高梨 みつば(たかなし みつば)
悪魔で候(あくまでそうろう)
第03巻評価:★★(4点)
総合評価:★★☆(5点)
謎の美少年・ゆずは、この学校の生徒ではなかった! 詳しすぎる内情、異常な程の執着……そして、猛に向けられた強い憎悪。彼を知れば知るほど深まる謎。果たして、ゆずの正体とは!? そして明かされる、猛とゆずの過去とは!?
簡潔完結感想文
- 猛最強作品だから、彼に情報を伝えないことで出来るだけ解決を先延ばし。
- 家族問題・トラウマを中盤で長々と やられましても。恋愛が読みたいのよ。
- 彼のために献身的に動いてる時はいいが、日常回の茅乃は幼稚すぎてイタい。
トラウマはヒーローを輝かせるアクセサリー、の 文庫版3巻。
読みたい内容と乖離が激しすぎて何も興味が湧かなかった。きっと作者は自分が愛するヒーロー・猛(たける)の不器用な愛情が描きたいから、素直にヒロイン・茅乃(かやの)と一般的な交際なんて描きたくないのだろう。だからカップルの どちらかを事件に巻き込ませ続けて、その中で強さを見せる姿を描いていく。
しかし構造上の問題として今回の仮想敵となる譲(ゆずる)が、最初の仮想敵のリカと陽平(ようへい)と同じ役どころなのが気になった。リカと同様、猛の気を惹きたいから狂言で事件を起こし、陽平と同じく最後に猛への愛憎が入り混じった本音を吐露して彼と和解していくという過程が まるで同じだった。
気になったのは、譲に協力する高校教師の存在意義。彼は譲の目論見の実行犯として必要なのだろうが、彼自身が何を考えて、どういう力関係や思想で動いているのかが最後まで分からなかった。イケメン教師が上手く機能していないのは、この後の話でも見られるため、もしかしたら新キャラとして人気が出ることを狙っていたのだろうか。
初めての長期連載を持った作家さんに多いが、こうやって仮想敵をぶつけて連載を続けていくのは、もはや少年漫画のそれである。刺客が次々に登場すれば話自体は続いていくが、その内に戦う理由を失っていく。少女漫画でいえば恋愛が放置されて、問題に対処しているだけである。特に本書は連載に不慣れなことに加え、上述の通り、作者自身が普通の恋愛をさせないため、両想い後の進展が全く見られない。相変わらず猛は不器用に茅乃への愛情を伝えるだけだし、茅乃も「鈍感ヒロイン」になり その愛情を上手く受信できない。そこが次の事件での不安となり、今度の仮想敵に心が揺らぐのだろう。
ネタバレになるが、今回 登場する譲は猛の身内である。少女漫画のヒーローの家族問題は最後と相場が決まっているが、本書の場合は今回と最終回付近の2回に分けられている。譲という存在自体が後付けにも思えるし、2回もトラウマ・家族問題をやることも首を傾げる。彼側の問題ばっかり描いていて どれだけ猛が好きなんだよ、と思ってしまう。
これから問題にしたいのだけれど、問題になりそうもない彼らの親同士の再婚も含め、周囲に問題を配置することで猛という不幸を一身に受けてしまう存在を輝かせたいのだろう。茅乃も猛も巻き込まれ型の人間で、彼らは困難の中に真価を発揮している。本書にとって不幸は彼らを輝かせる装飾品なのだろうけど、悪い意味での悲劇のヒロイン/ヒーロー製造装置に見えて辟易する。
結局、茅乃は猛を聖母として包み込むことは出来ても、女性として猛からの愛は実感できない。上述の通り、それが連載を続ける大事な要素なのだろうけど、1つのエピソードで徐々に2人の距離が離れて、最後の最後で愛を確信するというドラマチックというより学ばない関係性は読んでいて徒労を感じる。未熟な2人なのに、最後にヒロイン様とヒーロー様に落ち着くのが座りが悪い気がする。
猛を罠に嵌めた「ゆず」は この学校の生徒ではなかった。その事実を突き止めて初めて茅乃は ゆず と対面する。彼の異常な猛への執着に恐怖を感じる茅乃。
そんな彼の正体は猛の窃盗騒動を大事(おおごと)にしたい教師から匂わされる。ゆず の本当の名前は園川 譲(そのかわ ゆずる)。猛の影だという譲は、理事長が存在を無視する もう一人の息子。つまり猛の兄弟なのである。
茅乃は、猛に復讐するための譲の悪意が自分に向けられたと知ったら以前と同じように猛が自分を責めると考え自分の胸に秘めることにする。これは猛に情報を伝えると彼が譲の正体と居場所を特定し、この話が あっという間に終了してしまうからだろう。作者の偏愛を受けた強すぎるヒーローは実は連載の邪魔者だったりする。
だから猛を脅かすものと和解するために茅乃は単独で動く。それがヒロインの強さの証明であるかのように。友人の目撃情報があり譲は中学生だということが判明。そこに乗り込む日、なぜか事情を詳しく知っている上条(かみじょう)が猛に、茅乃が「譲」を追っていることを伝える。これは後の猛の登場の布石だろう。
高校の中では無敵を誇った譲だが、ただの中学生の素顔の譲は気弱な人に見えた。実際、同級生たちからは からかい の対象になっており譲の立場は弱い。そんな彼が精神的支柱にしているのが この中学で絶大なカリスマ性を誇った兄・猛だった。
自分の格好悪い場面を見られまいと譲は逃亡し、それを追う途中で猛と譲の兄弟が遭遇する。だが猛は譲を相手にしない。茅乃に対しても譲の報告をしなかったことを問い詰め、自分が母親側に引き取られた弟の話をしなかったことは前の家族のことと秘密主義を貫く。そして譲と関わらないよう茅乃に釘を刺すが、ヒロイン様に彼の家族問題を絶対に放置できる訳がない。
茅乃は猛の幼なじみのリカから彼ら兄弟について聞く。2歳違いの彼らは去年までは同じ中学に通っていた。だが会話はなく、猛は譲の存在を無視し、譲は そんな猛を見ていただけ。それでも彼の弟であることを誇りにして自慢していたから、兄が中学を去った後は虚勢だけが残った。
なぜ猛が譲を無視するのか茅乃には理解できなかったが、リカは それが猛の「傷」だという。トラウマと聞かされたらヒロインの出番である。だから釘を刺されたにも関わらず猛に譲の話を振ってしまい、彼の機嫌を損ね、心を閉ざしてしまう。
猛側から情報が聞き出せないので、今度は自分の母親に猛たちの家族問題で知っていることを聞き出そうとする。母は再婚予定の相手の家族の事情に深く踏み込まない。それが大人の分別であり、そして若者とは違う時間の流れなのだろう。
この問題で猛は荒れ、茅乃とも距離を置く。だが荒れた心を譲側の学校教師に指摘され、感情が爆発して教室の扉のガラスを破壊してしまう。その話を聞いた茅乃は誰も寄せ付けない猛に戻るのではと不安になり、死に物狂いで彼に しがみつく。中学時代の荒廃した心と違って、今の猛には茅乃がいる。だから彼は心を安定させ、そして譲に向き合う覚悟を持つ。ここでバトンが渡された、ということか。
兄弟の対面の前に猛は茅乃に、自分が抱く譲への罪悪感について話す。ここで茅乃を蚊帳の外(ダジャレではない)にしてしまってはヒロインの意味がないから先に情報を共有させたのだろう。
猛は子供の時に身体の弱かった譲を階段から つきおとして大ケガを負わせたという。そして猛は譲の首に、そして心に一生消えない傷が残っていると推測する。
話の途中で屋上から茅乃と猛の抱擁写真が降ってきて、譲の位置が判明する。そこで兄弟の対話が始まる。当たり前だが猛は譲より格上で無敵。だから脅迫も意味がない。猛は過去と向き合い、自分の中に身体が弱いために母親の愛を独占していた弟への憎しみがあることを素直に認める。
一方で茅乃は譲の中に猛への憎しみではなく恋しさを発見していた。譲の表面上の憎しみを全身で受けとめる猛の方法が間違っていると感じた茅乃は猛に平手打ちをして、譲の本当の心を理解させる。何かといえば手が出るね、この人は。そして そういう叱ってくれる存在を俺様ヒーローは求めている。
茅乃は猛から本当の譲への気持ちを引き出そうとするが、猛が言葉を発しないまま、譲が ぜんそく の発作を起こす。その彼を お姫様抱っこして保健室に猛は運ぶ。彼の手は自業自得とはいえガラスで切った傷があるのだが、彼は それを気にしない。呼吸が苦しい中、譲は兄への本音を漏らし、そして猛も それを受け止める。
保健室に運び、呼吸の落ち着いた譲の横で、猛は自分の幼く、そして醜悪な気持ちを吐き出す。幼い頃に離婚したことで母親の愛情が欠落していたと思われていた猛だが、それ以前から母親が弟の世話に時間を割くため自分への愛情を実感できなかった。そんな中、無邪気な譲の存在が疎ましく階段から落とした。このことで猛は両親から責められなかったが、それが間接的に家庭の崩壊をもたらしたと猛は感じていた。だから譲への憎しみを一身に受けて自分を罰していたのだ。
こうして感情を吐き出したことで兄弟仲は修復へと向かう。譲は保健室に残っていた茅乃と話しをして、これまでの行動を詫びる。それを寛容に赦すことで茅乃はヒロインで あり続ける。その後、猛が戻って来て今度は兄弟同士で話をし、譲は、安堵で茅乃が倒れたことを知った猛が彼女を優先させても、それを何も言わずに見送る。これが譲の気持ちの変化なのだろう。
茅乃が倒れたことで、『2巻』とは違い茅乃の風邪回となる。今度は猛が看病し、猛が彼女を心配することが愛の表現となる。
疲労から復活後、茅乃は譲を猛が出場するバスケの試合に招待する。そこで父子の対面もあり、ヒロインとして彼の家族の修復の役割を しっかり果たしている。そして茅乃が どれだけ猛から愛されているかということを譲から読者だけに伝えられる。茅乃は無自覚ヒロインとして これからも愛に悩む日々が続きそうである。
長い家族問題が一段落してクリスマス回である。ようやく恋愛漫画っぽい内容に戻って来た。
猛が自分のために予定を空けていると思った茅乃だったが、彼から呼び出されたのはバスケ部の打ち上げ。それを知らずに茅乃は手編みのマフラーを用意していて、しかもリカたちが猛好みの高級アクセサリーを用意していたことで惨めな気持ちになる。その後も追い打ちをかけるようなことが続き、茅乃は思わずマフラーを捨ててしまう。行動が幼稚すぎて悲しい。
それを上条に拾われて衆目の集まる中、茅乃は追い込まれるが猛は それを静かに受け取るという下げてから上げる典型的な胸キュンエピソードが完成する。待ちに待った恋愛エピソードが既視感満載で落胆した。作者は甘い物語が得意そうではないから、猛のようなヒーローが合っているのだろう。
その後の家族でのパーティーで いよいよ親同士の再婚が現実的になり、春から同居生活が宣言される。今後の波乱を予感させるために色々と煽っているが、彼らの親が そこを気にするとは思えない…。