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少女漫画と小説の感想ブログです

魔力や権力欲で国を汚さないクリーンな皇妃を目指すユーリは魔性をもって男を動かす

天は赤い河のほとり(22) (フラワーコミックス)
篠原 千絵(しのはら ちえ)
天は赤い河のほとり(そらはあかいかわのほとり)
第22巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★★(8点)
 

ユーリの策でラムセスは救出され、王太后は失脚してしまう。そして、ユーリはナキアの売国行為の証拠を発見し、ナキアを廃位すべくエジプトを脱出する。

簡潔完結感想文

  • エジプト編終了。男性の好意や不満を増幅させて望む方向に誘導する結婚詐欺と扇動詐欺師。
  • 15巻ほどユーリの首に光っていた黒玻璃のチョーカーは美術品になって3000年以上 輝き続ける。
  • エジプトは絶対にヒッタイト帝国の領地にならないからイシュタル伝説は発動しないまま終わる。

国では地に堕ちたカリスマでなければならない 22巻。

どうしてもハニートラップという言葉が浮かんでしまう『22巻』。そのぐらいエジプト編のユーリは他者を利用し続けているように思う。ユーリが関わった騒動でユーリが憎まれて終わるのは本書で初めてじゃないだろうか。今回のユーリは どうやっても私利私欲で動いており、今回の限りにおいてはユーリが反面教師とするナキア皇太后やネフェルティティ王太后と変わらないような気がする。

そういうユーリの描き方が出来るのも舞台ががエジプトだからか。ユーリがイシュタルとして寵姫として愛されるヒッタイト帝国ではないからだ。ヒッタイトではユーリのカリスマ性が民衆に愛され、その民衆の声がユーリの正妃への道へと導く。けれどエジプトでも これまでのようなイシュタル伝説を残してしまえば いよいよ歴史が変わってしまう。だからエジプト編のユーリは自分勝手なぐらいが丁度いいのだろう。最初に残るのは悪評。けれど時が経てばエジプトの歴史の転換点をユーリが作ってくれたことを、政治的腐敗や経済的困窮から脱出した王(ファラオ)・ラムセスの治世で理解してくれるかもしれない。

読者の中にも今回でユーリのことが嫌いになった人がいるかもしれない。でも完全に好まれる人物像よりも、様々な立場で様々な評価があるという描き方の方が健全で そして多面的だと思った。それでいてヒッタイト領内では完璧に描いているのが作者の絶妙な塩梅が発揮されている。

ユーリに命を救われたら忠誠を誓う、というルールもエジプトでは作用しない

ーリのラムセスへの態度も なかなか酷い。作品中盤までなら ともかく今のユーリはラムセスが心から自分を愛し、自分との結婚を望んでいることを知っていながら彼に結婚の夢を中途半端に叶えさせる。好意を利用して安全を保障されながら代償を払わないのは悪女と言っていい。ラムセスはエジプト編で一度しかユーリに性行為を迫っていないが、そこでユーリが採った手段は流産の影響があると身体の不調を虚偽するという最低なもの。性行為回避のために流産の経験を利用するのも、ラムセスの人の良さを利用するのも褒められた行為ではない。

エジプト編後半のユーリは完全に囚われの男ヒロインとなったラムセスを救出するヒーローになっているのも面白い。それでいてラムセスを救出する大事な場面で自分の素性を明かし、ラムセスが自分と結婚できない障害を一方的に発表する。結婚を喜んでいたラムセスの母を騙し、有力貴族の偽装結婚で国を動かして どれだけの人々を翻弄しただろうか。ラムセスとの関係では完全に恋愛の主導権がユーリにあり、同じような溺愛でもユーリの不安が描かれていたカイルとの恋愛との違いが際立っている


ムセス一家や国家を動かした結婚詐欺師として王宮から恨まれるように、ユーリはラムセス救出のために動かした反乱軍にも恨まれて終わる。中途半端な状態で反乱軍を放置するのは体制の転覆がユーリの目的ではなく、それを完遂してしまったらユーリはエジプトでも次の王の妃に熱望されてしまう。それがif世界のラムセスルートの始まりか。
もしラムセスルートがあるのなら『14巻』での赤い河のほとりに天(そら)を定めた時のようにユーリがエジプトの地に還ることを決意する必要がある。本当に そうなったら、2つの国を渡り歩いた女性としてナキアやネフェルティティに負けない悪評が残るだろう。カイルは本気でエジプトを滅亡させに来るか、それとも絶望からヒッタイトが消滅するか どちらになるだろうか。

エジプト編は脇道だけどナキア皇太后の廃位への確かな分岐点としていることで いよいよ物語が動くことを予感させている。この2人の太后を繋げるエピソードがなければ完全に連載の延長を狙ったエピソードだと批判されていただろう。少女漫画的に言えば性行為まで完遂して完全に決着のついている三角関係を もう一度 蒸し返そうとする動きにも見える。そんな批判の声を事前に封じ込める作者の構成力に恐れ入る。

絶対に勝ち目はないけれどエジプト編の お陰でラムセスのことが好きになった。ユーリとの別れの場面で これまでのように強引なキスをするのではなく、慈しむように手の甲に口を当てる彼にキュンときた。奔放なようで どこまでも優しいラムセスは少女漫画史上でも その名を残す最強の当て馬の一人だろう。…といっても再登場するのだけど。


乱軍が首都に近づいてもネフェルティティ王太后がラムセスを解放するつもりがないと知ったユーリは首都の中に反乱軍を突入させる。ただし首都は正規軍の本拠地なので短時間でラムセスの解放に至らなければ形勢が逆転してしまう危険があった。実際ユーリは反乱軍が鎮圧されることまで考えており、その処罰をラムセスが行うことで反乱軍に加わった民衆の刑は軽くなることを望んでいた。

ネフェルティティは最後までラムセスの解放を許さず、いよいよ自分の宮に反乱軍が迫った時、磔(はりつけ)にしていたラムセスの前に立ち彼を連れ出す。『7巻』の黒太子・マッティワザに囚われたユーリをカイルが助けた時のように、今回はユーリがラムセスを助ける。ヒロイン役はラムセスだ。


ーリはネフェルティティが国のために動く機会を何度も与えてきた。しかし それを ことごとく無視して国を治める義務を放棄した彼女を反面教師とする。ネフェルティティの心情と足跡はナキア皇太后と ほぼ同じ。自力で自分の立場を築いた人たちだけど、国という大きな視点に欠けている。ただ目の前の障害を排除することに腐心してきた。

間一髪のところでユーリはラムセスのもとに辿り着く。権力への妄執を見せる怨念を払うかのようにユーリはネフェルティティの弟のマッティワザから託されて以来ずっとチョーカーにしていた彼ら姉弟の思い出の品の黒玻璃(くろガラス)を見せる。この姉弟は近親相姦をしていたのか、それとも異母姉弟ぐらいには離れているのか。

この品の由来を聞かれユーリは自分の身分を明かす。だが身分を聞いてネフェルティティは自分の境遇と男に守られ甘やかされたユーリと くぐってきた修羅場の数が違うと反発し、黒玻璃を叩き割る。ユーリの役目は それをネフェルティティに渡すこと。その品の扱いに感情は見せない。

憑りつかれた権力欲を祓う浄化アイテムは徐々にネフェルティティに作用する

フェルティティの変容は疑いようもなく彼女を拘束しラムセスを解放する。彼の命の危機のためにユーリは初めて自分から水を含んだ口を彼の口にもっていく。

ラムセスは その水とユーリの口づけで回復し、そこからは彼に国の動きが託される。ラムセスに反乱軍の対話を望むユーリの青臭さをネフェルティティは嘲笑する。身分を明かしたユーリは この国に長居が出来ず、間もなく脱出をする必要があった。理想ばかり追うと嘲笑するネフェルティティにユーリは それを死ぬまで貫くことで本物にすると誓う。

ラムセスがネフェルティティの売国の証拠を捜索する。その証拠探しは2つの国の太后の売国の証拠となる。ユーリはナキア皇太后の印象の入った書簡を発見し、いよいよ政治的に彼女を追い込むことを可能にする。
その後、ネフェルティティは軍の監視下に置かれ、本人が予想したように宮の一つに生涯 幽閉されることになる。自ら割った思い出の黒玻璃のイヤリングだが、ネフェルティティは それを回収し自分の胸像の瞳に利用する。左目が入れられない現在にも伝わる この胸像の由来を このようなエピソードに落とし込む、そして そこにユーリが関わっているとする物語性は圧巻だ。結論の出ない欠落の物語だけど、読者には そうとしか思えなくなる。


分を明かしたこと、エジプトでカイルのために証拠品を手に入れたことでラムセスとは ここでお別れ。ユーリが身分を明かしたことで正妻にすることは不可能になったためラムセスはユーリを手放す。物分かりの良い別れ方だけど、最後に手にキスをすることが これまでの強引なキスやスキンシップよりも彼の本気の情熱を感じた。

ユーリの指示を待つ反乱軍は彼女が国外に脱出したことを知らにままラムセスが現場に復帰したことで鎮圧されていく。そして反乱軍のNo.2を務めたタハルカは遅れてユーリの素性を知り、ユーリがヒッタイトのためにエジプト内での混乱を引き起こす陽動作戦をしていたと誤解し、ユーリに怒りを燃やす。


のタハルカは船足の速い軍船を乗っ取ってユーリを追走してきた。ユーリは対話を望むがイル・バーニが身代わりになって彼らを足止めする。タハルカにとっては2度目の陽動作戦に引っ掛かった手痛い経験となってしまう。

荒事には弱いイル・バーニだろうけれど、文官の彼らしく言論でタハルカを抑え込む。そこに軍船奪略の情報を得たラムセスが到着し、反乱軍を押さえる間にイル・バーニたちを見逃す。ユーリが船を降りていたら あっという間に再会し、ラムセスが彼女を再びエジプトに連れ帰ったかもしれない。ラムセスはタハルカの抵抗に対して命を奪わず、対話の用意を告げる。ただタハルカの中のユーリへの恨みは消えない。

帰路で侍女の双子の(どちらかの)妊娠が発覚してもユーリは それを心から祝福できる。いつも通りの簡素な服を着て通常のユーリとなってヒッタイト帝国への海路を進む。
本来はエジプト領である街はヒッタイト軍が進攻し駐留しており、ユーリは予定よりも早く顔なじみの面々と再会する。そしてカイルの居場所が分かると無理な日程でも飛ぶように馬を駆ける。『14巻』で この土地に住むと決めた時を思い出す。