響 ワタル(ひびき ワタル)
おいらんガール
第01巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★☆(5点)
時は江戸。火事で家を失い、吉原に売られた商家の娘・椿! 自分に心傷を刻んだ初恋の奉公人を見返すため、花魁の頂点を目指すことに。…が、姉女郎で吉原のナンバーワン花魁・鷹尾に目を付けられていて!? 自分にだけ根性悪な一面を見せる鷹尾に椿は翻弄されるが!?
簡潔完結感想文
一度 囚われると逃げられない白泉社という名の苦界、の 1巻。
(※知識不足から時代物で固有名詞の使い方が間違っているかもしれません。)
吉原の遊郭が舞台ではあるが実に白泉社らしい作品。そして読切短編から続編、短期連載、そして長編化へと、見事に段階を踏んで花道を歩いていく。
読者を楽しませる要素はヒーローの設定。いきなりネタバレになるけれど、ヒーローは女装花魁(おいらん)である。そして花魁姿の鷹尾(たかお)と本当の顔・真(しん)という2つの名前があり、同時に2つの性格を使い分ける。遊郭にいる時、人目がある場合はヒロイン・椿(つばき)に対して最高位の花魁として見習いの椿にドSな態度で接し、2人きりになるとお嬢様と元 奉公人になり平身低頭して彼女のことを溺愛する。意地悪な義姉と王子の1人2役をヒーローがこなしているという、その温度差がコミカルさを生んでいて楽しめる。
またヒロインの椿も、白泉社王道の努力型の人で、鈍感ヒロインとして描かれている。彼女は奉公人を多く抱える商家の お嬢様でありながら、遊郭に売られても、その逆境を自分を鍛える場として考える。
遊郭に対して失礼な表現になるかもしれないが、白泉社作品の多くは、庶民がセレブ学校に入学して戸惑うという基本設定だが、本書の場合、元セレブが没落したため本来なら足を踏み入れることは無かった場所で自分の花を咲かせることを目的にしている。遊女は過酷な環境なはずだが、どうやら上昇志向の強い椿にとって、明確に体系化されたエリート街道があることは野望を抱かせるのに十分だったようだ。考えてみれば この時代の女性が、自分の才覚だけで のし上がるのは こういう女の世界しか無かったのかもしれない。その意味では努力型ヒロインと遊郭は相性が良いと言えよう。
ただ悲しいかな男尊女卑の白泉社作品。この作品でも椿はNo.2が固定席になっている。いくら努力してもガラスの天井が存在し、そして自分の行動の ほとんどが周りが見えておらず、自分にピンチを呼ぶという展開になっている。特に『1巻』は読切短編の連続なので椿が鷹尾(または同一人物の真)に助けられるというパターンばかりである。この2人に加えて、イケメンゲストが毎回 登場し、その新キャラが敵または味方に振り分けられていくというのが序盤の お決まりの展開になっている。結局、読者に受けるのは こういう展開で、色々と設定を変えても基本的な内容は変わらないらしい。
このように、遊郭を まるで ちょっと変わった「白泉社学園」ぐらいに扱っていることは賛否両論あろう。特に遊郭でありながらヒロイン・椿と鷹尾だけは少女漫画の純愛を守るために色を売らない=客と性行為をしないという設定になっていることに、じゃあ遊郭を舞台にするな、と言う意見が出てきそうである。
椿の方は年齢的、また身分的に客を取らないという設定があるが、遊郭のトップである花魁・鷹尾も1回も性行為なしで のし上がってきたというのは無理がある。学園モノで性別を偽ることだって非現実的なのに、女性ばかりの遊郭で客にも身内にもバレないというファンタジーに幻滅する読者もいるだろう。
もし椿が女装ヒーローで、大好きな姉を探すために遊郭に入った、とかなら新生活に色々と無理が生じて、毎回ツッコみ所が満載だっただろう。けれど本書の場合、鷹尾(真)は最初から花魁で、もう どうにか生活しているという既成事実があり、それをもって反論を封じているような気がする。遊郭の主=楼主は真相を知っているという最低限のラインは守っているし、この設定は読者側が乗り越えるべきなのだろう。
読切部分は短編ミステリのような構造になっていて、事件の真相や犯人側のバリエーションも考えられていて よく出来ている。そして作者は多くの資料に当たっていて、知識もちゃんと備えている。そして本当に よく調べたからこそ、現実との乖離や、遊女の悲哀から目を背けることに罪悪感を覚えている陽だ。
これだけの才覚があるのなら、性描写が ほぼ禁止されている白泉社(またはララ)で連載する意義が どこにあったのだろうか。別の掲載誌を探すとか、もっと言えば歴史小説として発表すれば、一風変わった捕物帳として人気が出たのではないかと思う。作者の漫画家である矜持を傷つける発言だと理解しているが、私は本書を小説として読みたかったと思ってしまった。もちろん作者は漫画家で、デビューからお世話になっているであろう(推測)白泉社で描きたいものを描きたかったのだろうが、折角の話が「白泉社学園」の使い回しのようになってしまった。繰り返しになるが、話の骨子が良く出来ているだけに、果たして漫画という表現が適切だったのか疑問に思ってしまう。
また読切や短期連載と、長期連載の後半の内容の変化も気になった。大団円のために、長編化の縦軸のために考えた設定なのだろうが、いかにも後付けの設定で、前半に楽しさを見い出していた読者を置いてけぼりにするような急展開は馴染めなかった。最初から連載として始まって、椿の成長物語を軸にしていれば違ったのだろうか。その場合でも椿たちを遊郭から出す必要があったから、その理由のための とんでも設定は必要だったのかな? きっと連載が続くと鷹尾では無理矢理に突き通した色を売らない遊女という設定を、椿が毎回どう切り抜けていくかを描かなくてはならなくて無理が生じるという判断なのだろう。鷹尾が彼女を守ることも出来ないし、椿に そんな頭の回転はなさそう。椿の出世を描くと、それが作品の綻びになっていくことが作者には見えていたのだろう。その辺も賢明な人だと思われる。
商家の娘だった椿(つばき)の7歳の淡い恋心は、火事が原因で一転する。多く抱えていた奉公人は離散し、想い人だった奉公人の1人・真(しん)には暴言を吐かれて別れることになる。その火事が原因となり数年後に いよいよ借金がかさみ、椿は両親に吉原に送り出された。
15歳の彼女は吉原で強く たくましく生きる。遊女となっても落ち込まなかったのは、自分を手酷く振った真を見返すという目標があったから。そこで幼い頃から叩き込まれた芸事・教養を更に磨いて、花魁の頂点を目指す。椿は白泉社特有の努力型ヒロインであり、また成績や地位に縛られた可哀想なヒロインといえる。その価値基準しかないから2位で あることばかりに囚われるのだ。
そんな彼女が付き人として世話をするのが鷹尾花魁(たかお おいらん)。名実ともに吉原の頂点。そして椿にとって この遊郭の中で目指すべき目標で倒すべき仮想敵。椿は見習い遊女である「振袖新造(ふりそでしんぞう)」という身分なので まだ客は取らない。一方、鷹尾も帯を解かないことで有名だった。
鷹尾は自分の世話係に椿しか置かない代わりに、椿にだけ当たりが強い。
それでいて椿のピンチを助けている存在である。ある日、旗本の御家人に無礼を働いて手打ちにされるところを、鷹尾の機転で機会を与えられ、更にミスもフォローされる。ここで悔しいと思い、向上心を持てるのが椿の強さだろう。
一方、鷹尾は手練手管を使って吉原で成り上がっていくと同時に、その情報収集能力で椿の実家の火事が客の一人・善之助(ぜんのすけ)の犯行であることを突き止めていた。商家の若旦那である善之助は、放火によってライバル店を潰しながら大きくしていた。犯行を見破られ逆上した善之助は高尾に脇差を向ける。その間に立つのは椿。下賤の者に鷹尾の気高い誇りを汚させる訳にはいかない。彼らの間にも信頼関係は存在するのである。
ところが今度は逆に鷹尾が椿を「お嬢さま」と庇い、善之助を足蹴りにする。鷹尾の正体は、椿が淡い恋心を抱き、そしてトラウマを負った元 奉公人・真(しん)だったのだ。彼は椿の実家の火事の真相を知るため吉原に潜り込んだ。器量が良かったため、楼主(ろうしゅ)が、真が男性と知りながら面白半分、座敷に出したことで女郎としての道が拓けた。そして真は椿が買い取られたと知って自分の手元に置き、厳しい態度でカモフラージュしながら、彼女を守っていたのだった。
真は椿のために自分の見受けのために善之助が用意した金で、彼女を足抜けさせようとする。だが椿は そのお金を放火の被害者たちに渡す意向を示し、自分は このまま花魁の頂点を目指す、と宣言する。こうしてNo.1の遊女の座を巡って「男女」の戦いが幕を開ける。負けん気の強い努力ヒロインが上を目指すと言って応援しない白泉社読者はいない。だから続編が可能となっていく。
イケメンゲストを敵味方に振り分けていく展開が続く序盤。続いてのイケメンゲストは銀月(ぎんげつ)。顔や髪形が1話目の善之助と代わり映えがしないのが気になる。
2話目は1話目で鷹尾花魁が男性だと知ったからこそ怒る展開で、添い寝を迫る銀月から鷹尾を守ろうとする椿の奮闘と空回りが描かれる。そして真の貞操を守りたいという願いが、鷹尾の覚悟を侮辱するものだと椿は教えられる。まぁ2人とも穢れないことが約束されているので絵空事に聞こえてしまうが。
この話は1話の内容を受けてミスリードが成立しているのが面白い。銀月は犯人ではなく その反対の立場である同心(民間警察?)だった。鷹尾とも昔馴染みで今回の事件では協力体制をとっていた。基本的に鷹尾は情報屋というスタンスは変わらない。
しかし同性愛者をホモと呼び、ネタ化、笑いの要素にしようというのも白泉社の悪しき風習である。21世紀の作品だとは思えないバランス感覚の欠如に頭が痛くなる。10数年または20年前に受けた内容をアップデートもせず設定だけ変えているのも成長が見受けられない。
続いてのイケメンキャラは撃(げき)。筑前国福岡藩黒田(くろだ)家の実直な お侍さん。だが田舎侍と揶揄されるほどの人物で、故に遊郭のしきたりを知らず、激怒してしまう。
それでも撃が遊郭に来たのは鷹尾花魁に憧れる病弱な兄のため。土産話を持って帰るために花魁との初会を設けてもらった。土産話を欲していたのに、鷹尾と近づくことも叶わないから彼は怒ったのだった。そういう撃の不器用さに椿は介入し、お節介を焼く。さすがヒロインである。ちなみに この話だと椿にも兄がいるという設定だが、その設定は無くなったような気がするが…。
そして物事を決めつける癖のある椿は視野が狭くなって、失敗するというのも お決まりの展開となる。
鷹尾の慧眼と銀月の捜査力で、黒田家の派閥抗争が裏にあることが判明する。敵対勢力に囲まれた撃が刀を抜くと刃傷沙汰になってしまい、問題となるので、最初は椿が独力で対処し、その後に鷹尾が登場する。展開としては助けられてはいるが、共闘して横並びになっているのが良い。遊女の道具で戦うのも必殺仕事人みたいだ(見たことないけど)。
撃にとって鷹尾は兄の想い人。だから手を出せないという制約がある。だから鷹尾は それを逆手にとって良いカモとして撃を利用しようとするが、撃自身の目的は椿となる。
これまでと違ってイケメンゲストの撃が鷹尾にとって初めての人間で嫉妬の対象で、撃や、撃に肩入れする椿に当たりが強いということだろう。純朴な当て馬というのが撃に与えられた役どころか。鷹尾の中の真は過保護で嫉妬深いのである。
鷹尾と椿の大立ち回りが評判となり、椿の名が吉原に知られる。そして椿は、一本立ちする際に突き出しの道中を歩く=エリート中のエリートの道を進むべく邁進している。
イケメンゲストは お休みで、今度は同じ遊郭に属する同業者の女性たちの話。彼女たちから目立ちつつある椿へ嫉妬が向けられる話である。その嫉妬で椿がどれだけ恵まれているか、ということを浮き彫りにする。椿は、現在 頂点に立つ鷹尾花魁の庇護下にあり、そして この遊郭のエリート。だから遊女としての悲哀を感じたことがない。出発点が違ったり、世話をする「姉」が悪かったり、エリートになり損ねたりすれば惨めな思いをしなくてはならない。
そんな遊女の一人の客だった男がストーカーとなり、店の中で暴れ出す。女郎に裏切られたと知ってストーカーは逆上し、懇意にしていた遊女を襲う。そこに椿が割って入り(1話目に続き2回目)、他の女郎との覚悟や才覚の差を見せつける。
そこに狐の面を付けた真が正義のヒーローとして登場し、椿の顔に傷をつけた相手を許さないが、銀月が真を制御することで事なきを得る。この騒動で椿は同業者からも一目置かれ、反発の声を抑えた、というエピソードとなる。こうして足場を固めたことで、いよいよエリート街道を進むのだろうか。