
篠原 千絵(しのはら ちえ)
天は赤い河のほとり(そらはあかいかわのほとり)
第23巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★★(8点)
ラムセスを救出し、ナキア皇太后の売国の証拠を手に入れたユーリ。しかしエジプトを脱出するため、反乱軍のタハルカ達を裏切る事になってしまった。ユーリはついにカイルとの再会を果たす。そしてエジプトとの決戦を前に、カイルはヒッタイト軍終結の号令を出すが…。大型歴史ロマン第23巻!!
簡潔完結感想文
- 隻眼になっても慧眼と地獄耳を持つウルヒは、ナキア皇太后廃位の証拠品を奪取を狙う。
- 込められた魔力は どれだけ離れても効果が持続する謎設定。その前に水 腐りそうだけど。
- 国家間の戦争ではなく個人間の争いに決着を付けたい人たちが戦場を勝手に駆け巡る。
ノーサイド成立のためのウォー(War)再度、の 23巻。
全28巻中の『23巻』ということもあり ここからは どこをとっても最終局面に突入する。そして今回は「それぞれのライバル」「それぞれの戦い」が明らかになったように思う。ライバル関係は、ユーリとナキア、カイルとラムセス、そしてイル・バーニとウルヒだ。
今回、エジプト編が終了したこともあり久々にウルヒが再び暗躍する。そこで これまた久しぶりに魔力が思い出されたように人を操る「黒い水」が登場した。どう読んでもウルヒに魔力がある設定ではないから、この黒い水はナキア皇太后の魔力が使われているはず。しかし ここはヒッタイトの首都・ハットゥサではなく そこから500㎞以上離れたウガリットという場所。
そこで気になるのが魔力の効果範囲と水の鮮度。これは一度 水に魔力を込めればナキア皇太后と どれだけ離れていても効果が続くということなのか。元々魔力の設定が曖昧な上に、こんな便利な使われ方をしたらナキア側の やりたい放題になる。スキルに関しての条件が開示されないのは20年以上前の作品だからか、それとも少女漫画だからか。
もしウルヒがハットゥサから黒い水を持ってきたとしたら、その水の鮮度も心配。果たしてウルヒは その水を何日 持ち歩いていたのか。命令を下される前に お腹を下しそうだ。
ウルヒが神出鬼没に暗躍するのは ご都合主義なのだけど何でも彼が便利に処理しすぎる気がする。彼が どういう日程で移動しているのか、どういう思考で先回り出来ているのかなど「ウルヒ日記」が読んでみたいものだ。
ユーリは皇妃候補として現タワナアンナであるナキア皇太后の廃位と自分の就任を目標とし、就任条件である戦争での武勲を心の片隅に置きながら戦地に立つ。
カイルは初めて心身が万全かつ自分の全戦力をもってラムセスと対決する。この2人は将来的に国のトップに並び立つ存在。そしてユーリを巡るライバル関係。この一戦で国家的にも そして個人的にも遺恨が残らせないように決着を付けることが2つの国の関係性のために必要なプロセス。国家間の戦争で望まぬ結末を迎えたラムセスは個人間の争いに執着する。ラムセスは監督命令で途中でベンチに下げられたスポーツ選手といったところか。
そして今回でイル・バーニとウルヒのライバル関係も明らかになった。2人は それぞれにカイルとナキア皇太后の腹心。どちらも主君の理想を叶えるために秘密裡に行動し、時に汚れ役も引き受けるところが似ている。ユーリとカイルが戦争に出ている中でイル・バーニも自分のすべき戦いをしているという立ち位置が印象的だった。


また今回は それぞれの理想と現実との距離の取り方も見えた。『22巻』からユーリはエジプトのタハルカという人物から恨みを買い、今回 戦場で再会する。この問題は それぞれの立場があるため すぐさま和解できる問題じゃない。ユーリは大局を見て行動した一方で、タハルカを騙した事実は変わらない。それでいて戦場で謝罪することも出来ない状況で、ユーリは人生においてタハルカのように分かり合えない立場の人がいることを理解する。タハルカの存在は作中でユーリが決して絶対正義ではない という多面性を描いている。それが作品の健全性に繋がっていると思う。本書は転移モノではあるが転生モノではない1回きりの人生では迷いながら恐れながら進むしかない。
そしてカイルはユーリの生き方に向き合っていた。本来のカイルは妊娠中のユーリの扱い方のように慈しんで大事にしたい。けれどユーリが望むなら彼女を戦場に立たせて、自分の右腕になってもらうことを選ぶ。自分の愛し方とユーリの性格が一致していない部分であるが、誰よりも自分の右腕に相応しい資質を持つ彼女に対し合理的な判断をしている。カイルがユーリを愛ゆえに軟禁状態にしてしまうと そこで作品が停滞してしまう。
今回 気になったのが雑に処理されている黒太子・マッティワザの再登場。彼は滅亡したミタンニ王国を再興して新ミタンニ王国の国王に就任したと説明されている。物語の外の話なのは分かるけど どうやって再興したのかなど疑問が残る話の運び方だ。どこかでマッティワザの現況を挿入できなかったか。現在 駐留しているウガリットの国内問題の処理も描かれないままだし、後半は少々 集中力が途切れているように思う部分もある。ウガリットの姫の顛末はナキアと対峙した時に描かれるのだろうか。それとも忘れ去られるのだろうか。
ユーリはカイルと再会することで初めて流産の経験に涙を流す。同時にカイルも別離から初めて心が休まる時間を過ごす。身体を重ね合ってカイルはラムセスがユーリを抱かなかったことを聞かなくても理解する。身体の反応とかイヤらしいことを言っているけれど、もし抱かれていた場合ユーリは こんなにも真っ直ぐ、そして直ぐにカイルに抱かれなかっただろう。またサブキャラの数少ない恋の顛末が描かれているが倫理観は これでいいのか。少女漫画的な双子の使い方だ。
愛欲を満たしながらも再会のその日にユーリはナキア皇太后の国家反逆の証拠品の書簡をカイルに見せる。帰国し元老院(バンクス)で提出すればナキアの廃位は決定する。しかしエジプトとの戦争は これからが山場。カイルが現場を離れる訳にいかず、証拠品の提出は先になる。そして この書簡はイル・バーニが責任をもって保管する。
しかしウルヒはユーリがエジプトから証拠品を持ち帰った可能性を推理し、それを奪取すべくカイル側の女官を操る。読者としては戦争のダイナミックな動きより、書簡を巡る攻防の方がドキドキしたりする。ウルヒの命令を聞いた女官は あっという間にイル・バーニの居室から書簡を発見。この女官に知性や推理力がなければ良かったのに…。ウルヒは それがナキアの急所になると考え破壊を命じる。
次の戦争に勝利することでカイルは戦いのない平和な治世の実現を目指す。ユーリはカイルの重責や緊張を公私に亘って一緒に分かち合う。
戦争の描写でカイルと近衛長官のユーリ、部隊長以下の全戦力が共闘するのは初めて。そこにカイルの兄弟たち、そして これまでユーリが関わってきた人々も終結する。戦争の前の同窓会といった雰囲気だ。まずは黒太子・マッティワザ。
そしてアルザワ軍を引き連れアレキサンドラ姫も再登場。といっても彼女はハットゥサにいたのだけど。アレキサンドラはナキアがユーリのエジプトからの帰国で警戒を強くしたと首都の動きを報告する。更にカイルが出撃命令を出していないナキアの子・ジュダ皇子が初陣するという。


書簡を巡る攻防はイル・バーニとアレキサンドラが担当。イル・バーニは書簡を厳重に管理しており、誰かが触っただけでも分かるよう細工を施していた。そこを指摘され女官は破壊を試み成功してしまう。女官の乱心にイル・バーニは「黒い水」に思い当たり、吐き出させてウルヒと接触したことを聞き出す。ウルヒは隻眼になったことで特徴と言える特徴が生まれた。
ウルヒ側の勝利と思われたがイル・バーニの危機管理が勝った。そして戦場には伝えず拠点を守る自分たちの戦いを始める。アレキサンドラが この場にいるのは誰かを支えることを学ぶためだろうか。
ユーリにとって この戦争は近衛長官として役目を果たすことで正妃・皇妃への道へと繋がる。それがユーリの戦いとなるが、カイルを守るためにユーリは私欲を捨て戦場を駆け巡る。
カイルの相手はラムセス。カイルはユーリが近くにいるため万全の体調、ラムセスも指揮権を持ち始めて両者が全力でぶつかり合う。その実力は互角。先に隙を見せた方が敗北するという緊張感の中、ユーリは自分が率いる隊を執拗に狙う、ラムセス以外の意思を感じる。ユーリを強襲したのは彼女を恨むエジプトのタハルカだった。『22巻』でラムセスに捕らえられた彼はユーリを討つために従軍。ラムセスに伝えた要求は通り、更に軍へも編入できた。けれどタハルカの中にはユーリに利用された被害者意識は残った。その彼の恨みを否定せず正面から受け止めながら、裏切りの贖罪は この戦争の後で受け止めると伝える。
拮抗した戦いを善戦だと感じたエジプトの王(ファラオ)がラムセスの指揮権を横から奪う。ラムセスは今回も最後まで戦い切ることが出来なかった。しかしラムセスが交代させられたことで指揮官能力が低下したエジプト軍は劣勢に回る。カイルは大打撃を与えながら、圧倒的優位になった その先の講和を見据えていた。
