
篠原 千絵(しのはら ちえ)
天は赤い河のほとり(そらはあかいかわのほとり)
第26巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★★(8点)
カイルの弟・ジュダが皇帝の本当の子どもではなく、ナキアの側近・ウルヒの子どもではないかという噂が流れた。しかし、ウルヒは自分はジュダの父親ではあり得ないことを証言して…!?
ナキアは失脚し、生涯幽閉の身となった。空位となったタワナアンナ位につくため、ユーリはカイルの正妃になることが決定する。しかし、ナキアが脱走してしまい…!?
簡潔完結感想文
- ナキアとウルヒも不可触の愛を貫いていたことが判明。あと出会って17年の32歳だと年齢判明。
- 彼女の身体に初めて触れて最後に言葉を遺し、罪も愛も顧みず彼は逝く。初恋を貫いた人生。
- 少女漫画クライマックスは遠距離危機。それは歴史大河作品でも変わらず謎の転移設定が登場。
序盤のハラハラを立場逆転で味わえる 26巻。
いよいよユーリとナキアの皇妃(タワナアンナ)の交代が現実味を帯びてきて、それに対応するかのように2人の立場が逆転する。序盤これでもかとナキアに苦しめられてきたユーリは最終盤になって今度はナキアを追い詰める立場となっていた。決してユーリがナキアを転落させている訳ではないが、追う者と追われる者が逆転した展開、そして物語のクライマックスを何度目かの暁の明星(イシュタル)の輝きに持っていく展開は見事。運命の日を設定することで緊張感が高まる。ユーリの消失はカイルの絶望、それが国の趨勢に直結する というヒロインを物語の中心に据え続ける点も少女漫画読者のツボを押さえている。


ユーリがウルヒに対して同情しなかったように私もナキアに同情する訳ではないけれど、この逃走劇は上手くいって欲しいと心のどこかで思っている自分がいた。15歳の普通の日本の中学生だったユーリが いきなり転移させられて逃亡し続けたように、32歳(だと判明した)の王宮暮らししかしたことのなかったナキアが転落させられて逃亡している対称性が見える。
これまで自分の手は汚さず、高所から人を使って自分の計画を進めてきたナキアが初めて自分から動いていることも新鮮。ウルヒが不可触のナキアのために その手を汚し続けてきたように、ナキアもウルヒの遺志を受け取ったことで自分の人生を切り拓いている。因果応報の転落劇ではあるものの、愛を貫く姿はユーリと同じだし、自分の力だけで窮地を切り抜ける様子も同じだからナキアの新しい人生の局面を応援したい気持ちも否定できない。
もしユーリが多くの側室をもっている状態のカイルと出会ったのならユーリもナキアのように成り上がりを目指したのだろうか。ユーリは たった一人の男性に巡り合い愛し合ったけれど、ナキアは その人に触れることも出来ず、違う男と愛のない行為をせざるを得なかった。ユーリがヒッタイトに来て才能を開かせた一方で、ナキアはヒッタイトで生きるために心を黒く染め上げていく。そこに そもそもの性格の違いはなく、2人がヒロインと意地悪な継母約になったのは環境の影響が大きいように思う。
しかし後出し情報の多さは意表を突いた展開のためとはいえ どうにかならなかったのか。少年漫画ではスキルの把握は一番大事なのに。
ナキアの属性が「水」であることは発表されていたが、その使用スキルが4種類であることが最後の最後に発表された。それが人心を操る「黒い水」、媚薬の「バラ色の水」、使い方によって眠らせたり仮死状態に出来る「白い水」(効果が広すぎる)、ジュダも服毒した毒薬の「青い水」だという。「黒い水」以外、ただの薬物を溶かした水では…? などと思ってしまうが…。
そして究極の後出し情報はユーリの強制転移が可能という爆弾発言。しかも本人が不在でも召喚された時の服、術者、場所が揃えば強制転移が可能という意味不明な設定だ。
少女漫画の多くの作品が遠距離恋愛危機を描くように本書の遠距離危機が この強制転移による永遠の別れなのだろう。それは分かるけれど服だけで転移を可能にさせるのは さすがに無茶苦茶。まだ血液とか髪とか本人の一部分の方が説得力がある。
しかも後出し丸出しで意味不明になってしまっているのが、カイルは その危険性を既知だったこと。ユーリの服が彼女を失うリスクが はらんでいると知っているのなら なぜ もっと大切に保管しなかったのか。これは その直前のナキア皇太后の売国の証拠の書簡を あれだけ大事に保管させたこととの矛盾にも感じる。全体の流れは素晴らしいのに魔力関係の設定は甘いところが言わざるを得ない。
しかし最後に服のことが出たのは いつだろうか と読み返してみると『12巻』で日本に帰還するつもりだったユーリが虫干ししようと取り出している。ネフェルティティ関連の15巻分には届かないが、これまた14巻分のロングパスだ。
そういえばカイルの祖母は北の国の出身だという話だけど北の国の王家だったウルヒとの繋がりはあるのだろうか。北の国と大きくまとめられているだけだし、金髪の北国出身者が全て繋がっていると考えるのは早計か。でも そういう本人たちも知らない繋がりを想像するのも楽しい。あとウルヒが どういう流れでヒッタイトに辿り着いたのかも知りたかった。半生がダイジェスト過ぎる。
本書にはヒロインのユーリに恋するのはイケメンキャラかつ王族の血を持つ者という差別があるような気がするけど、ウルヒはイケメンかつ どこかの国の王族だからユーリに恋をする資格はあったのか。ウルヒは その前にナキアに会い彼女に全てを捧げていたから少しも揺るがなかったということか。
ウルヒは自分の命を捨てる覚悟で元老院(バンクス)の会議に登場する。それは自分が宦官(かんがん)で生殖能力がないことを証明しナキア皇太后、そしてジュダ皇子の正統性を訴えるためだった。公文書からもウルヒが神殿に買い取られた時点で宦官の処置がされていたことが裏付けられた。ウルヒが この国に来た2年後にナキアがバビロニアから嫁ぎ、その2年後にジュダ皇子が生まれているためウルヒが父親の可能性は消滅する。
ウルヒはお互いに15歳でナキアに初めて会ってから指一本触れたことがないと証言する。確かに作中でも2人は愛人関係のようなベッタリとした接触はなかった。ただ『14巻』のナキアの入浴シーンでは後ろから布をまとわせているから、誇張された表現のような気もする(このシーン要らなかったかも)。
初対面で2人は互いの境遇を知る。南の国・バビロニアの姫から側室の一人になった現状に耐えられないナキア、そして北の国から買い取られたウルヒ。ウルヒの金髪はすでに亡い北の王国の王家の証。しかし隣国に攻め滅ぼされ最後の王族だった。隣国の王に気に入られ王家の血筋を絶やすために生殖能力を奪われた。
出身も今の身分も正反対の2人だが共鳴し、密かに視線を交わし合う。ナキアは父親と同じような年齢の皇帝の子を産むことが嫌でウルヒと駆け落ちを考えた。しかしウルヒとの子は絶対に望めないと分かる。だからナキアはウルヒとの駆け落ちを断念し、王宮内で成り上がる方向にシフトした。
そして自らの不貞の疑いが晴れたことでナキアは攻勢に出て、カイルにジュダ皇子が第一継承権を持つことを認めさせる。ジュダを大事に思うカイルには安心する話でもあった。こうして触れることなく愛し合った2人の望みは繋がる。しかし2人の失脚は不可避。
ウルヒは残酷な極刑を免れると言われても皇帝暗殺の罪をナキアの命令とは言わない。代わりに隙を突いて会議に闖入してきた際に持っていた剣を拾い、ナキアを人質にする。この17年間、指一本触れなかった2人が接触する。ナキアはウルヒを逃亡させるために無茶をして、ウルヒは逃亡ではなくナキアに会いに来たことで2人は再会した。
そこにジュダの意識回復の報せが入り、ウルヒに生きてジュダを見守るようユーリは説得する。しかしウルヒはナキアを きつく抱きしめ言葉を遺した後、ナキアの潔白を宣言して自死を果たす。
ウルヒはカイルの兄皇帝暗殺の犯人と確定し死した後も罪を問われることになる。現代から見れば野蛮な方法だが そうすることが国全体の安心と安定に繋がるのだろう。これにより皇帝暗殺犯として名乗り出たウルスラの名誉は回復する。


ナキアのタワナアンナ廃位、生涯幽閉処分が決定され、入れ替わるようにユーリの正妃からの皇妃への就任準備が始まる。
全てを失ったナキアはウルヒの最後の、初めて会った場所という言葉から彼のメッセージを受け取る。そしてジュダの自殺未遂の際に自室から隠し取った品を使い、監禁状態の部屋から脱出を図る。これまで高い所から動くことの無かったナキアが自分の手を汚し、リスクを冒してもウルヒの言葉に従おうとしている。
ナキアがウルヒから受け取ったのはユーリが日本から召喚されてきた時に着ていた服。確かにユーリの部屋は荒らされた形跡があった。王宮内を逃亡していたウルヒの行動量が半端なく多い。ウルヒは危険を冒してでもユーリのいない世界にリセットさせる道具をナキアに遺したかった。そのメッセージをナキアは しかと受け取る。
側室から正妃の部屋への引っ越し作業をしていたユーリもナキアの逃亡と自分の服の紛失を知る。もう日本に還らないと決意したユーリには無用のものかと思いきや、服と神官と泉があればユーリを異世界転移することは可能だとカイルは説明する。本人が不要の異世界転移って何だよ、と思うけれど遠距離危機のためには こういう展開が必要なのだろう。
ユーリの消失はカイルの絶望。それは国を傾けかねない重大インシデント。
そこに いまだに思春期を爆発させているジュダの興奮が加わる。ジュダはザナンザのようにカイルを支える役目よりも自分の存在を消すことに頭がいっぱい。そんな不安定なジュダをアレキサンドラ姫が平手打ちする。ジュダの生き方が決まれば母親の意志など無意味だと説教する。こうして性根を叩き直されたことでジュダは立ち直り、この一件でアレキサンドラとのロマンスが生まれる。ちなみに14歳時点で迎えていた正妃は病死してしまったらしい。
ずっと王宮暮らしの割にナキアは上手に立ち回り、数少ないアイテム「黒い水?」を上手に使って王宮から脱出する。
ユーリの結婚式は23日後に設定される。その前日は暁の明星(イシュタル)が昇る日。泉が満ちる この頃は危険日でもあった。
ナキアが未だに危険分子であることが判明し、ユーリは守られる対象となる。けれどユーリは守られるばかりではなく自分の身を自分で守る。それまでも そうしてきたから近衛長官として指揮を執ってナキアを捜索する。その捜索の手を間一髪で逃げ切ってナキアは市街地に出る。
そんな頃、エジプトから婚礼の使者が到着する。それがラムセスの妹のハトホル・ネフェルト。ネフェルトは ラムセスが2人の結婚はすぐだろうと先読みしたことで使者としての役目を買って出た。彼女がヒッタイトに来たかったのはルサファとの再会と結婚が目的だった。
