
篠原 千絵(しのはら ちえ)
天は赤い河のほとり(そらはあかいかわのほとり)
第24巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★★(8点)
エジプトとの一大決戦の幕が切って落とされた。戦いがヒッタイト優勢で進んでいくなか、一対一で男の決着をつけようとしたカイルとラムセスは…!?
簡潔完結感想文
- 誘い込みに気づきながら誘いに乗るカイル。少女漫画史に残る当て馬との全裸格闘。
- カイルが私心を優先したことでユーリに活躍の場面が生まれる。これも賢帝の狙い通り!?
- 領土から個人の横恋慕や逆恨みなど国際的な問題が解決し、いよいよ国内問題に戻る。
外堀を埋めてから強固な国家を作る 24巻。
『24巻』でエジプト編が完全に終了し、ここから物語は国内問題に再び戻っていく。
いきなり規模の大きい話になるけれど、通常 国家が内憂外患に悩まされた時、先に対処するのは内憂の方ではないかと思う。自分の足元を掬われかねない状況を残したままでは外交もままならない。ただし本書の場合はナキア皇太后という内憂をクライマックスに持っていくため隣国との外患を先に対処した。もちろんカイルが皇帝に即位するまでに ある程度 内憂は排除できている。
今回でヒッタイト帝国やユーリ・カイルの外患は全て処理された。それはエジプトとの領土問題であり、国外の人から恨まれた経験であり、ラムセスという三角関係と そこに収まらない人間として負けられないライバル関係に終止符が打たれる。
これらの問題を一気に処理したことに加え、戦争の中でユーリが実績を残す課題までもクリアさせた構成力には驚かされるばかり。特にカイルとラムセスの個人的な因縁と、ユーリがカイルの名代を務めることをリンクさせた構成は非常に高いレベルにあると感動した。
カイルが個人的な欲求に走ることでユーリの活躍の余地が生まれた。もしかして聡明なカイルはユーリに実績を作らせるために暴走した振りをしたのか? という考え方も出来る。心身の不調などではなくカイルを戦場から離脱させる手法が面白かった。もしカイルが戦場を指揮し続けていたらユーリは平凡な活躍しか出来なかった。その意味ではラムセスも間接的にユーリのアシストをしたと言える。


また皇帝カイルとエジプトの王(ファラオ)が どちらも誘い込まれた という共通点の作り方も素晴らしい。更に その2人の王の違いも そこで表しているのだから舌を巻く。カイルはラムセスが自分を誘い出していることに気づきながら彼との決着を望む自分の心に従って皇帝ではなく個人として動いた。それはラムセスの手柄を途中で奪ったエジプト王が誘い込まれたことにすら気づかないのと対照的だった。
エジプト王が誘い込みに気づいたのは自分が包囲されていることに気づいてから。一方でカイルはユーリの名前を聞くことで戦場の変化に気づき、僅かに残っていた理性を再起動させ自分の役割を果たす。自分の視野の狭さで自分と自軍を窮地に追い込んでしまう前に割り切れるところがカイルの皇帝としての資質で そこをラムセスは恨めしく思っている。
戦争後の領土問題も、戦勝国のカイルはエジプトとの国境を変更することなく賠償金の支払いだけを望む。国境の変更が自分の理想である平和なオリエントを脅かすことがカイルには分かっている。そもそも今回の戦争が平和のための衝突だった。戦勝国になったからといって調子に乗らず理想を貫く姿こそ賢帝の在り方なのだろう。
衝突によるガス抜きはラムセスとの勝負も同じで、勝敗は どちらにもつかない。2人は切磋琢磨するライバル関係で今回 激しく肉体をぶつけ合うことで同じ硬度を持った2人の資質は更に磨かれたと言える。国の頂点に立つ者が負けたくない相手を持つことで更に研鑽を重ねる。それは自分を厳しく律する もう一つの視点だろう。特にカイルは同じ視点で同じ方向を見るユーリの存在があり、愛欲や贅沢に溺れるリスクは少ない。王になる者が こういう存在を得られるかどうかが治世の質に関わりそうだ。
そして今回の2人のトップ男性の戦いが決してユーリを巡る戦いではないところも良い。彼らが激しく ぶつかり合ったのは恋愛以外の感情だ。ラムセスもまた賢い人だから いつまでもユーリへの未練を抱えず引き際をわきまえている。当て馬が いつまでもヒロインのことを好きだと読者の承認欲求は満たされるが、こういう割り切るタイプの当て馬もいてもいい。その切り替えの速さがラムセスらしいと思った。
それでいてユーリは作品上 求められ続けている。
見事にカイルの名代、すなわちNo.2を務めたことでユーリは自軍からは自然に国内No.2の女性最高位タワナアンナと呼ばれる。概念の戦いの女神・イシュタルの再来ではなく、現実的な地位を自国軍から求められたことが彼女の立場の変化の予兆となる。
またエジプト編の決着の一つであるタハルカもまた恋愛的ではなく指導者としての たった一人のユーリを求め、その希求を こじらせたから恨みに変換されたことが明かされる。類まれなる指導力とカリスマ性を発揮して欲しかったのに それが他国にいることが許せない。ラムセスとは手法が違うけれど、エジプトからユーリを思うという点ではタハルカは もう一人のラムセスと言えよう。
ルサファなど いつまでもヒロインが求められ続けることが読者を作品に夢中にさせる。
軍の指揮権を王(ファラオ)に奪われた格好になったラムセスは せめてカイルとの個人戦を果たしたいと馬を駆る。有能だけどトップではない中間管理職の悲哀を感じる。
カイルもまたラムセスと全力で ぶつかりあった実感がなく決着を付けたいと心のどこかで思っていた。皇帝としての立場が理性として働いていたが、単騎で自分の元に向かってきたラムセスを見て その理性が吹き飛ぶ。
混戦となった戦場から2人は離れて川の中で対峙する。2人が一個人として向き合った闘いである。終生のライバルだと認め合ったからこそ全力で ぶつかりあいたい渇望が湧き上がる。
最初は剣を交えていた2人だが金属の違いで優劣が決まりかける。だが それは望む決着ではないため、自分を優位にする鉄剣をカイルは捨てた。身に着けていた装飾品を捨て2人は腰布一枚で身体でぶつかり合う。やがて腰布も取れ、2人は全裸で取っ組み合う。それにしても腰布って ただ巻いてあるだけなのか…? 勝負はユーリの名前を聞いて一瞬の隙を見せたカイルがラムセスの拳に倒れることでつく。


カイルの不在に やがて兵たちも気づき、士気に関わり始めるがユーリが立て直す。ユーリもまたカイルを見失ったことに焦っていたが、それより全体を見渡して兵を慰労し、勝利のための条件を模索する。
カイルが狙う包囲網を作るため その指揮を将軍級のカイルの兄かマッティワザに頼もうとするが、兵をまとめ上げるだけの立場と信頼がないと拒否される。代わりにユーリがカイルを守る近衛長官ではなく妃として兵を率いることを提案され、当初は逡巡していたユーリは戦況の悪化を防ぐため全軍の指揮を執る。
ユーリが戦況を見極めることが能力的にカイルと並んでいられるかを問う試験となる。逃してはいけないのは王(ファラオ)だと王の位置を確かめながら、ユーリは兵に号令を出す。果たしてカイルではなく自分の号令で兵が動くかというユーリの悩みは杞憂となり、包囲は完了する。
ラムセスに負けたくない情念で動いていたカイルだが、やがて移動してきた戦場に巻き込まれ、理性が息を吹き返し始める。これはカイルの敗走にも見えるが、ラムセスも煽っても自分に向かってこないカイルの冷静な理性に打ちのめされていた。個人戦で勝ち誇ることも出来ず、国家も敗北。ラムセスは自分がエジプトをカイルの国より強大にすることでリベンジとする。ラムセスが頂を目指す動機が生まれたということか。
ユーリが王(ファラオ)を追い詰めた時、兵たちから自然にユーリをタワナアンナだと認める声が上がる。カイルを守る近衛長官ではなく、カイルの代理を務める国家のNo.2になる実績が生まれた。
だがユーリが単独で前に出たことでタハルカが彼女に照準を定めて矢を放った。それをルサファが庇う。以前から自分で死亡フラグを立てている彼だけど今回はフラグ詐欺に終わった。ただルサファがユーリを守るためなら自分の安全を考慮しないという新たなフラグが立った気がしてならない。
この騒動後、カイルが王の前に登場し国同士の話し合いになり講和が成立する。講和が成立したことでユーリ暗殺未遂の犯人であるタハルカも勝手に処分できなくなった。タハルカはカイルが毅然としてユーリを自国と自分に必要な存在だと言い切ったことで、信頼し希望にしたユーリが他国の皇族だったことを妬んでいたと、自分の失望を恨みに変換した自分の心を見つめ直す。
ユーリはカイルが ほぼ全裸のこと、奥歯が欠けたこと、そしてラムセスと超個人的に争っていたことを知らない。男性たちの戦いにユーリは介入しないのが正解なのだろう。
講和会議を取り仕切るのはユーリ。戦勝国側であるカイルだが領土の拡大などを意図せず賠償金だけ請求している。これは領土問題に火種を残して戦争の再発を防ぐためでもあるのだろう。
この講和会議でユーリはラムセスと再会する。ラムセスは大局が見えているラムセスはエジプトの国力の低下により戦争がないこと=ユーリと会うことがない と見通していた。そしてユーリにはカイルの子を産んでもらい自分の息子の嫁にする計画を発表する。出会った頃のようにユーリに反発されながらラムセスは去っていく。ラムセスの計画とは少し違うが2人の孫同士は結婚する(正妃として)。
