《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

贈呈:作中の1年間は恋愛を動かしてはいけない縛りの中、よく作品を継続したで賞。

狼陛下の花嫁 11 (花とゆめコミックス)
可歌 まと(かうた まと)
狼陛下の花嫁(おおかみへいかのはなよめ)
第11巻評価:★★★(6点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

お忍び視察から帰ってきた陛下と夕鈴。 キスの件はうやむやのまま、日常生活に戻る二人であったが──。 人々から恐れられている事を受け入れる陛下に対し、夕鈴はまさかの告白で陛下をフォロー!?  そして、不穏な空気が漂う王宮では、李順からバイト妃へ衝撃の宣言が…!?

簡潔完結感想文

  • 夕鈴の契約終了前に作品が終了しないように苦労と工夫を続けた作者。そこは純粋に尊敬。
  • 突然の契約終了。ここで泣いて すがらないのが夕鈴の強さで、2人が別離してしまう原因。
  • 終わったのはバイト契約であって陛下の寵愛ではない。実際、陛下のダメージは大きい。

を越すことは出来なかった後宮の花、の 11巻。

ようやく ようやく物語が大きく動く。以前も同じ白泉社作品の『執事様のお気に入り』で「恋愛感情解禁のスイッチは作中時間で1年が経過するという、構成的な問題が大きい疑惑。」ということを感想文タイトルで書いたけれど、白泉社作品で何より大事なのは作中での1年という時間経過なのではないかと改めて感じた。読切短編から短期連載、定期連載へと移る中で、話のネタになるのは季節。本書でも春には花の宴があり(『6巻』)、夏は七夕っぽい星の祭祀(『8巻』)、そして収穫の秋に地方視察に行ったばかりで(『10巻』)、『11巻』では雪が舞うようになる。

一緒に花を愛でて、星を眺め、秋の大地を旅した人と、雪を見ることは叶わない。

作品は この転機は王宮内の政治的圧力が強まったことで生じた としているが、実際は2回目の花の宴を やる訳にもいかないから その前に大きなドラマを用意した。というか季節イベントが春から始まるのも おそらく この展開を冬に起こすための周到な準備だろう。。実際「あとがき」には「演技夫婦 冬に突入」とあるし、「ようやく ここまで…!」という言葉もあるので、少なくとも『6巻』以前から この長期計画は立てられていたようだ。

ただ逆に考えると作中で1年が経過するまで、2人に大きな動きを出せないという縛りが発生する。その縛りを課して作品の人気が落ち、当初の考えていた夕鈴(ゆうりん)の契約終了前に作品が終了してしまう危機だって大いにあったのだ。作中で1年、現実時間では約3年もの長期間、現状維持を目的に作品を継続する無謀さとストレスは半端ではないはず。私は季節イベントが始まって以降の作品の質を決して手放しで褒めてはいない(というか散々な感想を書いている)けど、ちゃんと当初の目標を達成した作者は きっと作家として成長し、この経験は自信になったはずだ。

陛下の寵愛を受け続けて、華麗に咲いていた後宮の花。それが冬に突入し枯れてしまったと王宮内の人々は思い、永遠の愛など存在しないと考えている。だが別離を選んでも陛下の寵愛が続いていることは描かれており、きっと その花の咲く植物は冬を越す。冬の次には絶対に春が到来する。その春は、延々と同じことの続いた1年目からの離脱を告げる春だと思う。2年目は きっと演技や、現状維持の絶対性から解放された全く違う景色が見られる、はずだ。

実際、初読の時も この辺から面白くなった記憶がある(ようやく出口が見えてきたという安堵も含めて)。1年目では解決しなかった闇商人問題や異母弟問題なども2年目で動き出す。縛りが無くなったことで本書は本当のパワーを発揮するのだろう。俺たちの恋愛は ここからだッ!

それにしても陛下は即位して何年なのだろうか。実は前任のバイト妃がいて、彼女は口封じされ、二度と後宮を出ることは無かった みたいなホラーな展開を夕鈴が妄想して、陛下を遠ざけるみたいな展開も読みたかったかも。もしくは後任のバイト妃や正妃が現れて、夕鈴とドロドロの後宮バトルを繰り広げる展開も妄想する。作中の2年目が そんな内容になったら、ここまで ついてきた我慢強い読者を失う恐れがあるけれど…。


きな恋愛イベント(キスなど)の後は まともに話し合えないのが お約束。今回も仕事に陛下は忙殺されて3度目の、これまでで一番 自然体だったキスの件を夕鈴は聞けないまま。

残念なのは、ここまで引っ張った克右(こくう)の勘違いによる「後宮の悪女」と「下町の悪女」が同一人物だという すれ違いコントをナレーションベースで消化してしまったこと。あまり面白くなる展開が用意できなかったからなのか。

相変わらず夕鈴は自分の価値観における「好き」を陛下に押し付けたくて、克右や異母弟を好きと言わせたいようだけど、陛下から夕鈴は私が好きかと問われて困惑する。自分を卑下する陛下に思わず「すき」という言葉を使った夕鈴は変なイミではないと言い訳して脱兎のごとく逃亡する。


うして視察の旅は終わり、舞台は再び王都に戻る。この頃には秋も終わり、肌寒くなっている。

またもや陛下の態度が少し変なことに気づいた夕鈴は、陛下が風邪を引いたと早合点して、看病をしようとする。夕鈴は基本的に人の話を聞かず自分のことばかりなので、陛下が体調に異変が無いと言っても無理矢理 風邪だと決めつける。その交流でも2人は、というか陛下は近づきすぎてしまう自分を制し、どうにか行動を思い止めている。いつも余裕で夕鈴を困らせていた陛下側の我慢が限界に近づいている。

その頃、王宮内では、冬の訪れとともに、陛下の妃への寵愛が終わると噂される。その噂を聞いた李順は、そこに変な確信が混じっていることに気づく。また大臣たちは正式な、誰もが納得する王妃を据えることで国内が安定すると考えている。

そんな陛下のストレスを無意識に感じ取った夕鈴は彼の味方で い続けると宣言。こういう聖母的な行動が陛下の心を溶かしていくのだろう。そして またも陛下は自分の心に素直になり過ぎて夕鈴にキスをしようとするが、今回は寸前で止める。けれど陛下も また天然で行動していたのか、自分の行動を ようやく自覚して動揺している。


からなのか夕鈴にはバイトの終了が告げられる。

2人が その話を議題に持ち出せたのは その日の夜。陛下は夕鈴への風当たりが強くなる前に夕鈴を開放することで、彼女を面倒事に巻き込みたくないのだろう。いつだって男性は相手のためと言いながら自分勝手な行動をする。ヒロインの強さを一番 信じられていないのはヒーローなのである。

夕鈴は ずっとバイト妃の意識を持ち続けていたからか、ワガママを言うことなく、契約終了を笑顔で快諾する。どちらも本当に相手を想っていることを知らないまま別離が待ち受ける。ただし正式な契約終了は次の手を李順が調整する時間が必要で、しばらくは現状維持。けれど終わりが見えたまま寵愛演技をする という心理的には難しいことが求められる。
この宙ぶらりんの期間の夕鈴は変わらないが、変わったのは陛下。夕鈴との別れを慈しむように彼女に触れる。

そして夕鈴は困難には強いから、自分の寂しさを滲ませず、与えられた職務を最後まで遂行する。借金も陛下は帳消しにしようとするが、自分で返し切ると申し出る。こういう部分が陛下は好きなんだと思う。
それでも陛下は自分の都合に巻き込んだ夕鈴に何かしてあげたい。でも夕鈴には側にいれないのなら何もいらない。けど陛下の親切心が間違った方向に発揮されて、夕鈴に嫁ぎ先を融通すると言ってしまい、夕鈴は烈火のごとく怒りだす。中途半端に優しくされると かえって傷つくのだ。

優しくしないで という夕鈴に陛下は狼が自分の本性であることをバラす。演技ではなく陛下は本当の自分で夕鈴に接し、そして夕鈴との時間の楽しさと これまでの感謝を述べながら お別れのキスをする。陛下は夕鈴に嘘のない自分を見せたが、まだ述べていない自分の本心はある。

克右の勘違いも そうだけど、この夕鈴への最大の秘密の暴露も何だか呆気ない。夕鈴が別離以外のことを考えられない心理状態だからだけど、1話から ずっと引っ張ってきた内容が それほど引っ掛かりがないまま消化されているのが残念だ。大小様々のネタバレ場面で読者を惹きつけることが出来ていないのが惜しい。


約終了後、夕鈴は下町に戻り、王宮から妃が唐突に消える。
夕鈴は口止め料として退職金を与えられ、しばらくは浩大(こうだい)による監視が続く。夕鈴にとっては鬱陶しいことだが、浩大は ここまで手厚くフォローされることが異例だと思っている。ということは やっぱり前例があるのだろうか…??

夕鈴のバイトは約1年間。全ての季節を過ごしたが、それは夢のような日々で もう戻れない。それでも夕鈴は陛下を恨むことなく、彼が自分を傷つけたことを悲しまないことを願い、寂しくしていないことを祈る。そういう聖女なのだ。ピンチの時ほど強い。

下町で陛下の孤独や寂しさに気づいても、もう手を差し伸べて届く距離に彼はいない。

どうも最近はダメージを負っているのは陛下の方である。喪失感と戦いながら国王としての仕事をこなしている。夕鈴が怒りや疑問と闘っているのとは種類が違う。
李順は早々に次のバイト妃を提案するのだが、陛下は寵妃を失って傷心中を理由に次に動かない。それじゃ意味なくない? 調整したんじゃないの? と思うものの、ここで正妃や次のバイト妃を登場させたら夕鈴が帰る場所が無くなる。

そして それは陛下の狙いでもあった。空白の妃の座に動く者が必ず現れる。その出現を陛下は待っていた。