、彼なりに望む未来があるから。皆 少しずつ夕鈴には お節介を焼いているのだ。
そして浩大から与えられた情報で夕鈴は これまで陛下が自分とは違うレベルで世界を見ていたことを実感する。私が嫌だった2人の次元の差や格差が意識されて、改善していくと嬉しい。


鈴は陛下のために晏 流公との接触を試みる。彼女は自分の目で王弟を確かめ判断したい。思えば陛下が晏 流公に最接近した時も夕鈴は留守番だった。それは今回を初対面にするためだろう。

それを聞いた この地方の長官は夕鈴の計画を引き留めようとする。そこで夕鈴は長官から陛下の兄弟事情を聞き、やはり一般のレベルと兄弟の感覚が違うことを重ねて言い渡される。そして陛下は夕鈴に晏 流公の問題に首を突っ込んで欲しくないはず、という推論も述べる。それでも夕鈴は晏 流公を直接 見たい。陛下と同じものを見て、彼に近づくことが夕鈴の望みなのだ。離婚してピンチの夕鈴は無敵なので、彼女を止める者は誰もいない。

あっという間に夕鈴は晏 流公の邸(やしき)に下働きとして潜入する。そして間もなく晏流公とも接触する。と同時に その母親・蘭瑶(らんよう)にも出会う。蘭瑶は陛下の母親の後、当時の国王であった陛下の父親からの寵愛を受けた人。
新キャラとは接点が簡単に出来る夕鈴は、晏 流公がバランスを崩したのを助けて彼のヒーローになる。そして夕鈴は蘭瑶が息子を過保護に育てていること、いつか王都への復帰を心待ちにしていることを知る。晏 流公が禁止されている剣の練習をするのは兄陛下に失望されたくないから。そのことを知ったブラコンの夕鈴は晏 流公に絶対的に肩入れしてしまう。
その感動の余り蘭瑶に息子を べた褒めする発言をすることで夕鈴は蘭瑶にも一目 置かれる。それは夕鈴の側も同じ。新キャラとは秒で仲良くなるのがヒロイン力である。

この邸での話が長引けば溺愛は遠のく。陛下との離別は1巻で十分なので他は最短距離。

鈴が地方で するべきことを見つけた頃(お節介ヒロインに他ならないが…)、妃に去られた王宮の様子が描かれる。中でも一番 気落ちしているのが紅珠(こうじゅ)。急に煙のように消えてしまった夕鈴の行方を心配して号泣する。
そして紅珠の兄・水月(すいげつ)や方淵(ほうえん)は、晏 流公を擁立する動きが早すぎることを怪しんでいた。

また王宮の一室には女性が用意される。これは世継ぎを望む者たちによる工作で、夕鈴に似た女性が集められている。だが外見だけ似てても陛下にとって夕鈴は ただ一人の人。その陛下の心が手に取るように分かる李順は、全てが正しく判断されている事態に正しくない部分があるような気がしてしまう。

陛下は夕鈴に自由意思を与えたい。権力を使えば戻らせることも可能だが、それは母親のように後宮という檻に彼女を閉じ込めること。だから陛下は別れ難い抱擁をしつつも、強い意志を持って彼女を手放した。彼女が別の幸せを見つけてでも、幸せになってくれることが陛下の願い。夕鈴は やや お節介に見えるけど、2人は相手の幸せのために動いている。それは立派な愛である。


流公にすっかり気に入られた夕鈴は、彼が尊敬する陛下の話を聞く。こうして一層 晏流公を好きになることで、夕鈴が陛下に対して口出しするのは目に見えている。
そして蘭瑶にも、これまでの妃教育の成果が出た気品を気に入られる。計画では夕鈴は晏流公の人柄を確かめて帰るはずが、使用人バイトを切り上げるタイミングを失う。そういえばバイト妃も最初は1か月という話だったが約1年間の長期に亘った。夕鈴の仕事は計画の10倍以上かかるということか。

距離が離れて冷静になってから夕鈴は陛下の過度なスキンシップとセクハラに思い当たっている。ここから陛下を訴えて、引退させて、国を傾ける「傾城の悪女」になるのも、悪役令嬢ブームが続く2025年なら可能かもしれない。

夕鈴は蘭瑶の切実な願いを額面通りに受け取るが、陛下は継母にあたる蘭瑶は王弟という息子の立場を利用して華やかな王都や王宮に戻ることを画策している人だと考えているようだ。


定以上に長くなった夕鈴の地方バイトだが、それは次の展開のためでもある。克右は晏流公の邸に陛下が ずっと追っていた「闇商人」の一味が出入りしているという情報を得る。

それと時を同じくして夕鈴は、蘭瑶が晏流公を使ったクーデターを計画していることを立ち聞きしてしまう。そして王宮内にも協力者がいることを知るが、その名を聞く前に浩大によって夕鈴は拉致される。夕鈴は そのまま蘭瑶を問い詰めてしまいそうだから浩大が制止した。ここで夕鈴に危険が及ぶことも、蘭瑶に こちらの動きを知られるのも得策ではないからだろう。立ち聞きによる情報の入手は安易な手段で好きじゃないのだけど、本書では多用されるのが惜しい。

危険を聞き知った夕鈴は王都に帰ろうとするが、夕鈴の地方バイトは陛下は知らないこと。この勝手な行動で見聞きしたことを そのまま報告するのはリスクが大きい。特に浩大や克右、地方の長官など夕鈴を止めなかった人が陛下から厳しく言われるだろう。

克右は自分が掴んだ闇商人と蘭瑶の繋がりだけを報告しようとするが、夕鈴は晏流公が権力争いに巻き込まれるのを見たくないので、報告の中止を願う。その猶予期間で自分が闇商人を捕らえ、王弟一家を無関係に仕立て上げようとする。陛下の身内だからといって罪の存在を隠そうとするのは視野が狭い。そういう人情が王宮では通用しないから陛下は夕鈴を過保護に守っていたのではないか。どこまでも夕鈴を聖女であらんとして、頭が お花畑になっている。


局、夕鈴は闇商人の手掛かりを見つけるため、王都に戻る。
そこで最初に夕鈴が王宮で会うのは方淵だった。なぜなら彼が一番 陛下への忠誠心が強いから。そしてキーパーソンは方淵の兄と懇意にしているから。

方淵を通して水月も招集され作戦会議が開かれる。正義感の強い方淵は自分の家であっても一刻も早く陛下の処断が下されるのを待ちたいが、何とか堪える。2人の大臣の息子を動かすのは夕鈴のこれまでの信頼感と、陛下の助けになりたいという切実な想いを彼らが感じられたから。
水月は この時、夕鈴に妹に会ってくれと願い出る。紅珠は妃ではなくなった自分へも好意を寄せてくれて、夕鈴は偽りの妃の時代にも友情が成立していたことを実感する。

夕鈴は これ以上、自分で動く訳にはいかず紅珠の私邸に留まる。家出 再びといった感じか。しかし そこで夕鈴は紅珠たちの父・氾(はん)大臣と遭遇してしまう。そこで氾大臣は、陛下の傷心に心が痛むので夕鈴の妃カムバックの手伝いをしようと申し出る。それは氾大臣が主導権を握る意図もあるだろう。そのことまでは見通せないが夕鈴は彼の申し出を断る。意地悪な言い方をすれば夕鈴は自分を良く見せる手段を心得ているといえる。現に氾大臣にも人柄を認められている。きっと彼が次に夕鈴を妃に推す時は、本心から陛下の妃に相応しいと考えてくれるだろう。

そして方淵と水月は闇商人の手掛かりを掴むのだが…。