
森野 萌(もりの めぐみ)
花野井くんと恋の病(はなのいくんとこいのやまい)
第16巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★★(8点)
お付き合い一周年のデートで、想いがすれ違ってしまったほたると花野井くん。二人ともお互いを大事にしたいのに、その方法がわからず思い悩んでしまう。ほたるへの気持ちと、一番大切なものに気付いた花野井くんは、修学旅行先で予想もしなかった提案をして……!? 恋がわからない女子×愛が重すぎる男子の初恋ラブストーリー、第16巻!
簡潔完結感想文
- 君のいない人生を生きられる自分になったら君と生きる人生を歩みたい という花野井理論。
- 連絡先を知らなくても居場所を知っていれば再会は可能。八尾と会えたのなら花野井とも会える。
- 当て馬として覚醒できる機会に応援する。そんな八尾の煮え切らなさを私たち読者は愛してる。
一生一緒に健やかな人生を送るための予防的外科手術、の 16巻。
2人が すれ違う発端となったのは『15巻』の八尾(やお)の母親の病気と手術だったけれど、それは2人の行く末を表していたのではないかと思えた。
八尾の母親は病気を発症する前に、少なくとも2度 不規則で不健康な生活をしていることが読者にも示されている。それは病気の伏線で、八尾たち兄妹も母親が無理をしていることを分かっていながら、予兆を見逃すことで病気を防げなかった。これは無理が祟った実例で、病は発症する前に対処するのが望ましいということのように思えた。
それと同様に、いよいよ花野井(はなのい)は自身が ずっと患ってきた「恋の病」に対して、互いに実害を及ぼす前に予防的な切除手術をすることを望んだ。花野井は自分の「恋の病」が ほたる に感染・または転移することを恐れているように思う。
本当に一生を添い遂げたいのなら2人の関係性の「健康寿命」を伸ばす必要があるが、対症療法では いつか限界が来てしまい互いに健やかな人生を全うできない。20歳か30歳か70歳かは分からないけれど、ふとした時に人生を相手に捧げてきたと絶望することのないように、大人になる前に病巣の除去が必要なのだろう。そのために必要なのは花野井が物理的・精神的に一心同体を願った ほたる との別離。ありていに言えば それは交際の終了・お別れ である。
いよいよ花野井のメンヘラが加速しており、最初こそ少女漫画で よく見られるヒーローの勝手な決断と振り回されるヒロインの構図に見えた。けれど上述の病気を発症した(回避できなかった)実例と、今回の ほたる側が花野井と一緒にいることの限界やリスクの大きさを認識するエピソードがあることによって、その一方的な決断が同意に変わることを自然に受け止められた。花野井は ほたる を、ほたる は花野井を自分の人生の犠牲になって欲しくない。その天秤が釣り合ったことで お互い相手を好きなままの円満なお別れが成立した。


また花野井の執刀医は医師でもある彼の母親と言えるのではないか。母親は花野井の無理や限界を しっかりと見極めて彼の前に姿を現す。「普段」の息子の精神状態を理解しているから、手紙の行間に潜んでいた「SOS」を見逃さない。それは母親が自分の人生とバランスを取りながら きちんと息子に向き合ってきた証拠で、そして花野井との約束の履行であった。それは本当の意味で花野井が両親に「置いて行かれた」訳ではないことの証明でもある。この時点で花野井の病は快方に向かっていると考えても良いかもしれない。
そして想像以上に息子がヘラってるのを知った母親は彼が本心で求める「逃げ場所」を用意する。これによって、少女漫画におけるクライマックスの2つの要素、別離の危機・遠距離恋愛の危機の2つが同時に成立する。本書にしては驚くぐらいの王道パターンを進んでいるけれど、全てが用意されていたことも同時に理解する。花野井に外国の遺伝子が混ざっている時点で このクライマックスは用意されていたのだろう。
八尾の立ち位置も素晴らしい。すれ違いは当て馬が本領発揮する場面なのだけど、作者は八尾を当て馬として描かないのが良かった。
何より小学校の時の飼い犬・ホタルの手術、高校の母親の手術と2つの八尾の精神の限界で、彼に涙を流す場所になった ほたる が別れてから初めて作中で流す涙を受け止める。ほたる がしてくれたことを八尾は自然に返す。そういう優しさのラリーが本書の心地よさの根底にある。
また遊園地内の「没入感」として購入したカチューシャや被り物は2人が恋人同士に見えるアイテムだったのかもしれない。でも ほたる が最初に涙の限界を迎えて外し、八尾も自分の下心のようなアイテムを外すことで友人として ほたる に向き合ったように見えた。泣いていることを自分の付け入る隙と思わず、彼女の涙を止めることを優先する。そういう八尾の朗らかな笑顔に ほたる は彼らしさを覚えると思うのだ。
八尾との再会は、花野井との再会の可能性を高めているようにも思えた。連絡先を知らなくても近くに居れば会える。それは今の ほたる の勇気になるのではないか。
そして全然楽しい思い出にならなかった学校最大のイベント・修学旅行は、ほたる が飛行機が苦手という特性発表の前振りに使われていた疑惑が拭えない。そんな ほたる が恐怖を乗り越えての空港にいるラストシーンとなり、冒頭と巻末で話の輪が繋がっている。なんで こんなに話の構成が上手なんでしょうか。
修学旅行編。高所恐怖症を発症した ほたる は恐怖に震える。飛行機は鬼門。
ほたる は2日目の自由行動で班の人たちに協力してもらって、クラスの違う花野井たちと行動する。花野井は通常運転に戻ったかのように甘く対応する。
日が暮れ始めた函館山で ほたる は花野井に大人になっての旅行を語る。そのために今の関係性を改善することを望むが、花野井は ほたる に「大好きだよ」と伝えた後で別れを提案する。それは ほたる と価値観の違う自分が少しずつ ほたる に負担をかけるとの推測による行動。花野井は簡単に揺らぎストレスを覚え、それを ほたる が心配するサイクルは健全ではなく、ほたる に束縛を強いるだけ。
その一端は ほたる が八尾の連絡先を聞き出さなかったこと。花野井の存在で ほたる の行動が制限されたことの実例となる(『14巻』)。だから ほたる の生き方さえ歪める自分はいらない。そうならないためには花野井の成長が必要で、それには時間が必要だから別れる。ほたる の いない人生を生きられる自分になったら、ほたる と同じ人生を生きたい。
圭悟(けいご)は花野井が別れの提案をしたに唖然とする。そして花野井が圭悟以外の、西(にし)や黒江(くろえ)といった第三者に意見を聞き結論に至ったことを知る。交際は いつか限界を迎える不可避の問題に直面したのだ。だから対症療法では解決しないことが分かっている。そのための手術と療養期間が必要。
花野井は ほたる の返答を待つ。ほたる は勝手な提案を一人で受け止めようとする。その修学旅行3日目はスキー教室。コースの真ん中で転んだ ほたる を花野井が助ける。そこで ほたる は別れない方法の模索を提案し返し、2人の話し合いは続く、…予定だった。けれどスノボ客との接触事故が起こり、ほたる を庇ったことで花野井が右腕を骨折してしまう。
これまでも自己犠牲を恐れない花野井の変わらない姿勢に、ほたる は変わるべき点を発見する。ほたる が限界を理解したと花野井は判断し、再度 別れることを提案する。別れたくない彼女に別れの言葉を言わせないようにした花野井の優しさが最後まで見える。
花野井は怪我が治るまで祖父母宅で暮らすことになり、自宅に立ち寄った際、そこには母親が居た。花野井は両親に決別するかのように連絡も帰国も必要ないと手紙を出したが、それが母親には息子のSOSのように思えて、息子を助けるために飛んで帰ってきた。それが母子の約束だから。ただ花野井には「置いて行かれた」自分、それをした両親が苦悩の根源に思えた。そんな良い子ではなく怒りや悲しみを見せる年相応の息子の姿に母親は安堵する。
誰にも会いたくない、どこにもいたくない と自己を否定する息子に母親は「逃げ場所」を用意する。
それから花野井は登校することなく春休みに突入する。ほたる は花野井が心配だが、連絡するのを躊躇う立場に悩む。
また ほたる の姉・かがり が引っ越したように今年度で教師を退職する穂積(ほづみ)との別れの時となった。穂積の次の仕事場は遠方らしく、月葉(つきは)は空港に見送りに向かう。イケメン隠しの眼鏡もなく私服の穂積は いつもより若く見える。ここで穂積と月葉は教師と生徒ではなく、ご近所さん同士の忌憚のない会話を交わす。会話は恋愛にも踏み込み、月葉は穂積のために生きたり尽くしたりせず自然体で自立して過ごすと宣言。それでも穂積の幸福を祈ってる。そんな月葉に穂積は被っていた帽子を渡して同じ気持ちを返す。月葉の高校卒業後は何の障害もないように見える。
花野井の居ない生活で ほたる は自分の進路について考える。それが花野井のことを「考えない時間を作る」ことでもあるのだろう。響(ひびき)は美容系の専門学校、月葉は大学、ほたる は そもそも大学進学できるか家計を気にする。優秀だった姉は大学進学し、妹は お金が掛かるフィギュアスケートに打ち込む。だから成績がそこそこで やりたいこともない自分を進学させてくれるような余裕を確認した。
お金の問題は祖父の遺産があることが判明し、モラトリアムのための進学でも許される。祖父の話題から三回忌の話になり、祖父と接点があった花野井の話題になる。そこで花野井の誕生日は確かに祖父の命日であるものの、祖父が命を落としたキッカケとなった事故は それ以前なことが判明する。
花野井が背負わなくていい責任を背負っていることを知った ほたる は花野井の家に走る。けれど花野井は応答せず、響経由で圭悟に連絡を取ると圭悟もブロックされていると聞かされる。花野井は日本にいない。依存先になる ほたる も圭悟も断ち切って誰も知らない土地で新しい自分を見つけたい。その話を圭悟から聞く。
そのまま4月になり3年生になる。3年生でもクラスは別々。学校で ほたる は花野井の祖母に遭遇する。おそらく進級や休学状態の手続きや話し合いだろう。ちなみに1か月程度ならば出席日数は大丈夫のようだ。
ほたる は花野井が まだ帰国していないことを知る。初めは両親と暮らしていたが、今は父方の祖父母宅にいるという。花野井は自分の行動が祖母の心労や後悔になっていることに気づいてほしい。また花野井はバイト先の書店に迷惑を掛けると辞める相談を黒江にしていたが、黒江が保留にしている状態。
1か月も経過すると ほたる は学校にバイト、そして予備校と勉強の日々に花野井のことを考えなくなる、平気になっていく自分を自覚する。それは悲しみの乗り越え方を学ぶことだった。
そんな時、勉強のために入った図書館で八尾(やお)に遭遇する。
こうやって偶然 会わなければ会わない2人であるが、小学校の学区が同じ ご近所さんだから会ってしまう2人でもある。そこで互いの近況を話す。八尾の母親の経過は順調で、家族は母親に無理をさせないよう協力する。そして八尾から花野井の話を振られて ほたる は別れを発表する。自分から話さないワンクッションが慎み深い。


この頃には ほたる は花野井との経緯を客観的に話せるようになっていた。逆に八尾の方が別れ話を受け止めきれない。ほたる を「日生(ひなせ)」と呼ぶ八尾は また会うかもとだけ言って別れる。
花野井と別れたのなら遠慮する必要はない。それも一つの考え方。そして図書館で再会した ほたる と再度 接触し彼女のメンタルを気遣う。ほたる を元気づけるため、母の手術などがあった自分の気晴らしも兼ねてと理由をつけて、八尾は ほたる を遊びに誘う。美味しいものを食べて、楽しいことをして、考えない時間を作る。
2人きりの お出かけで八尾の様子がいつもと違うことに ほたる も気が付く。ほたる は この時間を楽しもうとするが、花野井以外の人、それも男性と一緒にいる自分が苦しくなる。どうしても花野井のことを忘れられない。それを認めた八尾は ほたる と楽しむのではなく、彼女を癒すことに専念する。
ほたる の話を聞き、ほたる の背負いすぎる思いを少しずつ仕分けする。ほたる は自分が花野井を特別に思うことが自分の変化、花野井が好きな自分からの変化ではないかと恐れていた。そして これまで ずっと自分の不安を共有し軽減してくれた ほたる の背中を今度は八尾が押す。それが八尾の恩返しだ。
