
篠原 千絵(しのはら ちえ)
天は赤い河のほとり(そらはあかいかわのほとり)
第20巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★★(8点)
ラムセスの自宅で、手厚く保護されているユーリ。そして、カイルの身辺にスパイがいると知ったユーリは、カイルの身を心配して、ルサファをカイルの元に帰そうとするが…!?
簡潔完結感想文
- カイルが悲しむ現実に塞ぎ込むユーリに最新のカイル情報を与えて立ち直らせるラムセス。
- エジプト・ヒッタイトで進む国際スパイ包囲網。複数のミスリードの後に意外な真相が判明。
- ユーリの願いを叶えるのに乗じて希望を叶えるラムセス。違う意味でラムセスのものになる?
カイルの正妃になるためにはラムセスとの離婚協議が必要!? の 20巻。
『20巻』はユーリとラムセスの復活が それぞれの土地で描かれる。その両者の復活の手助けをしたのが最強の当て馬・ラムセス。『20巻』は両国にいるスパイを炙り出すエピソードが縦軸になっているけれど、ある種 ラムセス自身がスパイと言える。
ラムセスが願うのは2人の心身の回復。その上で2人に願うことをしたい。ユーリとしたいのは性行為。彼女の体調が戻るまでは抱くつもりはないけれど、体調が戻ったらカイルのいない間に事を済ませたい。ユーリが心を失っているのであれば敢えてカイルの情報を与えることで自分が好きな聡明なユーリが戻ってくることを願うほどにラムセスの愛は強い。我慢して我慢してユーリをものにすることがラムセスの快楽なのだろう。
そしてカイルに願うのは再戦。エジプトの体制の刷新と同じか それ以上に終生のライバルとの再戦をラムセスは願っていた。お互いが万全な状態で ぶつかり合うことでラムセスは指揮官としての頭脳ゲームによる快楽物質が溢れ出ることを望んでいる。


ラムセスは『8巻』から登場しているが、結局 ユーリの初めての性行為の相手はカイルとなった。それでも動じないのがラムセスで、ユーリが側室のままであるなら自分の正妻にと望む。カイルとの子供が生まれても その気持ちは変わらなかっただろう。そういえば今更だけどラムセスはユーリが違う世界から来たことを知らないままなのか。ただラムセスは それも些事として気にしないだろう。けれど知らないままだからこそ、カイルとユーリの間にある切なさがなくて、あっけらかんとしている。そこが少女漫画のヒーローになれない部分だろう。
カイルの正妃になる前にラムセスの正妻になる危機は予想だにしていない展開だった。それをユーリはカイルの安全のためという理由で拒否できない心の動きも上手い。性行為では先を越されたけれど婚姻は先に済まそうとするラムセスの奇策が面白い。カイルは立場上ユーリを妻にするのが難しいけれど、ラムセスには その問題がない。ここからは先にユーリを結婚する勝負とも言える。
この時代の婚姻や離婚のシステムは どうなっているのだろうか。形式上とはいえラムセスと結婚してしまったらユーリはカイルの正妃の条件を失うのだろうか。ラムセスが離婚に応じるはずもなく協議は長く続くだろう。もしかしたらカイルがラムセスとの離婚のためにエジプトを滅ぼす本来の歴史とは違う暴走が始まるかもしれない(笑) エジプトでは嫁いだ後に王(ファラオ)を渡り歩く女性がいるようだけど、離婚や死別を経て国家の枠を超えて次の有力者に嫁ぐ人は珍しいだろうか。
作品史上最長に離れ離れになっている2人だけど、これまで以上に互いを想う気持ちが感じられた。それは2人が互いの状況に心を痛め、そして相手の存在が生きる意味として描かれているからだった。
作者として見れば こういう読み方をして欲しくはないだろうけれど、余りにも相手を大事にし過ぎて流産した子供の扱いが軽くなっているようにも思えた。ユーリは もちろん母親として悲嘆していたけれど、少し回復してからはカイルに申し訳が立たない、彼が失望することに失望していたようになる。
また『20巻』で初めて流産を知ったカイルはユーリが生きていれば それで良いと彼女の生存で生きる意欲を取り戻していた。マリ皇子の時もそうだったけれどユーリが世界の価値と同等になり過ぎて、他の存在が軽くなり過ぎる弊害がある。それが愛の重さで少女漫画的に正解なのだろうけど、カイルの冷淡な部分にも見えてしまう。だからと言ってユーリもカイルも流産のことを いつまでも気にしていると作品自体が鬱々となってしまい それが作中の躍動感を失いかねない。作者のベテランとしてのバランス感覚は正常に働いている。(追記:ユーリに関してはカイルのいないエジプトは彼女の泣く場所ではないという説明がある)
ラムセスの連れられエジプト・メンフィスに到着するユーリだが心が塞いで何の感情も湧かない。ラムセスの私邸で暮らし始めても、彼からキスをされても これまでのような拒絶も口喧嘩も起きない。こんなのはユーリではなくラムセスは抱く意欲も湧かない。
ラムセスは同居する妹の一人からカイルの体調不良の情報を手にする。ラムセスが あのまま前線にいたらカイルを討てたかもしれない。同時にユーリは助からなかったかもしれないが。情報の出所が宮廷であることをラムセスは 訝(いぶか)しむ。
この情報を知ったユーリはラムセスしか気づかなかった情報の発信源がエジプトの宮廷という深く遠い場所であることを危惧する。それは2つの国を繋げるスパイの存在を意味していた。いつでもカイルのために生きていたユーリは彼の命の危機を前にして自分を取り戻す。2人の女性を比べてユーリの思考が速く深いことを示すエピソードが上手い。そしてラムセスが輝くためにルサファがいるように思える。
カイルの臣下にスパイがいる可能性を信じられないユーリは真偽を確かめに動こうとする。けれどユーリは身体も消耗しておりラムセスが許さない。その代わりに情報を供与されているエジプト側の動きを封じることを提案する。ラムセスは今のエジプト体制に疑問と不満を持っているため王(ファラオ)が前線に立っている中で権謀術数に明け暮れる人間を嫌っている。そしてユーリの代わりに自分が動き、ユーリの動きはルサファに見守らせる。
ラムセスは間もなく情報の連絡役の存在を見極め、その人物が情報を渡す相手が黒幕だと告げる。その人物の追跡をしようとするラムセスにユーリは同行する。そしてラムセスは黒幕がネフェルティティ王太后だと知る。エジプトにもヒッタイトにも権力欲の強い妙齢女性がいるようだ。
その情報の確実性、そしてラムセスにもネフェルティティは手を出しづらい存在だと知ったユーリはルサファに国に戻って情報をカイルに伝えるよう願う。ユーリは願えばルサファが断れないことを知っているけれど動かずにはいられない。ユーリにとってカイルが どれほどの存在か思い知る痛みを抱えつつルサファはエジプトを抜け出す。そのルサファをラムセスは敢えて見逃していた。
ルサファは無事にカイルに会い、そこで何よりもカイルが欲するユーリの無事を もたらす。カイルはルサファの姿恰好から彼がエジプトから来たこと、ユーリが そこにいることを伝える。そして この時カイルはユーリの流産を知る。そしてカイルが人払いを実行した後、身近にスパイがいることを伝える。裏切り者を探し出すエピソードが始まる。
エジプトのユーリは ここで自分が何か出来ないかと模索していた。ラムセスはユーリにも体調が戻るまで性行為をしない意向のようだ。その代わりスキンシップは楽しんでいるが、そのラムセスに口答えをして拒絶するぐらいユーリの心は戻っている。
ユーリがネフェルティティに会いたいと知ったラムセスは自分たちの結婚式を挙げることで その機会を作る奇策に出る。以前『7巻』でカイルの結婚騒動があったのと逆パターンだろうか。
なんだかんだでラムセスはエジプト屈指の名家の子。その結婚式には国のトップも参列する。ラムセスはユーリの願いを叶えつつ、ユーリを正妻にしたい自分の願いも叶えようとする。


そして本当に王(ファラオ)が前線から戻ってまで参列することとなり、それは事実上の撤退でラムセスはカイルが復活したと理解する。事実、カイルは自分が我を失ったことで下げざるを得なかった前線を押し返すことに成功している。
不調を脱したカイルは通常運転となり臣下たちに裏切り者の存在を明かす。それは敵国にいるユーリの安全を考えてのことだった。ラムセスの庇護下にあってもユーリの敵国の側室という情報が知られれば危険度は一気に増す。カイルはユーリに何かがあれば その者を許さない=殺すと宣言。その覚悟と気概を見て青ざめる者が一人だけいた。
カイルが こそこそ臣下を嗅ぎ回るような描写は品位に関わるので、ルサファが探偵役となる。そこで いくつかのミスリードが挿入される。それと同時に内輪カップルが発覚。女性キャラが少なめなのも影響してか身内で初のカップリングとなる。
ラストで敵国のスパイは存在しないことが明らかになるが意外な真相も発覚する。
