《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

まさか全12巻、作中で2年間の大長編「キス我慢選手権」になるとは思わなかった…。

キスよりも早く 1 (花とゆめコミックス)
田中 メカ(たなか めか)
キスよりも早く(きすよりもはやく)
第01巻評価:★★★(6点)
  総合評価:★★★(6点)
 

幼い弟を抱えて路頭に迷っていた高校生・梶文乃は、担任の尾白一馬に拾われる。「同情するなら結婚して!」という売り言葉に買い言葉で、2人は結婚!! 弟を養うために先生を利用しようとした文乃だが、先生の愛に惹かれ始めて…!? ナイショのエンゲージロマンス!

簡潔完結感想文

  • 結婚。設定ありきの物語。でも経済的困窮に つけこんで女性を囲うエロ教師?
  • 我慢。新婚生活は夫のワンオペ。妻の役割は「キス我慢選手権」の出場だけ⁉
  • 天使。弟の鉄兵の無垢な可愛さに注目が集まりますが、隣人・龍こそ天使。

囲が彼女の魅力に気づく前に、他の生徒よりも早く囲い込む 1巻。

結婚という少女漫画の最終到達点から始まる物語。

そして少女漫画の一大ジャンル、男性教師と女生徒の秘密の恋愛。
本書は そこに結婚を加えて激甘に煮詰めた作品。

担任教師と生徒は、ひとつ屋根の下での暮らしでは 夫と妻になる。
社会的に公認された禁断の恋、二重生活・二面性、結婚から始まる恋、
と色々と盛り込み過ぎた作品です。

本書は読切短編が好評につき連載化した作品。
その形態の作品のご多分に漏れず、最初の短編で内容は描き切っている。

そこから どう話を発展させていくかが作者の腕の見せ所。
私の中で成功例は椎名軽穂さん『君に届け』福山リョウコさん『悩殺ジャンキー』だろうか。

本書は失敗例では決してないが、中盤の金太郎飴 状態には辟易。
更には一度はスルーした お決まり展開を導入してしまったのも残念だった。

作品として目立った欠点はないのだが、
甘味って味覚の中でも最も飽きるのが早いのも事実だと思う。

連載時のように1か月に1回、スイーツとして読むのが適切なのではないか。
1日に2冊以上 読んだ私は その点を失敗したと反省している。

ちなみに本書は来年、2022年4月までの賞味期限が付いてしまいました。
民法改正により女性の結婚年齢が引きあがって、22年以降は16歳では結婚できません。
10年後の読者には、江戸時代に奉公に出される話のように思えるのだろうか。
平成は遠くなりにけり、ですね。


が連想したのはテレビ番組「ゴッドタン」の一企画「キス我慢選手権」。
男性たちが女性から仕掛けられる あの手この手のキスの誘惑にどれだけ耐えられるか、という内容。

本書は その企画を夫婦それぞれが仕掛け人となって行っているように読めた。
まさか最終巻まで その企画を押し通すとは思わなかったが…。

攻守の交代、道具立て など趣向は凝らしているが、
如何せん挑戦者が ずっと主人公夫婦なので マンネリは否めない。

そして見方によっては「キスよりも凄い」ことを やっているので、
キスに対する新鮮味も落ちる。

キスをしたら そこでゴングが鳴って企画が終了するのも「キス我慢」と一緒。
撮れ高が十分になるまで話を引き延ばす必要はあっただろうが、それにしても12巻は長かった。

登場人物を増やしたり色々とテコ入れはしているが、
結婚の事実が全てを無効化してしまう。
魅力的な設定も痛し痒しである。


回の読切短編の回は本当に完成度が高い。

1年前に両親が他界した主人公・梶 文乃(かじ ふみの)と鉄兵(てっぺい)姉弟

「親戚中をぐるぐる タライ回しにあい
 うんざりして家出して 路頭に迷っている」時に、
手を差し伸べてくれたのが担任教師・尾白 一馬(おじろ かずま)だった。

「中途半端な同情」に反発し言い合いになるが、
「だったら あたしと結婚して養ってくれんの⁉」と覚悟を問うた文乃に対し、
一馬は「あー してやるよ!!」と即座に要求を呑む。

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あり得ない現実もテンションで押しければなんとかなるのが白泉社漫画なのではないか。

婚姻届に記入して、交際0日、「キスよりも早く」彼らは夫婦となった。

守られている安心感と、守る者がある心強さで
彼らの心は満たされていく。

それを可視化するのが、弟・鉄兵が お手伝いの度に
一馬から貰う飴玉を入れた びん だろう。

経済的困窮を救うための手段であった結婚だが、
彼らは確かに家族となり、そして互いを愛する人と自覚していく。

先生は自分を守るために、身を危険に晒している。
家族として誰よりも近くで先生の職務への取り組みを見てきた文乃は、
甘えるばかりの関係を清算し、家から出て行く…。

先生は彼らの足跡を道に点在する飴玉で確認し、追いかける。
飴玉は先生がくれた愛情で、鉄兵の優しさの欠片。

このまま最終回に使えそうな素敵な道具立てである。
だからこそ長編化した際の余白・伸びしろの無さに なってしまっている気もする。


人のキャラ設定も交際0日婚 同様、ぶっ飛んでいる。

初回から交際が始まった桃森ミヨシさん『ハツカレ』の時と同じく、
これは お見合いで結婚した男女が、
結婚後に相手の素顔に触れて初めて相手に惹かれ合っていくのに近い感覚なのかな。


主人公・文乃(16)は曲がったことが大嫌いで、男子生徒にも手や足が出るタイプ。
他者のためには率先して動けるが、自分のことになると不器用。
恋愛に関しても初心で、いちいち赤面してしまう様子が先生の加虐心に火を付ける。

文乃のテンションの高さや、視野の狭さ、猪突猛進っぷりは、
福山リョウコさん『悩殺ジャンキー』の主人公・ナカちゃん を思い出させます。
言い合いしている時の顔などはビジュアル的にも似ている。

夫である一馬(24)は、単純な文乃と違って複雑なキャラクタを持つ。

外見は ひょろっとした地味な眼鏡教師だが、実は伝説のヤンキーという設定。
ありがちな設定ではあるが、『ごくせん』の男バージョンか。
メガネ萌え・ギャップ萌え・ヤンキー萌え、どこからでも萌えて下さい。

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「妻」になって「先生」の生活に入り込み、彼の教師としての努力を知り好きが満ちる。

悪さをしたからこそ真っ当に生きる大切さを知っているのだろう。
経済的困窮、頼れる大人の欠如とバランスを崩しかけている文乃に手を差し伸べたのも、
彼女がまだ踏み止まれると信じての行動なのかも。

夫としては経済力と暴力の両面から文乃のことを守れる頼もしい人。

そんな一馬は自分は親からは絶縁されてしまったらしい。
そういう育ちも早く自分の家庭を持ちたいという願望に繋がったのだろう。
温かい家庭に縁がなかったから、その育み方や接し方が分からないとか言い出さなきゃいいが…。


ブキャラクタもバラエティ豊かに取り揃えられている。

まずは文乃の弟・鉄兵(4歳)。
文乃が この子のために生きていこうとする原動力。
先生との結婚・同居も鉄兵の存在が大きかっただろう。
彼がいなければ身を落としても独力で生きることを選択したかもしれない。

短期間で飴玉をいっぱい貰える善行を積む天使である。

そして姉と先生が一線を越えないためのセーフティーネットでもある。

ただ、一線を越えなくても 目に毒なイチャラブを強制的に見せられて、
児童虐待なんじゃないかと思う場面も少なくないが。


鉄兵を文乃の子として捉えると、
シングルマザーの文乃が再婚する話にも読める。

自分たちの空間、イチャイチャを邪魔する鉄兵の存在は
理解の無い夫ならば虐待が始まりかねない状況だが、
先生は理知的で、鉄兵にも限りない愛情を注ぐ。

逆に考えると、鉄兵がいないと、
先生が困窮している若い女性を金で買ったと見えかねない。

そこに鉄兵が加わることで、先生が救いたいのは梶姉弟ごとである図式が完成する。
先生を淫行教師から成人へと格上げしてくれるのも鉄兵である。

あれっ、でも鉄兵は どこの戸籍にいるんだろう…?
先生の扶養家族に入るのか?
いや、それなら文乃と結婚しなくても養子でも…。

物語の緩衝材であり、疑問の出発点になるなぁ。


してマンションの隣人で先生の昔なじみの友達である龍も重要人物。

職業は保育士で、物語の便利屋と化しています。

衣装持ちで、毎回の文乃と鉄兵のお出迎えコスプレを用意してくれる人。
他にも着付けや、避難場所の提供と無償の奉仕をしてくれる。

私は先生よりも鉄兵よりも、龍こそが善人に思えてならない。

女性と部屋で行為に及ぼうとしている最中に、
自分たちのデートのために コブ(鉄兵)を押し付けられたり、
何かトラブルがある度にフォローに回っている。

先生の親友と言っても そんなに献身的に行動できるもんかね。

もしかして先生の役に立ちたい友情以上の感情が⁉ と疑いたくなる。
確かに文乃たちの同居前から先生と隣同士の部屋にいるのも 先生の側にいたい願望の表れか?

先生が文乃に手を出さないのも、早くキスしたいのはお前よりも…、
と妄想が膨らんでしまう。


龍の存在に日本の子育て環境の限界を見ることも出来る。

一馬たち一家を若夫婦と その子供と考えた場合、
頼れる肉親のいない彼らにとって、緊急時は
無償の協力者が いないと成り立たない生活になっている。

安定した職業とはいえ先生も収入が豊富な訳じゃないから、
各種サービスを使うのにも限界があろう。

文乃が家事全般を担わないので、一馬にだけ疲労が重なる構図にも思える。

聞き分けの良い弟に、苦手な家事から解放してくれる夫。
あれっ、文乃が ふんぞり返る専業主婦の姿に見えてきたぞ…。

女性が何もしなくていい環境を構築する漫画なのか?
こういう所も女性の夢物語りとして人気を博した要因なのか??


書最大のインパクトで、そして同時に最大の疑問を生むのが結婚という始まりですね。

文乃の方から なぜ結婚という言葉が出るのかが謎です。
彼女にしてみれば金銭的に援助してくれれば それで良かったはず。

ここを深く考えてはいけないのは少女漫画読みのマナーだろう。
でも、やっぱり不自然さは拭えない。

一馬の方は下心があって近づいたとも読める。
1年前に助けてもらった格好いい女生徒の困窮に際して 彼女のナイトになった。

でも教師として一流でありたいと思う姿を描くなら、
公的手段のセーフティネットなどを発案するのがマトモな大人のやることだろう。

私は頭でっかちな人間なので、一馬が経済力と婚姻関係で
文乃を囲い込む(逃げ出せないようにする)のは、非人道的にも思えた。

一夫多妻制の中東の国で、
早期に同年代の夫を亡くし、金銭的に困窮している若い女性を、
第2夫人以降として迎える金持ちを連想してしまった。

中東では女性に自立するという選択の余地がないから、嫌でも拒めない。
女性にもメリットはあるが、男性側に人生を支配される構図がある。

本書にもそれを感じてしまい、甘いよりも暗い気持ちになることもあった。

更には本書には、弟の鉄兵、隣人の龍と、
先生よりも純真な存在があるために、先生が それほど良い人に見えない。

前述のように女性を手籠めにしようとしている悪代官に見えてしまうのだ。

また文乃が高校に通い続けることを熱望する動機も欲しかった。
文乃なら男に拾われ自分の自由を奪われるぐらいなら、
働きに出る方が マシと考えるのではないか。

先生も作者も結婚ありきで、他の手段を示そうともしないのが卑怯かな。

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秘密の漏洩を暴力で解決する、割と最低な教師・一馬。激甘世界なのに暴力が はびこっているなぁ…。

生が梶姉弟を選んだ理由が謎なんです。

先生が誰を救うのか、その範囲を どう決めて考えているのか、
彼なりの行動規範が分からないから、
容姿も良く、1年前から思慕していた女性を救ったようにしか見えない。

現在2年生の文乃が、3年生進級時もクラス・担任ともに持ち上がりにしたのは、
先生のクラスには他に問題のある生徒がいないってことに したかったのだろうか。

最後まで、そういう展開はなかったけど、
途中で先生が、文乃に負けず劣らず不幸な境遇の女子生徒と知り合ってしまい、
救いたい気持ちと 救えない現実の間で先生が葛藤するのも見てみたかった。

でも先生なら その子を見捨てられずに、夫婦の家に連れ込んできそうだなぁ…。
そうなったら文乃は離婚を選んで、その子の優先をさせそうだ。


本当に文句を言うのはマナー違反だとは思うが、
先生の採った手段に疑問が残ることが、本書を心底 楽しめない要因になってしまった。


性別をチェンジして考えてみると、
時計野はり さん『学園ベビーシッターズ』の竜一と虎太郎が、
学園長じゃなく女教師に家に誘われ、同居する話になるのか。

結婚できる年齢じゃない分、犯罪感が増しますね。