
和泉 かねよし(いずみ かねよし)
メンズ校(メンズこう)
第08巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★☆(5点)
海と山に囲まれた超ド僻地にある全寮制名門男子校・私立栖鳳高校。別名・アルカトラズ刑務所日本支店と言われるだけあって恋など無縁の地で、奇跡的に見つけた恋を育む牧だが、彼女が浮気しているかもしれないと聞いて…!? 特別描き下ろしを収録した新装版! 青春ボーイズストーリーついに完結!
簡潔完結感想文
- 自分の決意が揺らぐから大切な人には相談できない。天邪鬼にジャックされる恋心。
- 1年間「エリカ」を忘れられなかった牧は別離期間中にエリカを忘れる訳ないだろう。
- 同類に流れる男女の空気で同罪。いつまでも和泉作品はAAAの男の恋心を描き切れない!
捨てられた犬の変わらぬ思慕は牧のそれ、の 最終8巻。
いきなりですが『8巻』は本編と無関係の読切短編も含めて習性の話だと思った。例えば『8巻』で急に登場する捨てられた犬。ネタバレになるけれど、この犬は毎朝 首輪を外し、フェリー乗り場に やって来る。それは自分が元飼い主とフェリーに乗ってやって来た記憶があるからで、そこにいけばまた飼い主と再会できると思って その犬は毎朝 同じことを繰り返す。それは捨てられたことを把握する知能がないからではなく、どちらにせよ そうせずにはいられない、そのぐらい飼い主への思慕が変わらないことを意味している。
人間に話を移すと、読者に理解され難い神木(かみき)のエリカに対する言動も習性である。彼は母親と義姉、その2人に徹底的に女性にジェントルであれ と教育(もしくは調教または洗脳)され続けてきた。だからエリカの相談相手になり、時には自分の決意が揺らぎそうになり折れてしまいそうなエリカの心を物理的に支えようとする。それは下心とかエリカへの思慕ではなく、そう神木が飼い慣らされているから起きる行動である。その意味では神木は母や姉の支配から脱していないと言える。完璧かと思われた神木も まだまだ成長の余地があるということか。
神木の行動が牧(まき)や冬華(ふゆか)への裏切りだと問われれば否定できないが、浮気かと言えば絶対に違うと思う。作者はエリカの女心や牧への とてつもないを描いているはずなのに、それを浮気と読み取られて読者から裏切られた気持ちになるのではないだろうか。複雑な心境を丁寧に描いているのに、単純に浮気だと非難されては たまらない。こういう機微を読者側が読み取れないのに作品が否定されるような破目になるから、少女漫画は一目瞭然の単純な話に偏るのではないか。どんどん少女漫画の幅が狭くなっていく一因は、読者側にあるのではと思う一例だと思った。


そのエリカが牧に自身のことを相談できないのは自信がないからである。それは牧への愛情への不信ではなく、自分へ向けられたもの。神木と同じように家庭環境に問題がある(という唐突な設定の)エリカは、自分を強く律して独りで生きていく力を望んでいた。エリカが神木を相談相手にしたのは同病相憐れむという点も影響しているだろう。
けれどエリカは牧の優しさや不器用さ、彼の全てを好きになった。だからこそ揺れる。でもエリカは恋に生きることなんて出来ない。それは不幸の始まりだと考えてしまうのがエリカの習性だろう。だから牧に黙って自分の道を進もうとする。牧に会ってしまえば絶対に揺らぐ。だから深い関係になる手前に自分を置いていたし、いつでも手を離せるように準備していた。
エリカは牧が好きすぎるから話せない。誰にも話せないことに耐えられるほど成熟していないから神木を相談役にする。それは前述の通り神木は似ているし、そして自分が神木を好きにならない自信があったからだろう。エリカが泣くのは いつも牧のことでだけ。繰り返しになるけれど、読者は そんなエリカの心を読み取らなければならない。
牧がエリカを引き止めないのは自分が彼女の未来の重しになりたくないからだろう。牧が好きになったのは自分を持っているエリカなのだ。好きだと繰り返し言えばエリカは翻意するかもしれない。でも それはエリカのためにならない。聡明で優しい牧は それが見通せている。だから別れる。それも曖昧な関係ではなく、キッパリと別れる。
物語としてはハッピーエンドとは言い難い結末。少女漫画で この結末を描けるのは本書が男性主人公視点の物語だからだろう。主人公がヒロインなら遠距離を無事に乗り切りました、と終わるはずだ。でも本書は それをしない。
けれど、作中で神木とエリカの不義密通の伏線があったように、ハッピーエンドの伏線も張られているのではないかと思う。それが牧の習性である。彼は もう会えない「エリカ」との恋を終わらせるのに1年を要した。そのぐらい牧の恋は強い。ならエリカの留学期間が何年になろうとも牧はエリカに「また会える日がきて」「つき合ってください!」という日が来るのではないかと期待できる。そして きっと長れた年月が、恋愛で揺るがない自分を獲得し、恥ずかしさで大事なことを言えない自分を克服させるはずだ。
最後に冬華(ふゆか)はAAAの男にキッパリと別れ話を切り出せたのが成長だろう。これまでの彼女なら、そして歴代ヒロインなら彼の格好良さに全てを許し、甘くなってしまう習性があったけれど、冬華は自分の弱さや弱みを きちんと理解している。
一度 彼女の方から離れてみたからこそ神木の行動を引き出せたのだと思う。…とは言うものの、では神木は冬華の どんなところに惹かれたのかは、これまでの和泉作品同様いまいち分からない。牧という男性主人公ではなく、冬華というヒロインに読者の願望を全て叶えてもらっている気がしてならない。彼女が幸せだから牧は この結末でいいだろうという取引感がある。
また神木とエリカが浮気というのなら、牧と冬華の間にも精神的な浮気は存在したと思う。この2人もまた同病相憐れむで急接近している。絶対的な運命の相手などいない、ということを描けるのも男性主人公作品ならではだろう。そして この危うい一瞬があるから牧も冬華も相手のことを非難できなくなる。これは罪の調整に思えて、ちょっと作為が過ぎるような気がするけれど。
個性的な面々を揃えた話なのに野上(のがみ)とフクの その後が全く描かれないのが不満。花井(はない)も幸せになっていない。彼は失恋を経験したというよりも破局を経験しただけだからだろうか。源田はともかく、引きこもりの桃井(ももい)や1話きりの登場のキャラの無意味さも虚しい。最終回で出してあげればいいのに。作者がメンズ校と相性が良いのは大雑把な性格だからなんじゃないかと思ったりする。
冬華は彼氏の神木と友達のエリカが連絡を取り合っていることを知ってしまう。そのことを自分で抱えきれなくなった冬華は牧に相談する。寝耳に水の牧だったけれど本人から聞く前では聞きたくないと冬華のデリカシーの無さを暗に非難する。
それでもエリカを信じようとする牧だったが、エリカが神木に海岸でバックハグされている場面を目撃することになる。神木とエリカの繋がりについては冬華の情報以外にも思い当たるところがある。そういう風に作品は伏線を張っていた。そして神木と会っていたことを偽証しようとするエリカに対して牧は結局 疑惑を追及してしまう。そして呼び出した理由が別れ話であることをエリカが否定しなかったため、彼らは決別する。同じぐらい お互いを大事に想っていても それを素直に表現できないところが似ている2人は いつも大事なところで すれ違ってしまう。
牧は恋が終わったと納得し、けれど神木の行動に納得できないから彼を避ける。それは神木から何かを言われたら暴力を振るってしまうほど我慢がならない自分を予想しているから。結局 牧は暴力を振るい、そこから喧嘩腰であるものの牧は神木と対話を始める。
そこで牧はエリカが半年前からアメリカ留学を予定していたことを初めて聞かされる。しかし牧はエリカを止めに行かないし見送りにも行かない。それがエリカの意思を尊重するという牧なりの考えなのだろう。
牧たちメンズ校の面々と出会ったエリカが休学中だったのは、その時期に留学する予定があったから。けれど予定が変更になったものの休学は変わらず地元にいた時に牧と出会った。エリカは すぐにでも留学できる状況にあったが、もしかしたら牧の存在があって先延ばしにしていたかもしれない。そんなエリカの状況を知ったから神木は彼女に寄り添う。それをエリカは「ナイトコンプレックス」と呼称する。女性を自分が支えてあげなければならない、それが神木が家庭環境で培われた習性らしい。そしてエリカが そんな神木に寄り添わないのは、心の中に ずっと牧がいるからだろう。
2年前の「エリカ」の時と同様、牧にとって冬は別れの季節となってしまった。でも「エリカ」との死別という別れがあるからこそ、今回の別離は種類が違うことを理解できる。だから学校 近隣のエリカの家を探し回り、彼女との会話の機会を得る。この場面は「エリカ」が牧の背中を押してくれたと言えるだろう。
神木と同じように、エリカは両親の離婚で家庭に振り回されてきた思いがある。だから自立を望んだし、恋愛によって身を崩すことを望んでいない。エリカが距離感を保った交際をしていたのは自分の中では別れが予定されていたため。そして気持ちを乱されないため。
自分は別れを決意しているから、エリカは牧の中にいる大事な人に戻るように提案するが、ここで初めて牧は彼女と死別していたことを知る。最後の最後で初めて2人は腹を割って話している。だから2人は初めて自分の抱えた事情だけでなく感情もぶつける。自分にとって相手は かけがえのない人で別れ難い人。それを認めてエリカは初めて感情を乱す。
牧はエリカを引き止めたりしない。その代わり もう一度 会えた時、タカノがタカノだったら つき合おうと言うと予言する。だから牧は牧らしい方法でエリカの前途を祝福し、彼女を見送る。
3月、牧は帰省した冬華に会う。そして捨て犬にも会う。冬華は ずっと神木との関係を修復できていない。しかし冬華は神木に言いたいことを まとめ上げてきたようだ。彼女は神木とエリカの関係は浮気だと思っていない。神木の行動原理は「ナイトコンプレックス」であり、まさに習性だと割り切っている。困っている女性に手を差しのべてしまう、それが神木なのだ。冬華は自分に対しても神木の優しさが発動しているのではないかと考えていた。だから自分は「好き」が欲しいのだと彼との関係を清算する。
牧が面倒を見ることになった捨て犬は毎朝 脱走する。問題行動ばかりの犬に手を焼き、方々に頭を下げる日々だが その犬を唯一コントロール出来る神木には頼らずにいた。それは冬華も同じ。困っている自分を神木は助けてくれ、そこにまた惹かれてしまうだろうけど、その関係性を冬華は望んでいない。
2人で犬の世話をする牧と冬華には一瞬だけ男女の空気が流れる。それは神木とエリカがバックハグしていた時と同じ空気。もう少しで崩れそうで でも崩れない。そういう危うい関係性は どこにでも転がっている。これは2人の浮気未遂である。
2人の危うい空気を壊したのは犬で、その犬は1日2回のフェリーの着岸に合わせて脱走を企てていることを教えられる。元の飼い主は陸の孤島に この犬を捨てに来て、それでも犬は飼い主に会えるかもしれないとフェリーに乗って飼い主が現れるのを待っている。「次を見つけて さっさと忘れるのが賢さ」だと牧は処世術を説くが、それが出来ないのは自分が よく知っている。


新学期になれば冬華は地元を離れ、牧は受験生になる。だから神木は新しい飼い主を見つけていた。これは厚意であり好意。神木は冬華と喋るキッカケのために行動していた。その一緒にいたいという気持ちは神木の本心である。こうして彼らは復縁する。
新年度、牧は寮長になる。そして牧に届いたエリカと思しき差出人不明のメールは、その人が元気だと教えてくれた。
「逆転ギルティ」…
小学生まで美人で賢く優しい「おひめさま」だった七淵 さくら(ななぶち さくら)は、貧しく親にネグレクトを受けている北村 真人(きたむら まひと)に憐れみをもって接していた。それから5年の月日が流れると真人が場を支配する王様になっていて、いつの間にかに立場が逆転していた。
読切短編ならではの情報量の多さ、目まぐるしい展開と成立する特殊な関係性がある。この結末で真人はトラウマから解放されるのか、それとも一人の女性への依存度を高めていくのか。病んで破滅しそうな気配がする。そして さくら の方も幸せな結末に見えるが、彼女が眼鏡で隠そうとした生来の高いプライドが顔を出している。こちらも支配を目的としており病的な雰囲気を纏う。この先の話は無い方が読者・キャラ双方のためではないか。

