
天乃 忍(あまの しのぶ)
ラストゲーム
第01巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★(6点)
小学生の柳は超完璧少年だったが、転校生・九条が現れ、勉強・運動で惨敗! 柳は人生初の挫折を経験し、九条への雪辱を誓う。同じ中学、高校に進学する中、「惚れた方が負け」という言葉を耳にし、柳は九条を惚れさせようと決意する。十年に渡る二人の勝負(ラストゲーム)が、今始まる!!
簡潔完結感想文
- 小中・高・大と鈍感ヒロインに振り回され続ける鈍感主人公の間違った方向での奮闘。
- 復讐は人生の大きな動力源に なり得る。美琴との出会いは尚人の人生を矯正させた。
- 本当に賢ければ猛アプローチからの連絡途絶は一つの恋愛テクニックなのだろうけど…。
鈍感ヒーロー × 天然ヒロイン = ゲーム開始まだぁ? の 1巻。
3回の短期連載から始まった物語は全11巻56話まで続き、累計発行部数が100万部を突破するまでの作品となった。
何が他の白泉社作品と違うかというと、王道展開である御曹司イケメンに迫られる天然ヒロインを描くのではなく、天然ヒロインを追いかける御曹司ヒーローを描いたからではないだろうか。その2つの状況は同じはずなのに視点が違うことで全く別の物語になっているのが まず面白かった。主人公ヒーローがヒロインを追う構図は田中メカさん『君のコトなど絶対に』を思い出した(発表は『ラスト』が2011年、『君のコト』が2014年)。


本書の大きな特徴と長所は御曹司ヒーローがヒロインを好きになる過程を まずしっかりと描いたこと。私が多くの白泉社作品を読んでいると なぜ完全無比のヒーローがヒロインに固執するのかが分からない場合があったりするけれど、本書は そこが明白なので男性が天然ヒロインに振り回される長い長い道のりのストレスが まず消失している。報われない男性をコミカルに描いていて読みやすい内容になっている。個人的には赤面男性が好きなので、男性主人公だと それが見られるのも良い。行動が空振りばかりの主人公の照れや焦り、落胆など様々な感情が見え、普段はクールキャラ(だと自分は思っている)を演じている彼が心の中では空回りしているのが面白かった。
また いつもヒーローがヒロインよりも上位存在のように描かれている白泉社の男尊女卑に常々 疑問を抱いていた私は、本書のヒーローはヒロインに人間的にも学力的にも勝てない劣等感が とても良い設定に感じられた。
主人公の御曹司・尚人(なおと)は一般人ヒロインである美琴(みこと)に対する手応えのない恋愛に絶望しているけれど、実は尚人は美琴によって救われていると考えられる。
尚人は小学校5年生の時に出会った美琴に、権威を笠に着る自分の勘違いを指摘されて赤っ恥をかいた。それが尚人の美琴への復讐と執着の始まりなのだけど、実は尚人は その言葉によって嫌な人間になるルートを回避していると思われる。美琴と出会っていなければ尚人は勘違い御曹司のままで、ルックスがいいことからモテるようになるけれど、それがまた勘違いを助長させ鼻持ちならない人間になったかもしれない。他者は自分の思い通りになると信じたまま彼は成長し、バカ息子と呼ばれる二代目になったに違いない。それを救ったのは美琴との運命の出会いと辛辣な言葉である。


その大きな恩恵を無自覚に享受している尚人なのだから、ちょっとばかり報われない恋をしても まだまだ お釣りがくるだろう。そして美琴への執着と復讐心が尚人に無限の成長理由を与えている。美琴が自立し、努力し続けていることが尚人にも好影響を与えている。お互い成長する恋愛が最初から成立しているから本書には爽快感があるのではないだろうか。
また尚人が決して美琴の家の経済状況などをバカにしないのも良い。最も愚かだった小学校時代でも尚人は、彼から見たら信じられないほどの美琴の家の狭さを馬鹿にしたりしない。そんな根は優しいところが見え隠れするから尚人は憎めない。
後半は本編の8~9年前の読切短編が収録されている。画力も構成も拙い部分があって本編を収録してくれ、と思うところもあるけれど、本編と2つの読切短編を通して読んできて浮かび上がったのは、作者は不憫な男性キャラが好き、ということだろう。そこが作者の嗜好・性癖・フェチズムなのだろう。
本編の尚人も読切短編の男性キャラも一度は失恋(または それに近いもの)を経験している。男性が不器用に一途な恋(と失恋)をしている物語は刺さる人には刺さるだろう。他の作品を全く知らないけれど、自分の性癖を追求し続けたからこそ本書での成功があったと思われる。
もしかしたら本書は、尚人だけでなく作者の10年愛が報われた作品なのかもしれない。
小学5年生10歳の時にクラスで天下を取っていた柳 尚人(やなぎ なおと)。そこに転校生の九条 美琴(くじょう みこと)が登場し、彼の人生は狂った。学力も体力も美琴の方が優れていて、尚人は自分の伝家の宝刀を抜くが御曹司ステータスは尚人の父親のステータスに由来すると一刀両断。人生で初めて言い負かされて尚人は向上心を持つ。そこから生活時間を塾や家庭教師との勉強に費やすが、身体が壊れてしまう。道端で倒れていたところを美琴に助けられ、運ばれた彼女の家で目を覚ます。そこで彼女の生活を知る。美琴の父親は事故で他界して母子家庭。美琴は仕事をする母のために家事を分担しており、将来的に母親を楽させるために独力で勉強に打ち込んでいる。
この美琴の目的意識や責任感に触れて尚人は初めて敗北感を覚える。それは生き方の敗北。財力に物を言わせていた学びをやめて、美琴と同じフィールドに立とうとする。彼女が公立学校に行くと知って尚人は自分の私立学校進学の方針を変える。男性主人公だからか、尚人にトラウマを与えないために彼の家族は平和。尚人に好成績や高学歴を求めず、彼が望むものを与えるというスタンスである。
中学進学後、尚人のルックスとステータスは大きな武器になる。公立中学で輝かしい日々を送るが、美琴に負け続け、そして彼女は尚人の存在を軽んじる。その無関心が尚人には屈辱であり新鮮。でも そんな美琴のことが尚人は気になって仕方がない。無意識に美琴の最大のファンと言える言動を取る。
尚人は美琴の瞳に映ることで自分の価値を得たい。それが あっという間に美琴に惚れられ、そして彼女を こてんぱんにフることを目的にしてしまうのが尚人の頭の悪いところだろう。
高校入学後から頭の悪い一方的なゲームが始まる。まず尚人は美琴に自分との接点を持ってもらって、その時間で彼女をメロメロにさせてしまおうと考える。そこで尚人は、バイトに当てるはずだった美琴の時間を貰い、勉強を教えてもらえないかと提案する。尚人が払うのは学食代。尚人は美琴に勉強を教えてもらうことで彼女の勉強時間を削り学年1位を奪取するところまで考えているが、美琴に勉強を教わる屈辱感は考えていない。アホだ。
2人の交流のために携帯電話が必要だと力説し、尚人は美琴と機種選びと契約のために出掛ける。デート回である。金銭的な援助をして彼女を楽させてやりたいと思う尚人だが、美琴にとって大事なのは金額ではなく自分の努力の結果、母を支えること。尚人は二度目の敗北を喫したと言え、そして この頃には思春期男性になっており美琴自身の魅力を感じ始めている。勉強会が始まると一緒にいる時間が増える。だが美琴は自立し過ぎていて尚人の入る隙が無い。
そんな日々の中、美琴の携帯電話に母親が事故に遭ったと連絡が入る。父親との別れのトラウマが甦り美琴は取り乱す。そんな美琴を精神的に支え、尚人は彼女と一緒に病院に向かう。母親が骨折したものの命に別状がないと分かると美琴は号泣する。そして母親にとって一緒に病院に駆け付けた尚人の存在は貴重な存在で、尚人は美琴との交流を感謝される。それが尚人に罪悪感を生む。
病室を退室後、改めて美琴に感謝され、彼女もまた弱い存在であることを知った尚人はライバルではなく異性として美琴を意識する。尚人が美琴に持たせた携帯電話で母の事故をいち早く知れた、という流れも良い。
20歳。同じ大学に進んだ2人は、たまに週末に食事をする仲になっていた。しかし関係性は変わらない。尚人は美琴以外の女性と交際してみるが、気持ちの入っていない恋愛は続かない。この辺は頑固な尚人に恋心を認めさせるためと、色々な意味で彼に恋愛経験値を与えるためだろう。尚人まで男女交際の経験がないまま美琴を追っていたら執着心が芽生えてしまう。本人の意識の上ではスマートに美琴を追っていることが重要だと思われる。
大学に入って美琴は自分を面白がってくれる藤本(ふじもと)という友人を得る。その藤本は、美琴がリゾート会社の御曹司である尚人と既知の間柄であることを知り、彼の紹介を頼む。これまで美琴に友人がいなかったから起きなかったコネ問題が初めて起きる。
美琴は親切で尚人を紹介したが、尚人は好意を持っている美琴から別の女性を恋愛方面で紹介されたことが失意となり美琴との関係を断絶する。これまで意味不明に尚人から連絡を受けていた美琴が、それを失って尚人のことを考え始める。
同じ日に母親から親のために生きるのではなく、自分自身の幸せを追いかけてほしいと言われた美琴は自分が目標を奪われた気持ちになり呆然自失となり母に無断で家から出る。全てを失って見えてきたのは自分の中の尚人の存在の大きさ。
だから美琴は初めて自分から尚人を追う。美琴の母親から失踪を聞かされていた尚人は美琴と遭遇。そこで藤本はレポートのために御曹司に企業を案内させていたことが判明。美琴は自分が尚人への異性の接近を嫌だったことを自覚するが、それが恋であるとは自覚しない。そんな天然の美琴に振り回されながら尚人は美琴の自分への想いが恋愛感情であることを自覚させる「ラストゲーム」を開始する。10年愛は まだまだスタートラインに立ったばかり。


「きみと、しあわせ。」…
井上 キヨ(いのうえ キヨ)は春日 秀行(かすが ひでゆき)に恋をしている。しかし春日はキヨの幼なじみの加奈子(かなこ)に恋をしている上、その加奈子は春日の幼なじみの山本(やまもと)に恋をしている。その四角関係を把握しているのはキヨだけ。一番辛い立場のキヨが春日の失恋を見届ける話になっている。
悲恋とかネガティブ方面が好きだという作者の好みが出ている作品。春日の魅力を出そうという痕跡は認められるが、宿題をやってこなかったり自分は勇気を出さなかったりするヒロインの魅力がいまいちか。
本編の8年前の作品で、独力で絵を学んだ人が白泉社タッチを忠実に再現したような ふにゃふにゃした絵になっている。デッサンとかバランスとか気にしないような絵の中で、一番気になったのは首の細さ。これで頭を支えられるのかという細さで見ていて不安になった。
「ひだまりの庭」…
海外転勤することになった両親に付いていかず亡くなった祖母の家で暮らすことにした高桑 小雪(たかくわ こゆき)。祖母の代からいる家政婦さんに世話をされながら高校に通うはずが、そこには もう一人 同居人がいた。それが同じ年の相楽 怜(さがら レイ)。両親を亡くして祖母に引き取られ一緒に住んでいた怜。ハーフで金髪の怜は小雪に冷たい態度を取り続け、新生活は波乱の連続になる…。
これも主人公ヒロインが男性の失恋を見守る話である。もはや そういう性癖なのだろう。怜に喪服を脱がす手助けをして その後に自分がおいしい思いをする(であろう)というヒロインの強かさ、というと怒られるだろう。祖母亡き後に怜が この家に住む権利があるのかとか生活費とか妙齢の男女の同居とか、小雪の両親の考えの甘さが気になる。
でも それを越える優しさを感じられる作品で一つ前の作品よりも好きだし、技術的に上手いと思うのだけど、こちらの方が古い。見た目がそっくりだから嫌いは、近い内に好きになる理由に反転するだろう。
