- 作者: 森絵都
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2009/04/10
- メディア: 文庫
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才能豊かなパティシエの気まぐれに奔走させられたり、犬のボランティアのために水商売のバイトをしたり、難民を保護し支援する国連機関で夫婦の愛のあり方に苦しんだり…。自分だけの価値観を守り、お金よりも大切な何かのために懸命に生きる人々を描いた6編。あたたかくて力強い、第135回直木賞受賞作。
自分の生き甲斐は何か、自分が打ち込める物事は何か、自分が生きる意味とは何か…? そういう悩みを抱える人が多いであろう現代社会の中で、各短編の主人公たち(または登場人物たち)はしっかりと地に足をつけて生きる人々である。進む道に迷いがない。そして一歩一歩、その道を懸命に歩んでいる。が、私は主人公たちは、ある意味狂っていると思った。彼らはのめり込む対象を見つけたが、のめり込み過ぎた人たちでもある。現代社会の中で己の信念を貫こうと、独り足を踏ん張って闘っている。その姿は美しくて正しいが、同時に怖いとも思った。
どの作品も、構成も文章もとても上手いと思う。なるほど、第135回直木賞受賞作品だ。けれど、鳥肌は立たなかった、心は震えなかった。社会性もメッセージ性もあるけれど、児童文学の時のような森絵都独自の、唯一無二の輝きは感じられない。小説として面白いけれど、他の人の作品を読んでいるような感覚もあった。
- 「器を探して」…クリスマス・イヴに突然、カリスマ・ワンマン経営者から雑誌撮影用の器を探してくるよう命じられ、恋愛と仕事の間で揺れる弥生だったが…。縁の下で生きる女性の一日。担がれる者は、担ぐ者が注ぐ情熱や信頼に耐えられる大きさの器を持っているのだろうか。恋人の男も男だけど、最後の展開はなぁ…。
- 「犬の散歩」…犬のために夜の仕事を始めた恵利子。疲弊してまで犬のために生活をする彼女の考えとは…。自分の足で立っているという実感がないから、社会に対しても実感がなくなる。社会の問題に口は出しても、自分の手を差し伸べることはない。生きる痛みという実感を得るための基盤がないのだ。
- 「守護神」…社会人学生が多く通う夜間の第二文学部。夜の大学ではニシナミユキというレポート代筆の天才の噂が流布していた…。本多孝好さんの『MOMENT』を連想。これは実際に第二文学部に通われた森絵都さんの実経験からだろうか。好きな事にのめり込むほど疎外されていく社会に阻害されてしまう現実。最後にニシナミユキの科白は蛇足だと思う。テーマを口にするのは野暮というものだ。
- 「鐘の音」…25年前、仏像修復師としてある寺を訪れた本島潔は、本堂に置かれていた「不空羂索観音像」に深く魅了され、ある考えに憑り付かれていく…。仏像ミステリ。読まなければならない情報は多いが、なかなかロマンのあるミステリである(いや、ミステリではないが…)。しかし、これも最後を上手くまとめすぎだ。
- 「ジェネレーション」…クレーム処理のため他会社の20代後半の青年を助手席に乗せ走る30代後半の健一だったが…。世代の違いから生じる隔世の感。しかし一方から感じる世代のギャップは、もう一方からのギャップでもある。またも出来すぎた結末ではあるが、これは伏線が効果的で好き。映画『ピーナッツ』(笑)?
- 「風に舞いあがるビニールシート」…表題作。あらすじ参照。事あるごとに思う。日本に住んでいる私はどこに、どこまで宙に舞うビニールシートの責任を感じればいいのか。エドの里佳に自分の意見を伝える婉曲な言い方が外国人っぽくておかしかった(飽くまでイメージ)。妻と夫と、個人と世界。その2つは最後で結ばれる…。余談:『パラソルの下で』という言葉に反応してしまった。伊豆の熱川だし。