
篠原 千絵(しのはら ちえ)
天は赤い河のほとり(そらはあかいかわのほとり)
第25巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★★(8点)
エジプトとの戦いはヒッタイトが勝利をおさめる。そして、首都・ハットゥサへ帰る途中、イル・バーニが捕らえたナキアの側近・ウルヒと対面したユーリたちは…!?
簡潔完結感想文
- カイルのしない汚れ仕事を引き受けるイル・バーニ VS. 武闘派神官ウルヒの腹心対決。
- トカゲのしっぽ切りをしたナキア皇太后を最後まで裏切ることのないウルヒという男の謎。
- 元々 肌の露出多めの作品の最終盤は全裸イケメンが続出で最後まで読者は魅了される設計。
計3ラウンド制の第2ラウンド、の 25巻。
作品の終盤は「終生のライバルとの決着」の連続だと思っている。それは3つの対立軸で起き、1つ目は やがて隣国の王同士になるカイルとラムセスの対決で、これは『24巻』で終わった。そして2つ目が この『25巻』のイル・バーニと神官ウルヒの腹心対決。そして3つ目がユーリとナキア皇太后のタワナアンナ対決である。
だから『25巻』はイル・バーニとウルヒ巻と言っていい。それぞれ命を懸けて仕える相手の夢の実現に向けて多少 手荒なことをしても それを叶えようとする2人の信念が見えた。代わりに2人が物語の中心なのでユーリとカイルは目立たない。
もう一人 目立っていたのがジュダ皇子だった。カイルの末弟でナキア皇太后の子であるジュダ皇子はウルヒ急所で、『25巻』で2回 イル・バーニはジュダの名を使ってウルヒを誘い出している。
このジュダ皇子、『25巻』で実に『10巻』から15巻ぶりに、ナキアの黒い水から解放されて正気を取り戻している。エジプトの王太后・ネフェルティティや彼女にまつわる宝石など15巻前後のロングパスが放たれる多い作品である。
長らく母の操作にあったからかジュダの精神は15巻前と変わらない。だから今回 自分が騒動の中心人物になったことに心が耐えられないのかもしれない。その精神状態が何となく中学生の夕梨(ゆうり)を思い出させるのは心の成長が その年頃で止まっているからかもしれない。自分で実績を残したり覚悟を決めたりしないままでユーリになれなかった夕梨はジュダと同じ結末を選んだかもしれないと思わされる。
ジュダはナキアという教育ママ&毒親に人生を決められる人だけど、ナキアの操作によって人として成長する大事な期間を奪われたことも彼の受ける大きな被害だろう。ジュダは初登場時から良くも悪くも何も変わらない。


『24巻』の王対決との共通点は、誘い出させられていると分かっていながらも誘いに乗ることだろうか。カイルが職場放棄してもラムセスとの譲れない戦いがあったように、誘い出されるウルヒには それだけの動機があるようだ。
彼らは2人とも作品の最初期から出ている腹心の部下。主君のためならば汚れ仕事を引き受ける覚悟がある者同士だから誰よりも理解し合う仲なのかもしれない。カイルとラムセスも互角の能力を持っているからこそライバルになり、最後は恋愛絡みではなく人間として ぶつかり合っていた。
どうやらイル・バーニはウルヒが隠していること、ウルヒにまつわる噂の真偽が分かっているらしく、彼の行動原理を理解している。これまで神出鬼没で決して拘束されることの無かったウルヒを捕まえることが出来るのは、イル・バーニがウルヒという人物を誰よりも理解しているから。これはカイルとラムセスの関係に近い。
時に冷酷な立案をする文官のイル・バーニだけど主君の心情を第一に考えるから乱暴な行動には出ない。それに対してウルヒは神官でありながら武闘派の一面は変わらない。ナキアは そこそこ妙齢の女性(熟女)に見えるのに彼女と同年代であろうウルヒはカイルと同じ年頃のように見える。この衰えぬ美貌も彼の秘密が関わっているのだろうか。しかしウルヒといいマッティワザといい男性キャラの長髪は女性キャラよりも長い。現実にいたら年齢的にもパッサパサなんだろうなぁとばっかり思ってしまう。どうやら私に長髪男性キャラに萌える特性はないみたいだ。
ウルヒ、そしてジュダには そもそもの前提を覆す関係性があるのかないのか、この最終盤で魅力的な謎を提示できることに驚く。そして いよいよ広がっていた物語が収斂し、序盤の王宮内の狭い世界に戻ってくる構成も素晴らしい。物語を拡張しすぎることなく展開に必要なだけ広げて、きちんと作品を畳み始める持続された集中力に恐れ入るばかりだ。
エジプトとの講和が完了後、イル・バーニによってウルヒが捕縛されたことを知ったユーリたち。そこに もう一人 意外な人物いた。カイルの末弟・ジュダ皇子。ジュダはナキア皇太后の意向によって初陣に出るためにエジプト戦の拠点となるウガリットに到着。それを知ったイル・バーニはナキア皇太后の魔力を排除したジュダを使うことでウルヒを捕らえた。ナキアの魔力を排除するためにイル・バーニは不敬罪の適応も厭わない手段に出る。カイルでさえ不可侵の領域だったジュダに こんなことが出来るのは狂気と紙一重の信念を持つ者だけだ。
カイルはウルヒに対しナキアを告発する証言をすれば彼自身を罪に問わないと司法取引を提案するが、彼は取り引きに応じない。それどころか捕縛されてから何度も自死を図っており、ナキアから見限られ責任を押し付けられた過去があってもウルヒはナキアを裏切らない。その両者の特殊な関係性をユーリは不思議に思う。


首都・ハットゥサに凱旋するとユーリは元老院(バンクス)から事実上のタワナアンナとして扱われた。それはナキア皇太后が最近 公式の場に出てこないからでもあった。
ユーリの頭の中はウルヒの献身で いっぱい。そこにジュダ皇子がカイルの父皇帝の子ではなくナキアとウルヒの間に生まれた子ではないかという噂を聞く。確かにナキアも過去に金髪の色が同じだと匂わせた発言をしていた。しかし それが証明されると皇統を継ぐ存在ではなくジュダは皇帝になれない。
以前から流れていた噂を初めて聞いたユーリはジュダを溺愛するカイルの心情を慮(おもんぱか)る。カイルは自分たちの父方の祖母は金髪で血筋的には金の髪色が現れても不思議ではないとジュダが飽くまでも「弟」であることを強調する。
事実上ナキア皇太后の査問会となる元老議会が始まり、敢えて出席したナキアにユーリは裏があると感じる。エジプトから持ち帰った国家反逆の証拠品を突き付けられてもナキアは知らぬ存ぜぬを通し、議会は紛糾し一時 休会となる。ナキアは指定された部屋ではなく別の部屋で休憩する。
ユーリはナキア皇太后が水を操る魔力を持つこと、そして特定の場所を選んだことから彼女が水を動かすためだと推理する。ナキアが選んだ場所はウルヒの地下牢の直上。そこでウルヒの口封じをするのではないかと その阻止に向かう。しかし地下牢で見たのはナキアの魔力がウルヒの脱獄のために使われた様子だった。これによりナキアとウルヒの特別な関係が証明されたことになる。
ナキアの移送のためにカイルが接触。今度は魔力も封じられることになるがナキアは自分の処遇よりも、ジュダが皇位継承権第一位であることを再確認する。それに呼応するかのようにウルヒは王宮内からの脱出よりも痕跡を残して自分に注目が集まるように行動している節が見られる。
一縷の可能性に賭けてカイルの暗殺を狙うことでジュダの繰り上がり即位を狙いではないかとウルヒの行動は推測される。更にはユーリの部屋も荒らされていることが発覚する。
ジュダが なぜか単独行動をすることとなりウルヒを発見する。ウルヒが自分のために行動していること、そして父親かもしれないことをジュダは問う。ウルヒは それを否定。むしろ事実であれば どんなに良かったかという含意を持たせた言葉を吐き、ジュダの即位と健康を願って立ち去る。
ジュダはユーリにウルヒとの遭遇を伝えようとする途中でユーリがイル・バーニから元凶となるジュダの排除も一案だと聞かされている場面に遭遇してしまう。ジュダは自分の抹殺の話だけを聞いて立ち去る。その誤解のままジュダは母親の宮に行き、その地下の隠し部屋にある薬物を服毒することで自殺を図る。少女漫画的な誤解の生み方とヒロイン的な行動である。しかし この警戒態勢でジュダは単独行動が多すぎる。
ただしリアリストのイル・バーニもジュダの殺害を計画している訳ではなかった。ただジュダに継承権がなければいいため、ウルヒの子だとする筋書きを用意しようとしていた。そのイル・バーニの様子を見てユーリは彼が真実を知っているからこそ そこから遠ざけようとしていると推測する。
ジュダが会話を聞いていたことを知ったユーリはナキアの宮に駆け付ける。危急の要件だと告げて中を捜索し、倒れているジュダを発見する。隠し扉を閉じないなど自分の死を確実にする用意が足りないのはジュダの落ち度と言えよう。今回のジュダの行動の多くにアレキサンドラ姫が関わっているのは今後の布石だろう。
自殺未遂を聞き、カイルはナキアに解毒剤の製作を要請し、ナキアも必死で解毒剤を作成する。胃の内容物を魔力で移動するのは不可能なのだろうか。水分を受け付けないジュダに対しカイルが口移しで解毒剤を飲ませる。その注目度満載の行動の裏でナキアは隠し部屋から一つの物を掠め取っていく。皇太后の隠し部屋にある薬物の多さを誰も咎めないのが不思議だ。
イル・バーニはジュダの自殺未遂という不名誉な出来事に対し、敢えて噂を拡散させる。それは再度ウルヒを召喚するための計画だった。誰も得しないジュダ皇子の出自に関する査問会でナキアは正当な血筋だと訴え続ける。またも膠着状態に陥る議会にウルヒが乱入する。彼の目的は自分とジュダとの関係の証明だった。
