《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

兄貴は つらいよ。交際直後に暗躍した長弟に続いて、結婚直前まで妨害してくる末弟。

悪魔で候 7 (マーガレットコミックスDIGITAL)
高梨 みつば(たかなし みつば)
悪魔で候(あくまでそうろう)
第07巻評価:★★★(6点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

一緒にフランスへ…という母親の誘いを断わりながらも、猛は戸惑っていた。猛が迷っていることに不安を感じた茅乃は、受験勉強に集中できず…? そして猛は1つの決断をして!? 遂に感動のフィナーレ!! 揺るぎない絆が芽生える完結巻。 【同時収録】微香ルート/あとがきエッセイ~高梨みつば悪魔で候9年後」~

簡潔完結感想文

  • ヒロインがライバルを見捨てられないように 彼もまた母のことを憎み切れない。
  • 今 抱える不安は、将来の約束を交わすことで軽減される。別離の後には再会がある。
  • 様々に形を変えてきた3つの家庭が1枚の写真に納まる。親子・嫁姑・兄弟の雪解け。

壊から再生へ、別離から再会へ、の 文庫版 最終7巻。

まず気になるのが、出版社も公式で使っている ↑ の あらすじ。「一緒にフランスへ…」とあるが母親が誘ったのは「イタリア」である。編集部側が まさか作品を読んでいない訳じゃないだろうが、思い込みでフランスとなり、誰のチェックも入らず、そのままになったのだろうか。雑誌掲載時の煽り文とか あらすじ は完全に編集部の仕事で作者もノータッチなのだろう。文庫版発売の2008年から ずっと放置されているであろうミスを誰か指摘してあげて下さい。

本編から約5年後の未来を描いたエピローグを含めて作品は完成している。特にラストの1枚の写真は、心優しいヒロイン・茅乃(かやの)やヒーロー・猛(たける)が目指していた家族像そのもので、その写真に写る人たちを繋いだのは彼らの縁であり努力だと思う。
今回のタイトルにもしたけれど、猛が序盤から最後まで「弟」に振り回されているのは面白い構成だった。私の持論だと父親も含めて作中において江戸川(えどがわ)家の男性はヒーローである。だから新しい弟も将来的にはヒーローになるだろう。少女漫画にありがちな次世代編を読んでみたい気もする。本書が2000年前後の連載で、現在が2024年。ラストで5歳前後だった光も29歳か…。ちょっと薹(とう)が立ち過ぎたか。私が知らないだけで2014年ごろに光の高校生編とか描いてないだろうか。

これまで ずっと何かに振り回されてきた茅乃は最後に猛の家庭の事情に振り回されるのだが、意外にも彼女は猛のトラウマにも家庭にも踏み込まない。お節介ヒロインだったら、母親を説得したり、彼のメンタルケアをするところだが、茅乃は何もしない。振り回されることで悲恋をしている雰囲気は出しているが、ヒロインとしての活躍が少なすぎる。結局、猛かっけー漫画だからなのだろうか。


点を変えれば本書は いつからでも どこからでも人は やり直せる ということを描いているようにも思えた。例えば猛の父親が底抜けに優しいのは彼が一度 自分の家庭を顧みなかったことで家族をバラバラにした罪があるからなのだろう。だから彼は猛のことを人一倍心配し、それでいて彼の意見を尊重して、彼が一時的とはいえ父親として もう一度 再生させた「家族」からの離脱を認めている。失敗や反省があるから父親は作中で無敵のヒーローであり続けている。猛は自分の勝手を許されたことで、父親の人間としての度量の大きさを理解したはずだ。彼は結局、父親の会社や事業は継がなかったが、父の背中を越えることは猛の中で大きな目標なのではないか。

猛の母親もまた失敗を経験したからこそ努力を重ねている。自分と子供を引き離した「家」を恨むのではなく、自分が もう少し我慢強ければ子供たちに余計な悲しみや苦しみを背負わせなかったのかもしれないと過去の自分の弱さも認められている。そうして母親の素直な反省に触れたからこそ猛は彼女との生活の再開に心が動き始めた。

対話を通して猛は自分の心だけじゃなく母の心にも過去への後悔と反省があることを知る。

そして あまり語られることはなかったが、もしかしたら猛の祖母も同じように自分の過去の言動や態度を反省したのかもしれない。だから最終巻では元嫁である猛の母に少し軟化した態度を取っているし、連れ子同士の交際や結婚にも大きな異を唱えない。この辺は やや ご都合主義な部分もある。ヒロイン・茅乃が厳格な祖母の心も動かしていくような描写があっても良かったかもしれない。

茅乃の家族も、幼き命を守って父親が事故死したという過去がある。誰もが家族は不変でも不滅でもなく、構成員一人一人が守らなければならないことを理解しているから、この新しい家族は優しさを持ち寄った。

最後に幼すぎて、その構成員も その意味も理解できていなかった茅乃の異父弟であり、猛の異母弟でもある光(ひかる)が家族の意味を学んで、また新しい形態で一緒に暮らすという構成は とても良かった。光が本当に家族を理解するまで猛が同居することはなく、それは つまり彼が5年前に出ていった家に戻ることはなかった。しかし光が猛を兄だと認め、姉との新たな門出を認めたことで、猛は江戸川(えどがわ)家に戻ることが出来たという流れは本当に素晴らしい。登場人物を好きになることは出来なかったが、作者が壊れてしまった家族を違う形で再生させた点は素直に評価できる。

ただし可能であれば5年間一緒に暮らしてきた後の猛と母親の関係性とか、譲(ゆずる)と異母弟となる光の会話とか、新旧の妻である2人の女性の微妙な立場とか もっと描いて欲しい場面が たくさんあった。同じ連載回数でも本編の茅乃の自己陶酔モノローグとか割愛すれば、まだまだ描ける余地はあったように思えてしまう。そう思うのは それだけ私は本書を楽しんだということなのだろう。


は本当は母を求めている。それが分かった茅乃。その母親も強気な性格が災いしているが、10余年間 長男を取り戻すために努力を重ねてきたので猛の拒絶に生活が荒れる。

息子の再婚は認める祖母だが、猛を育ててきたという自負のある祖母は猛と実母の接触、ましてやイタリア行きなど絶対に認めない。けれど自分のこと意外は冷静に見通せる茅乃は猛も実母も不器用だから言い方がキツいが、互いに相手を大事に、そして心の底から求めていることが分かる。

誰よりも猛の心が揺れていることを分かるから、茅乃は彼と向き合えない。彼から発せられる言葉を恐れているのは今の家族が共通して抱える感情だった。


の猛は茅乃からの誕生日プレゼントであるブレスレット=愛、または束縛の象徴、を身につけて母親と再度 対面する。最初は猛の拒絶に対して感情を昂らせるばかりの母親だったが、前回と同じ轍を踏まないように自分の非を冷静に認めた上で、猛たち子供と一緒に暮らしたかった気持ちを切々と語る。その様子を見て、猛は ある決断をした。

遠距離恋愛の危機に際した2人に心の距離が出来た証拠として現れるのがイケメンの新キャラである。茅乃が通う塾に、上条と中学が一緒だった室越 蓮(むろこし れん)が登場する。室越のメガネを割ったことで2人に交流が生まれる(メガネを割られた瞬間から なぜか一気に垢抜ける)。そして後発キャラの室越だが、茅乃が同じ塾に通う親友に恋愛相談をしているのを上条(かみじょう)と物陰で聞くことによって、彼女の恋愛の前途が見えなくなっていることを知る。


との対話後、猛は父親の会社を珍しく訪問して、脱帽して父親に向かい合い、自分の我儘を聞いてもらう。それは父にとって息子が離れること、自分の跡を継がないことなど様々な意味を持っていたが、息子が彼の人生を歩み始めようとしていることを理解し、その背中を押す。それが父親の愛情なのだろう。江戸川家の男性は やはり最強だ。

茅乃は帰宅後、その話を母親から間接的に聞く。取り乱す娘を母は予感があったはずだと落ち着かせようとするが、茅乃は猛から直接 話を聞こうと彼のアルバイト先まで乗り込む。仕事を邪魔するとか そういう考えが全く浮かばないのがヒロイン様である。

猛は冷静に茅乃に事実と自分の考えを伝える。同居することで母親に失望するかもしれないが、新しい関係を築くために このプロセスは必要だと彼は考えていた。何年になるか分からない別離に猛は自分が茅乃を裏切ることになる自覚があるし、待ってろ とも言わない。茅乃に望むのは自分がいなくても自立できるように ということだった。

こうして短い話し合いは終わり、別離は決定的になる。茅乃は猛の不在の大きさを言葉で表すが、彼らの この11か月の交際模様は ほとんどないため思い出が湧き上がることはない。こういう時のために交際の様子を ちょこちょこ挿んでおくべきだった。


れの日までのカウントダウンが始まるが、その中で茅乃は自分が将来に向かって出来ること=勉強に打ち込む。やはり国公立大学志望は母との高校入学時の約束で、母の再婚≒経済的な余裕を経ても茅乃は当初の方針を貫いている様子。ちなみに猛の父親が理事長ということは この高校は私立で、茅乃は高校受験で志望の公立校に行けなかったから私立学校へ入学したようだ。母は お弁当屋のパートなのに古そうではあるものの一戸建ての借家に住んだり、娘を私立校に入れたり、なかなか生活資金が謎である。

しかし別れの日が近づくとともに、茅乃の成績に向上が見られないことで焦燥ばかりが募る。茅乃が勉強に のめり込むのは恋愛の不安が勉強に影響したと思われたくないから。そんな茅乃の肩の力の入り方を見て室越は息抜きを提案する。2人きりでなく室越が集めた大人数でカラオケに行くだけだが、猛には詳細を説明せずに出掛ける。
しかも室越から間接的に告白を受け、その上 誤飲で お酒を飲んでしまい室越に送られる破目になる。その場面を猛に見られ、茅乃は言い訳の出来ない状況となる。


は またも不器用な言い方しかできないから茅乃が反発する、という いつものパターンとなる。この2人は どちらも成長していないように思えた。
茅乃は猛の離別によるストレスを彼自身に ぶつけてしまい、猛から つらいなら別れることを提案される。その言葉に頭に血が上った茅乃は猛に持っていたバッグを投げつけ、彼の前から逃亡する。しかし猛の言葉は茅乃の本音を引き出すための計算だった。

室越は茅乃を追いかけるが、茅乃は彼に心を預けたりしない。どんなに辛い状況でも猛への愛を貫くことで茅乃の意思が見える。室越も悪い人じゃないようで、猛が茅乃を追いかけている姿を発見し、猛に茅乃が進んだ方向を教える。


は茅乃から怒りを ぶつけられても、当て馬が現れても余裕を見せる。どうやら茅乃が怒った事で自分を想い続けてくれると信じられたようだ。そして今度は茅乃が将来の心変わりを わざと匂わせても、猛は茅乃への愛を一途に貫くことを宣言させ、逆に茅乃の感情を揺さぶる。

こうして2人は将来的に一緒にいるという確信を持ち、もう離れても大丈夫という心境になれた。簡単に不安になるし、簡単に安心する。茅乃が単細胞なのではと思わなくもない。
2人は そのままホテルに直行し、愛を確かめ合う。それにしても少女漫画のクライマックスの遠距離恋愛と、最後の隠し玉である性行為は相性が悪いと思うのだけど、当事者たちは それでいいのだろうか。新しい関係になっても次は いつになるか分からないのに。絶対に離れても大丈夫という2人の想いが重なったからこその性行為なのだろうけど、余計 別れ難くなることをしているようにも思える。


愛の悩みから解放された茅乃は ちょっと厳しい志望校を変えることなく受験を乗り越えることを決意する。よくよく考えてみれば茅乃は、この春の親同士の再婚からの数か月間ずっと家族の問題に頭を悩ませていた時期と言える。だから その悩みが全て解消されれば、勉強に没頭できるはずで、それが成績の向上に繋がるという楽観的な考え方も間違っていないはずだ。

恋愛問題の解決は茅乃の将来への見通しも明るくさせる。彼女自身の強さが見られる。

そして猛は母親と改めて家族になる訳だけど、今の家族を捨てたわけではない。実際、彼は江戸川姓のままで母と同居するだけ。だから茅乃は彼が返ってきた時に温かい家庭であるように この家で自分らしく暮らす。

出発の日は猛のクラスメイトだけでなく、そして父や祖母も猛を見送る。一緒に出発する母や譲も当然いて、祖母は元嫁に対して激励の言葉をかける。これは これまでになかった関係性を予感させ、母も頭を下げる(江戸川家にとって完全に譲の存在が無視されているようで可哀想であるが)。


れから5年後、猛は日本での就職のために帰国する。結局、彼は現地の大学に進学し渡伊は5年にも及んでいるようだ。

この間、1つ年上の茅乃は第一志望に合格し、卒業後は保育所に勤めているようだ。教育学部というから亡き父のように中学校の先生になるのかと思ったが、猛の出発後に生まれた弟・光(ひかる)の影響か保育士(断定は出来ないけど)になったという。この5年間、猛が帰国するだけでなく、茅乃もイタリアに会いに行った模様。

いよいよ猛が5年ぶりに この家に帰る場面で物語は幕を閉じる。猛は母親や弟との暮らしを経て完全体となって戻って来た。自分の道も見つけ、仕事を得て、茅乃を養うための手段を手に入れるだろう。この先には今度は茅乃たちが作る新しい家族が待っている。

「エピローグ みんなの家」…
場面は茅乃と猛の結婚式から始まり、そこには孫の光の行方を元嫁に尋ねる祖母の姿があった。ちなみに祖母は連れ子同士の結婚なんて体裁が悪いと文句を垂れるものの、彼らの結婚に表立って反対したりしない。まぁ 今更 波風を立てても仕方がない。

光は大好きな姉が得体の知れない男と結婚するのが嫌なのだ。光にとって実兄にあたる猛だが、年の差は17歳半あり、しかも光は猛が別居してから生まれたので接点も実感もない。帰国後も猛は江戸川家で住まなかったため、光にとって猛は ただ飯ぐらいのチンピラのまま。
だから猛が家に来ると全力で反抗する。そんな光にも茅乃は自分たちの結婚を祝ってもらいたい。家族全員から祝福されることが彼女の夢なのだ。

結婚式の前日に猛が歩み寄ろうと買ってきてくれた おもちゃ を投げ捨てたことに茅乃は光を叱りつける。大好きな姉に嫌われた上に、光は姉のウェディングドレスを誤って破いてしまい顔面蒼白になる。
それを猛は発見するが、このことを男同士の秘密として代わりに2つの約束を光と交わす。1つ目は光に姉を祝福すること。そして もう1つが結婚式当日だけは「兄弟」仲良くいること。

こうして契約とはいえ、ちゃんと姉を祝福した光は、人が嬉しい時にも泣くことを初めて実感する。そして参列者である茅乃と猛の高校時代の友人たちから光は、猛が自分の失敗を完全にカバーしてくれたことや仕事、今後 自分たち家族が住む二世帯住宅に設計助手として関わっていることを知る。この結婚式の日に光の猛への印象は大きく変わる。

そして最後には、形態を変えてきた3つの家族と友人たち全員が笑顔で写る一枚の写真が撮影される。このラストシーンのために この物語はあると思わせられる 良い記念写真だった。

「微香ルート」…
本編の連載前の読切短編で、登場人物は違うけれど、明らかに本編の原型となった作品。この短編の反響が良かったから連載に繋がっている。
吉住 一子(よしずみ いちこ)は「嵐(あらし)先輩」を運命の人だと感じていた。それは半年前の冬の日、寒さで凍えていた一子に窓から投げられたパーカーに染みついていた香水が彼のものだと信じているから。だが嵐先輩に接触するや否や一子は下僕として使われ、しかも思わせぶりな嵐に翻弄される毎日で…、というのが あらすじ。

好評を得るのも分かるのは、ちょっと悪い俺様に振り回される小市民ヒロインの姿や、悪そうな彼が見せる優しさ、彼に好意を見透かされながらもスキンシップを含めた胸キュンの交流、そして辛い恋からの大逆転など短編としての面白さが凝縮されているからだろう。結局、作者が このタイプの男性が好きなのは分かる。次の作品も似たようなものしか描けなければ作家としての幅の狭さが露呈したところだが、次回作は おそらく部活モノ。どんな内容なのか今から楽しみ。超長編なので読むのが大変そうではあるけれど。