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少女漫画と小説の感想ブログです

即位しても望月は欠けるし、辞書から不可能という文字が消えないカイル皇帝の憂慮

天は赤い河のほとり(12) (フラワーコミックス)
篠原 千絵(しのはら ちえ)
天は赤い河のほとり(そらはあかいかわのほとり)
第12巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★★(8点)
 

新皇帝となったカイルは、エジプトが攻めてきた東へ出陣することに。日本へ戻るまであと半年となったユーリは、西へ出陣する。ユーリは「暁の明星」が昇るまでに戻ってこれるのか…!?

簡潔完結感想文

  • 犯人が崖の上に追い詰められる2時間サスペンス風な終幕。同じ巻で生存確認される驚異の生命力。
  • カイルは皇帝となっても一番 望む性行為を完遂できない。別れのリミットが性暴力皇帝を生む。
  • むしろナキア皇太后は早々にユーリを強制送還させた方がカイルの無気力の誘発と自滅が狙える!?

の到来がカイルの この世の春を遠ざける、の 12巻。

カイルが、ヒッタイト帝国史上最大の繁栄を築くムルシリ2世として即位する記念すべき巻。しかし彼の悩みの種は尽きない。

俺の嫁 と願ってやまないユーリに社会的パートナー宣言をされる皇帝の挫折

その理由は主に2つ。1つはナキア皇太后を完全に排斥できていない現状。ウルスラの献身もあってナキア皇太后はカイルの皇帝即位を阻止する余力がなくなり、腹心の部下であるウルヒも排除した。けれどウルヒは獅子身中の虫から外国の参謀に華麗なる転身を果たして今度は外から圧力を掛ける存在となる。ウルヒに魔力があるかは不明だけど、彼には不死のスキルが備わっているのではないかと思うぐらい しぶとい。そしてコミュ強なのか どこででも上手く立ち回っている。ユーリは各地でイシュタル伝説を作っているけれど、フッ軽でもあるウルヒもカリスマ性があれば各地で美貌の神官として名声を得そうな気がする。

ここで疑問なのは、ヒッタイトと隣接する国に情報を流し、今度は全土で戦争を始めようとしているナキア皇太后に その先の展望はあるのか ということ。戦争を初めてカイルが戦場で斃(たお)れることを期待するのは分かる。でも その後、ナキアと息子のジュダ新皇帝で自分が手引きした侵攻を止められる能力があるのかが疑問だ。自分の夫の皇帝やカイルという優れたトップがいたから隣国の侵略を許さなかったが、政治的戦略的視野を持たないナキアやジュダではヒッタイトが呑まれてしまうのではないか。特にナキアは個人戦では負けないかもしれないが集団戦には弱そうだ。いざ自分が実権を握ると采配が ことごとく上手くいかない無能さを噛みしめながら皇帝が守るべき領土を失い続ける気がしてならない。

そもそも今回 皇帝の宮に自分の手の者を侵入させておいて やらせるのがスパイ活動による情報収集というのも回りくどい。ユーリに酒を飲ませる機会があるのなら得意の毒殺でもすればいいのに、と思ってしまう。これまでと重複するし、今回 描きたいのは別のことなのだろうけど、段々とナキア皇太后が作品の展開のために動いているようにも見えてきた。メタ的に考えるとナキア皇太后の やっていることはユーリのレベルアップに必要な試練イベントを発生させる装置だ。そして逆に それはユーリの名声と彼女の中のカイルへの執着を強める。つまりナキアは イジめ抜くことでユーリを正妃の器に合わせて成長させている。ナキアの働きの先にはユーリが正妃に収まることが待っている。


してカイルの もう一つの悩みの種は未だユーリと性行為が出来ていない点。これは女性経験の豊富なヒーローはヒロインとの性行為を年単位で完遂できない少女漫画あるある の適用とも言える。カイルはヒッタイトを平定する皇帝という宿願を果たしたのに少女漫画世界からは脱せずに、そこら辺にいる現代日本の俺様ヒーローと同等の扱いを受けている

『12巻』では最初から「レス」状態にある2人が思想の違いから すれ違い一層の「レス」に突入する。そこにユーリとの別れの季節である春が近づくことでカイルは焦り、ユーリを抱くラストチャンスに性暴力を厭わなくなる。カイルの心の動きは分かるのだけど、この性暴力は作品が(読者が)望む1巻1回の性的なシーンのためにあるような気がした。カイルが望むのは女性の身体ではなくユーリの身体という、誰でも良いんじゃなくてユーリだけを愛するという胸キュンシーンでもあるが、否定しようのない性暴力である。

今回は性暴力に目を向けるのではなく、そこに至ったカイルの心情に目を向けるべきなのだろう。この国の頂点に立ちながら思いのままに出来ないことがあって、最愛の女性に絶叫されて拒否されるカイルの傷心は いかほどのものか。賢帝であろうカイルの唯一のミスと心残りはユーリに由来する。もしユーリが現代日本に還ったらカイルは もう一度 正妃探しを始めるのだろうか。それとも投げやりに身分の確かなご令嬢を貰うのか。どちらにしろユーリの不在の世界にカイルは自暴自棄になりそうだ。

そう考えるとナキア皇太后はユーリの血や命を欲したりせず、さっさと日本に還したことがカイルの弱体化=ジュダの即位の近道のような気がしてきた。やっぱりナキア皇太后は邪魔する振りをしてアシストしている…!?


ルスラの献身に報いるためにも発見の報告があったウルヒの身柄を拘束したいユーリたち。ウルヒに、ナキア皇太后を告発すれば厳しい処罰が回避されると説得しても彼は抵抗を続ける。断崖絶壁に追い詰められた2時間サスペンスの犯人みたいになり投身を試みたウルヒはヒッタイトを流れる赤い河に消える。

ナキアは以前として王宮内の立場が悪く、カイルの皇帝即位に反対を表明することが出来ず、カイルは皇帝に承認される。しかしユーリはウルスラの命を政治的判断で使ったカイルへの心証が回復しない。そして自身もカイルの戴冠式に政治的な判断から担ぎ出されるのを拒否する。

そのユーリを翻意させるのはカイルの戴冠式でのユーリを求める民衆の声だった。ユーリはユーリの考えのもと、民衆に実質的な正妃と認めさせる側室の立場ではなく戦いの女神・イシュタルとして登場する。それはユーリが日本に還る前提がある というカイルへの意思表明でもあった。


妃のいない皇帝には姻戚関係を結びたい近隣の王侯貴族からの結婚の申し込みが殺到する。

カイルはナキア皇太后を孤立させるためジュダを知事として現地に赴かせる。そして自身は皇帝の住まいに移る。そこには後宮も存在するのだが入るのはユーリ1人きり。後宮には正妃のための部屋が用意されており、いつかは誰かが入る未来が待っている。これまでのようにカイルと違う部屋で過ごさなければならなくなり、2人は物理的な距離も生まれる。

作中の春は別れの季節。カイルはユーリとの別れが間近に迫っている焦燥感から彼女を強引に抱こうとする。1巻1回の性暴力もしくは性的シーンはノルマなのか。ユーリがどれだけ絶叫してもカイルが相手と分かれば誰も立ち入ることが出来ない。それだけ皇帝となったカイルは絶対的な存在になった。けれども少女漫画的に性暴力を完遂させる訳にはいかないので侍女の3姉妹の長女が無礼を覚悟で間に入り、カイルにユーリの心身を気遣うだけの冷静さを取り戻させる。

今のカイルには一夜限りの女性の手配は簡単。それは性における汚い部分だろう。けれどカイルは性欲の発散のための女性を欲していない。欲しいのはユーリとの確かな未来で、性行為によって彼女を自分に引き寄せようとした。逆にユーリはカイルに日本への帰還を約束させることで一線を引き続ける。


かし いつも春の手前には動乱が付き物。今回はヒッタイト帝国の西に接する小国・アルザワが侵攻を開始する。その軍師のような立ち位置にはウルヒがいた。敵国・ヒッタイトの情報を持つウルヒは弱点を突き侵攻を加速させる。

この時点でユーリの帰還まで あと半月。更に南東に位置する藩属国・ウリガットにエジプト軍が侵攻。西と南東と2つの侵攻が発生し、その対処を間違えると挟撃されてしまう。その一連の出来事に帝国内のスパイをカイルは疑う。カイルの私邸では信頼できる人ばかりだったが、人員が大幅に増えた皇帝の住まいでは誰もがスパイである可能性がある。

カイルの望む平和な時代のため、あちらから攻めてくるなら好都合の側面も

そんな中、ユーリは自分の日本帰還の決心を変えようとする侍女3姉妹を遠ざける。他の多くの侍女をはべらせて飲酒に興じるユーリは贅沢に溺れる妃のように見える。しかし以前、ユーリは お酒はあまり好きではないと言っていたように これは彼女の仕掛けた罠だった。この頃には言語の訛りも理解していたユーリはスパイを自分の考えで炙り出すことに成功した。そして そういう有能さがカイルの望む正妃像と一致する。この頃にはユーリは翻訳機能が作動しない文字の勉強をしている。いつか彼女が粘土板に文字を書くシーンが挿入されたりするのだろうか。
この話はユーリが一番 信頼できる3姉妹との仲の すれ違いと確かな絆を描いた友情エピソードのようだった。


ーリは日本帰還までの半月でカイルのイシュタルを演じ切ることを誓う。カイルが どちらの侵攻を先に対処するか決める頃、捕らえたはずのスパイが毒殺される。そして そのスパイたちは全員ナキア皇太后と関わりがあることが判明する。カイルの皇帝即位を阻めなかったナキアだが早くも失脚を画策していた。しかも皇太后の宮からエジプト人まで出てきて2つの侵攻のどちらにもナキアが関わっていることが判明。

カイルが どちらかに注力すればナキアはカイルの いない方向から攻め入る。だから2方面作戦を展開する必要があるが総指揮が可能な将軍がいない。地位とカリスマ性が必要な そのポジションにユーリはイシュタルとして名乗り出る。カイルはユーリが自分から離れての行動を心配する。そして2人が別の戦場に行くことは永遠の別れを意味していた。

それを承知してカイルはユーリの活躍を期待する。カイルはユーリの帰還を自分の異母姉の神官に託す。この人は終盤で登場する。ユーリはカイルへの最後の置き土産をオリエントの覇権とすべく出陣する。ユーリはカイルの額飾りを調整した品を譲り受け別れる。